個性チャクラで影分身 作:切って捨てて
林間合宿1日目。
儂様達は早朝から相澤先生に連行され、開けた場所に集合したでござる。
「忍堂、これを個性使って投げてみろ」
「個性把握テストのときのソフトボールでござるか?」
「そうだ、君達はUSJ、体育祭、そして職場体験と多くの経験を積んだ。入学当初と比べて、君達は格段に強くなった」
促されて投げるモーションに入り、儂様気付いた。
螺旋丸使えばもっと飛ぶでござる。
「螺旋丸!」
圧縮されたチャクラの爆破を一身に受け、ソフトボールがめちゃ飛んでいったでござる。
「おー! めっちゃ飛んだ!!」
「昨日土魔獣を倒した新技か。すごい威力だな」
「手数とトリッキーな技だけじゃなくて、純粋に高威力な技まで……」
「……1025m。今度は最初のときと同じ、身体強化だけでやってみろ」
言われた通り、身体強化で投げるでござる。
すると結果は、まさかの前回とほとんど変わってないでござるよ。
いや、込めるチャクラ量を増やせばもっと伸びるでござる。言い訳じゃないでござる。ホント、マジござる。
「先のを見ても分かる通り、君達は経験を積んで格段に強くなった。しかしそれは、頭や体、個性の使い方といった技術によるもの。だが、個性の出力はさほど変わっていない」
チャクラ生成が個性故、個性の出力云々は物申したいでござるが、話の本筋ではないので黙っているでござる。
「つまり、今回の林間合宿で皆には個性の出力向上、上限突破を目的とした訓練を行ってもらう」
聞くだけでヘビーな訓練になると想像できるでござる。
皆の顔も引きつっているでござるよ。
合流したWWPと相澤先生を監督とした、地獄の訓練が始まったでござる。
☆
各々が自身の個性に見合った訓練を続けているA組に合流したB組。
USJ以来、A組と何かにつけて比較されてきた彼らの瞳は、打倒A組に燃えていた。
「ブラド先生、これ……なんですか?」
「個性の出力向上を目的とした訓練だ」
A組がすでに訓練を始めている広場、そこでは空に巨大な爆破が突き抜け、叫びと共に肘からテープをひたすら射出する男がいて、大地を燃やしては凍らせ、凍らせては燃やしている男がいて、空気ボールの中で顔を青くさせながら山から転げ落ちる女がいた。
そして、逆に体をひたすら苛め抜く集団もいた。
「ござる! ござる!」
「ハッ! フッ!」
緑谷と忍堂である。
筋肉ムキムキの猫男が主催するブートキャンプだけは、派手ではないが異色の地獄があった。
「plus ultraなんだろ? しろよ、ultra」
地獄の猫教官による肉体と精神両方の扱きに、自分たちも参加するのかと思えば自然と脚が重くなった。
そして気づく。
「あれ? アイツ体育祭で1位だった忍堂だよな。あっちこっちにいねえか?」
「いる。尻尾の人とかと殴り合ってたり、青いオーラをひたすら手に集めてたりしてる。いっぱい」
影分身なるもので、分身体を複数体出せることは知っていた、しかし目の前の光景が何の訓練なのかは分からなかった。
しかし、彼が浮かべる表情は体育祭で見た不敵で自信に満ちたものではなく、苦悶の表情で余裕の一切を感じさせることはなかった。
「お前達、あれがA組だ。世間で色々騒がれているが、本質は違う。B組が勝つためには彼らと同等かそれ以上の覚悟と意志が必用だ。そして、お前達にはそれがあると俺は確信している」
不安な顔がBクラスに広がるが、担任の一言が払拭する。
背を向けてはいるが、その大きな背中は彼の思いを雄弁に語っていた。
「ブラド先生……!」
「俺やるよ! 絶対にA組に勝ってやる!」
「皆やるぞ!」
「「「おーーーー!」」」
☆
き、きちいでござるよ。
個性の強化訓練が終わった儂様は地面に倒れこんだでござる。
「ははは。余裕のない忍堂君って初めて見たかも」
「確かにな。あの時も最後まで余裕があった」
「緑谷に轟でござるか。普通に辛いでござるよ、帰りたいでござる、一日中動かないで優しいお姉さんに頭をナデナデしてもらいながら惰眠を貪りたいでござる」
「凄い具体的な欲望が出て来たね……」
ブートキャンプだけなら余裕はあったでござるが、そこにチャクラ生成と出し続ける影分身から送られてくるフィードバックによる、脳への疲労蓄積。
近年の研究で発表された論文。
体を動かすとなぜ疲れるのか、理由は体を動かすと脳が疲れるからでござる。
体を使って脳が疲れ、チャクラを練って脳が疲れ、フィードバックで脳が疲れ。
ぶっちゃけ、体ではなく脳が死んでいるでござるよ。
「さ、忍堂君がんばろう。御飯を早く作らないと」
「ござるぅ……。どうしてご飯を作ってくれないでござるかぁ……。嫌でござるよぉ、儂様動きたくなーいぃ……」
「お前本当に忍堂かよ、普段と違いすぎんだろ」
うっせ、轟うっせうっせ。
お、丁度いいところに意外なバブみを感じる存在発見!
