個性チャクラで影分身 作:切って捨てて
林間学校3日目の夜、どうにか土下座することで補習免除を獲得し、肝試し大会に参加していた忍堂が、一緒に行動していた八百万を抱えて木の上に飛び乗ったのは咄嗟だった。
「これは、ガスにござるか……?」
夜の森は人工の光がなく夜空に良く照らされていた。
だからこそ、地面を這う桃色の煙が忍堂と八百万にははっきりと目に映っていた。
「忍堂さん、これはまさか!」
「襲撃、にござるな。影分身の術!」
分身体が桃色のガスに突っ込むと、数歩歩いたところでパタリと倒れた。
しかし、倒れるまで分身体が苦しんだ様子はなく、分身体を消して得たフィードバックから忍堂は確信した。
「催眠ガスにござるな。ミッドナイトと効果は似ているでござるが、形状が違うでござるな」
「考えたくありませんが、最悪を想定するしかありませんわね」
ヴィランの攻撃。
そこから八百万の行動は早かった。
「忍堂さんコレを!」
「ガスマスクにござるか。影分身の術!」
分身体に八百万が創造したガスマスクを装備させ、ガスの中に飛び込ませる。
分身体は倒れず、忍堂達の下に戻ってくる。
「分身体、どうだったでござる」
「皮膚から吸収している様子はないでござる。ガスマスクがあればとりあえずは問題はないでござるよ」
「忍堂さん、肝試しで皆さんが分散している状況ですわ。私がガスマスクを作りますので、分身体で配ってください!」
早速個性でガスマスクを創造し始める八百万だが、それを止めたのは忍堂だった。
「八百万、焦るなでござる。情報を整理し、儂様達が取るべき行動を密に確認するでござる」
ガッ。と口を開け、奥歯に仕込んだミニサイズの巻物を取り出す。
「忍びの辞書に準備不足はないでござる」
巻物を広げ、ポフンと音を立てて出たのは大きな巻物。
マトリョーシカの逆版を見せた忍堂は、八百万の言葉を待つことなく、両手で持つほどに大きな巻物を広げる。
再びポフンと出てきたのは、忍び服と片手で持てる程度の小さな巻物が10前後。
「忍堂さん……これは……」
「ヴィランの襲撃なら状況は最悪にござるが、儂様と八百万が肝試しのペアだったことは幸いにござる」
八百万の目の前でもお構いなしに忍び服に着替えた忍堂は、脱いだ服を封印術で小さな巻物にしまっていく。
「ガスマスクを作る前に通信機を作って欲しいでござるよ。儂様の影分身は身に着けている物を含めてコピーするでござる、だから」
ガスマスクをつけた状態で影分身を出す。
すると、先ほどとは違い忍び服とガスマスクをつけた分身体が現れる。
「優先順位は儂様と八百万。あらゆる状況に対応できる儂様達の安全を確保。ガスの届かない場所で簡易的な陣を敷き、陣を起点にガスマスクの配布、負傷者等の保護、情報の伝達を行うでござる」
「わかりましたわ。ですが、私の個性は脂質を消費しますの」
「言ったでござろう。忍びの辞書に準備不足の文字はないと」
にやりと笑った忍堂は、斥候と自分たちを運ぶ用の分身体を出して、ガスの届かない少し高い岩場に移動した。
「ここなら視界がある程度確保できる故、奇襲を防げるでござる」
巻物を取り出し、地面に転がして中身を取り出す。
ポフンと巻物の上に、大量の加工食品が並ぶ。
「儂様は相澤先生に無線機を含め、情報を共有してくるでござる。儂様はチャクラを練ることに集中する故、情報は分身体とやり取りして欲しいでござる」
「これほどの食糧を……」
八百万の懸念する燃料不足は解消された。
しかし、だからと言って負担がないわけではない。しかし、
「今こそ、クリエイティの名にふさわしい私に、plus ultraの時ですわ!」
移動中に創造した無線機を忍堂に渡し、八百万も自分と相澤等に渡せる分を用意。
そこからは個性強化訓練で何度もやった、口にカロリーを詰め込みながらの創造。
隣では忍堂が影分身を作り、八百万から受け取ったガスマスクを手に方々に駆け出していく。
「次までには自分用以外の無線機、そして事前に地図情報を……、スマホがあれば。今度スペア用で用意するでござるよ」
チャクラを練りながら反省をなぜか始めた忍堂だが、分身体を出す手は止めない。
八百万同様、カロリーを胃に流し込みながらチャクラをどんどん練っていく。
「前よりチャクラの生成が早い。なるほど、脳でござるか……」
そして、新たな自分の可能性に気が付き、こんな状況だと言うのに笑みがこぼれた。
