日常が非日常へと変わる。
それは一体どんな時なのだろうか。
その答えは、誰にもわからない。
人それぞれなのだ。
少なくとも彼女の場合は元が非日常なのであって、それが彼女の日常。
他人にとってのありえないが、彼女にとっての当り前。
そんな少女の日常が、今日も巡っていく。
「明後日から学校じゃからの、準備を怠ってはならぬ」
買い物メモを見ながら1人でぶつぶつと歩く少女は、さながら初めてのお使いでもしているように見える。
しかしそんなわけでもないわけで。
これも、彼女の日常。
『それでさ、池袋には敵に回しちゃいけない奴が何人かいてさ』
「んむ?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、少し前方に茶髪の少年が歩いているのを見つけた。
隣には友人と思しき黒髪の少年の姿。
『新宿主体の折原臨也とか、マジでやばい平和島静雄とか』
どうやら池袋に不慣れな友人に対して知りえることを熱く語らっているらしい。
その都度出てくる名前は、池袋に住む彼女ももちろん知っている名前ばかりだ。
茶髪の少年にあいさつでもしようと、小走りで彼の後を追う。
「あ、そうそう。その2人よりももっと激ヤバなのが闇野夜空っていう奇人で」
「奇人で悪かったの」
「うわあっ!」
声をかけようとした矢先にされてしまった紹介に突っ込みを入れると、黒髪少年が腑抜けた声を上げた。
「正臣よ、他人に変なことを吹き込むでない」
「やだなぁ先生、俺は事実をいてっ」
へらっと語る少年・正臣に蹴りを入れた少女・夜空は隣にいたもう一人の少年の見上げた。
池袋に不慣れなせいか、はたまたもとからなのか、情けない顔をしている。
そんな彼のことを少女はじっと見つめた。
「あー、こいつは俺の幼馴染で、今日こっちに来た」
「りゅ、竜ヶ峰帝人です」
「ふむ……主が話に聞く帝人じゃな。正臣からよく聞いておる。儂は闇野夜空じゃ。こんなナリじゃが、主らの通う来良学園の教師をやっておる」
「教師!?」
「信じらんないだろー? でもガチ。だから俺らはみんなこの人のことを先生って呼んでんだ。あ、さっき会った門田さん、あの人も先生の教え子だよ」
「ええ!?」
驚きで目を丸くする帝人に、夜空はけらけらと笑った。
そう、これも彼女の日常。
正臣の時にも同じ反応をされたのも懐かしい思い出である。
なぜ彼女は教師なのか。
なぜ少女は幼いのか。
少年は聞きたいことが山ほどできてしまった。
しかしそれを尋ねようとは思わない。
野暮だと思った部分もある。
だけれどもそれ以上に、聞いてしまっては、知ってしまってはつまらないと、勿体ないと思ってしまったのだ。
彼女にはそう思わせる何かがあった。
「して正臣よ、どこに向かって歩いておったんじゃ?」
「いんや、特にどこにも。適当にぶらぶらと」
「ならば少しばかり儂に付き合え。帝人、主もじゃ」
正臣の手を引いて歩きだしてしまった少女に導かれ、3人はまだ夜の浅い池袋を巡っていく。
いろんな店を回り、いろんな人と触れ合い、帝人をたくさん連れまわした夜空はどこか満足げだった。
そして、帰るころには、正臣と帝人はしっかりと夜空の荷物持ち係になっていた。
「すまぬの。さすがに買いすぎてしもうた」
「いえ、大丈夫ですよ」
「しかし帝人の家が近くて幸いじゃった」
「……え?」
ぴたりと帝人の足が止まった。
誰かに家を教えた覚えはない。
ましてや正臣にさえまだ教えていない。
なにせ、今日越してきたばかりなのだから。
驚きを隠せずにいる帝人をよそに、彼らは一軒の古いアパートに着いた。
「ほれ、帝人はここに住んでいるのじゃろう?」
夜空の問いに答えない。
否、答えられないのだ。
彼女の言う通り、彼はここに住むことになっているのだから。
「築70年の古い建物じゃが造りはしっかりとしておる。ここを管理するのは1人の女性で彼女は今でも健在。そう聞かんかったか?」
「じゃあもしかして……」
「うむ。儂がここの大家じゃ。教師に加えて大家とは儂も将来安定じゃな!」
けらけらと笑いだす少女をよそに視線をずらした少年は、アパートの脇に小ぢんまりとした古い、しかししっかりとした家があるのを見た。
衝撃の事実を目の前にして正臣は大爆笑し、帝人は目を点にすることしかできなかった。
こうして今日も夜が更ける。
またいつものように少女の日常が巡る。
明日も明後日も訪れる少女の日常は、誰かに非日常を与え続け、日常へ溶かしていく。
これが少女の、闇野夜空の日常なのだ。
「よろしく頼むぞい、田中太郎君」
「ええ!?」