酒寄彩葉は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の菌糸類を除かなければならぬと決意した。
彩葉にはその界隈がわからぬ。彩葉は、一介の配信者である。曲を作り、かぐやとヤチヨと仲の良い友人たちと遊んで暮して来た。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
故に許さぬ。絶対に……絶対に許されない!!
「ヤチヨ……かぐや……その恰好は」
「あ、彩葉お帰りー」
『お疲れさま彩葉。この時間にツクヨミにいるなんて珍しいね』
彩葉のログインに反応して振り返った二人は普段の衣装ではなかった。
「彩葉見ててね。ううん……戦闘ですね! 夏の妖精にお任せください!」
ぶいっとポーズを決めてみせるかぐや。
かぐやは普段の着物を基本としたギャルっぽい格好ではなく翠を基調とした不思議の国のアリスみたいな衣装を身に着けている。その割にスカート丈は短い。本当に短い。左右でデザインの違う翠のニーソとか計算しつくされた絶対領域が形成されているあたりデザインした人のこだわりを強く感じざるを得ない。普段は髪と一緒に流れる兎耳が今はぴんと立ち、かぐやの感情に合わせてピコピコ動いている。
「彩葉、なんでやっちょの方見てくれないの? 牛若丸だよー?」
見て見てと両手を広げ、ブレイクダンスのような動きまでこなすヤチヨ。
かわいらしいこと限界突破なのだけれど、その格好でそんな動きをしたら大変なことに……直垂? っぽいパーツが大切な部分は鉄壁の守りをこなしているけれど。
和風の甲冑(胴丸抜き)のみ、下の衣服なしとかリンゴは、CEROはどうしているのだ。教えはどこに行った。叡智が極まりすぎて脳に第三の目が啓くのではないかというほど衝撃を受けてしまった。
「そんな格好じゃ……薄い本が厚くなっちゃう~~~~キュー」
8000年の情報を処理したこともある彩葉の思考回路はショートし、意識を一度手放した。
処理落ちした脳裏ではどうしてこんなことになったのか、それを整理するため数分前の出来事へ回帰した。
2041年某日。
かぐやの復活からしばらく経過した今日この頃。
ツクヨミ内部では温冷感覚・味覚・嗅覚の実装が為され、ヤチヨとかぐやを含めたいつもの仲間たちでパンケーキパーティーをしたのもつい最近の出来事である。
「今度はこのゲームとコラボするんだ……大丈夫なの?」
作業中のPC脇に置いてあるスマホ端末からの通知をちらりと横目に把握する。
他のVR世界ではまだまだ実現不可能な味覚を含めたリアルを感じ取れる様々な知覚が体験できるツクヨミは数多のコラボが日々行われている。
例えばそれは服のブランドであったり、コンビニなどの商業施設とのコラボであったり、今回のようなゲームのコラボも割と積極的に行われていた実績がある。
大抵の場合はヤチヨや黒鬼たちなどトップライバーたちとタイアップしてのイメージ商品の販売などが多いのだが、ゲームだと多いのはツクヨミ内での外装販売、コラボ相手先にはライバーがプレイアブルキャラとして実装されるといったところだろうか。
イメージ商品系は争奪戦が過熱すぎて手に入らない場面も多々あったが、ゲームのプライアブル化はわりと入手が容易な難易度であることが多い。
天井という文化を生み出してくれた空の冒険RPGには感謝である。当時は阿鼻叫喚の地獄絵図だったようだが、それがあったからこそ、魔法のカードで確定召喚ができる今があるのだから。
「そういえばこのゲームはかぐやもやってたっけ」
ふっと思い出すのは「ガチャ配信やってみたい!」といって止めるのも聞かずにゲームアプリをインストールし、配信しながら嬉々として回していたかつてのかぐやの姿。
夏の時期ということで「目玉のイベント限定キャラクターを完凸するまで回すよー!」と題して回し始めたかぐやはその後コンビニと合計9回ほど反復横跳びしていた。
すり抜けたり、天井直前で引いたりして奇声と変顔でおよそライバーとして大丈夫か? と思うような悔しがりようにお腹を抱えて笑った記憶がある。
当のかぐやはいまはお料理配信をしており、ヤチヨの方はこちらはこちらで別の配信とツクヨミの管理を並行して行っているらしい。
(体に引っ張られるとは言っていたけれど……この辺りはさすがの宇宙人(びと)……)
データ上は全く同じ存在が別々のアバターを動かしているだけ、というには2人の個性がはっきりとしていることに驚きを禁じ得ない。
彩葉と一緒に過ごすことが最優先なかぐや。
皆が安心して過ごすことができるツクヨミを維持したいヤチヨ。
どちらも基本的には同じかぐやなのだが……まあ、そういうところも全部含めて私のかぐやなのだが。
作業しているPCとは別に2人の配信を流しているタブレットにも目を向けながら手を動かす。
あともうちょっと―――よし。
「終わったぁー!」
