黒猫とチョコレート ~のびのびストーリーテリング~ スチームパンクと不思議なアイテムとダイスの悪戯 作:へべれけ斉藤
この作品は、テーブルトークRPG「のびのびTRPG・スチームパンク」、ボードゲーム「キャット&チョコレート」、ストーリーテリングダイス「ローリーズストーリーキューブス」、のクロスオーバー二次創作です。
別作品を執筆中に自分に実力の無さを痛感し、鍛錬になれば、と企画した作品です。
自分でも無謀に感じる挑戦であるため面白くならない可能性が存分にあります、それでもよろしければどうぞ。
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スチームパンク、それは機械によるファンタジー。
現実とは異なる進化を遂げた機械文明は人々に大きな豊かさと野心をもたらした。
進化した機械はもはや魔法のようで空を飛ぶことすら日常の光景だ。
蒸気に包まれた灰色の積層都市
無数の歯車が駆動する巨大機械
いまは滅んだはずの超文明
力を求める帝国の陰謀
路地裏を彷徨う怪人
交錯する運命と意志……
君たちはこの時代に生きる一人として機械と神秘がいろどる大冒険に身を投じるのだ。
※「のびのびTRPG・スチームパンク」プレイングマニュアルより引用
渚千代子は、財布の中身を数えていた。
三百三十円。
精肉店の揚げたて特製メンチカツが百六十円。和菓子屋の期間限定・苺生クリーム大福が百八十円。どちらか一つなら余裕で買える。両方は、十円足りない。
「肉汁あふれるメンチカツで小腹を満たすか、苺大福の甘やかしに身を委ねるか。両方買えれば最高の放課後なのに、たかが十円、されど十円!」
放課後の横断歩道の手前。信号が青に変わるのを待ちながら、千代子は真剣に悩んでいた。しょっぱい惣菜か、甘いスイーツか。女子高生の抱える問題として、これ以上ないほど平和で、これ以上ないほど切実な議題である。
その瞬間、世界から音が消えた。
車のエンジン音も、下校する生徒たちの笑い声も、遠くの踏切の警報も。ぱちん、とスイッチを切られたみたいに、全部まとめて。
「え?」
声は出た。けれど、自分の耳にすら届かなかった。
足の裏からアスファルトの感触が抜ける。視界の端から、白が滲んでくる。
*
気がつくと、千代子は白い空間の真ん中に立っていた。
壁も天井もない。床だけが碁盤の目のように薄く線を引かれて、どこまでも続いている。
「あー」
千代子は、ゆっくり頭を押さえた。
「夢だ。これは夢だな。夜更かししてゲーム動画を見すぎた」
「夢じゃないよ!」
背後から、やたらと弾んだ声が飛んできた。
振り返ると、人――らしきものが、宙に浮いていた。
背丈は千代子と同じくらい。性別は判然としない。燕尾服にパジャマのズボン。頭上では金色の輪が光っているかと思ったが、よく見るとそれは光の輪ではなく、大きな六面ダイスがピカピカと光を放ちながら回転しているだけだった。
そして顔には、見ているだけで財布を守りたくなる種類の、満面の笑み。
「ようこそ、ボクの遊び場へ!やっと会えたね、渚千代子ちゃん!」
「……」
「ボクは遊戯神。ゲームと賽の目と、ちょっとした運命の悪戯を司る神様さ!どうだい、ありがたいだろう?ひれ伏してもいいんだよ?」
「あの、すみません。今、壺とか絵とか買わされそうな空気を感じたんですけど」
遊戯神は、空中でバランスを崩した。
「買わせないよ!?神様だよ!ほら、後光!神々しいでしょ!」
「後光っていうか、ゲーミングPCの光り方に近いです」
「ひどくない!?」
千代子は腕を組み、神を名乗る何かを頭のてっぺんから足の先まで眺めた。恐怖は、あまりなかった。ただ胡散臭さだけが、天井知らずに積み上がっていく。
こういうとき、人は不思議と冷静になる。千代子は昔から、そういう性質だった。