「耳郎~」
「うわ、忍堂どうしたの。なんていうか、骨がない人みたいな動きしてるけど」
「あはは。忍堂君、強化訓練で疲労困憊気味で、僕もこんな忍堂君を初めてみたよ」
「耳郎~。儂様動きたくないでござるよぉ、ご飯を作って欲しいでござるぅ」
「すっごいダメ男が出来上がったじゃん。貴重かも」
地面をウジ虫のごとくのそりのそりと移動して、耳郎の足元に到着したでござる。
「儂様は耳郎の御飯が食べたいでござるよぉ……。お願いでござるぅ、作ってくれでござるよぉ」
「えーやだよ、めんどい。自分で作りなって」
「やっぱりだめだって忍堂君、自分で作ろうよ」
甘いな緑谷、儂様の観察眼は告げているでござる。
耳郎はダメ男に惹かれるタイプにござるよ。私がいないと~、本当にダメなんだから~、私だけが~。テイストになるはずにござる。
「耳郎だけが頼りなんでござるよぉ。こんなこと耳郎にしか頼めないでござるよぉ、儂様にご飯をぉ……」
「う~ん。でも、やっぱり自分で作らないとだし」
ほら、ちょっと嬉しそうにして、言葉も柔らかいでござる。
儂様の目に狂いはないでござる。
「そこを何とか! お願いにござる! 後で埋め合わせをなんでもするでござるよ!」
「あはは……そ、そこまで言うなら」
キター! 耳郎ママを落としたでござるよ!
八百万でもよかったでござるが、八百万の場合は麗日や蛙吹、そして耳郎など屈強なガードマンが現れるでござる。
しかし、耳郎のようなサバサバ系に見えて、実は頼られたりするのがまんざらでもないタイプならそんな心配もない!
責任感と母性を刺激すれば簡単に落ちるでござる!
「え、耳郎さんいいの!?」
「無理なら無理って言った方がいいぞ。俺達が連れてくから」
ちょ、やめろよ轟と緑谷。こういうのは高い壺と一緒で、第三者がいると成功率下がるんだぞ!
「ま、まあ。作る数が一人増えるぐらいはそんな手間じゃないし。忍堂も疲れてるっぽいし……」
流石耳郎ママ。儂様信じてるでござる。
「た、助かったでござるよ耳郎! 女神! A組の隠れ人気枠! 一生ついていくでござるー!」
「ちょ、調子のいいことばっか言ってないで、ほら立ちなって。歩くぐらいはできるでしょ?」
ふっふっふ。ここで立つのは三流にござる。
真のヒモは一人では生きていけない存在にならなければでござる。
「耳郎が引っ張ってくれないと儂様歩けそうにないでござるぅ。それほど頑張ったし疲れてるでござるよぉ」
情けない声でウネウネしながら、ちらりと耳郎の反応を見る。
ふむ、口角が少し広がったでござるな。困った中にも頼られたことによる高揚が見て取れるでござる。
ここで面倒くさそうにしても、すぐに引いてはいけないでござるから、みんな注意するでござるよ。あと、普段の振る舞いはしっかりさせとくのもコツにござる。
私の前だとこんなにも弱い姿ばっか見せちゃうって、私が特別だから? と思わせることができるでござる。頼られるなら自分だけ。この”自分だけ”を如何に演出するかが重要にござる。
「耳郎~引っ張ってくれでござるよー」
「凄い。普段の頼れる忍堂君がこうまでダメダメになるなんて……」
「森にほっぽったら動かず野垂れ死にそうだな」
「ほら、忍堂ちゃんと立って。引っ張ってあげるから」
「ありがとうでござるよぉ。頼りになるのは耳郎だけでござるよぉ」
完璧にござる。
さーて、あとは耳郎ママにまかせ
「大丈夫か忍堂君! こんなにまで疲労するほど頑張ったんだな! 耳郎君、ここは学級委員長である俺に任せてくれ!」
……は?
