多分、リテラシーがしっかりしているから油断していない時にはきちんと隠せていると思う。
このお話はpixivにも投稿しています。
その日、酒寄彩葉にとっては間違いなく最良の日だった。
足掛け十年。
ようやく大事なあの子を現実へと連れ出すことができ、そして、そんな彼女が誰に憚られることなく世間に出歩けるようになる下準備が整ったのだから。
諸々の準備を終えるまでもう少し。
最大の障壁はクリア済みなのであとはどのタイミングで行うか。
そういうところまで準備が完了した今日という日。
普段は気を付けるところでも油断をするというものである。
カシャ、というシャッター音が響くことに気づくこともなく、最愛の人と共に今日のために予約してあったホテルの一室へるんるんで入っていくのだった。
『スクープ! 天才科学者の夜の顔! 未成年淫行の疑惑!!』
センセーショナルな文言が躍るスマホの画面に彩葉はここ10年で感じたことがないほどの戦慄を覚えていた。
『”マスター・マテリアル””死神の天敵””ヒトの錬金術師”など数々の異名を誇り、輝かしい功績を生み出してきた酒寄彩葉女史。だが、そんな彼女にも欠点はあったようだ』
画面をスクロールさせながら記事の続きを目で追う。それと同時に掲載されている写真が映った。
そこにはお酒が入って少しテンションが上がっている様子の自分がかぐやの肩を抱いて『特定の目的』を連想させるホテルへと入っていく様子がばっちりと。
『一昔前には女子会をラブホテルで行う、という習慣があった時期もあったが昨今ではあまり聞かなくなって久しい。
また、同ホテルは同性同士のカップルからの評価が高く、何を目的としているかは明らかだろう』
そうなのだ。
ここのホテルは界隈では有名であり、兄の紹介を受けてようやく予約を取り付けたもの。
実際、あの日の夜は最高だったし、かぐやも満足してくれてみんなハッピーで終わったはず……なの……だが……
『記者は何も同性のカップルが問題であるというのではない。
問題は酒寄女史のお相手が明らかにティーンエイジャーと思しき外見であること。
多様性が叫ばれる現代であっても未成年は守られるべき存在であることに異論がある者はいないと確信している。
まして、彼女は多くの学生たち導く教授職でもある人物である。
そんな人物が未成年に手を出しているとなればこれは追及されてしかるべきであろう』
「ぐぅぬぬぬ……」
「ぐうの音が出る人っているんですね」
「所長は割とやる」
「研究所の前、報道の人間がわんさか来てますけど「何時かやると思ってました」って答えても良いですか?」
「あの人の趣味は有名ですから、で通すべきかね」
「だからあれほどKG型を連れての外出は気をつけろと口を酸っぱくしていったのに……」
四面楚歌。針の筵。全方位に味方がいない状況に彩葉は恨みがましく会議室に集まった職員たちへ目を向けた。
「君たち、上司に向かって容赦なくない?」
「「「「朝のトップニュースで上司のスキャンダルなんて見たら、ね」」」」
「――……ごみん」
ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。
夢のような一夜を過ごして数日。
彩葉がいつも通りに出勤すると強制的にこの会議室へ連行されて有無を言わさず見るように促されたのが先のスクープを報じるネットニュースだ。
昔は週刊誌などが報じる前には対象へ通告があったりした、という話も聞くが昨今のスピード感というのは凄まじいらしい。こちらが対策を練る前に発表してバズらせたら勝ちという倫理観の記者たちに掛かれば御覧のあり様になるのは予想できたことである。
だからこそKG型やYC型などというそれらしい呼び方まで決めて今日まで秘密裡に研究を続けていたというのに、
「完全にやらかしたー……ネットの反応はどんな感じ?」
「意外と炎上、ってほどは燃えていませんね」
「所長自身がまだ20代である、というがギリギリ通常の恋愛の範囲ではないか、という印象のようです」
30超えてたらアウトでしたね、なんて続ける無慈悲な言葉に傷つきながらも安どのため息をつく。下手な悪印象が付くとこれからの発表に変なあやが付きかねない。
「ただ、目敏いツクヨミユーザーが別の意味でざわざわしてますね」
「あー……10年間もチャンネルに登録しててくれた人なんかは気づくかな?」
