悪の秘密結社《黒曜機関》に所属する女戦闘員No.1010、通称トト。
今日も今日とて、訓練に出撃に雑用にと、世界征服のためにこき使われる日々を送っていた。
そんな彼女に訪れた、いつもと少し違う戦い。
相手は正義のヒーロー、舞台は商店街。武器は警棒、そして一玉のキャベツ!?
名もなき戦闘員だって、たまには主役になりたい。
これは、悪の組織の片隅で頑張る女戦闘員の、とある一日の物語。
……ということで、悪の組織に所属する女戦闘員を主人公にした、1話完結のショートストーリーを書いてみました。
正義のヒーローに蹴散らされるのが仕事(?)の戦闘員にも、きっとそれぞれの日常があるはず。
そんな彼女の、ちょっと騒がしくて、ほんの少しだけ熱い一日をお楽しみください。
午前七時四十分。
秘密結社《黒曜機関》の地下第六訓練場に、女の声が響いた。
「イーッ!」
「声が小さい! もう一度!」
「イーッ!!」
「腹から出せ! 貴様らは世界征服を企む悪の組織の戦闘員だぞ!」
「「「イーッ!!!」」」
教官の怒号に、百人の戦闘員が一斉に敬礼する。
黒い全身タイツ。銀色のベルト。顔を覆う無機質なマスク。
その集団の一番後ろで、戦闘員No.1010――通称トトは、こっそりあくびを噛み殺した。
今日も平和だ。
悪の組織における平和とは、つまり、今日も誰も死なず、基地も爆発せず、上司の機嫌もそこそこよいという意味である。
「では本日の訓示!」
教官が咳払いした。
「本日、十月十日は何の日か!?」
「体育の日!」
「違う! それは昔だ!」
「目の愛護デー!」
「それもある!」
「銭湯の日!」
「そうだ! ほかにもある!」
教官は、ぐっと拳を突き上げた。
「戦闘員の日だ!!」
おおおお、と訓練場がどよめいた。
「本日は我ら戦闘員の存在意義を再確認する日! 怪人様の露払いとなり、仮面の英雄に蹴散らされ、爆発の背景に華を添える! それこそが我らの誇りである!」
トトは挙手した。
「質問があります!」
「何だ、No.1010!」
「蹴散らされることが誇りなら、せめて交通費くらい支給されませんか! 昨日の出撃、電車賃が自腹だったんですけど!」
静寂。
教官のこめかみが引きつった。
「……貴様、あとで経理部に行け」
「はい!」
トトは元気よく返事をした。
やった。今日は経理部に行ける。
出撃よりは安全だ。
*
午前十時十五分。
トトは商店街の路地裏に立っていた。
任務は簡単。怪人《爆裂大将軍》が商店街に出現するまで、通行人を追い払い、現場を封鎖すること。
作戦開始から三分。
「そこのお嬢さん! ここから先は危険です! 速やかに避難してください!」
「えっ、でも、スーパーの特売が……」
「命と卵十個入り百円、どちらが大切なんですか!」
「卵」
「即答!?」
トトは頭を抱えた。
そこへ、商店街の向こうから、赤と銀の装甲をまとった男が現れた。
正義のヒーロー、《鋼鉄仮面ガーディアン》。
「悪の組織め! また市民を脅かしているな!」
「いや、避難誘導ですけど」
「問答無用!」
「話を聞けーっ!」
ガーディアンが跳躍する。
トトは反射的に身をかがめた。
ヒーローの飛び蹴りが頭上を通過し、後ろの段ボール箱に突き刺さる。
「ぐあっ!?」
「あっ、八百屋のおじさんの荷物!」
トトは叫んだ。
箱から転がり出たのは、特売用のキャベツだった。
ガーディアンが体勢を立て直す。
「次は貴様だ、女戦闘員!」
「ちょっと待ってください! 私、今日まだ昼ごはん食べてないんです!」
「悪党に昼食など必要ない!」
「あなたの組織、福利厚生どうなってるんですか!?」
トトは腰の警棒を抜いた。
戦闘開始。
ガーディアンの拳をかわし、足払いを仕掛け、警棒で装甲の隙間を狙う。
十秒。
二十秒。
三十秒。
トトの息が切れた。
ガーディアンも少し驚いていた。
「貴様……ただの戦闘員ではないな!」
「ただの戦闘員ですよ! ただ、訓練場の床掃除を三年間担当してたので、足元の動きには詳しいんです!」
「そんな経験が何の役に立つ!?」
「さあ! 私も今日、初めて役に立ってる気がしてます!」