作成した論文を保存し、アプリをシャットダウン。開放感から背中を伸ばして背もたれに体重をかけた。
壁に掛けてある時計はちょうどお昼時であり、仕事の一区切りがついた安堵感から空腹を訴えてくるお腹をさする。朝出かけるときにかぐやに持たされたお弁当を食べようと席を立つ。
本当はかぐやがさっき配信で流していたビーフストロガノフを食べたい気持ちもあるがあれはきっと夜の晩御飯に来るはずなのでここは我慢……
「食事した後でちょっとツクヨミ行こうかな」
口が特定の料理になる。配信リスナーあるあるだと自分を言い聞かせながら手早く、お弁当はお弁当でしっかりと味わおうと行動を開始した。
「ツクヨミはいつ来ても人が多いな」
平日のお昼頃だというのにアクティブユーザーの多さに面食らいながら目的のお店へ向けて足を動かす彩葉。
そんな彼女に周囲のユーザーの中には「いろP」だと気づく者もいたが、積極的に声をかけようとする者は少ない。昼間のこの時間に一人でインしているのも珍しいし、何かの仕事中だとしたら邪魔してはいけないと高い民度から自制が効いているのだ。
ただ、それはそれとして何をしようとしているのかは気になるのでトラブルにならない範囲で様子を伺ったり、いろPを見切れさせながら自撮りする者もいたが自分自身が有名人だという認識が今一つ薄い彩葉はそのあたり無頓着であった。
「とりあえず、どこのお店にしようか……あれ、連絡来てる?」
マップを見ようとしてウインドウを開くとそこから飛び出すように巻物が排出された。
差出人はかぐやとヤチヨの二人が連盟になっており、ツクヨミに入れたらプライベートエリアに来てねという内容だった。
2人の配信はすでに終わっている時間だったので、とりあえず先に用事を片付けようかと転送を開始した。
そうした先に広がっていた光景が冒頭の、普段とは異なる衣装を身に着けていた2人であった。
そこまでの回想を終えた彩葉がなんとか思考が再起動させることに成功するとゆっくりと目を開けた。
突然ダウンした彩葉を心配している様子で覗き込んでくるかぐやとその後ろからヤチヨが不安そうにこちらを見つめているのが見える。
見えるが、2人の衣装はまた変わっていた。
「……かぐや、その着物どうしたの?」
とりあえず肌面積が圧倒的に減ったかぐやの方へ目を向ける。
今の服装は正統派な青い着物。上品な着こなしに普段とは違うおしとやかな雰囲気を纏うかぐやにドギマギしてしまうが、そこはなんとかこらえることに成功して疑問を口にする。
そんな彩葉にかぐやはにっこりと笑顔を作り、
「えっとねー、今度ツクヨミとコラボするゲームのキャラの衣装だよー。どうどう? 似合う?」
「すんごい似合う。かわいい」
少し離れてくるりと一回転。余すことなくその衣装姿をどこも見逃さないようにと目に力を入れて脳裏に刻み込みながら同意する。アジサイの髪飾りで一つにまとめられて普段は隠れているうなじの魅力に再び意識が飛ばされかけながら、かぐやの言っていたコラボの話題について思考を逃がす。
「あのゲームのキャラってみんな過去の英雄とか神話上の神様なんだよね? ずいぶん現代的な格好もあるんだね」
先の衣装はそれこそ「不思議の国のアリス」なのかな? くらいに思いつつ尋ねると、どうやらソシャゲあるあるで季節限定なキャラクターの衣装では世界観がややぶん投げられる傾向もあるらしい。
「これはねーゲームの中で玉兎ってキャラで、輝夜姫モチーフなんだって」
「そうなんだ。かぐやにぴったりだよね」
「ふふ~ん、どやぁ」
自信満々で嬉しそうなかぐやにほっこりとしつつ詳しい説明を聞く。
コラボ期間中はツクヨミ内部で好きなキャラクターの衣装がアバターで再現可能になり、それが似合っていたりロールプレイで多数の人に良い感情を向けられてふじゅ~を貯めると期間終了後にも外装データが利用可能なるらしい。コラボ先の言葉でいうなら聖杯に魔力が貯め切ったら報酬として衣装が手に入るということらしい。
清楚路線の衣装はかぐや自身はあまりチョイスしない方向性の衣装なので是非きちんとゲットしてほしい。配信やライブの構成考えなくては。
『い~ろ~は~。ヤッチョを何で無視するのー?』
「ん”””」
構えっと顔に書いてあるような表情で覗き込んでくるヤチヨ。圧倒的な顔面の暴力+最推しバフで彩葉にとっては特攻が極まっているヤチヨの上目遣いに仰け反りながら極力その衣装を目に入れないようにした。
先ほどまでの防御力皆無の鎧のみ姿とは違い、今は黒を基本とした服装になっている。
上は手の先まで大幅に隠した甘袖のデザインになっており、サイバーな鎧が胸部などを覆っている。それらの他に目を引くのが武装らしい脚の装備。靴というより突撃槍を無理やり靴として使っているように見える攻撃的なそれはどういう理屈で立っていられるのか不思議に思う。
その両足のデザインに負けないようにか大きく広がるスカートに目が行くかと思うのだがそれよりも特に吸引力が高い個所がある。