一応、記事の写真にはかぐやの目線に細い目隠しが入っているが背格好なんかはそのままで生み出したので気づく人は気づくかもしれない。が、そうした場合、今度は何故10年前のと同じ姿なのかという部分で常識が答えに辿り着かせないだろう。
あの夏に設立した「かぐや・いろPチャンネル」は現在も一応残っている。
時折は”いろP”名義で曲を作ってヤチヨとしてのかぐやとコラボしたり、一緒にゲームをしたりする配信をしているが流石に往時の人数はいない。それでもこの10年で色々と支えになってくれていた人たちであることに変わりない。
彼らに最高のハッピーエンドな情報を送りたくて頑張ったところも、あるのだから。
その時、私用のスマホが振動した。ディスプレイに表示されているのはこの事態を解決できる唯一の協力者からの物。
彼らの協力が得られるのであれば、何の問題もない。
「――この事態を治めるよ」
酒寄研究所で行われることになった記者会見には多数のメディアが押しかけてきていた。
それもそのはず。
現代の最先端技術の先陣を切って他を圧倒的に引き離している酒寄彩葉博士の私生活はこれまでほぼ明らかにされてこなかったのだから。
VR世界「ツクヨミ」における味覚・嗅覚・触覚等の再現を皮切りに次々と世界に打ち出され続けてきた彼女の業績は既にノーベル賞に匹敵する権威として「サカヨリ賞」が設立されたところからも伺えること。
完璧に免疫反応などを起こさず人体で機能する人工臓器。これによって救われた人命は数えきれず、ノーベル平和賞・医学賞・生理学賞の三つを取得。
翌年に発表された肥満のメカニズムの科学的な解明。それに伴う肥満症患者に対する治療法の確立。および、先天的に脂肪細胞を持たない人に対しては後付けで脂肪細胞を移植し、なじませる技術を開発・完成させたことで2年連続で同賞を受賞。
人工筋肉とそれを操作する神経線維の開発。それによって四肢の欠損者がそれ以前と同様の生活を行うことができ、失ったはずの家族のぬくもりを感じ取れる腕を齎した実績はやはり医学賞と平和賞を受賞するに至ったためこの年を最後に殿堂入り扱いをされている。
その代わりに彼女の功績に並ぶ者が現れた時にと新設されたのが「サカヨリ賞」である。なお、現在においてもその賞の受賞者は彼女以外に存在していない点でお察しというものだろう。
特に、彼女が開発したナノマシンによる「余剰栄養素を必要な細胞へ吸収させる」働きは1型・2型を問わず世界的な患者数を誇る糖尿病を「完治できる病」へ引きずり降ろして見せた。定期的なインスリン注射に悩まされ続けていた多くの人々が歓喜と共に注射針を地面に叩きつける様子がSNSでバズったのは記憶に新しいものだろう。
そんな彼女をさして、海外では「現代のアスクレピオス」「ハデスの天敵」「東方の善い魔女」などと呼ぶ者たちまでいる。
要はファンタジーみたいな存在として認知されていたのだ。酒寄彩葉という存在は。
そんな人物のごくごくプライベートな情報がすっぱ抜かれ、それについての会見を行うとなれば熱の入りようが違うというものだろう。
立地の関係で来れなかった海外メディアの連中が臍を噛んでいる様子を思えば面白いと感じるが、逆を言えばここできっちりと情報を聞き出さなくては日本のメディアの名折れである。
この場にいる全員が同じ思いなのか、まだ会見が始まってもいないというのに室内には異様な熱気が立ち込めていた。
そんな空気を知ってから知らずか、部屋の奥の扉はガチャリと音をさせて開かれ、数人の人物が会見の席に座った。
1人は酒寄彩葉本人。その後を報道されたお相手らしい金髪の女性……というか少女だろう。行っても高校生くらいではないかと思われる。見目は良く、美少女であることは間違いないが向けられた無数のカメラやたかれたフラッシュにものおじせずに興味津々といった表情を浮かべていた。
「はっ……?」
その少女が姿を見せた直後、隣に座る女性記者から間が抜けた声が漏れる。気になってそちらを向くと、そこにはよく知っている相手が呆然とした表情で座っていた。
酒寄女史の研究に馴染みが深いVR世界ツクヨミ。その世界で流通している情報誌を作成している出版社である『ツクヨミ瓦版』の腕章をしている彼女は一瞬ちゃんと息をしているか心配になるような顔をしていたが、次の瞬間には猛烈な勢いでシャッターを切り始めた。かの少女がよほどストライクだったのだろうか?