トトは地面に転がっていたキャベツを蹴り上げた。
ガーディアンの視界を覆う緑色の弾丸。
「何っ!?」
その一瞬、トトは相手の足を払った。
ガーディアンが派手に転倒する。
商店街に、歓声が上がった。
「おおーっ!」
「女の子、強い!」
「キャベツ代は払ってねー!」
「おじさん、今それどころじゃない!」
トトは警棒を構え直した。
初めてだった。
ヒーローと互角に戦ったことも。
街の人々に声援を送られたことも。
何より、自分の名前ではなく、戦闘員という肩書きでさえなく、ひとりの人間として見られた気がしたことも。
だからこそ。
その声は、少しだけ震えていた。
「……どうですか、ガーディアン。私だって、やればできるんです」
ヒーローは立ち上がった。
「見事だ。だが、ここまでだ!」
胸部装甲が輝く。
必殺技の予備動作だ。
トトは思わず叫んだ。
「えっ、ちょっと待って! 私、今すごくいい感じだったんですけど!?」
「正義の鉄槌を受けろ!」
「話を聞けぇぇぇぇ!!」
閃光。
爆音。
黒煙。
商店街の人々が、いっせいに目を覆った。
そして――。
「イーッ……」
黒煙の中から、ひとりの女戦闘員が転がり出てきた。
全身タイツは煤だらけ。マスクはひび割れ、腰のベルトはどこかへ飛んでいった。
トトは地面に大の字になった。
「……負けた」
悔しかった。
死ぬほど悔しかった。
せっかく、ほんの少しだけ主役になれたのに。
ガーディアンは彼女を見下ろし、静かに言った。
「次は、もっと強くなって来い」
トトは目を見開いた。
「……え?」
「君の戦いは、見事だった」
ヒーローは踵を返した。
「次に会うときも、正々堂々と戦おう」
その背中が、人混みの向こうへ消えていく。
トトはしばらく動けなかった。
やがて、ゆっくりと拳を握る。
「……イーッ!」
今度の声は、訓練場で出したどの声よりも大きかった。
*
午後一時。
秘密結社《黒曜機関》の医務室。
「全治三日。軽傷だな」
「はい……」
「それと、経理部から連絡があった。交通費は支給されるそうだ」
「本当ですか!?」
「ただし、今回の出撃で壊したキャベツ代は給料から天引きだ」
「そんなぁ……」
トトはベッドに倒れ込んだ。
スマートフォンが震える。
同期の戦闘員No.1009からだった。
『お前、今日の戦闘動画見たぞ』
『えっ』
『商店街の人たち、めっちゃ盛り上がってたじゃん』
『……うん』
『あと、ガーディアンがSNSでお前のこと褒めてた』
『……えっ!?』
『「名もなき戦士に敬意を」だってさ』
トトは画面を見つめた。
そして、ひとりでに頬が緩むのを感じた。
名前は出ていない。
顔も分からない。
それでも、あの瞬間、自分の戦いは確かに誰かに届いたのだ。
トトはスマートフォンを胸に抱いた。
「……来年こそ」
窓の外では、基地の整備班が次の怪人用の装置を運んでいる。
世界征服は、まだまだ遠い。
それでも。
「来年の十月十日は、絶対に勝つ」
女戦闘員No.1010は、天井に向かって拳を突き上げた。
「イーッ!!」
そのとき、医務室のドアが開いた。
「No.1010。追加任務だ」
「えっ、今ですか!?」
「怪人様の着替え係が急病でな。お前、今日から専属だ」
「……戦闘員の仕事って何なんですか!?」
基地に、女の悲鳴が響いた。
その声を聞いた同期たちは、今日も平和だな、と笑った。
――十月十日。
戦闘員の日。
世界征服の陰で、名もなき女戦闘員の一日は、まだ終わらない。
【END】
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
悪の組織の戦闘員といえば、ヒーローに倒される名もなき敵役……というイメージがありますが、そんな彼女たちにも生活があって、仕事の悩みがあって、譲れない意地があるのかもしれません。
今回は、そんな女戦闘員がほんの少しだけ主役になれるお話を書いてみました。
ちなみに、キャベツは大切にしましょう。
よろしければ、評価や感想などいただけると嬉しいです!
それでは、また別のお話で。