個性チャクラで影分身 作:切って捨てて
壊理にとって外の世界は未知だった。
自らに向けられる手の冷たさしか知らない壊理にとって、外で出会った緑谷の手は初めて感じた温かいものだった。
「ほら、これで元気出してくれよ、な?」
そう言って、知らない女の子のフィギュアを二つ渡され、乱雑に頭を撫でられる。
(ちがう……、あの人と、全然ちがう……)
黙っていれば男は何も言わず出て行ってしまう。
(見たことない……)
ソレが女児向けの作品のキャラだとしても、壊理は知らない。
見たことがないのだ。だから手に持つそれを見ても何も感じなかった。
「なるほどな」
だから、最初は喋る人形なのかなと思った。
たとえ知っていたとしても変わらないが、手に持っていた内の一体がポフンと白煙を上げ、仮面を付けた男に化けたことに凄い驚いた。
「貴方、だれ?」
「どもっす! わけあって名前を教えることはできないんすけど、君の名前を聞いてもいいっすか?」
ポンと、優しく頭を撫でられる。
「あ……」
(あの時と、同じ……)
緑谷と違い、目の前の男の様相は不審者そのものでしかなかった。
しかし、壊理の知る男たちもおかしな面を付けている。きっとその仲間なのだと思った。
「え、り……」
「へーエリちゃんって言うんすね。オイラとちょっとお話しないっすか?」
「うん……あ」
トビが頭から手を離した時、思わず声が出て、それが恥ずかしくなり思わず下を向いてしまう。
だから、トビが再び頭を撫でてくれたことが嬉しく、赤い顔で目に涙が溜まった。
「ここ暗いっすねー。エリちゃんの趣味っすか?」
「……ちがう」
「そっすかー。なんか色々器具があるんすけど、これで遊んでたり?」
「……っ!」
見ないようにしていたソレを見て、体が震える。
「そっすかー。エリちゃん大変すねー」
それからトビはしばらく黙ったまま、優しく壊理の頭を撫で続けていた。
壊理は知っていた。この手をくれる人が、自らに非道な行いをする者にとって邪魔な存在であると。
数分、いや十数分、数十分。もしかしたら1分かもしれない。
ただ、この短い時間が永遠にすら感じられた。
「あっははは。オイラ子供に好かれるタチなんすかね」
気が付けば、トビの服を握りしめていた。
(にげてって言わないと、でも……)
手が離れない。白くなるほど強く握った服に、まったく色が違うのにあの時の色を見てしまう。
そっと、自分の手がトビの手に包まれる。
「エリちゃん。あの若頭にオイラのこと黙っていてくれないっすか? そうしたら、またこうして会いに来るっすから」
「……ッ」
頷いてしまった。
一度離れてしまったあの温かさに、こんな冷たい場所で再び会ってしまったから。
怖くて仕方がなかった。
握りしめていた服に飛び込む。
「大丈夫っすよー。エリちゃんは偉い子っすねー」
何の根拠もない言葉が嬉しくて、背中に回らされた抱擁が心を落ち着けてくれた。
こんな時間がずっと続けば。そう思えば思うほど、ありえないという事実が重石となって乗りかかる。
「ホントはダメなんすけど、特別っすよ? オイラはトビって言うんすけど、オイラのことはだーれにも言っちゃダメっすよ?」
涙と鼻水を服に押し付けながら、何度も頷いた。
この匂いに、包まれていたかった。
「いつかヒーローが助けに来てくれるかもしれないっすけど、誰にも言っちゃダメっすからね?」
抱えられて、膝の上に乗せられて抱かれる。
自然と体を丸めていた。
「オイラは悪ーい敵なんすけど、子供にはちょー優しいんすよ。可愛い女の子なら尚更っすねー」
一定のリズムで優しく叩かれる背中が、まるで鼓動のようで、張りつめた緊張がどんどん解けていく。
「本当に危ないとき、絶対に助けるっすよ。だから、諦めちゃダメっすよ? 頑張って生きて、頑張って助かって欲しいんすから」
「トビ、さんは。悪い、ひとなの?」
「そうっすよー。かわいい子に目がない悪ーい敵なんす。連れ去って、自分の物にしちゃうんすよ。そんで、自分の大切なものを絶対に守るんすよ。オイラってすっごい我儘なんすよ、だから誰にも上げたくないんすよね」
ぼうっとトビの仮面を見る。
目のところしか開いていない仮面の奥、慈愛の目と合った。
「だから、オイラのことは誰にも言っちゃダメっスからね。バレちゃったら、連れ去れなくなっちゃうっすから」
そう言って、少し強く抱きしめられれば瞼がどんどん重くなっていって、いつの間にか眠っていた。
いったいどれほどの時間をそうしていたのか。
壊理が眠りについた後、手術台にも見える椅子に優しく置いたトビは、深いため息を吐く。
