個性チャクラで影分身 作:切って捨てて
絶望的な状況に現れる存在とは。
聞かれれば誰もが口をそろえて言うだろう。
「返してもらうぞ、オールフォーワン!」
「オールマイト、また僕を殺すか……!」
敵連合の主要人物が集まり、その裏で糸を引いていると聞いていた巨悪。
そんなところに大切な友人が二人もいる。
何をどうすればあそこまでのプレッシャーを与えてくるのか、目の前でヒーロー達が蹂躙される姿を見せつけられた緑谷達にとって、平和の象徴の登場は闇を突き破る光だった。
「ちがう……」
「どうしたんだい緑谷君?」
オールマイトがあの恐ろしい男、オールフォーワンと戦っている。
そして、隙を突くように爆豪と忍堂が敵連合から離脱しようと動き、囲まれながらもチャンスを窺っていた。
しかし、緑谷は抱いた違和感を探し、気づいた。
「かっちゃんが、個性を使っていない……!」
「なんだとっ!」
緑谷の言葉に皆が敵連合から逃げ続ける爆豪を見る。
言葉の通り、爆豪は敵連合からの追撃を、忍堂を思わせる巧みな技術で回避するのみで、個性を使う様子を見せなかった。
「おいおいどういうことだよ、あの爆豪が個性使わねえなんてありえねえぞ!」
ありえない。爆豪が個性を使わない理由がないから。
緑谷だけは説明のつく理由が思い浮かび、顔を青ざめさせる。
オールマイトから聞いていたから。
「まさか、個性を!?」
「おい緑谷、一人で納得してんなら教えてくれ、爆豪が個性を使わない理由に察しがついたんだろ」
説明したい、だが心が拒絶している。
呼吸の仕方を忘れ、視界の情報が脳に届かない。揺れる地面を幻想し、足が浮いているとさえ思えた。
「緑谷! 教えてくれ! 爆豪の動きが忍堂っぽいのに、何か関係があるんか?」
切島の切羽詰まった問い。
緑谷にとって、絶望的な状況を否定するための思考の手助けにしかならない言葉が、現実逃避という形でもう一つの結論を導き出させた。
「忍堂君が、かっちゃんに変化している……?」
「おいおいおい! 冗談にもほどがあんぞ緑谷!」
「分身体の忍堂が爆豪に変化してるとして、本物はどこにいるんだ? まさか、林間合宿からずっとなんて言わねえよな」
轟と緑谷は見ていた。
目の前で連れ去られる爆豪と、ダメージのせいか玉から解放されても現れなかった分身体。
あの状況で、忍堂が爆豪に変化して入れ替われる瞬間なんてなかった。
だが、それでも緑谷は間違っていると分かっている道でも、爆豪の個性が奪われた事実を否定したいがために、真実に至る。
「林間合宿襲撃からおかしかったんだ。変化を使える忍堂君が布なんかで僕達を隠そうとすることが、だってそうでしょ。ヒーロー殺しの時、忍堂君がどうやって僕達を助けてくれたのか、飯田君は知ってるはずじゃないか!」
轟は後から合流したから知らないが、飯田は知っている。
二人とも片方しか見ていないから分からない。
緑谷だけが両方に立ち会っている。だから知っている、護ることにおける忍堂の執拗な戦術を、ヒーローらしいなんて関係ない。
必要なら敵を煽り注目を集める、必要なら卑怯と呼ばれる手段すら嬉々として取る。
「忍堂君なら、かっちゃんが狙われていると分かれば、分身体に変化させておとりにするはず。護衛対象を準備もなく敵にさらすなんて、忍堂君が許すはずがない」
「なんつうか、マイナス方面の圧倒的信頼だな。でもよ、そこまでするか?」
答えたのは八百万。
「たしかに、林間合宿の襲撃時。すぐに動こうとした私を止め、安全な場所で陣を敷くことで的確なサポートを行っておりました。緑谷さんの情報をいち早く手にした忍堂さんが、私に布だけを作れなんて、今思えば変化した爆豪さんだと緑谷さん達に、気づかせないためかもしれません」
「ヤオモモまで何言ってんだよ! それじゃ忍堂が俺達まで騙してたってことだぜ!?」
一度でも忍堂と共に行動すれば誰もが納得する理由だった。
唯一ついていけてない切島だが、あの飯田まで確信をもって頷いているのをみて、まじかとつぶやいた。
「それに、オールマイトの動きもおかしい。オールマイトが忍堂君たちをあまり気にしてない、助けるために来たのに! かっちゃんの動きも、僕の知ってるものじゃなくて忍堂君のに近い」