え、うそ……。
「え、あ、でもウチが代わりにやるし、任せてくれても」
そ、そうでござるよ! 耳郎頑張れでござる!
「いいや、耳郎君も訓練で疲れているだろう。俺ならまだ余裕があるからな、君もしっかり休んだ方がいい」
ち、飯田め。痛いところを突いたでござるな。
そう、耳郎の場合、頼られるのも嬉しいし、心配されるのも嬉しいのでござる。
仕方がないでござる、ここは撤退にござる。
「耳郎、済まなかったでござる。耳郎も訓練で疲れているはずにござるのに、儂様は自分本位でござった」
「だ、大丈夫だよ。ウチも余裕出て来たし、忍堂は歩けないほど疲れてんじゃん」
しかし飯田。儂様ただでは転ばないでござるよ。
自分がいないとどうしようもないダメ男、しかしそんなダメ男が自分のことを思って動いてくれる。
このギャップこそ、ダメ男が好きになる女性をダメ男スパイラルに落とす魔の手法にござる。
今回は引こう。しかし、この楔は何時か実を結び、儂様のダメ男ライフの糧になるでござる。
「儂様のせいで耳郎まで動けなくなるのは嫌でござる。辛いでござるが、耳郎のためにも、儂様頑張る!」
「に、忍堂……」
「さあ行こう忍堂君! 俺の班はあっちだ! 大丈夫、座ってできる作業もあるさ!」
「耳郎、しばしの別れでござるが、体に気を付けるでござるよ」
「うん、忍堂も。辛かったらいつでも頼っていいんだからね……」
そうして、儂様は飯田という最悪の手札によって首を落とされたでござる。
「緑谷、あれって結局何だったんだ?」
「多分、疲れてたんだよ」
飯を食い終わった儂様、頭が冷静になったでござるが。
何でござる、ニートライフって? 無自覚でござったが、結構ギリギリだったでござるか。
夜。なぜか補習組に入れられた儂様は、補習までの休憩時間。
夜の闇に紛れて外に出たでござる。
☆
緑谷がそれを見たのは、偶然だった。
補習組以外が寝る前の自由時間で盛り上がっている中、気晴らしに外に出なければ気づくことはなかった。
「忍堂君……?」
夜の闇に紛れて森の中に消えていく忍堂の姿を見た。
緑谷にとって、忍堂は不思議な存在だった。
最初に忍堂を知ったのは個性把握テスト。幼馴染の爆豪を大きく離して入試トップと知った衝撃は大きく、強く印象付けたのはUSJ襲撃事件だった。
相澤と共に中央で戦っていた忍堂、オールマイトをして百発以上の全力を叩きこんで、ようやく倒せた化け物を相手に時間稼ぎを成功させた。
そして、死柄木弔からも自身を守ってくれた。
強く意識すれば、忍堂の強さを改めて思い知らされた。
雄英体育祭では爆豪を個性も使わず倒し、轟も翻弄して勝利して1位になった。
ヒーロー殺し、ステイン戦では動けなくなった自分たちを守り抜いた。しかも、本体は最後まで前に出ず、最大限の安全を確保した立ち回りを見せた。
期末試験では爆豪を挑発し、自分たちに切っ掛けをくれた。
林間合宿当日、土魔獣に疲弊する中、忍堂だけが余裕を持って対処した。
はっきり言えば、緑谷は忍堂に憧れていた。極一部分ではあるが。
彼の自信に満ちた振る舞い、ヴィランを前に果敢に挑める覚悟、傷の多い自分と違い無傷でことを成す強さ。
自分とは違う、オールマイトみたいに彼ならなんとかしてくれると思わせてくれる。
だからこそ、こんな時間、あんな暗い場所に行く理由が分からなかった。
(も、もしかしたら秘密の特訓とか? ま、まさかね……)
後を付けるなんて良くない。
皆に隠し事をしている自分が、他人の秘密を探ろうなんてヒーローらしくない。
そう思い、忍堂が消えていった場所から離れようとしたときだった。
バシンッ!!
空気を裂く音がした。
(ま、まさかヴィラン連合!?)