「知らなかったすね。オイラって意外と純情派だったっす……」
目的のためなら、自分は血も涙も捨てて冷徹になれると思っていた。
守りたい物を見つけたのなら、自分なら他を切り捨てるなんて簡単だと思っていた。
今日であったばっかり、知ってることは名前とどういう境遇なのか。ただそれだけ。
不幸自慢なら世界中から同等以上の選手がいくらでもエントリーすることだろう。
なのに、手から伝わる幼子の高い体温がトビの心臓を締め付けた。
「はぁ。今からここ爆破して逃げようかなぁ……」
方法なんていくらでもある。
そのための力を蓄えている。手段だって用意できる。
だが、それでも惜しいと思ってしまった。
まだここで活動する価値が、壊理を起点とした情報があるのだと考え至ってしまった。
「こんな味だなんて思ってなかったぞ、なんでこんな痛えんだよ」
そう言って首を振った。
「いや、アイツなら問答無用で助けちまうんかな。後のことなんか考えず、今泣いているからってだけで」
贓物がひっくり返り、鼻につく薬品の臭いにむせ返りそうになる。
ゆっくりと歪む視界に、自分がどれだけ脆弱な存在かを逃げ場なく見せつけられるようだった。
「くそ、くっそぉ……。だっせぇっ」
戦ってすらいないのに、無力感に苛まれた。
翌日、早朝。
死穢八斎會の屋敷に、ヒーロー達が突撃してきた。
☆
「どわーーーーー!?」
早朝に襲ってきた衝撃に、トビは情けない悲鳴と共に転げまわった。
「あ、トガセンパイのパンツ見えた」
「死んでください」
「事故っす許してください!」
飛んできたナイフを紙一重でかわしたトビは、流れるようにトゥワイスを盾にした。
「おいこらトビ! トガちゃんに謝れ! 何色だったか教えろ!」
「そ、それよりもなんなんすかこれ!?」
「ヒーロー達の強襲だ出向組」
敵連合出向組に宛がわれた部屋にやって来たのは、同盟相手のオーバーホール治崎だった。
そこに慌てた様子はなく、想定していたとさえ思える程だ。
「俺達はブツを逃がす必要がある、お前達はヒーロー達の足止めをしろ」
「えーなんで私達が?」
「そうだぜ、ヒーローが来たってんならそっちの問題だし俺達関係ねえ! 任せろどこを守ればいいんだ?」
トガ達が治崎と話している間、トビは今の状況で自分が取れる最善手を考えていた。
(治崎の隠しているブツの回収、敵連合のメンバーをヒーローに捕縛させる、エリちゃんの奪還)
やりたいことはあるが、それらに条件と優先を付けていく。
(ブツの回収はこんな状況だし、できなくてもお咎めはない。それに、世界を変えるほどにやばい物を敵連合に渡すのは悪手。メンバーの捕縛はダメだな、仲間意識の強い敵連合で俺だけが逃げるんじゃ意味がねえ。となると俺が目指すはエリちゃんの安全……本当かよ俺?)
無理やりこじつけていないのか、なんども自問自答を繰り返すが、何度繰り返しても同じ結論に至ってしまう。
なら仕方がない。正解なんてないのなら、自分にとっての正解を選ぶしかない。
(ヒーローには頑張って欲しいが、戦力が分からない。治崎の個性は強力……戦力が足りるなんてことはないはずだ)
方法なら簡単だ。
ならあとは行動あるのみ。
「少しは働け、出向組」
そう言って去っていった治崎を見送った敵連合は、お互いを見合う。
「仕方ないのです。嫌ですけど働くです」
「トガちゃん頑張り屋さん! 馬鹿みたいだな!」
「気が乗らないのです、イズク君に会いたいのです……。襲撃してきたヒーローがイズク君だったらと思うのです」
捕まるかもしれない。なんて考えはない。
今までだって逃げられたのだ、今更捕まるなんてありえない。
「皆で同時に飛びかかるんすか? あ、オイラホント戦えないんで逃げたいんすけど」
「そうだな。お前はそもそも戦闘要員じゃねえしな、といっても何もしないわけにはいかねえから、俺と来いよ」
「マジすか仁センパイ!! 兄貴ィ! ついてきやす!」
「聞いた限りでは分断して各個撃破らしいので、ヤクザさんにお手伝いしてもらいましょう」
「あ、センパイ! オイラ緊張してきてトイレ行きたいっす! ちょ、ちょっと待ってください!」
「はー、まじこいつが味方と思うときついところあるぜ。でっかいのしろよ!」
「仁君汚いです」
どたばたとトイレに駆け込んだトビが数分後、トイレから戻ってくる。
「いや~マジでっかいのでました! さ、いきましょう!」
「本当に汚いのです。手を洗ってきてください」
「はい、すんませんした」
☆
死穢八斎會のアジトに飛び込んだ緑谷達を待っていたのは、若頭オーバーホールが抱える精鋭部隊による待ち伏せだった。