トロッコ問題があるとして、敵と要救助者がいる場合。
敵を狙えば捕らえられるが、要救助者が死ぬ。
要救助者を助ければ、敵には逃げられる。
オールマイトが回答者だとすれば「要救助者を救い、敵を倒す」こう答えるはず。
つまり、切羽詰まっているとはいえ、オールマイトが爆豪達をあまり気にしていないなんて、あまりにオールマイトらしくない。
なら、そこに理由がある。
「でもよ、こっからじゃ本当にそうなのか分かんねえぞ。それに、忍堂自身が分身体かなんて俺らには判別が付かねえ」
確かにと飯田が頷いた。
「緑谷君の考えが正しいと決めつけるのは控えるべきだろう。俺達の目的は変わらない。爆豪くんと忍堂君の両名の無事を確保することだ」
「戦闘に加わるのは絶対になりません。オールマイト先生にとって守るべき対象、そして敵にとっての人質にもなってしまいます」
「何とかならねえか緑谷。他人の個性を組み合わせた技とか、お前得意だろ」
「え!? 僕っ!?」
素っ頓狂に声を挙げかけて、己の手で無理やり封じ込めた緑谷は、自分たちが取れる最善手を必死に考えることになった。
☆
「ちょこまかと、うざい」
振るわれた死柄木の手を避けた忍堂が、大きく下がる。
「保護者に友達になれと言われたでござるけど、友達も殺す派でござるか? スマブラで三タテされるまでは友達として許せるでござるが、それは流石に」
「三タテはピキっとくるよな! 器ちっせえな! 俺は分かるぜその気持ち!」
「スティーブを使わなければ、俺は許す」
「アア? 強いんだから使って当然だろ、強キャラ使って一方的に潰すんが面白いんだぜ」
「ノンノン。やっぱりキャラ愛の有無よ」
「分かるでござる。シークとゲッコウガが愛機な儂様が一票入れるでござる」
「スマブラトークってマストなんですか? 私やったことないです、話に乗れないです」
背後から投擲されたナイフを避け、振るわれる巨大な磁石棒と武器をまとめた大剣すら避けつつも、会話を挟む忍堂だが余裕があるわけではなかった。
「オールマイトが来たでござるよ。つまり、遅れて他のヒーローもやってくるでござる。早く帰るか捕まるかするといいでござるよ」
「うっせ。お前等も来い」
「友達でも無理やりのお誘いは嫌われるでござるよ。親しき仲にも礼儀ありにござる」
「余裕なさそうだな。USJとかで見せたあの速い動きはどうした?」
「エネルギー切れにござるよ。だから分身体とかも出す余裕がないでござるよ」
実際、分身体が持っているチャクラ量は、他の術を使うほど残っていない。
(分身体故さっさとドロンしてもいいでござるが、流石に他のヒーローが来るまで持たせるでござるよ)
遠目に爆豪(分身体)と頷き合う。
たとえヒーローが間に合わなくても、彼らの個性がオールマイトに向かない時間を長く確保する。
特に目の前の死柄木は触れるだけで個性が発動する。身体能力は並みではあるが、敵の首領が強すぎる。連携でもされればオールマイトも危うい。
「ほら、早く帰れでござる。友達との遊びも学生には門限があるでござるよ」
「日単位で破ってんだろ。1日も2日も変わんねえよ」
「いつまでくっちゃべっておる。馬鹿者めが」
一方的な戦線にやって来たヒーローの奇襲。
これによりマグネが気絶させられる。
忍堂の時間稼ぎが成功した瞬間だった。
「チッ。ヒーローが来やがった」
「確かグラントリノでござったな。どこまで話が通っているでござる?」
「アァ? お前さんが分身体っちゅうことか?」
グラントリノの言葉で、場の空気が止まった。
あ、言っちゃいけんかったか? とわざとらしく頭を掻く老人が、一瞬でプロの顔になる。
「本作戦におけるプロヒーロー全員が知っておる。よくやったな坊主、こっからはプロの仕事じゃ」
「おいおいおいおいおいおい。なんだよそれ、お前本体じゃねえのかよ?」
信じられないと死柄木、敵連合全員の視線が忍堂。そして爆破を使わなかった爆豪に向けられる。
「敵を前に、対策しない馬鹿がどこにいるでござるか?」
まるで遊びに来た友人の家から帰るときのように、忍堂は気やすく死柄木たちに手を振る。
