個性チャクラで影分身 作:切って捨てて
決勝戦前の控室。
そこでは轟と忍堂が向かい合っていた。
「なあ、忍堂」
「おや。轟から話しかけてくるとは驚きでござる。緑谷の時から調子が悪そうでござったが、問題はないのでござるか?」
「そう、見えるのか」
「儂様、ちとばかし人間観察に自信があるでござる。詳細は分からぬが、迷っているように見えるでござるよ」
忍堂が雄英高校で親しくする相手は意外にも多い。
言動はまともなそれではないが、受け答えがしっかりしていれば、人格的にも優れている者が多いA組で孤立することもない。
そんな忍堂でも轟と話したことは殆どない。
「お前、個性の使い方上手いよな。子供のとき何かやってたのか?」
「修練にござるよ。朝起きてから眠るまで、たとえ授業中であろうと修練を欠かしたことはないでござる」
「なんでだ?」
首を傾げる忍堂。
「お前の親ってヒーローとかなのか?」
「一般ピーポーでござる。そう言えば轟はヒーローの家庭にござったな」
「親に強要されたわけでもないのに、なんでそんなに個性を鍛えてるんだ」
轟にとって個性は人生のすべてを狂わせた元凶のようなものだった。
個性婚によって求められ生み出された。兄弟たちとは違い、自分には才能があった。
だからこそ、人生が狂った。
「儂様が鍛えているのは個性だけではないでござる。この五体全てにござるよ」
しかし、忍堂にとって個性は確かに自らの人生を決めるファクターではあったが、全てではない。
しがらみがあるとすれば前世であり、今世において忍堂の個性はなんのしがらみもない。
「そうか……」
聞きたかった答えは得られずとも、轟はどこか納得した表情で席に戻る。
「轟、緑谷との戦いで見せた炎、使わないのでござるか?」
「……わからねえ」
自らの復讐のため、封印していた忌々しいもう一つの力。
しかし、使ってしまった。緑谷と戦った際、思わず。
「使えないのでござるか? 使いたくないのでござるか?」
「……わからねえ」
「ふむ。だいぶ難儀なご様子にござる」
顎に手をやり悩む忍堂だが、すぐに閃いたと口を開いた。
「皆はヒーローに憧れを抱いているようでござるが。儂様にとって、ヒーローは随分と滑稽に映って見えるでござるよ」
まさかの言葉に轟が忍堂の顔を見る。
嘘を付いていない、本気でそう思っているのだと理解した。
「なぜヒーローと呼ばれるのか。それはヒーローと呼ばれる偉業を成し遂げるからにござる。だからこそ惹かれ、憧れるでござるよ。なのに勉強して、試験を受けて、証明としてもらうモノが今のヒーローにござる」
「なんと滑稽にござるか」
「見返りを求め、承認を求め、対価を求める。ヒーローにランク付けをしている時点で、この世のヒーローとはピエロ。大衆向けに用意された道化に他ならないでござる。オールマイトも他のヒーローも皆揃って大道芸人でござるよ。俺が一番だ、人気だ、実力が、ほんと面白いでござるな」
気が付いたら、忍堂の胸倉を掴んでいた。
「取り消せ」
「嫌でござる。轟が怒っているのは、儂様の言葉に一定の理解を持ち、認めたくないからでござろう?」
図星だ。
轟の頭には一人の男が思い浮かんでいた。
巨大な一等星に執着し、醜く家族を不幸に誘った男の姿。
「緑谷に宣言していたでござるな。勝つとかなんとか。おめでとうでござる、緑谷に勝ったでござるよ。目的を果たして満足したのでござれば、棄権するといいでござるよ」
「違う。俺は……」
「儂様は目的のためにヒーローに成るでござる。轟はなんのためにヒーローを目指すのでござるか? ヒーローに成ることが目的なら、時間が解決する問題でござるよ」
ヒーローを目指す理由。
男の顔は浮かばない。代わりに、白い部屋で遠くを見つめる女の姿があった。
「お前は、どうしてヒーローに成るんだ。何が、したいんだ」
それは忍堂に向けた言葉ではなかった。
だが、忍堂は答えた。
「名声を求めず、見返りを求めず、対価を求めず。必要なら泥にまみれ、汚物にまみれ、不浄にまみれ。誰に知られずとも守りたいと思ったモノを守るためにござる」
返って来たのは歪んだ理想。
「自分がそう成れるとは本気で思っているわけではないでござる。守りたいモノも見つかってないでござるが、これは儂様の憧れでござるよ」
「そんな奴、いるのか?」
「どこの世界にもいるでござる、名前が上がらないだけで。ヒーローに光が集まるだけでござる。しかし、あいにくと儂様は自分が大好きで、お金も大好きでござる。承認は要らぬでござるが」
徹底的なエゴイズム。
歪んだ理想に矛盾を孕んだ心根。自然と「なぜ」と問うていた。