ナイトアイの個性によって手に入れた壊理の居場所。それに伴う不審な敵連合の影。
不安は大きかったが、緑谷達と共に突入したヒーローと警察と力を合わせ、目的を達成する。
あの時放してしまったあの手を、今度は放さないために。
「イズク君~~~っ!」
「トガヒミコッ!?」
サンイーターやファットガムが分断され、それでも前に進んできたところに現れた敵連合。
しかも、自身に並々ならない反応を見せるトガの強襲。
どうにか対処をするも、再び分断されてしまう。
「オレンジ色の仮面は君たちの仲間か!?」
「ひどいのです。せっかく私と一緒なのに、トビ君の話をするなんて妬けちゃうのです」
ナイトアイが見たという謎の人物。黒のマントにオレンジ色の仮面、目元だけ穴が開いた死穢八斎會にとって異物な存在。
もともと死穢八斎會と敵連合になんらかの繋がりは確認されていた、しかし他の敵組織かもしれない。
この状況において、緑谷が恐れた他敵組織の存在がなくなったことに、安堵と共に警戒を強めた。
場面は変わり、ナイトアイ達の前に現れたトゥワイスは窮地に立たされていた。
治崎が抱える強肩の個性を持つ武闘派、乱波を個性で複製、トガと分かれヒーロー達を襲うところまでは上手くいっていた。
しかし、ヒョロガリに見えるナイトアイにより、乱波は早々に泥に戻ってしまう。
「これはユーモアが利いているでしょう?」
指の腹で持つには重すぎる5㎏の押印の投擲。
乱波を早々に土くれに戻した攻撃が、トゥワイスを襲う。
もともと戦闘能力に自信があるわけじゃなかった、だから直撃しなかったのは運がよかった。
だが、分倍河原仁という男は、運が良ければそれ以上の不運に見舞われる人生だった。
だからこそ、直撃はしなかったが頭部を覆うマスクを削られてしまう。
「ち、外しましたかっ!」
間髪を入れない追撃。
裂けてしまう恐怖。自分が一つではなくなってしまう恐怖に見舞われた分倍河原仁に、避けるなんて余裕はなかった。
「センパイ危ないっす!」
分倍河原仁の前に立ったトビが手を突き出し、投擲された押印を収納して防ぐ。
「貴方は……」
「どもっす! 敵連合に新しく加入した下っ端のトビって言います! 以後、よろしくお願いしゃしゃす!」
腰を九十度に曲げたトビは、首をさらに曲げてトゥワイスを見る。
「いまっす! 先輩逃げて!」
「と、トビィ……! う、うぁわあああああああ!!!」
トゥワイスは走り出した。
追撃しようと駆けるヒーロー達を足止めしたのは、トビだった。
「行かせないっすよ! 解放!」
腕を振り、収納した先ほどの押印を投げ返す。
個性の制御が甘いのか、それらはナイトアイ達に当たる軌道ではないまでも、眼前の地面を穿ち足止めに成功する。
「大人しく投降しなさい。貴方の犯罪記録はまだ確認されていない、今ならまだ間に合いますよ」
「マジすか!? いやぁ、でもオイラの個性ってこんなのですし、就職とかも諦めちゃってまして……社会復帰なんて……」
「問題ありません。貴方の個性は物流において役立つ。容量にもよりますが、そういった業種への紹介なら私がサポートしましょう」
「なんて優しい世界!! どうしましょう! オイラの庶民ハートがビートを刻んで」
仮面で分からないが、声とオーバーなリアクションから敵らしくないトビに、懐柔に成功かと思われた。
「トビ君何やってるです。裏切るなら……」
「と、ととトガセンパイ!? ち、違うんすよ! これはあれっす、ヒーローを足止めするためのコーショーテクニックってやつっすよ!! やだなぁ! オイラがそんな考えするわけないじゃないっすか!!」
「トガヒミコっ!!」
「はい、トガです。私はかぁいい後輩さんにお仕置きしないといけないので、失礼します」
「いや、ほんと違うんすトガセンパイ!! オイラ仁センパイのためにアタタタタ!? ダメっす! この仮面オイラ唯一のアイデンティティ!?」
ガガガゴゴオ!!
トビ達とナイトアイ達を遮る壁が作られ、今度こそ完璧に逃げられてしまう。
「な、ナイトアイさっきのオレンジ色の仮面は……」
「えぇ。私が予知した時に見た、不審な男。どうやら敵連合は人員を補充しているようです」
「八斎會と揉めたって聞いてたが、さっきの壁から見ても、我々は勘違いしていたようだな」
「敵連合と死穢八斎會は協力関係にあります。これから先、警戒を強めなければなりません」
報告されている蒼炎や崩壊なんて個性所持者がいれば、突入隊の被害は避けられない。
「進みましょう。ミリオを追わなければ」