「ではグラントリノ、儂様はこれにして失礼するでござる」
小さく、グラントリノにだけ緑谷達がこの場にいることを伝える。
戦闘中に得た情報に、グラントリノが目を見開く。
「儂様達は分身体故これにて失礼するでござるよ!」
街の工場一つ中心に激しい戦闘が起きれば、民衆の大半が避難。ではなくカメラを構える。
声を張り上げ、後のための情報を流布しつつ忍堂は分身体を解除する。
「あ、トカゲ野郎だけはスマブラで三タテしてやるでござる。護影のネームプレイヤーがいたら儂様でござるに、三下トカゲと改名して潜ってこいでござる」
ぽふん。と忍堂と爆豪が煙となって消え、現場には敵とヒーローだけが残った。
そんな状況を幾人かのカメラがとらえていた。
☆
結果だけを伝えよう。
敵連合は撤退。敵連合の首領と目されるオールフォーワンは、オールマイトとの激しい戦闘によって逮捕に至る。
日本における過去最大の敵の逮捕。
華々しいはずの快挙に世間は湧くはずだった。
平和の象徴の実質的な引退がなければ。
改めて雄英が行った記者会見の一幕では、そんな不安を吐露するように出席した相澤に質問が飛ぶ。
「今回の事件。発端は林間合宿での生徒誘拐によるものですが、そもそも一介の生徒がおとり捜査の真似事をした件について、世間では生徒のおとり捜査がなければオールマイトの引退もなかったのではと噂になっています」
オールマイトが引退した。
この言葉でなぜ暗雲とした空気になるのか。それほどまでにオールマイトが築いた平和が尊く、砂上の楼閣だったのだ。
「今回の一件。敵による林間合宿襲撃時、炎の個性を持つ者、そして目的が特定の生徒誘拐だと判明したため、私の一存で生徒に協力を依頼しました」
なぜ。と記者が問う。
「先日お話した通り、あの時点での最悪は生徒が敵に為す術もなく殺されることでした。そして、森という可燃物に囲まれた状況で炎の個性を持つ者が、目的を達成できない場合にどのような行動を取るのか」
あえて言わない。
分かりやすく教え、想像させる方が被害の想像が膨らむから。
「分身体へのダメージが本体に返ることはないとはいえ、生徒に危険な役目を渡してしまった事実には変わりはありません。本人、そしてご家族には正式に謝罪と学校として――」
自宅のテレビの映像を見ていた忍堂が、つまらなそうに背後にいた両親を見る。
「儂様、すごくね?」
「こんのバカ息子!!!!!!」
ガンと母の愛が頭頂部を襲った。
たんこぶがプクッとなるほどの威力だったが、忍堂はすました顔でスーツ姿で正座する男。
相澤に頭を下げる。
「ご配慮、感謝します。先生」
会見での相澤の言葉は嘘ではない。
違うとすれば誰が発案し、誰が行い、誰がいつ承認したのか。
全てが敵連合が撤退した後である。
「私の短慮な行動で、多大なご迷惑をおかけしました」
「立場上褒めることはできないが、俺がお前と同じ個性で同じ状況だったとしたら。敵戦力が分からず目的が判明しているあの状況、合理的に考えて似た手を打っていただろう。承認は事前に取るがな」
あの時、忍堂と相澤は即座に情報をやり取り可能な体制を取っていた。
つまり、不慮ではなく故意的な行動である。
「止められると思ったんだろ。事実、あの時その話をされれば俺は止めていた。教師としても、プロのヒーローとしても。本来であれば、除籍処分にされても文句は言えん」
深く、土下座をする忍堂の頭に手を置く。
「だが、元を辿れば学校側の対策が不足していたが故の事態。謝罪は受け取るが、お前の自分の身の安全を第一にして最大の成果を求めるやり方に、間違いはない。お前が注意するべきはまだプロではないこと、責任を取れる立場にないことだ。それ以外は気にするな」
「はい」
頭を上げ、真っ直ぐ忍堂と視線が交わる。
普段のひょうひょうとした態度はなく、社会人にすら見える眼差しだったが、次の瞬間にはいつもの状態に戻った。
「ではでは! 本日はアノ話にござろう! 儂様わっくわくでござるよ!」
なぜ今日、相澤が忍堂の家にいるのか。
忍堂だけではない、途中でオールマイトと二手に分かれながら、担任する全生徒の家を回っていた。
