目の前には、果てしない闇が続いていた。
自分の手の平を見る。
「....どこだここ」
身体は自由に動かせる。
浮遊しているかの様な不思議な感覚があった。
「夢?」
明かりなど無いはずなのに、手の平や足が見える。
とりあえず、歩き出した。
進んでいるのかすら分からない。
しばらくして、クライは歩みを止めた。
少し遠くに人影が見えた。
走って近づき、クライは目を見開いた。
「....ヒロ」
椅子に縛り付けられ、傷だらけのヒロが居た。
俯いていた顔を、呼ばれたからかクライに向けた。
眉を寄せて、クライを睨んでいる。
「お前のせいだ」
睨んだまま口から血を垂れ流し、ヒロが静かに言った。
「ヒ、ヒロ?」
「お前はあの時、あのアーティファクトを見つけた時、危ないと思ってたんだろ?」
「....」
「なんでちゃんと止めなかった?お前がもっと考えてれば、俺は死ななかったかもしれない」
「........ごめん」
「本気で、金を得れると思ったのか?それとも、舞い上がってる俺に水を差さないようにしたのか?
....その結果がこれだよ」
ヒロの首に一筋の線が走る。
首が落ちて、クライの足元に転がる。
「お前は自分を賢いって思ってるんだろ。
だけどな、考えてるようで考えてないんだよ。
その癖、俺や他の奴を見下して、自分一人で全部解決しようとして失敗する」
クライは、膝から崩れ落ちて頭を抱えた。
「や、辞めてくれ....ヒロ、ごめん、ごめん」
「お前が死ねば良かった」
「許して....」
「死ね」
「ごめん、ごめんなさい....」
「死ね」
ヒロは、クライに向かって何度も言った。
涙が溢れて、謝罪の言葉以外思いつかなかった。
「死ね」
心の底から、消えて無くなりたいと思った。
目を開けると、見慣れた天井があった。
夢から覚めたのだ。
涙を拭いながら身体を起こす。
ベッドは汚れていたので、床で寝ていた。
さっきのヒロの言葉がまだ脳で反芻している。
「違う、違う....ヒロはあんな事、言わない....」
足を見つめたまま、クライは小さく呟いた。
『どうした?悪夢でも見たように』
「シキ....今回は、早いな」
『変身した程度で私は眠らん』
クライは顔を横に向け、時計を見た。
短針が五時を指していた。
次に小さい窓に目を向ける。
僅かに差し込む橙色の光。
「どんくらい寝てた....?」
『まる一日と言った所だ』
「そうか....」
悪夢を思い出しながら、拳を強く握る。
「早く変身に慣れなきゃな」
床を漁り出した。
『何をするつもりだ?』
「情報整理」
床に落ちていた本を拾い上げ、表紙を開く。
最初の数ページは白紙になっていて、クライはそこを破りとった。
「コツコツゴミ山から集めてた奴だけど、まぁしゃあない」
『ふん、本が趣味とは。陰気な奴め』
「黙れ」
次に書くものを探した。
短い鉛筆が転がっているのを見つけた。
本をベッドの汚れていない箇所に置いて、固い表紙に白紙を置いた。
「よし....まず、どうすっか....」
その前に座り込む。
肘をベッドに置き手を頬に当てながら、鉛筆を回す。
『どうでもいいだろうそんな事。
さっさと殺しに行け』
「何言ってんだよ。
....もっと考えて慎重に動かないと、駄目なんだよ」
『はぁ』
呆れ果てたようなシキの声。
「あ、そうだ。まずお前の知ってる事全部教えろ。
何が出来て何が出来ないのか」
『....前も言った通りだ。私の能力は『再生』『黒体変化』『紫炎』の三つだ』
「まぁ、それは前も聞いたか....ん?待てよ」
『何だ』
「身体能力は?お前が俺の中に入ってから明らかに力が強くなってる。これはお前の能力だろ」
『違う。それは私の能力と言うよりアーティファクトを使った者に起こる『変化』だ。五感も前より強化されているだろう』
「じゃあ、ルークも....」
胸ぐらを掴まれていた時、振り払おうとしても出来なかった事を思い出した。
『あれは、アーティファクトと長く触れ合っていたんだろう。持ってはいなかったからな』
「なるほど....アーティファクトを持ってるか、長くアーティファクトと接触していれば、身体能力が上がるのか」
『まぁ、そんな感じだ。個人差もあるがな』
「個人差?じゃあ俺はどうだ?」
『お前は私を使っているにしては上がり幅が少なすぎるな。驚く程センスがない。私に教えられるまで紫炎にも気づかなかった上、変身の方法すらすぐに理解出来なかっただろう。
