東の海。
どこまでも続く青い海の片隅に、小さな無人島があった。
島の海岸には白い砂浜が広がり、岩場には見慣れない貝や海藻が打ち上げられている。
その浜辺で、一人の青年が巨大な肉の塊を焼いていた。
「……よし。そろそろ食い頃だな!」
青年の名は、狼(ラウ)。十九歳。
乱雑な黒髪に鋭い目つき。鍛え上げられた肉体には、いくつもの古傷が刻まれている。
黙っていれば恐ろしい雰囲気の男だが、今の彼は違った。
肉を見つめる目は輝き、口元からはよだれが垂れている。
「いただきまーす!!」
豪快にかぶりついた。
ジュワッ、と肉汁があふれる。
「うんめぇぇぇ!!」
ラウは腹の底から笑った。
彼の夢は、世界中の未知なる食材を探し、誰も味わったことのない料理を食べ尽くすこと。
まだ知られていない魚。
伝説の島にしか生息しない獣。
普通の料理人が手を出さないような珍しい食材。
そうしたものを見つけるためなら、危険な海へ潜ることも、凶暴な生物が潜む島へ踏み込むことも厭わない。
そして、もう一つ。
「いつか、とんでもなく強ぇ奴と本気で殴り合いてぇな!」
ラウは肉を片手に空を見上げた。
うまい飯を食い、強い敵と戦い、見たことのない世界を旅する。
それが彼の望む人生だった。
そのとき。
ラウの鼻が、ぴくりと動いた。
「……ん?」
潮の香りに混じって、微かな人間の匂いがする。
一人分。
しかも、かなり空腹らしい。
「誰かいるな……」
ラウは肉をくわえたまま、岩場へ目を向けた。
次の瞬間。
「肉だぁぁぁぁ!!」
一人の少年が岩場の向こうから飛び出してきた。
麦わら帽子。
赤いベスト。
そして、肉を見つめる輝いた目。
少年はラウの前まで駆け寄ると、何の遠慮もなく焼き肉へ手を伸ばした。
「おい! それ、オレにもくれ!」
「はあ!? お前、誰だよ!」
「うめぇ!!」
少年はすでに肉へかぶりついていた。
「話を聞けぇぇぇ!!」
ラウは怒鳴った。
少年は笑った。
「腹減ってたんだ!」
「そりゃ見りゃ分かるわ!」
ラウは少年の顔を見つめた。
悪びれる様子はない。
むしろ、食べ物を分けてもらえるのが当然だとでも言いたげな顔だった。
ラウは数秒黙ったあと、大声で笑った。
「ははははは! お前、気に入った! 好きなだけ食え!」
「おう!」
こうして二人は、出会って数分で同じ肉を奪い合う仲になった。
「お前、名前は?」
ラウが尋ねた。
「モンキー・D・ルフィ! 海賊王になる男だ!」
ルフィは肉を食べながら、当たり前のように答えた。
ラウは目を丸くした。
「……海賊王?」
「そうだ!」
「ぶはははははは!!」
ラウは腹を抱えて笑った。
「いいねぇ! ずいぶんデカい夢じゃねぇか!」
「お前の夢は何だ?」
「世界中の未知の食材を探して、食い尽くすことだ!」
「おもしれぇ!」
ルフィは身を乗り出した。
「じゃあ、冒険しようぜ!」
「ははっ! 会ったばかりだぞ!」
「関係ねぇ!」
その迷いのなさが、ラウには妙に心地よかった。
夢を語るのに、言い訳も遠慮もいらない。
ラウはルフィの差し出した拳に、自分の拳を軽くぶつけた。
「いつか、すげぇ冒険の話を聞かせてくれよ!」
「おう! 海賊王になったらな!」
「そりゃ楽しみだ!」
二人は再び肉にかぶりついた。
そのとき、背後から呆れた声が響いた。
「おい、ルフィ。勝手に先に行くな」
現れたのは、緑色の髪をした男だった。
腰には三本の刀。
鋭い眼差しに、鍛えられた身体。
ロロノア・ゾロ。
ルフィとゾロは、すでにシェルズタウンで出会い、行動を共にしていた。
「ゾロ! こいつ、ラウっていうんだ! 飯をくれた!」
「勝手に食ったんだろうが!」
「細けぇことはいいだろ!」
ゾロはため息をつき、ラウへ視線を向けた。
ラウもゾロを観察する。
足の運び。
肩の力の抜き方。
刀を携えているのに、動きを邪魔していない立ち姿。
ただの剣士ではない。
ラウの口元が、にやりと上がった。
「お前、強いだろ?」
ゾロは少しだけ目を細めた。
「お前も、ただの大食いじゃなさそうだな」
「分かるか?」
「身体を見りゃな」
ラウは立ち上がった。
「だったら、ちょっと手合わせしようぜ!」
ゾロは笑った。
「いいぜ」
ルフィは肉をくわえたまま叫んだ。
「おお! ケンカか!? オレも見る!」
「「お前は食ってろ!」」
二人の声が重なった。