「それが人間だからでござる。変えられないなら、変えられないなりに追い求めるのみにござるよ」
『さあ! ガチトーナメントバトル最終決戦!』
控室にも届くミッドナイトの声と、観客の歓声。
忍堂は胸倉を掴んでいた轟の手を放す。
「儂様は何も求めないでござる。だからせめて、轟が満足する戦いをするとよいでござるよ」
「俺の、満足する戦い……」
「先に行っているでござる。儂様としては棄権してくれたほうが楽でござるが」
言い切った忍堂は控室を後にした。
☆
『1年ガチトーナメントバトルもいよいよ最後の試合だぜエ! 皆盛り上がっていけええ!』
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
『ド派手じゃねえのにド派手に勝ち上がって来たぜ、1年A組、忍堂選手の登場だぜ!』
「わははは! 儂様参上にござる!」
『対するのは強烈な強個性で王道に勝ち進んできた。同じく1年A組、轟選手の登場だぜ!』
プレゼントマイクの紹介に合わせて、忍堂と轟がステージ中央に立つ。
「棄権してくれなかったでござるか」
「あぁ」
『二人とも、正々堂々戦いなさい! 試合開始!』
ミッドナイトの宣言で決勝戦が開幕した。
「速攻で決めるっ!」
最初に動いたのは轟。
瀬呂で見せた巨大な氷による、スタジアムを埋め尽くすほどの物量攻撃。
緑谷は腕を犠牲に、飯田は速度で回避した開幕の大技。
「流石に決勝で普通に戦っては忍者の名折れでござる」
対する忍堂は不敵に笑いながら氷に飲まれた。
『来たぜ! 轟選手開幕特大氷結ぶっぱ! トリッキーな戦いを見せていた忍堂選手なすすべなしか!?』
『なわけないだろ』
「その通りにござる」
目を見開く轟。
警戒はしていた。
真正面からの突破、飯田に並ぶ速度を使っての左右に回避。
流石にないとは思いつつも空中も警戒していた。
しかし、まさか足元から声が届くとは考えてもなかった。
「土遁、岩がくれの術でござる。コンクリートめっちゃ硬くて指痛いでござる」
『忍堂選手、まさかの地面ンン!? どういうこったイレイザー!』
『俺が知るかよ。お得意の忍術で地面に潜って轟の足元まで移動したんだろ』
『だからどうやって!?』
『忍者なんだから、忍術だろ』
「さようにござる!」
地面から飛び出し、回し蹴りを放つが、流石に攻撃までのタイムラグもあり轟は回避に成功する。
「分身の術!」
10体の忍堂の分身が現れ、四方から轟を強襲する。
「ちぃ!」
自身を中心に氷を展開。忍堂の分身を同時に攻撃する。
しかし、攻撃は忍堂達を全てすり抜けてしまう。
『おーっと! 忍堂選手の分身が攻撃をすり抜けたぞ! 無敵かオイ!?』
『というよりも実体がないな。常闇のとき同様、実体を持った分身とは別ということか』
「なら本体はどこ――グッ!?」
「ここにござる」
全方位の攻撃によって、轟に近づける存在はいないはず。
だが、忍堂は轟の目の前に実体としている。
混乱するなか距離を離そうとするが、ピタリと忍堂は追走する。
「この距離、この速度で儂様から逃げることはできぬでござるよ。氷漬けは嫌でござるからな、掴みは無しでござる」
あえて口にして攻撃を繰り出す。
爆豪との戦闘から体術では敵わないと分かっていた轟は、一撃を耐えて視界を覆うほどの氷結を繰り出す。
「いやはや、忍具を使えないのはつらいでござるなー」
のんきな言葉を残し、氷結の壁の奥に追いやられる忍堂。
轟は呼吸を落ち着ける時間を稼ぎつつ、回り込むように忍堂を追う。
しかし、氷結の壁の裏に回り込んでも、忍堂の姿がない。
探す間もなく背中を蹴られ、痛みに耐えながら背後に氷結の壁を展開。
壁から視線をそらさない。壁の上下左右全てを警戒する。
「グアァッ!?」
目をそらしていない。それなのに、なぜか忍堂の攻撃が腹部を襲う。
「儂様相手に視界を覆うのは下策にござるよ。忍者に準備の時間を与えるのはお勧めしないでござる」
爆豪の時と同じ。
攻め切れば勝てるはずなのに、攻めず、間を開ける。
その事実に怒りを感じる間もなく、次の攻撃が轟を襲う。
『こいつはどういうことだ忍堂選手! 氷の裏に隠れたと思えば、轟選手のすぐ近くにいるぞ!』
『轟の作戦ミスだな。氷をあれだけ出せば、開けたステージが氷の壁で複雑な地形になっている。機動力と撹乱に長けた忍堂にとって、もはやあそこはホームグラウンドだ』
相澤は気づいている。
忍堂はそれに加え、影分身と変化の術、そして土隠れの術等を使い、奇襲ポイントをいくつも作っていること。
しかし、それを伝えれば轟に助言をしたことになる。