こんなに才能が無いやつに合ったのは初めてだ』
「まじでぶっ飛ばすぞ」
待ってましたと言わんばかりに捲し立てるシキ。
有用そうな情報のみを書き留めていく。
『そもそもお前、翼紋や星紋、槍紋の違いは知っているのか?』
「知ってるよ。翼紋は覚醒型、星紋は装備型、槍紋は環境型のアーティファクトに適性があるんだろ?」
『....何故知っている?×紋が知る機会などそうそう無いだろう』
「本に書いてたから。な?役に立つだろ?」
『....陰気な奴め』
「....もういいよそれで。
でもまぁ、知識として知ってても、実際にアーティファクトを見てきた訳じゃない。
お前が知ってるアーティファクトとか無いのか?」
『それは無数にあるが』
「よし、全部言え」
『馬鹿か、何日かかると思ってる』
「....まぁそうか。じゃあ警戒すべきアーティファクトとかだけでも言え」
『そんなものは無いな。私に言わせてみれば全てのアーティファクトは取るに足らん』
クライは首を撫でながらため息を吐いた。
「はぁ....お前めんどくさいだけだろ」
『....』
図星だったのか、黙り込んでしまうシキ。
「....知ってるアーティファクトを持ってる奴がいたら絶対教えろよお前」
『善処する』
「クソが....あっ、そういえば、お前まるでギラについて何か知ってるような口ぶりだったよな?」
『....そうだ。私は奴を知っている。
お前の前に私を使っていた奴がいてな。それを捕らえたのがギラだ』
「!?」
クライは思わず立ち上がった。
「じ、じゃあ、あいつもシキを知ってんのか?」
『帝衛隊で知らんものは居ないだろう。新人以外はな。
どうやら私の名前を広めないようにはしているらしいが、なんの意味があるんだか。
おのれ帝衛隊め....思い出せば思い出すほど忌々しい』
「まじか....いや、考えて見れば当たり前か....マークも『死鬼』って名前を知ってて、Sランクって言ってたもんな....アーティファクトのランクを決めるのは帝衛隊だったはずだし....」
ブツブツと、顎に手を当てながら考え込むクライ。
『ていうか、お前はいつまで情報整理などやっているんだ。
そろそろいいだろう。知っている事は言ったぞ』
「....もう夜か。待てよ、その前にやらなきゃいけない事がある」
クライはそういうと、床から木の面を取り上げた。
目と鼻の部分に小さな穴が空いた、普通のお面だ。
『....何だそれは?』
「顔くらい隠さなきゃな」
クライはそういうと、目の穴を殴った。
ひび割れて穴が広がる。
もう片方もそうして穴を広げた。
狙い通り広がりはしたが、ひび割れた箇所が面の内側にささくれだっている。
一つ一つ取っていく。
左右で少しだけ穴の大きさに違いがあるが、細かい事は気にせずに、クライは面に着いている紐を頭の後ろに通した。
呼吸が心做しかしずらく感じたが、視界は問題ない。
「うん、良い感じだ」
『ふん、何が良い感じだ。ダサいぞその面』
「っせぇなぁ。
ダサくねぇし。つかどうでもいいだろそんな事」
面を外して懐へとしまう。
そして部屋の扉を開けて、既に薄暗くなっている外へ繰り出した。
「ちょっと待て」
『なんだ』
扉を開けて一歩目でクライは止まった。
「紫炎の使用回数に制限とか無いのか?」
『....今のお前なら一回の変身で一回くらいだな』
「っぶねぇ!お前また後から言おうとしてただろ!」
『デカイ声を出すな。別に考えたら分かるだろうが。使ったら気絶する能力だぞ』
「....もういい。分かった。聞かなかった俺が悪いな」
『その通りだ馬鹿め』
胸を思いっきり殴ってやりたかったが、拳をぐっと強く握って堪えた。
「....行くか」
そして、外階段を降りていく。
整えられたベッドが一つあるだけの、生活感のない綺麗な部屋。
その部屋の中心で、少年がうずくまっていた。
「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき」
呪文のように、言葉を矢継ぎ早に繰り返している。
「全員嘘つきだ....この国にいる奴らみんな。
あいつも、あいつも、あいつも最低のクズだ」
少年が顔を上げる。
腹の下には、鎖のような模様が描かれている球体があった。
足の裏に翼紋が刻まれていて、目の下には酷いクマがあった。
球体を握りしめて、立ち上がる。
「父さん....僕が仇をうつから」
そう言いながら、扉へと向かった。