目的は度重なる学校の失態についての説明と謝罪、そして全寮制の案内と同意である。
「全寮制ですか……」
「ふむ……」
忍堂の言動は実力も相まってA組の中でも目立っている。
相澤が知りうる限り、忍堂が思い浮かべるヒーロー像は現代のヒーローとは違う。
なぜ、忍堂の抱くヒーロー像が他と違い、立ち居振る舞いがああなるのか。考えられる中で最も有力なのが家庭環境。
「母さん、私はいいと思うよ。守も乗り気じゃないか」
「まぁ、そうですね。この子も高校生ですし、自分で考えているなら私達が言っても聞かないでしょうし」
「ござるござる。儂様しーっかり考えてのことでござるよ」
父親の肩に体重を掛けてパンフレットを覗き込む忍堂。
言葉遣いを除けば普通だった。
何がどうとち狂えばあの言動が生まれるのか、相澤は疑問に思うが今は置いておく。
「そうと決まれば儂様は荷物を早速まとめるでござるよ!」
自室に走っていった忍堂を、両親は微笑まし気に見送る。
「私が言うのもなんですが、本当に良いのですか?」
子供の前では気を使っているのかもしれない。
相澤はそう思い、真剣に問いかける。
「良いんですよ。あの子は優しすぎますから」
「USJの事件があったでしょう? あの日以来、守は家の扉から出ることがなくなったんです」
学校にテレポートが可能な忍堂が、わざわざ扉から出る必要はない。
相澤はそう思ったが、両親は違うと言う。
「ちょっとした買い出しとか、ゴミ出しでもそうなんです。マスクと帽子で顔を隠して、近くの場所に移動してるんです」
なぜか。
ヒーローとして活動する相澤は解をすぐに導き出した。
「実家を知られないために、ですか」
「私達もそう考えました。プロヒーローである先生がおっしゃるんですから、そう言うことだと思います」
肩をすくめ、申し訳ないと表情を落ち込ませる。
聞く人が違えば、度を越していると言ったかもしれない。しかし、相澤は納得した。
「お子さんはよく出来た子です。学業もそうですが、ヒーローとして活動するうえで最も重要なことを、あの年で理解して実践しています」
「そうなんですか? 息子は挫折を経験したことがないんです。ですから、雄英高校に入学できたときは驚かなかったんですけど、上手くやれてるのか心配で。高校までは友達もあまり作らず、訓練だ修行だと一人で色々やっていたもので」
容易に想像ができた相澤は少し頬を緩ませた。
「表舞台で活躍するヒーローは華々しいです。ですがその実、市民を守るために自らの命を危険にさらすことも多い。敵対した敵からの報復といった、活動外での危険もないとはいいません」
忍堂は人を助けるために最善を尽くすが、命は張らない。
敵の注意を引くため、あえて煽る言動を繰り返す。だから急所となる情報を一切見せない。
輝かしいヒーロー像とはかけ離れた立ち居振る舞いだ。
だからこそ、相澤は忍堂をある一定の信頼していた。
相澤が忍堂に対する素直な評価をすれば、両親は二人とも安心したように肩を落とした。
「息子を、お願いします。先生」
深く、長く頭を下げる。
その姿は、先ほど普段とは違う一面を見せた忍堂のそれと重なった。
倣い、相澤も深く頭を下げた。
「息子さんの安全を必ず守り、立派なヒーローに育て上げます」
「よろしくお願いします。それと、無茶な修行をしていたら止めていただけると……。私達がいくら言っても聞かないんです」
そして、両親から伝わる狂気の修行に、相澤の眉間にシワが寄っていく。
「今は強く言ったこともあって、私たちのいるところではやらなくなりましたけど……」
親をしていれば分かる。自傷もいとわない修行は隠れて行っているのだと。
「任せてください。全寮制になれば、安全のため敷地内には監視カメラと教員による巡回も行います」
「そう言えばでござるが相澤先生……あれ? 儂様もしかしてタイミング間違えたでござるか?」
どたばたとやって来た忍堂を、相澤が睨みつける。
「ご両親には説明したところだが、警備のため、敷地内には防犯カメラと教員による巡回が行われる。夜な夜な外に出たり、無茶な修行をすればどうなるか……。分かるよな?」
「ござるぅ……」