タコピーの原罪 もしあの「人間の胃の中を見る道具」が本当に出ていたら?   作:低品質くろわあ

1 / 4
これは、タコピーが例の禁断の道具『人間を捕まえて胃の中を見る道具』を持ってたらどんな惨劇になるか?を描いた話です。もっとも悲惨な目に遭うのは主にドラえもんのような潜水艦もなく、ほぼ生身で『例え胃の中水の中』な状況になったしずかちゃんの方だけど、胃酸で溶けたりはしないのでその点はご安心ください」


どんな時でもおはなしは大事

1・どんな時でもおはなしは大事

タコピーの原罪 ―― もしも、あの「胃の中を見る」道具が本当に出ていたら

「タコピー。人間を捕まえて、胃の中を見る道具、出して」

しずかの声は静かだった。静かすぎて、タコピーは一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「……えっピ?」

「だから、胃の中を見る道具。人間を捕まえて、中を調べるやつ」

しずかはまっすぐにタコピーを見ていた。怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。ただ、空洞だった。

「チャッピーが、食べられてないか確かめたいの」

「た、食べられてないッピ! そんなの、絶対に……」

「見ないと、分からないでしょ」

タコピーは黙った。しずかの目が、どんどん暗くなっていく。

タコピーはしばらく考えて、それから自分の小さなリュックサックを下ろした。中から出てきたのは、使い込まれた小さな救急箱。蓋には、バッテンの絆創膏が一枚、貼り付けたままになっている。

「これ、タコピーがケガしたときにもらったやつッピ。誰から貰ったか忘れたピけど」

蓋を開けると、消毒液や包帯、絆創膏に混ざって、銀色のカプセルが転がっていた。

「あったッピ。これで小さくなれるッピ」

「……救急箱に入ってるの?」

「ぜんぶ、ハッピー道具ッピ。いっしょッピ」

タコピーはカプセルを取り出した。銀色で、握り拳ほどの大きさ。表面に小さなボタンがいくつか付いている。

「これで小さくなれるッピ。溶けないし、息もできるッピ。安全ッピ」

しずかはそれをじっと見つめた。そしてゆっくりと手を伸ばして、受け取った。

「……ありがとう」

その声は、もう、さっきまでのしずかではなかった。もっと冷たくて、もっと硬い。

タコピーは何か言いたかった。でも、言葉が出なかった。

少し間があって、タコピーが思い出したように口を開いた。

「ところでね、しずかちゃん。その道具は、相手にしずかちゃんを飲み込んでもらう必要があるんだッピ」

「えっ」

「だから、その子とちゃんとお話しして、私を飲み込んでくださいってお願いするッピ」

翌日。

しずかは再び山下家の前に立っていた。インターホンを押す前に、ポケットの中のカプセルを握る。冷たい感触が、手のひらに伝わってくる。でも、指は震えていた。

(言えるわけない)

何度も息を吸っては吐いた。玄関の前に立って、もう十分は経っていた。

(「あなたがチャッピーを食べたかもしれないから、体の中を調べさせてください」なんて。まともに言えるわけない)

前回のことを思い出していた。あの時、しずかは衝動的にこの家を訪ねた。出迎えた女の子は、明らかに戸惑っていた。「誰?」という顔だった。当たり前だ。今まで話したこともない母親違いのきょうだいが、いきなり来たのだから。

でも、今なら分かる。その戸惑いは当然だった。むしろ、よく分からない訪問者を、あんなに普通に対応してくれた。あの子は意地悪なわけじゃない。ただ、驚いただけ。

(でも、今回は……)

前回はチャッピーのことを聞けなかった。母親に「チャッピーはパパのところにいる」と言われて、衝動的に来てしまった。でも今回は違う。ちゃんと目的がある。

(言わなきゃ)

しずかは息を吸った。でも、言葉が出てこない。

(やっぱり、帰ろう)

踵を返しかけた。そのときだった。

「しずかちゃん、ここに住んでる子の家ッピ? 早くチャイム押すッピ」

「ちょ、ちょっと黙ってて!」

振り返ると、タコピーが首をかしげて立っていた。

「なんでッピ? しずかちゃん、チャッピーが食べられてないか確かめに来たんだッピ?」

「だから、それは……」

「大丈夫ッピ。タコピーがちゃんと説明するッピ」

「やめて!」

止める間もなく、タコピーはインターホンを押した。

出てきたのは、前と同じ、ツインテールの女の子だった。

「あれ? この前の子? どうしたの?」

「……あ、えっと……久世しずかです」

しずかは言葉に詰まった。この子は何も悪くない。なのに自分は今から、この子に「あなたがチャッピーを食べたかもしれない」と言おうとしている。

「しずかちゃん? うん、知ってる。……この前は、ごめんね。あの時、なんか言いたそうだったのに、びっくりしちゃって、ちゃんと話せなかった。私はさつき、山下さつきです」