こうして、雄英高校A組の万能個性のタッグによる、即席物量人海戦術が誕生した。
☆
相澤の背後に忍堂が逆口寄せしてきたのは、青い炎を操るヴィランが泥のように崩壊した直後だった。
「相澤先生、緊急事態にござる」
「分かっている。お前はどっちだ?」
「分身体にござる。本体は八百万と二人で簡易的な陣を敷き、分身体と創造を使い散らばった生徒の保護を第一目的として行動中にござる」
「マンダレイに合流したらテレパスで伝えさせろ、ヴィランの襲撃、可能なものは宿所に避難すること、それと自衛を目的とした個性の使用をプロヒーロー、イレイザーヘッドの下許可する」
「御意。八百万に通信機を作ってもらっているでござる、マンダレイに合流次第やり取り可能にござる。そして、現在判明しているのは桃色のガスが一部に広がっているでござる、効果は意識の喪失でガスマスクで防げることは確認済みでござる」
最悪の状況ではあるが、打てる手が広がったことに相澤は少しばかり安堵した。
「八百万たちに伝えろ、お前たちも可能であれば宿所に早く避難しろ。ヴィランにとって最も厄介なのはお前達だ」
「御意。経路を確保次第移動を開始するでござる」
「それと、お前は俺に付け。生徒を発見次第俺と通信機で」
「こちらを」
忍堂がポケットから通信機と、別のガスマスクを取り出す。
「必要なものがあれば、逆口寄せと合わせて持ってくるでござる」
「はぁ。お前が早くプロヒーローに成ってくれると、この手の事件は融通が利くようになるんだろうな。物はもういいが、分身体をもう一体こっちに合流、ブラドの傍にいてくれ」
即席で出来上がる不安定だが密な情報網。これにより、双方に問題が発生すればすぐに情報の連携ができるようになった。
らしくない考えをしながらも、物を受け取った相澤は忍堂を連れて走り出した。
☆
ヴィランによる襲撃は、派手に行われた。
森に散らばった雄英の生徒、そしてプロヒーロー達とヴィランが戦いを始める中、静かに一方的な暴力が振るわれていた。
そして、別の場所でも。
「ラグドールを発見したでござる。現在脳無と交戦中にござるよ、応援頼むでござる」
分身体の忍堂が通信機を使い、本体と相澤に情報を伝達する。
背後には血を流したプッシーキャッツのラグドールが倒れており、忍堂は脳無とラグドールの間に壁となって立っていた。
『なにっ!? ラグドールは無事なのか!』
「傷はあるでござるが、意識は不明にござるよ」
『承知にござる、付近の分身体を向かわせるでござる。応援到着まで時間稼ぎされたしにござる』
「USJ、ステインの時とはまた別の個体にござる。全身武器人間で、時間稼ぎは難しいでござる」
『どうにか隙を作るでござるよ、最優先目標はラグドールの安全でござる』
目の前にいる脳無、背中から数本の触手が伸び、先端にはドリルやチェンソーといった凶悪な武器が鈍い光を放っていた。
一撃でも食らえば消える、なら接近戦は避けるべき。
「水遁! 水鉄砲!」
高圧力で射出された水のレーザーが、脳無の触手2本を切り飛ばす。
「キェエエアエアエええ!!!!!」
触手を切られたダメージなのか、仕事の邪魔をされたことに対する怒りなのか、脳無が奇声を上げて忍堂に突撃する。
「ダメージ耐性が高いでござる。水遁! 水球弾の術!」
突撃中に再生した触手を見て、忍堂は口からこぶし大の水球を脳無にぶち当てる。
水の純粋な質量、そして高速で飛来するパワーに脳無が少し押し戻される。
「水遁! 水球連弾の術!」
チャクラの消耗は激しいが、1秒でも長く時間を稼げればいい。
ダメージはなくとも、連続で射出される水球が脳無をじりじりと押し戻す。
しかし、分身体が持つチャクラ量はすさまじい速度で消費される。
時間にして1分も持たないギリギリの戦線だが、今の忍堂にとってはそれで十分だった。
「螺旋丸!」
脳無の背後に現れた分身体が、用意していた螺旋丸を脳無の横っ腹にぶち当てる。
暴力的な爆発と内部をかき乱す螺旋の力によって、ボロボロになりながら脳無が吹き飛んでいく。
「待たせたでござる。チャクラ量は?」
「水球弾は5発も撃てないでござるよ」
状況確認している間に続々と分身体が集まってくる。
「チャクラが少ないならラグドールを運ぶでござる。数体を護衛に、残りは脳無にあたるでござる」
集まった分身体が頷き合い、行動を開始する。
ラグドールを担いだ忍堂が通信機に手を当てる。