最悪が頭をよぎる。
なぜか、先の音は忍堂が消えた先から聞こえて来たから。
たとえ忍堂だとしても、ヴィラン連合に集団で襲われれば危険だ。
思い至ったときには走り出していた。
自分じゃ足手まといだとか、先に先生に知らせるべきだとか、そんなことは足を止める理由にならなかった。
バシンッ!! バシンッ!!
走るにつれ、音が近づく。
森をようやく抜けた先、そこで見た光景に思わず緑谷は叫んでいた。
「に、忍堂君っ!!!」
上半身をむき出しにして、背中からおびただしい血を流す忍堂に駆け寄る。
「ど、どうしたの! まさかヴィランが!?」
慌てて周囲を見回すが、ヴィランの姿どころか戦闘跡もなかった。
「緑谷、どうしてここに……」
忍堂の荒い声が聞こえた。
それもそのはず、これほどのダメージを負えば話すことすらつらいはずだ。
「この傷! どうしたの!?」
忍堂が傷を負っている姿を初めて見た緑谷の動揺は強かった。
対照的に、忍堂はばつが悪そうに頭を掻いた。
「秘密の、特訓にござるよ。緑谷、このことは先生に黙っていて欲しいでござる」
「え!? この傷が特訓!?」
見れば忍堂の手には鞭が握られていた。
鞭には血が付着し、手に流れた血が地面にシミを作っている。
「ど、どうして!? 理由を教えてよ!!」
なぜ自傷するのか。個性の暴発で大きな負傷を負いやすい緑谷にとって、痛みの程度は想像に難くなかった。
だからこそ、これほどまでに痛々しい傷を負う特訓が理解できなかった。
「説明するでござる、だから緑谷。このことは誰にも言うな、でござる」
「そ、その前に手当てが先だよ!」
「なら、これを巻いて欲しいでござるよ」
この後治療するつもりだったのか、忍堂は近くに置いた救急箱から包帯を緑谷に渡す。
包帯で簡易的に治療した忍堂は、背中の包帯に血をにじませながら話し始めた。
「緑谷は……。痛みを知らない人間が、土壇場で動けると思うでござるか?」
痛むはずなのに、忍堂は普段と変わらない表情を浮かべた。
まるで慣れているようだった。
「儂様は影分身を使って、本体の安全を最大限確保して戦うでござる。有事の際、儂様が無事なら戦力を落とさず増やせるにござる。儂様自身これを最高の手段だと思っているでござる」
「そう、だね。ステインの時も、最後まで分身体だったからこそ、ステインの個性の影響を受けなかった」
「だが、物事そう上手くいくわけがないでござる。いつか、本体が戦う状況が来るのは容易に想像できるでござるよ。そのとき、痛みを知らねば死ぬのは儂様にござる」
「そ、そんなこと……」
「緑谷には体育祭で話したでござるな。覚悟にござるよ。恐怖は体をすくませるでござる、逆に知っている痛みに恐怖はないでござる。自ら痛みと傷を刻むことで覚悟を研いでいるでござる」
「なんでこんな無茶なことを続けられるの。僕には、できないよ」
「憧れでござるよ。光が当たらずとも、数字上の死しか知られずとも、歴史を紡いだ忍びの生き様と死に様。ステインをコケにしたのは、儂様自身がステインと変わらないでござるから、分かるのでござるよ」
「……」
「あいにく、儂様が命を賭けてでも守りたいと思うモノはいないでござる。国も、国民も正直どうでもいいでござるよ。今のところは友を護るために、そして守りたいと思えたモノに会ったとき十全に事を成すために備えるでござる」
依然、忍堂は言った。緑谷達が眩しいと、羨ましいと。
なんと返したらいいのか。緑谷には分からなかった。
飯田に対して、ステインの殺害を仄めかしたり、ヒーローを道化と言い放った男。
そんな横で空を見上げる彼の瞳の奥が、あまりにも純粋に澄んでいたから。
「自分の言葉は、曲げないでござるよ。曲げたくないのでござる」
ただ、忍堂の言葉を聞いて、彼のヒーロー名である護影の影が、誰の影であるのか。
きっと忍堂しか知らない憧れの存在なのだろうと、やけに澄んだ夜空を見ながらぼんやりと思った。
「ちなみに、チャクラは純粋なエネルギーにござれば、身体強化は自然治癒能力も高めるでござる。明日にはつるっつるお肌にござるよ」
「チャクラってすごいっ!?」
実際には明日の夜。風呂の時間ぐらいまでは痣になっているのだが、緑谷の心配具合から忍堂は言葉を濁した。