だからこそ、自分で気づくしかない。
「炎で溶かせば少しは戦いやすいでござるよ」
「わりぃ。まだ分からねえんだ、自分がなにになりてえのか……!」
「それは残念でござる。悔しいでござろうが、それもまた人生でござるよ」
「お前、本当に俺達と同い年なのか」
「儂様がおじさんに見えると? 今時ルッキズムは大バッシングでござるよ」
「そういう意味じゃねえ」
「なら」
ここで初めて、忍堂が轟の前に立つ。
攻撃するそぶりも見せず、ただ轟と目を合わせた。
「これ以上は無駄でござる。轟、お前が棄権するでござるよ」
『ここで忍堂選手。棄権勧告だあああ! お前マジ何考えてんの!?』
『屈辱。だろうな』
『んなもん言わなくても分かってるぜイレイザー!』
『そういう意味じゃねえんだけど。ま、いいや。確かにこのまま続けても忍堂の勝ちは確実だろう』
「相澤先生の言う通り、現状儂様の勝ちは揺るがないでござる」
そして、と忍堂は声を小さく。轟だけに聞こえるように。
「炎を使いたくないのは勝手にござるが。侮蔑を向けられればそのまんま返すでござるよ、屈辱的なまでに自ら棄権するでござる」
「俺は……」
「早くするでござる。無意味でござるよ。舐めプ組の仲間として教えるでござるが、舐めプして負ける程恥ずかしいものはないでござる」
さんざん爆豪に言われた言葉。
そう言われても仕方ないと思った、だから大して気にすることもなかった。
「轟の憧れるヒーローとは、なんとダサいものでござろうか。儂様悲しいでござる。やはりヒーローは道化でござったか」
いつの間に視線が下になっていたのだろう。
顔を上げる。
嗤う忍堂がいて、その奥に心配げにこちらを見つめる緑谷の姿があった。
「轟に負けた緑谷も、さぞつまらないヒーローに。いや、立派な道化に成るのでござろうな。この分では奴の敬愛するオールマイトも所詮同類でござったか」
視界が。赤く染まった。
安っぽい挑発。控室で忍堂と話していなければ、言葉通りに受け取っていただろう。
今なら分かる、炎を使わせるため、わざと言ったことくらい。
分かっていた。それでも、自分が憧れたヒーロー。こんな自分に、言葉を尽くしてくれた友達とヒーローを馬鹿にされて、耐えられなかった。
『轟選手! 緑谷戦で見せた炎で忍堂選手を包み込んだァアア! 一発逆転か!?』
誰の目にも、忍堂が炎に包まれた瞬間がとらえられた。
回避せず、至近距離、油断しているところを、炎が飲み込んだ。
炎が消えるよりも前に、スタジアムが熱狂に包まれる中、尾白が苦い表情を浮かべる。
「俺さ、忍堂と訓練してるから知ってるんだけど」
「尾白。お前まさかここにきてまだなんか隠してんのかよ!!」
ジト目で睨む峰田に、尾白は首を振る。
「前、組手が終わって休憩しているときにさ、一本がどうしても欲しくて、後ろから攻撃したことがあるんだ」
「うわ。尾白がそこまでするとか、どんだけ追い込まれてんだよ」
「それで、怒って反撃。ボッコボコにされたとか?」
冷や汗を流しながらも上鳴が茶化す。
尾白は首を振った。
「言っただろ。今まで一度も攻撃を当てられてないって」
「よ、避けられたってこと? 尾白君」
「避けられた。代わりに俺は木を殴ってた」
「なんで?」
「変わり身の術なんだってさ。不意打ちは諦めたよ、アイツの不意を突くなんて、今の俺にはできない」
轟は赤く染まった視界に複雑な思いがこみ上げてきていた。
この炎を使って勝ちたいとか、倒したいなんて思いはなかった。
ただ、否定されたことが嫌だった。
使うつもりなんてなかったのに、こんな形で勝ったところで……。
「……?」
気づく。
自分はいったい、いつ空を見上げていたのだろうか。
なぜ視界の端に、炎に包まれたはずの忍堂が無傷のままいるのか。
『どどどどどういうこった!? 炎に飲まれたはずの忍堂選手が無傷! そして、逆転したはずの轟選手がステージ場外に倒されているぞ!?』
『何度も見ただろ。あいつの十八番だよ』
「お前、まさか……」
震える声で聞けば、忍堂はニカッと刀印をクロスさせた。
「影分身の術にござる。無策で轟の前に立つほど、下に見てはいないでござるよ」
『轟君場外により、忍堂君の勝利!』
忍堂から手を差し出され、起き上がる轟。
「いい炎でござった。バーベキューするときは火力要員として手伝ってもらうでござるよ」
「いい炎……か」
怨嗟の炎を、まさかの肉焼きに丁度いいと言われるとは思ってもいなかった。
なぜか今ばかりは、馬鹿らしくて口元が緩んでしまう。
「そうだな」
「儂様ミディアムが良いでござる」
忍堂、ガチトーナメントバトル1位。