・思考制御
コントローラーを使わないでアバターを操作する技術。
「もと光る竹」の部屋でログインしたときなんかはコントローラーなくてもアバター動かせていたので多分問題なくあるんだろうなで「できる」判定で設定してあります。
2032年3月某日。
その日、諌山真実は友人の酒寄彩葉と綾紬芦花の三人でカラオケに行こうということになっていた。
三人とも希望の大学への進学が決まり、進学までのモラトリアムを謳歌しようとことでの集まりだが珍しいことに発起人は彩葉である。
正確には「ちょっと協力してほしいことがあるから、ついでに遊ぼ?」と言われたのだがそんなお誘いを受けて断る選択肢はあるだろうか。いや、ない(反語)
真実だけは恋人との予定があったため少し遅れての参加になってしまったがうきうきと楽しみにしながら連絡のあったカラオケの個室へと辿り着き――そこで見てしまったのだ。
とても人にはお見せできない表情で崩れ落ちた芦花と、その横で現場を見られた犯人のような表情の彩葉の姿を。
「ま、真実!? 違うの……これは違くて」
「……いろは、大丈夫。わたし、わかってるよ」
慌てふためく彩葉に微笑みを浮かべながら冷静にスマホの緊急発信ボタンへと指をかけ――
「面会にはいくからね?」
「ちょっとはなしきいてぇぇぇぇぇぇ!!」
彩葉の叫びは無情にも防音がしっかりとしたカラオケの個室でむなしく響いた。
その日、彩葉はツクヨミ内で両腕を組んで頭を捻っていた。
「やっぱり思考操作って難しいな」
いま、彼女がいるのはSETSUNAにおける練習モード。
昔の特撮なんかで使われていそうな石切り場にコンボの練習台の木人が立ってこちらを見下ろしている。
先ほどまでコントローラーを使わないキャラコン……思考操作でのコンボなどの練習をしていたのだが、これがなかなか難しい。
普段は意識を向けていなくても出来る動作をいちいち思考でバランスを取らないとすぐに転んでしまったり攻撃がすっぽ抜けたり当たり判定がおかしな判定になったり……
「やっぱり思考だけでアバターとか肉体を制御するのって難しいのかな……かぐやを現実に連れていくにはまだまだ課題が多いよ」
ごろんと寝転がって、その体勢から足の反動を使って体を跳ね起こす。
現実で普通に行える動作であれば思考操作である程度できるようになってきたがより激しく、例えば踊ったり歌ったりするような動きはいろいろ難しいように感じる。
「かぐやを現実に連れ出すにはそのための体と、五感の実装……五感のうち聴覚と視覚は既にあるけれど、味覚触覚嗅覚……触覚は出来れば早く実装したいよね」
本当なら味覚を第一優先で実装したいのだけれど、そこは本当に複雑怪奇な反応があって感じ取れている部分なのでデータのサンプリングなどなど、門外漢の自分であっても思いつく課題が山盛りなのだ。
対して、触覚に関してはなんとなく難易度は低いように感じる。
SETSUNAなどでダメージを受ける際に反射的に「いたっ」と言ってしまったりというのは良くあることだ。
実際にまじまじと触ったりすると触れてる感じはしないのだけれどなんとなく脳が補正をしてくれているように思うのだけれど。
「……そういえばアバターで触れながらリアルで触れたらどういう感じになるんだろ?」
「それで今日は私と真実を呼び出したってことなのね」
「ご協力、感謝しております」
ははーっと手を合わせて拝む彩葉に対して納得の表情の芦花。
2人ともツクヨミのアバター姿であり、場所は依然彩葉が練習していた石切り場である。通常ならばここでコンボや連携の練習に使われるのだが、今回は少し別の目的がある。
ちなみに2人のリアルでの所在地は真実との待ち合わせにもしているカラオケ店の個室の中。それぞれ向かい合って座った体勢でツクヨミにログインしているのだ。
