『は、キモ』
それは心の底から響くような冷徹さが込められていた。
『どうしてこんなことを言われて喜んでるの?』
理解できない。信じられない。目の前にいる存在が許せない。
『まったく、本当に、彩葉はどうしてそんなにダメなの。生きていて、呼吸して、申し訳ないと思わないの?』
脳を奮わせるのは愛してやまないヤチヨと、かぐやの声。
交互に繰り出されている言葉の刃がザクザクと胸を刺す。痛い。とてつもなく痛い。物理的にはともかく、目には見えない流血が、だからこそ抑えることもできずに流れ続けている。
そんな状態の自分何て構わず、2人は辛辣な言葉を続け、止めとばかりに――
『『いろはなんて、だいきらい』』
「……どう思う? かぐや」
「えっと……なにこれ?」
唐突にツクヨミ内部のヤチヨのプライベートエリアへ呼び出されて何事かと思っていたかぐやはとりあえず聞けと言われて聞かされたのが今の音声であった。
明らかに言った覚えのない台詞だがどう聞いても自分たちの声であるのは間違いない。
「どういうことこれ」
「声紋解析アプリにかけたら間違いなくヤッチョとかぐやの声なんだよね。だから、かぐやが彩葉に頼まれて作ったんじゃないかと思ったんだけど」
その様子じゃちがうっぽいねというヤチヨ。当然である。例え彩葉自身に頼まれたとしてもかぐやがあんなひどいことを彩葉に対して言うなんてありえない。
「そもそもこの音声データってどこにあったの?」
「彩葉の研究所のPCの最重要情報エリア」
「おいサイバー犯罪者」
半目を自分自身というべき存在に向けるがてへぺろしながらこつんと自分の頭を叩いて見せるヤチヨ。それで誤魔化せるのはオタクと彩葉くらいだぞ。
「でもかぐやだって彩葉がなにか秘密を作ってるって思ったら調べようとするでしょ?」
「当然じゃん。かぐやだって彩葉の全部を知りたいもん」
胸を張っての即答。
うんうんと同意の頷きを見せるヤチヨ。
ストッパーになれそうなFUSHIはこの場にいないのでどうにもならない。
「でも、どうするのこれ」
「まあ彩葉に直接聞くのが一番なんだろうけれど」
そうなるとどこからこのデータを見つけてきたのかというところを突っつかれて有耶無耶にされそうである。
故にここはひとつ芝居を打ってみようというのがヤチヨの提案だった。
「ええ、それかぐやにメリットなくない? 嫌われたらどうすんのさ」
「その時はヤッチョが彩葉を慰めてあげるから心配なし」
「まさかそっちが本音じゃないよね」
「ヨヨヨ、かぐやに信じてもらえなくてヤッチョは悲しいのです」
「泣き真似やめなね?」
自分自身だからこそわかるわざとらしい仕草に呆れながらとりあえず作戦を実行するために準備を整えるのだった。
酒寄技研は業界でも屈指のホワイト企業として有名である。
通常時であれば定時で仕事も終わり、アフターファイブで人生を楽しむことは組織全体が奨励されている。
所長である酒寄彩葉もその例にもれず、というか彼女の場合は周囲がはよ帰れ! と言われるまで仕事を続けようとするので真っ先に研究所から放り出されるのが日常になりつつあった。
「まったく、私が一番偉いはずなのに……」
きちんと家族サービスしないと積もり積もった不満はある日いきなり爆発するんだぞ? と最近高齢離婚してしまった古株の職員から脅されては従わざるを得ない。
かぐやとヤチヨへのお土産に真実おすすめの美味しいケーキも買ってあるので無問題のはず。
そんなことをつらつら考えながら愛しの我が家へ辿り着き、鍵を開けて帰宅する。
「ただいまー」
……返事はない。普段なら配信中でもない限りはかぐやかヤチヨか、あるいは両方が飛んできてお出迎えしてくれるのに。
「? かぐやー? ヤチヨー? いないの?」
靴を脱いでリビングへ。そこにはソファに座ってこちらに背を向けているかぐやの姿が見えてホッと安堵の息が漏れる。
「かぐや、ただいまー……かぐや?」
どうやったとしても聞こえる距離で声をかけているのに反応を示さないかぐやに不安を覚え、とりあえず手に持っていたケーキの箱をテーブルに乗せ、正面へとしゃがみ込む。
そこで見たかぐやはこれまで見たこともないような冷淡な目で彩葉を貫いていた。
「彩葉、ちょっとそこに座って」
「かぐや……? どうしたの一体」
「良いから、座って。座りなさい」
指を向けられたのはカーペットが敷かれた床である。そこに直接座れと言われ、まさかそんなことを言われるなんてと混乱している中で続けられた言葉に反射的に従ってしまう彩葉。
彩葉が正座をすると初めてかぐやは正面から目を向けた。
とはいえ、姿勢は肩肘をつき、明らかにこちらを見下すような体勢で。
「彩葉、どうしてかぐやが怒っているか、わかる?」
「えーっと……?」
「どうしてわからないの? かぐやの気持ちなんて、彩葉にとってはどうでもいいんだ」
「そんなこと、ないよ?」
「本当? でも、彩葉、こんな風に問い詰められているのに嬉しそうだよね」
「うれしいだなんて、そんなわけないじゃん」
「気づいてないんだ。はあはあ息を乱しちゃって。本当はこういう風にかぐやに詰められるのがうれしいんだ」
「そんなん――!!」
「『キモ』」
「!?」
その一言と、これまでの経緯が脳裏で一直線に結びつき、どうしてかはわからないがかぐやに「例のあれ」を知られてしまったのだと理解した。
「どうしてかぐやがそれを」
「ハ? いまはかぐやが尋ねてるんだけど。質問に質問で返すのはダメだよね?」
「うぐぅ……!」
かぐやからの今まで感じたことのない圧に口が自然と閉まる。そんな彩葉に対してかぐやは顔を覗き込むように顔を近づけ、
「彩葉、こういうのが好きなの?」
「そ、それは……」
しどろもどろの彩葉に対して、かぐやはキスをするほどに近づき、耳元へと唇を近づけ――
「へんたい」
ブチっと何かが千切れる音がしたような気がした。
しかし、かぐやにそれが知覚出来たかは定かではない。何故なら気が付いたらぐるんと視点が一回転して気づいたら彩葉に肩を押さえつけられ、仰向けに寝転ばされていたのだから。
「へ?」
「かぐや……何時からそんなひどいこという子になったの……ダメだよ、そういうこと言っちゃ」
「い、いろはー?」
「これは、お仕置きしなくちゃいけないよね」
巧妙に重心を抑えられ、身動きが取れずにいるかぐやへ向けてギラギラとした獣じみた目で見下ろしている彩葉。
例えるならマジで捕食する5秒前の狼。どちらが狼かは言うまでもない。
「かぐやが悪いんだからね?」
「の、のわぁぁぁぁあああああ」
階下から聞こえるかぐやの悲鳴にやっぱりこうなったのかと南無南無手を合わせるヤチヨ。
例の音声、実は聞かせていない部分があり、それが所謂「メスガキわからせ」系統になっているのを知っていたヤチヨにはこういう展開もあり得るかもしれないとは思っていた。
「いや、まさか彩葉がそういう趣味があるとは……なかよしのバリエーションになりそうだから調べてみたけど……」
そっと気配を消して階下の様子を覗くと、そこにはもう描写するとR元服化待ったなしな感じでくんずほぐれつしている2人が。
「今夜のお夕飯はしばらくお預けかなー」