しずかは、その苗字を聞いて、一瞬、息を止めた。

(……山下。)

自分も、かつてはそう名乗っていた。父が家にいた頃。母が笑っていた頃。自分が「山下しずか」だった頃。

でも、今は「久世しずか」。

同じ苗字を、この子は何の疑いもなく名乗っている。それが、少しだけ、痛かった。

(あんたのせいで、私は——)

パパを。家族を。山下だった自分を。

でも、そこまで考えて、しずかは止まった。まりなの声が、蘇ったからだ。

「お前の母親のせいで、パパを取られた」

あの時、しずかは何も言い返せなかった。ただ、まりなの怒りを受け止めるしかなかった。

今、自分は——同じことを、この子にしようとしている。

(……違う。この子は、何も悪くない)

しずかは、ゆっくりと息を吐いた。指が、少しだけ震えていた。

「えっ……ううん、この前は私が急に行ったから。それでね、あの、その……ち、ちょっと、お願いがあって……」

「お願い?」

さつきは首をかしげた。しずかは俯いた。指が、ポケットの中でカプセルを握りしめている。でも、言葉が出てこない。

その沈黙を、タコピーが破った。

「さつきちゃんは、チャッピーを食べたッピ?」

「……は?」

さつきの顔が一瞬で固まった。

「タコピー!」

しずかが叫んだ。でも、タコピーは止まらない。

「しずかちゃんが、チャッピーが食べられてないか確かめたいって言うから、胃の中を見る道具持ってきたッピ。さつきちゃんの体の中に入って、探すッピ」

「こら! 黙って!」

しずかはタコピーの口を塞ごうとした。でも、遅かった。

さつきはしばらく黙って、しずかを見ていた。しずかはもう、顔を上げられなかった。最悪だ、と思った。全部、終わった。さつきに嫌われる。気持ち悪いと思われる。もう二度と、この家には来られない。

でも、さつきは怒らなかった。

「……ふーん」

さつきは、しずかの後ろからひょっこり顔を出しているタコピーを、まじまじと見た。

「なに、この子。宇宙人?」

「あ、うん……タコピーっていうの」

「タコピー。へえ、本当にタコみたいな顔してる」

さつきはしゃがんでタコピーを覗き込んだ。タコピーは得意げに、顔を上に反らした。

「タコピーは宇宙人ッピ。しずかちゃんの友達ッピ」

「友達ねえ」

さつきは少しだけ笑った。それから立ち上がって、しずかの方をまっすぐに見た。

「で、その道具、安全なの?」

「……え?」

しずかは顔を上げた。さつきの顔は、意外なほど真剣だった。

「体の中に入るんでしょ? それって、安全なの? 痛くないの?」

「あ、うん。溶けないし、息もできるって……」

「それ、タコピーが言ったの? しずかちゃんが試したわけじゃないんでしょ?」

しずかは言葉に詰まった。確かに、自分は試していない。

「タコピー、それ、本当に安全ッピ?」

さつきはタコピーに向き直った。タコピーは顔を上に反らした。

「安全ッピ! これ、ハッピー星の医療用具ッピ。誤って飲み込んだものを体の中に入って取るための道具ッピ。タコピーも何回も使ったことあるッピ」

「医療用具」

さつきはカプセルをじっと見た。それから、しずかの方を向いて、

「それなら、いいよ」

とあっさり言った。

「さすがにワンちゃんは、私のお腹の中じゃなくて違うところにいると思うけどな」

その時だった。

「ワンッ!」

奥から小さな白い影が飛び出してきて、しずかの足元に向かって吠え始めた。ポメラニアン。ふわふわの毛を逆立てて、必死に威嚇している。

「こらっ、リッキー!」

さつきがすぐに叱った。

「お客さんに吠えちゃダメっていつも言ってるでしょ」

さつきはリッキーを抱き上げると、しずかの方を向いて、少しだけ照れくさそうに言った。

「ごめんね。この子、人見知りするの。それに——しずかちゃんは私のお姉ちゃんなのよ」

リッキーは、さつきの腕の中でしずかを見上げた。それから、くん、と鼻を鳴らして、しずかの匂いを嗅いだ。

しずかは、少しだけ身を硬くした。

(……犬。)

前回、この家に来た時、チャッピーはいなかった。それは、もう分かっている。でも、目の前に犬がいると、どうしても、一瞬だけ、期待してしまう。

(……チャッピーじゃない。)

リッキーは小さな、白い犬。チャッピーじゃない。

でも——リッキーはしずかの匂いを嗅いだ後、さつきの腕から降りて、しずかの足に体を擦り付けた。

「あれ、珍しい。リッキー、人見知りするのに」

さつきが、少し驚いたように言った。

「しずかちゃんのこと、気に入ったみたい」

リッキーは、しずかの足にぴったりとくっついて、離れなかった。

「……この子、いつから飼ってるの?」

しずかは、思わず聞いていた。

「去年から。小さいから、すぐどっか行っちゃうの。この前も、庭から抜け出しちゃって、大騒ぎしたんだよ」

さつきは、リッキーを抱き上げながら、少しだけ困ったように笑った。

「小さくてすばしっこいから、居なくなると大変なの。もう、本当に」

しずかは、その言葉を聞いて、ふと思った。

(……小さくて、すばしっこいから、居なくなると大変。)