「それで、ツクヨミの中で触覚の感じを調べるんだっけ」
「そうそう。あんまり他の人の目があるところじゃできないでしょ。だから、久しぶりに二人とも遊びたかったし」
「うんうん。私は彩葉がそうやって息抜きをきちんとしてくれるようになってくれて嬉しいよ」
「どういう目線なの?」
涙を拭くような仕草をする芦花に半目になる彩葉。
とはいえ、話し続けていると実験ができないのでサクサクっと疑問を片付けてしまおうとなった。
「じゃあ、とりあえず芦花。手を出して」
「はいはい。お姫様」
スッと手を出してくれた芦花の右手をアバターの手でそっと触れる。
仮想のアバター同士での触れ合いは触っている感覚も体温の温かさもなく、視覚情報の追加だけでは補正できない差が厳然とあった。
「ふむふむ……」
「それで、ここからどうするの?」
「えっとね――」
「彩葉? ラグってる?」
尋ねる芦花に反応を返さずにいる彩葉。どうしたのか不思議に思ってリアル側に目を向けようとするがそれより早く、芦花の右手に誰かが……彩葉が触れたのがわかった。
「彩葉!?」
「ん、いま芦花の手をリアル側で触れてるんだけどどうかな?」
「ど、どうかなんてそれはもう」
ありがとうございます! と声を大にして言いそうになるのを飲み込んだ芦花は褒められるべきだろう。
なお、全くそんな様子を知らない彩葉ふむふむ言いながら芦花の手を握る自分の手を観察している。
「芦花、いま私が手を握ってるのわかる?」
「わ、わかるよ? なんでにぎにぎしているの?」
「にぎにぎしてるのはアバター側だけだね。でも実際に触れてるって情報が加算されてるから視覚での補正が効いてる……? それなら」
色々調べたいのか彩葉のアバターが動き出し、今度は芦花の髪をスッと指を通し、頬を撫で、顎をくいっと持ち上げる。
その表情は真剣そのもの。芦花の反応を見逃すまいと向けられる眼差しは心の奥底まで見抜こうとでもいうのか、真摯で真っすぐに、虚飾を穿つような鋭さがある。
この場に第三者がいたらこういうだろう。
マヂでキスする5秒前の体勢だった、と。
「あわ、あっわわわ」
「芦花、どう? 触れてる感じするかな? 握ってるのは手だけなんだけど」
アバターの制御は思考操作で行っているのであまり派手な動きはできないがこの程度は既にお茶の子さいさいである。
リアル側での動作とは関係なくアバター側を動かすことなど8000年の情報を処理してヤチヨの経験を一部獲得している彩葉にとっては簡単なことである。
ちなみに芦花の様子まで意識が向かっていないのは色々検証することに集中してしまっているだけである。
本人に他意はない。ないったらない。
しかし、彩葉にとっては友人同士のスキンシップだが芦花の方はそうではないのだ。
(これは実験。これは実験。これは実験。もうすぐ真実も来る。それまでは堪の――じゃなくて耐えきらなくちゃ!!)
きゅっと口を結び、漏れ出そうな声を忍ぶ芦花。そんな様子に悪戯心でも刺激されたのか、彩葉はアバターを操作して芦花の右の耳へ口元を寄せ、
「「芦花、かわいいね」」
「!!??」
アバターの発声を芦花の右耳へ、リアル側の左耳へ自分の声で囁いてみると反応は甚大であった。
無防備な思考回路に劇薬を流し込まれたようなその状況に結果として、それは当然の帰結に至る。
「きゅ~~~~」
「芦花!? どうしたの芦花!!」
魂が抜けたように昇天した芦花に慌てた様子で声をかける彩葉。
真実が辿り着いたのはまさにその時であった。
「という訳で私は悪いことなんて一つも……」
「うん、有罪だね。ヤチヨにも言いつけるからね」
「なんでぇ!?」
なお、話を聞いた関係者一同、彩葉が悪いということで一致した。