「こちらラグドールを回収したでござる。宿所に戻るでござる」
『よくやった。脳無は』
「ダメージは与えたでござるが、倒せてはないでござる。残りの分身体が足止めに向かったでござる」
『忍堂、脳無を野放しにするな。戦線が持たないようなら戦闘域から遠ざけろ』
『御意にござる。脳無の座標は逐一伝えてくれでござる』
「それは困ります」
通信を終えて、ラグドールを抱えて移動しようとしたときだった。
忍堂の背後に男の声が響く。
「お前は、USJのときの」
ワープの個性をもつ黒霧。
今回の襲撃の起点であり、撤退の要だと即座に理解できた。
だからこそ、忍堂は素早く通信機に手を伸ばし。
「おっと。止めて頂きましょうか。私がわざわざここに姿を見せた意味、貴方なら理解できるでしょう」
「他の脳無はどこにござるか?」
「貴方が吹き飛ばした一体だけですよ。今は」
忍堂の手が、通信機から離れた。
「ラグドールは逃がすでござるよ。用件は儂様にござろう?」
「そちらの女性も、サブではありましたが標的でもあります。ですが、貴方が私の提案に乗っていただけるなら、そちらの女性を襲わないことをお約束しましょう」
「約束は守るでござるよ? 違えれば儂様はお前達を危険と判断して」
今まで誰にも見せた事のない、USJやステインにすら見せたことのない、暗く冷たい瞳が黒霧を睨む。
「殺す」
「っ!?」
手段があるなどと情報は与えない。
それでも、コイツならやる。そう思わせるだけの明確な殺意をぶつける。
「ふっ。その殺意、貴方がヒーロー志望なのか、疑わしいですね」
「問答は十分にござる。これ以上は時間稼ぎと受け取るでござるよ」
「分かりました……。貴方には余計な言葉は不要なご様子」
忍堂の殺気に驚きはしたが、黒霧にとっては慣れたもので、すぐに取り繕う。
「我々敵連合のメインとなる標的は爆豪。そして、本作戦における最大の障害である貴方の足止めが私の任務。でしたが、先ほどの殺意。あの方が注目するだけあります。貴方はそちら側ではなくこちら側の方に近い、そして死柄木弔にとって良い刺激になると判断しました」
黒霧の放つ黒い霧が広がる。
まるで忍堂を迎え入れるように。
「こちら側。ヴィラン連合に来ていただけませんか?」
「犯罪者風情が宣うなでござる」
ぴしゃりと切って捨てた。
「我々の頭目である、死柄木弔とお話していただくことは可能でしょうか?」
しばらく忍堂が考え込む。
「物事の話を進めるに最も重要なのは信用でござる。今回の目的、本当に爆豪とラグドールの捕獲が目的でござるか?」
「えぇ。ラグドールは別件、にはなりますが。彼女の代わりに貴方が来ていただけるのなら、あのお方もご納得するでしょう」
「敵連合の後ろ盾は大きいようでござるな、それに」
言葉を続けようとした忍堂に、通信が入る。
『緑谷からの情報提供により、敵連合の目的が爆豪だと判明したでござる。マンダレイに合流した分身体、情報を共有するでござるよ』
「なんか、さっき話してた爆豪誘拐がそっこうバレたでござるよ?」
「……まったく。思い当たる人物が多いですね」
どことなく苦労人な空気を感じた。
「儂様が話し相手になる代わりに、即時襲撃の中止。これが条件にござる」
「交渉が下手なようだ。たしかに貴方の個性は面倒ですが、脳無を出せば済む話です」
黒霧が霧を展開し、複数体の脳無を見せる。
大中小、そして多様な個性を持つ暴力の塊に、忍堂は歯噛みした。
「爆豪は殺すのでござるか?」
「いえ、体育祭で見た彼の粗暴な言動。彼はこちら側の人間です。だからこそ、連れていくのです」
仲間にするつもり。その意味を考えた忍堂の脳が回転する。
現時点で最も避けなければならない事態、そして求める最良の結果。
後手に回り続けた今だからこそ打てるかもしれない手段。
「分かったでござるよ。その代わり、脳無は出すなでござる。そして、爆豪を誘拐するなら絶対に傷つけるなでござる」
「えぇ。我々も未来の同志を傷つけるなんてしたくありません。大人しく回収する手段もありますから」
その言葉を聞いた忍堂の分身体達は、見せつけるように通信機を捨てる。
同時に、一体の分身体もポフンと消える。
「時間切れにござるか」
「なるほど、そういう制約ですか」
「短くて15分。集中すれば1時間持つでござるが、今回はそうも言ってられなかったでござるよ」
「では案内していただきましょう。貴方の本体の下まで」