チャッピーは、違った。大きかった。大人しかった。いつも、しずかのそばにいた。居なくなるなんて、考えられなかった。

「……しずかちゃんのチャッピーは、どんな子だったの?」

さつきが、何気なく聞いた。

「リッキーみたいに、小さいの?」

しずかは、首を振った。

「……ううん。大きかった」

「大きい?」

「うん」

しずかは、つい夢中になって、両手を大きく広げた。

「こんなに。……このくらい、大きかったの」

両手を、精一杯広げて。チャッピーの大きさを、伝えようとして。

「へえ、そんなに大きいんだ」

さつきは、素直に感心した。

しずかは、自分の手を見た。

大きく広げた、自分の手。

(……大きい。)

チャッピーは、大きかった。しずかの体よりも、ずっと。

そんな犬を、さつきたちが……食べられるはずがない。

(……私、何を。)

しずかは、手を下ろした。指先が、震えていた。

疑ってはいたけども、その疑い自体が、間違っていたかもしれない。さつきは、何も悪くない。なのに、しずかは、さつきの体の中を見ようとしている。

(……最低だ。)

しずかは、自分のことが、改めて、心から嫌になった。

言葉が出なかった。何を言えばいいのか、分からなかった。謝ればいいのか。それとも、黙って帰ればいいのか。でも、帰れなかった。足が、動かなかった。

さつきは、そんなしずかを見て、慌てた。

「えっと……あの、ね」

さつきは、必死に言葉を探した。

「でも、ほら。タコピーが人間を小さくする道具を持ってるって事は、そういうことが他にもあるかもしれないし」

しずかは、顔を上げた。

「逆に、私のお腹の中が、広い世界に繋がってるかもしれないじゃん」

(……それは流石に無理があるでしょ。)

しずかは、心の中で思った。お腹の中が広い世界に繋がってる。そんなわけがない。さつき自身も、言いながら「我ながら無理があるな」と思っているのが、その顔を見れば分かった。

でも、さつきは真剣だった。しずかを安心させようと、必死に考えている。その必死さが、しずかには、なんだか、嬉しかった。

(……この子は、私のために。)

しずかは、小さく息を吐いた。

「……うん」

「え?」

「確かめてみる」

さつきの顔が、ぱっと明るくなった。

「本当?」

「うん。……さつきちゃんが、そこまで言うなら」

しずかは、自分でも訳が分からないまま、そう言っていた。

(……なんか変に期待させちゃったな。応えないと。)

でも、しずかは、もう、自分が何を探していたのか、思い出せなくなっていた。チャッピーを探すためだったはずなのに。疑いを晴らすためだったはずなのに。変に期待させてしまったから、後に引けなくなってしまっていた。

「でも、しずかお姉ちゃんが疑ってるなら、確かめないと始まらないし、その宇宙人さんの道具、安全なんでしょ?」

しずか自身の疑いが揺らいでいるのに、向こうは逆にそれを盾にし始めた。

「う、うん。溶けないし、息もできるって……」

「なら、いいよ」

さつきはあっさりと言った。

「疑いを晴らすためなら、協力する。それでしずかお姉ちゃんが安心できるなら、それが一番でしょ」

しずかは言葉を失った。まさか、こんなに簡単に受け入れられるとは思わなかった。自分だったら、こんなことを言われたら絶対に怒る。気持ち悪いと思う。なのに、さつきは怒らなかった。

「さつきちゃん、キ怒らないの?」

しずかは思わず聞いていた。

「怒る理由がないでしょ。しずかちゃんは、大事なーワンちゃんが心配なだけだもんね」

さつきはそう言って、少しだけ笑った。

「へぇ、お姉ちゃん、ワンちゃん探すため、はるばる北海道から来登場たんだ」

さつきは何気なく、しずかの足元に目をやった。そこには、履き古された、汚れた靴があった。土埃で色がくすみ、つま先には傷がついている。何日も歩き続けたような、そんな靴。

「……うん」

しずかは、短く答えた。さつきの視線が自分の足元に向いているのに気づいて、恥ずかしさで、無意識に片足を後ろに引いた。

でも、さつきは気づかない。ただ、素直に——本当に、遠くから来たんだ。凄いな、と思っているようだった。

「遠かったでしょ。大変だったね」

その言葉に、しずかは何も言えなかった。同情でも、軽蔑でもない。ただの、事実への感想。

それが、一番、しずかを戸惑わせた。

「それに、そのタコピーの道具、なんか面白そうだし」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。