「なんで、下が前張りしかないのその衣装!?」
『元々こういう感じみたいだね~。可愛くない? こほん……快楽のアルターエゴ、メルトリリス。貴方と契約してあげる。光栄に思いなさい?』
「可愛いよりえっちな感じが強くなっちゃう~~~~~!!!」
顎クイされながらガチ恋距離でぶちまけていい破壊力じゃない。
推しに対して叡智な目を向けるなんて……と「最低だ」とか言いだしそうな雰囲気になる彩葉。
色恋の認識が中学生っぽいのはあまり普通の恋愛というものを経験してこなかった弊害なのかもしれない。
『むー……彩葉には不評みたいだし、こっちにしようかな?』
彩葉を悩殺できると思っていたのに、と少し不満そうな表情でヤチヨはぱちんと指を一つ鳴らして衣装を変える。
次の衣装は青のドレスに白銀の鎧を身に着けた騎士の姿。コラボ先のゲームではのメイン級の扱いをされているキャラの姿であり、可憐さの中に凛々しさが合わさり最強に見える。あとは黄金の剣を両手に構えて「問おう、貴方が私のマスターか?」と彩葉も知っている台詞をしてくれる。
「ファンサの密度が心臓に悪い……可愛いが過ぎる」
やっと安心して舐めるように見つめることができる衣装になってくれたヤチヨにメロメロになりながら「これなら即衣装データゲットできちゃうね~」とだらしない表情になりながら呟く。
メロメロになってる彩葉にかぐやもヤチヨもある程度満足できたのか少し落ち着こうと各々の椅子にお気に入りの椅子に腰掛、ヤチヨがさっと指を振るとそれぞれの前にコーヒーとか紅茶とか銘々の飲み物が出現した。
3人ともそれを少し口に含んでやや落ち着きを取り戻す。
味覚実装のおかげでカフェインの味と香りに精神が沈静化される感覚を覚えつつ、彩葉は口を開いた。
「にしても、ヤチヨはともかくかぐやはこの衣装データとか貰っていていいの?」
実際のコラボ期間はまだ少し先の話だったはずだ。ヤチヨはツクヨミの管理人なので先行してデータの確認をするのはわかるが対外的には一般ライバーのかぐやがいるのは大丈夫なんだろうか?
「かぐやもオファー来てるから大丈夫」
『あちらからしたら月から来た! っていう話題は見逃せないっぽいねー』
他に何名か公式アンバサダーとして指定されている面子には先行して仕様が送られていて、被りが出ないように調整するようにしているらしい。
ちなみにコラボ先のゲームではヤチヨをメインにしたイラストの装備(ゲーム内の用語では礼装というらしい)がゲットできるようになるらしい。いまからアプリのインストールしておくべきか。
けれど、少しだけほっとした。
件のコラボ先のゲームは依然、ライバーとのコラボが話題になった時にちょっとした炎上騒動が起きていたのだ。
曰く、ライバーがプレイアブルキャラとして実装されるなどけしからん、ということらしい。
詳しい設定とか扱いについて知らない彩葉としてはぴんと来ない思考だが、プレイヤーの中でも煮詰まった強火オタというのはどの界隈で声や動きが派手になりがちなのだ。
そうした層がコラボ先――この場合はツクヨミを悪くいうことになる未来はとりあえず回避できたのではないだろうか。
これなら純粋にコラボイベントを楽しめるかもしれない。自分は特にやりたい衣装はないので主には芦花や真美といった友達が着飾る様子を見たり、ヤチヨやかぐやが色々魅せてくれるのを期待していればいいだろう。
「あ、彩葉には先方から☆5サーヴァントで実装したいって話来てるけどどうする?」
「……はい?」
<――キャスターのサーヴァント。竹取の翁。女の子なんだから媼(おうな)じゃないのかって? 私に聞かれても困る。かぐや姫を月から奪い返したくらいで英霊とか言われても困るんだよね>
後日実装された最高レアリティキャスターは実装時界隈をざわつかせた。
実在の人物というべきか、有名ライバーとして活動中のいろPがサーヴァントとして実装された事実は驚愕と共に受け入れられた。
曰く、「人体錬成できる人物が現実にいるならやるしかないと思った。後悔はしていない」との原作者からのコメントがあったとかなかったとか。
これはいろPこと酒寄彩葉女史が先日成功させたYC型の義体――「老化できるバイオロイドの完成」と「AIである月見ヤチヨを当該バイオロイドへインストールし、実社会に具現化させた」という偉業を指しているようだ。
こうした原作サイドからの発信と「竹取の翁」がメインとなって綴られたコラボ限定ストーリーの評価の高さからファンたちも納得と高評価をもって受け入れられたという。
なお、宝具に関しては重ねる必要性が薄いバフ系宝具であったにもかかわらず完全体を作り出そうと一部強火のいろPファンたちが重課金を重ね、各々の愛を叫ぶ様相は元々のアプリプレイヤーたちから「何だ同類か」くらいの生暖かい視線でもって迎えられたという。
こうした流れを目にした当の本人はといえば、最後に一言こう呟いた。
「解せぬ……」