「えー……それでは、これより酒寄研究所における研究成果に対する記者会見を行いたいと思います。司会・進行はわたくしが行います。順次、こちらから指名いたしますので質問はお一人一つまででお願いいたします」
そうこうしている内に記者会見が始まる。司会が酒寄女史、その隣の女性を「研究協力者の酒寄かぐやさん」と紹介し、その横に並んでいる数名の人物は医師であると紹介された。
何故記者会見に医師が? という疑問を他所に手前の方から順次記者が指名され、次々と質問が飛んでいく。
「酒寄、ということは酒寄博士とは血縁でいらっしゃるのでしょうか?」
「正確には従妹でーす。年齢は彩葉の一個下ね」
「お二人の関係は?」
「あ、それ聞いちゃう? どうしよっか彩葉ぁ~。本当のこと言っちゃう?」
「その件については後日また改めて、とさせてください。家族にもまだ伝えていないことなので」
「お二人があのスクープで報じられた内容について、どのように思われますか?」
「概ね事実であるので私から特に否定も説明もありません。かぐやとあの夜を迎えられたのは私にとって人生最大の幸福でしたので」
などなどなど。
今日日ここまであけすけに惚気を聞かされると思っていなかった記者連中(自分も含めて)が口の中で存在しない砂糖をじゃりじゃり噛みしめていると1人の記者が切り込むように質問を投げつけた。
「かぐやさんは酒寄女史の一つ違いということでしたが……その割に非常にお若く見えます。本当にその年齢なのでしょうか? また、今回は「研究成果に対する記者会見」と銘打たれていた訳ですが酒寄女史にとって、その女性との熱愛こそが研究の成果であると?」
やや挑発するような声音の籠ったその言葉に隣にいる女性記者から「あ”あ”ん?」とガラの悪い低音が聞こえてくる。
その声音に恐怖を感じながらも何か面白い情報が拾えるのではないかと期待して会見席を見ると、むしろ酒寄女史はその質問を待っていたかのように頷いて見せた。
「その件について、これからこちらにいらっしゃる先生方に協力をいただきながら説明したいと思います。例の機材も運んできて」
背後にいるスタッフへそう指示を出しながらかぐやさんも椅子から立ち上がる。そうこうしているとガチャリと開いたドアから大型のマッサージチェアのような機材が運び込まれてきてそこにかぐやさんが横たわる。
そんな彼女の腕やら首回りやらにコードが貼り付けられ、機材につなげられていく。その間、酒寄女史はこの場に来ている三名の医師たちの紹介をしているが、正直右から左。
とりあえず旧知の知り合い、という訳ではなく伝手を頼って今日来てもらうことが出来た医師たちであるらしい。
各々所属なども関係なく、何だって今日呼ばれたのかわからないで困惑している様子だけは見て取れた。
そうこうしている内に準備が整ったのだろう。シートに横になっている状態のかぐやさんに繋がった機器が電子音をさせながら各種のデータを示すようになっていた。
酒寄女史はそれを一つずつ指して、各々が何を表示しているかを説明してくれる。
心電図。脳波計。脈拍などなど。
健康診断で一度は触れたことがありそうな数字などが示されていく。それらを医師たちにも確認してもらい、手首の脈や自発呼吸、瞳孔の確認までしている。
一通りの確認が完了した後、酒寄女史は一つ頷き、
「それじゃあかぐや。落として」
「おっけー」
おやすみーと言って目を閉じた瞬間、それまで規則的に鳴っていた電子音がすべて消えた。
「……はい?」
さっきまで説明されていたことを思い出す。
心電図。脳波計。脈拍などなど――全ての数字は装着者の生命を示しており、それがすべて消失しているということは……
「急いで蘇生を!」「瞳孔拡大……自発呼吸なし……脈拍なし……急いで救急を!」「コードどかして心臓マッサージを!」
「ストップ。そこまでです先生方。かぐやから離れてください」
にわかに慌てだす医師たちを冷静に引きはがす酒寄博士と所員たち。
何事かと慌てる医師たちを他所に、酒寄女史は良く見えるように大きなタイマーを10分にセットし、
「それではちょっと10分ほど待ちましょうか。いまのかぐやの状態について以外であれば自由に質問を受け付けますが何かありますか?」
世にも貴重な酒寄女史へのフリーの質問時間だというのに部屋中がざわざわと混乱している。