「じゃあ仮に。仮にですよ。あなたが本当に神様だとして。私に何の用ですか。私これから、メンチカツか苺大福かを決めなきゃいけないんですけど」
「その二択、ボクの用件より重要なの!?」
「今日までなんです、苺大福の期間限定販売」
「知らないよ!!」
遊戯神はぜえぜえと息を整え、咳払いをひとつして、無理やり威厳のあるポーズを作った。
「いいかい千代子ちゃん。君には、生まれつきボクが授けたものがある」
――ぴくり、と。
千代子の右の指先が、かすかに動いた。
「ねえ、封印されてから十年だよ!?十年もボクは生殺し状態だったんだよ!君があれで右往左往して、すっ転んで、それでも最後はカッコよく切り抜けるところを、ずーっと楽しみに見てたのに!なのにある日突然ぱったり、封印して、無かったことにして!そりゃないよ!ボクの楽しみを返してよ!」
「神様なのに、楽しみで人に物を押し付けたんですか」
「そうだよ!神様は娯楽に飢えてるんだ!」
「堂々と言うことじゃないと思います」
千代子は、はあ、と息を吐いた。
「とにかく。あれは使いません。二度と。あれを使ってロクなことになった試しがないんです。普通に生きるのに、一ミリも役に立たないんです。話は終わりです。帰ります。出口どこですか」
「役に立たない、ね」
ぴたり、と遊戯神の動きが止まった。頭上でピカピカと回転していたダイスも、ピタッとその動きを止める。
「ふうん。そっか。そこまで言うんだ。ボクの贈り物を、ガラクタ扱いするんだ」
さっきまでの子供っぽい声から、すうっと温度が抜けた。笑顔は崩れていない。ただ、目だけが笑っていない。
千代子は、嫌な予感がして半歩下がった。
「あの、神様?」
「平和ボケした世界だから、そんな口が叩けるんだよね。使わなくても生きていける。守られてる。退屈で、安全で」
遊戯神は手に取ったトランプから一枚カードを引き、その端を指先でくるりと弄んだ。冷え切った眼光が、千代子の顔をまっすぐに見据える。
「だったらさ。使わなきゃ生きていけない場所に、連れて行ってあげる」
「待ってください、それは話が違う、っていうか何も話してな……」
「大丈夫、大丈夫!ボクは意地悪じゃないからね。試練は必ず、攻略できるように作ってあげるよ。ただちょっとだけ、ハチャメチャで、ちょっとだけ、命がけなだけさ!」
「それを意地悪って言うんです!」
足元の床が、がらがらと音を立てて崩れ始めた。まるで敷き詰められたサイコロが一斉に転がり落ちるかのように。
「ちょっ、嘘、嘘でしょ、まだ苺大福買ってないのに!」
「そこなの!?最後まで苺大福なの!?」
叫び声が白い空間に吸い込まれていく。
千代子の身体は真下へ、真下へと引きずり込まれていった。彼女の姿が完全に消えると、まるで映像を逆再生したかのように、床は何事もなかったかのように元通りになる。
「ふふ。ちょっと、大人げなかったかな」
誰に言うでもなく呟いて、千代子が消えた床を見下ろす。そこでは、小さな六面体の紋様が、ゆっくりと光を失っていくところだった。
「これで君は自由だ、千代子。君に与えた能力は救世主にも世界の覇王にも破壊神にもなれる能力だ。君は一体、何になるのだろうね?君が一体どんな物語を紡ぐのか楽しみにしているよ」
頭上のダイスが、からん、と音を立てて再び回り出す。
「さて。ゲームを始めようか」
*
灰色の蒸気と、けたたましい歯車の唸りに満ちた街の路地裏に、一人の少女がどさりと落ちてきた。
制服姿で、片手には三百三十円の入った財布を握りしめたまま。
「いったぁ……」
千代子は、顔を上げた。
見上げた空には、銅色の飛行船がいくつも浮かんでいた。高圧の蒸気を噴き出しながら、悠然と。
「うそでしょ」
これが、渚千代子の、長くて騒がしい物語の、最初の一歩である。