目の前にある、三段重ねのパンケーキの迫力に思わずごくりと唾をのむ。
最近は食費を切り詰めているからか、お腹が自然となるのを止められない。その音を聞かれた恥ずかしさを感じるよりも早く、両方から親友2人から手を差し伸べられた。
「彩葉ノートの感謝の証でーす」
「ご査収くださーい」
「ううぅぅ……いただきます!!」
右手にナイフ、左手にフォーク。
銀色の刃物で柔らかなケーキを切り分け、一口放り込む。
幸せな味が口の中で満たされていった――
お喋りをしながらパンケーキに舌鼓を打ち、近づいてきている夏休みどうやって過ごすかに話題がスライドしていく。とはいえ、真実は彼氏さんとのデート三昧だし、芦花はあれこれお出かけの用事を予定しているらしい。
一方の私は勉強に全振りするつもりだし、まだ確定していないけれど、志望は東大の法学部なのだから高校2年のこの時期に安全圏まで成績を上げておきたい。バイトのシフトも少し増やして生活費の余裕も作っておきたいし。
そんな風に話していると、芦花が少しだけ考えた様子で俯きがちに口を開いた。
「彩葉、相談なんだけど」
「うん? どうしたの?」
「夏休み中、うちに来ない?」
「はい?」
どういうことか、と聞き出すと。
芦花のお父さんがこの夏の間、海外に出張することになっているらしい。そのお父さんにお母さんが一緒に行くことになっており、芦花はこの夏の間独り暮らしになるのだそうだ。
家族みんなでお父さんの出張についていくという選択肢もあったそうだが、そこは芦花自身の意思で出来れば避けたいとのこと。そりゃあ私だって一か月二か月急に別の場所で生活しようと言われたら戸惑ってしまうのでその気持ちはわかる。
ただ、これまで1人暮らしなんてしたことのない芦花は一抹の不安があるという。それはそうだろう。普通に家事をするぐらいは問題ないのだけれど、1人暮らしってし始めると大変なのは昨年の春先の経験からよく分かっている。
「そこで、彩葉が良ければなんだけど夏休みの間だけ、うちに泊まりに来ない?」
「ええ、でも食費とかそういうのもあるし……」
「頼んでるのはこっちなんだからそこら辺は心配しないで? これでも少しは稼いでいますので」
「彩葉が芦花のおうちにいたら夏休み中にお泊り会とかしやすそ~」
「もう、真実はそうやって遊びたいだけでしょ」
「ばれたか~」
もう、と言いながらとりあえず芦花の提案を考えてみる。とはいえ、考えるまでもなく断らないといけないだろう。私は私一人で頑張ると決めて東京に出てきたのだ。親友とはいえ、ここで芦花の力に頼る訳にはいかな――
「ね、彩葉。こう考えてみて? 三食昼寝付きエアコン完備の家事手伝いのアルバイトだって。バイト代は食事の現物支給になっちゃうけど」
勿論、当社は兼業可となっております。
そう言われてしまうと激しく誘惑されてしまう……東京の夏、今年もめっちゃ暑いんやろなぁ……電気代気にせずエアコンが使える環境……正直喉から手が出るほどありがたい……!!
「……不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「うけてまわり~。今年の夏はよろしくね?」
ニッコリ笑顔の芦花に頭を下げてお願いする。私は今後、一生芦花に頭が上がらないかもしれないな~と思いながら今年の夏の予定を組み替えていくのだった。
「っていう世界線が観測されたのだよ彩葉くん」
「いや世界線って……かぐやまた変なアニメの同時視聴でもしたの?」
仰向けのこちらのお腹に起用に体重を乗せないように馬乗りになるかぐやへ胡乱な視線を向けると、シュタゲは神と言っているので予想は当たっているらしい。
本日は2040年の某日。
お仕事は休みで朝寝を決め込もうとベッドの上でうだうだしていた私を叩き起こしに来たかぐやが何故か始めた話がそれだった。
「えーっと、かぐやが私のところに来てなくて、あの時のパンケーキを芦花や真実と食べると私が芦花と夏休みを一緒に過ごす世界に分岐する、だっけ?」
「そうそう。そして2人はイチャコラ中を深めて大人の階段を上ってしまうのだよ。彩葉のエロ葉!」
「いや、存在しない記憶で罵倒されましても」
「だってぇ、<もと光る竹>の演算装置でリーディングシュタイナーごっこしてたらそういうのが観測出来ちゃったんだもん!」
どうやらそれで観測した世界だと芦花と私が大学生で同棲し始めた頃にかぐや――その世界では「ヒメ」と名づけられたらしい――が飛来してきて母2人娘1人とかいう変な家族構成で過ごしていたらしい。
「いろはが芦花に取られちゃう~」
「はいはい。彩葉はかぐやさんの物ですよ~」
とりあえずゆらゆらお腹の上で揺られると変な気分になるので両手を引っ張ってかぐやを私の体に倒れこませて頭を抱えてよしよしする。多少抵抗を続けようとしたらしいがすぐにそれも弱まった。案外徹夜でアニメを見ていたのかやがてすーすー寝息までたて始めてしまう。
「にしても、私と芦花が、ねぇ」
そんなことあるのかな? とは思うがまあ当時のことを考えればエアコンにつられる可能性は十二分になる。
なにせ当時も今もそうだが東京の夏は殺人級(ガチ)の暑さなのだ。お金をかけずに涼を得られるなら文字通りなんでもした可能性は否定できない。
「あ、その場合だとヤチヨはどうなるんだろ。多分、接点が生まれないから私が動くこともないよね」
かぐやの与太話とはいえ、その可能性があると思ったらなんだかムズムズする。パラレルワールド、なんてSF話の用語に聞こえるけれどそれを言うならタイムスリップだって立派なSF要素だろう。月人という異星人がいるのならもうそういうものがあっても驚かない。
「少し、そっち方面も研究してみるかぁ」
そんなことをつらつら考えながらかぐやの髪を一房まとめて少し息を深く吸う。安心できる匂いに包まれて目を閉じたらまた睡魔がやってきたので、それに誘われるまま今は意識を落とす。
エリートは休むのも全力で。
三千世界の鴉を殺してでもと言われるほど心地よい朝寝に私の意識は落ちていった。
なお、後日の酒寄研究所ではパラレルワールドの観測は実現できなかったものの、『多重仮定を元にした未来予測実験』によって地震予測の精度を80%にまで引き上げることに成功するのはもう少し先の出来事である。