この場にいる記者たちには知識として心肺停止状態の人間が10分も何の救命措置をしなかった場合、どのようなことが起きるのか、分からない者は少ないだろう。
実際、数名はスマホで緊急発信をしようとしている。
「救急への連絡は無駄になるので出来ればお控えください」
「アンタ自分が何をしてるのかわかっているのか!? 早く彼女の手当てを始めないと大変なことになるんだぞ!!」
「ええ。大丈夫です。落ち着いてくださいドクター」
声を張り上げる男性医師を宥めるように冷静に話す酒寄女史。その姿はまるで大昔に見たスリラー映画に出てくるサイコパスな天才犯罪者のような怖さを感じさせた。
(どうする……どうしたらいい。何が正解だ? っていうかテレビ中継もしてるのに何やってんだこの人)
この会見はライブで放映されているためテレビカメラも数台入っている。この状況は既に全国のお茶の間に流れているか、あるいはかぐやさんの心臓が止まった時点で画像が切り替わっているのかもしれない。
そんなことを考えている間にタイマーは無慈悲に10分の経過を告げるアラームを鳴らし、止められる。
椅子に座らされていたドクターたちは事態の深刻さに顔色をなくし、記者たちもどう動くのが良いかわからず動けない。
ただ一人、この状況を生み出した張本人だけはなんて事のないよな気軽さでスマホを操作し、死んでいるとしか思えないかぐやさんの肩を優しく揺り動かした。
それだけを切り取ってみるなら寝ぼけた恋人を起こそうとしているシーンにしか見えないがそんなことをしても、もう――そう思っていたところに電子音が耳に届いた。
「は、え……?」
音につられて向けた視線に繋いだままの機器が波形を生み出していることに気づく。
心電図。脳波計。脈拍……装着者の生命があるということを示すデータが沈黙したときと同様の唐突さで復活し、当たり前のようにかぐやさんは目を覚ました。
「おっも……これ起動するたびに思うんだけど最初に動き出すのが大変なんだよね……彩葉ぁ~なんとかならない?」
「そこは今後の研究課題だね。起きられる?」
「はーい」
軽い会話を交えながら自身に繋がっていたコードを職員と酒寄女史の手を借りながら外して立ち上がる。
そんな光景にいよいよもって理解に及ばなくなったこちらに対して、酒寄女史は自信をみなぎらせた表情でこう言った。
「これが我が研究所が開発したアバターボディ――KG型バイオロイドになります」
酒寄女史の説明によると、かぐやさんの現在の肉体は限りなく生身の人間に近い状態でありながら、全て人工的に作成された義体であるという。
「いまの50代や60代の方ですと「攻殻機動隊」をイメージしていただくと伝わりやすいかもしれませんね」
有名なアニメのタイトルを持ち出して説明を続ける様子に半ば以上呆然としながら、徐々にこの技術の持つ意味がじわじわと理解させられてくる。
「酒寄博士、質問よろしいでしょうか?」
「貴方は『ツクヨミ瓦版』の……」
「犬飼と申します。お尋ねしたいのはいまのかぐやさんは別のところから義体へログインして操作している……我々がツクヨミでアバターを動かすようにかぐやさんはその義体を操っているという認識でよろしいでしょうか?」
「その通りです。そのために、私はまずツクヨミ内で五感の実装を行い、あの空間でアバターを動かす要領で現実でも活動を可能にするこの体を造ったのです」
「その……生身のかぐやさんは……」
「――そうですね。少しショッキングな映像になりますが、お尋ねがあると思い用意してあります」
そう言いながら酒寄女史が何かのボタンを押すとプロジェクターが背後の壁に降りてきて壁の一角に映像を映し出す。
どこかの病院であるのだろうか? 画像の中央には全身を包帯で包まれた人物がベットに横たえられ、様々な器具に繋がっていた。
かろうじて、機械に生かされている。
詳しい状態の説明なしでも分かるほどにその人物は生命として終わりを迎えていた。
「十年前、とある火災に巻き込まれた際に全身の7割に及ぶ範囲での火傷を負い、瓦礫を頚部に受けたことで高位頚髄損傷が発声。それによる全身の麻痺が残っているこの姿が、かぐやの生身になります」
部屋中の人間が息を呑むのを感じる。
その十年という数字が何を意味しているのか。その間にどれほどの絶望があったのかなんてことを聞き出せる人間はさすがに記者という仕事を生業としている者たちの中にもいなかった。
