幼女であって何が悪い!   作:音子雀

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闇野夜空の日常

 この世には現実的なものと非現実的なものに分かれている。

 非現実的なものというのは、俗にいうオカルトなことであり、例えば幽霊、例えば妖怪などといった科学では証明できないものたちのことだ。

 しかし、それは本当だろうか。

 現実的なものの中に非現実的なものが紛れ込んでいないと、本当に言えるだろうか。

 

 例えば、夜中の11時を過ぎようとしているこの池袋の街並みの中、年端も行かないであろう少女が一人で歩いていたとしても、それは現実的だといえるだろうか。

 幼い少女が長い金髪をなびかせて悠々と夜の街を歩いていたとしても、それは現実的だといえるだろうか。

 

 携帯の画面を見つめながらしきりに何かを打ち込む彼女を、こっそりつける男がいた。

 しかし携帯に集中している彼女は気づかない。

 時にため息をつき、時にニヤけ、時に困りながら何かを打ち込んでいる。

 

「ちょっとそこのお嬢さん」

「うむ?」

 

 声をかけられてようやく顔を上げた少女は、目の前に立つ男を見上げた。

 爽やかな笑顔ではあるが、どことなく胡散臭い雰囲気がにじみ出ている。

 

「誰じゃ?」

「小さい子がこんな夜中に出歩いてちゃあ駄目じゃないか」

「誰かと聞いておる」

「良かったら僕が送ってあげようか」

「むー……」

 

 こちらの話を全く無視する男に少女は頬を膨らませる。

 携帯に急いで何かを打ち込むと、折りたたみ、服のポケットに入れた。

 

「主の話を信じて良いのならばついて行くが、怪しい動きをしたら容赦せんぞ」

「当たり前じゃないか。それで、家はどこ?」

「サンシャイン近くじゃ」

「そうか。じゃあ行こうか」

 

 さりげなく肩に置かれた男の手。

 少女はそれを思い切りひっぱたいた。

 

「気安く触るでない」

 

 ぎろりと睨まれ、男は苦笑いを浮かべた。

 内心では「うわ、何この子。やり辛ぁ」なんて思っていたりいなかったり。

 

 しばらく道を歩くと、だんだんと人通りが少なくなり、気づけば裏通りまで来ていた。

 少女も、気づいた。

 男が向かって言のはサンシャインとは反対方向であると。

 

「お主、方向が違うぞ」

「ん? ああ、いやね、車で送ってあげようかと思って」

「何を申しておる。サンシャインまでは車なぞいらぬ距離のはずじゃ」

 

 怪しければ容赦しないと警告した。だから大丈夫なはずだ。

 そんな少女の考えは甘かった。

 男はもちろん最初から少女を拉致する予定でいたし、こんな幼い少女の脅しなど微塵の恐怖も感じない。

 

 少女が己の過ちに後悔した時には、もう遅かった。

 後に残されたのは、逃げるように走り去った車のタイヤ音だけだった。

 

 

 

 ☠♰☠♰

 池袋の街は今日も静かだ。

 静かで、平和だ。

 けれどそれは表の話であり、裏では休むことなく何かが起きている。

 例えばカラーギャング、例えば不穏な争い、例えば……人攫い。

 

『と言う事で先生がさらわれちゃったわけ。助けに行ってもらえるかな、運び屋さん?』

 

 電話越しに無言で頷く。

 近くに立っていた白衣の男性はコーヒーを飲みながらその様子を見守る。

 電話を終えると、PDAに文字を打ち込んだ。

 

『それじゃあ行ってくる』

「気をつけてね……と、言いたいところだけど、果たして君が行く必要はあるのかな?」

『しかし、心配だ』

「そ。行ってらっしゃい」

 

 男性の笑顔に見送られてバイクを走らせた。

 電話で伝えられた場所へと向かう。

 ヘッドライトもつけず時折馬のように嘶く黒バイクは夜の池袋を疾走する。

 猫のようなヘルメットをかぶったライダーは何も言わずにひたすらバイクを走らせる。

 

 静かな街だ。

 何も知らない者たちは、何も知らずに過ごしている。

 何かを知る者は、何も知らないふりをして過ごしている。

 深く知ったものは、そこで暮らすことを余儀なくされる。

 

 街の裏の裏の裏。

 閑静という言葉さえも押しのけるほどに静かな場所。

 そこに、それはあった。

 否、いた。

 

 ガードレールに頭から突っ込んだ黒いバン。

 ぶつかった衝撃で投げ出されたであろう男が2人。

 運転席には気絶した運転手らしき姿。

 そして、そんな車のそばに佇む一人の幼い少女。

 ポニーテールに結わえられた金色の髪が夜風に揺れている。

 少女がふと顔を上げ、ちょうど現れたライダーへと目を向けた。

 

 瞬間、彼女の顔がぱぁっと明るくなった。

 

「セルティ!」

 

 バイクから降りたライダーにぎゅっと抱きつく。

 ライダー……セルティはすかさずPDAを取り出した。

 

『大丈夫か?』

「誰に申しておる。儂はこの通りピンピンしておるぞ!」

 

 ふんっと胸を張る少女に、少しホッとした様子になる。

 そしてまたPDAに文字を打ち込む。

 

『向こうの3人は?』

「案ずるな、死んではおらぬ。少しばかり粛清したがの」

 

 今度はさすがにやれやれと言わんばかりに首を振ってしまったセルティだった。

 

「ところで、何故(なにゆえ)お主がここに?」

『臨也に頼まれたんだ。心配していたぞ』

「なんと、あやつが心配とな? 冗談を言うでないぞセルティ」

 

 いや、冗談ではないのだが。

 そう言いたげなセルティだったが、言ったところで少女に笑い飛ばされそうで、何も言うまいと心に決めた。

 

 今日も静かに夜が更ける。

 知る人ぞ知る、小さな事件と共に。

 何事もなく終息した、小さな出来事と共に。

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