「私がこの研究所を作ったのはかぐやのような、バッドエンドを迎えそうな人を1人でも多くのハッピーエンドに連れていくためです。先日の記事についてはようやくの一段落が付いたと浮かれた時の物ですね」
お恥ずかしいところをお見せしました、と頭を掻く酒寄女史に対して、何かを言える人間はその場にいなかった。
(勝ったな)
内心で勝利を確信した彩葉は室内の空気から追及の姿勢が完全になくなり、いま齎された情報を何とか処理しようと一杯一杯になっているのが手に取るようにわかる。
ちなみに、当然のことであるがかぐやの生身についての情報はほぼ全て嘘である。
いや、正確には十年前に火事に巻き込まれて全身に麻痺と火傷を負った女性がいるのは事実だが、それはかぐやではない。
ツクヨミへ五感の実装が成功した折に多数寄せられた感謝のメールの中に紛れていた一組のご夫婦で、怪我をされた奥様とツクヨミ内であればぬくもりを感じられるという心温まるメッセージだった。
そんなお二人に協力を頼み、こうしてかぐやのアバターボディの完成について発表する際に「かぐやの生身として」紹介させてほしいと頼み込んでいたのだ。
どうしてそのような真似が必要なのか? それは当然、かぐやが月から来たかぐや姫だからである。
(まさかアバターボディを生身に近づけすぎた弊害があるなんて)
可能な限り生身に近づける。
それは当初から一貫して掲げていた理念なのでいいのだが、アバターボディが「人工物である」ということを証明するのが難しくなってしまったのだ。
何せ妊娠の機能まで実装させてあるので仮にこの場でかぐやの服をひん剥いて裸にしたとしてもあまり意味がないのだ。実際にまじまじと見て観察してあるので間違いない。
なので、一番わかりやすいのはアバターボディの電源をオフにして見せる事と「生身の姿を見せる」事をセットにして行うこと。
その両方を行えばどれだけ疑り深くてもインパクトで押し込めると考えていたのだが、ある意味で計画通りである。ある意味で完全な巻き込まれ被害者だった医師たちには後ほど埋め合わせをしなくては。
あとはこの会見を〆て、今後の研究にご期待くださいとでも言えばいいか。
そんな風に思っているとスッと一つの手が挙げられた。
「はい、そちら……『ツクヨミ瓦版』の犬飼さん、ですか」
「はい。一つ、お尋ねしたいのですが……かぐやさんはもしかして10年前に引退されたライバーのかぐやちゃ……かぐやさんですか?」
「え、ああ。はい。そうです」
「その、かぐやさんのアバターボディが10年前の容姿のままなのは」
「研究の結果、本人の認識している自分の容姿から離れるほど適合率……操作性が著しく悪化してくるようなのです。これらを技術的に克服できるものなのか、そうでないのかは今も研究途中ですのでお答えはできません」
「なるほど……もう一つ質問で恐縮なのですが、かぐやさんがあの”伝説”のかぐやさんであるとして、そんな彼女の大切な人であるという酒寄博士はもしかして……いろPなのでしょうか?」
「え? ああ、はい。そう、ですね」
「あ、所長それまず」
反射的に肯定してしまったが、まあかぐやがライバーで活動していた時のことを知っているような相手だ。
従妹だと説明した以上はそこから知られるのは時間の問題だろうと首肯する。
そんな私に後ろにいる所員たちが「まずい」という表情で止めようとしたが、どうやら私は選択を間違えたらしい。
「は?」
「酒寄博士がいろP?」
「あの出す曲出す曲がバズリ散らかす天才作曲家?」
「月見ヤチヨが歌ってビルボードでチャート席巻したあれを書いた天才?」
「ほぼリアルで露出がないライバーと酒寄博士が同一人物?」
「ちょっと待て。情報が完結しない」
「流れ変わってきたな」
「ええ……」
なんだか〆方向へ持っていけそうな空気がなくなっている? どうしてこんなことに……
「ええっと、いろPなんてモブライバーについてのお問い合わせはまたの機会にということで……」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「そちらについても詳しく!」
「いろかぐが夜のホテルにってそれだけで助かる命があるんですよ!?」
「この10年のヤチいろ営業について一言!」
「月見ヤチヨさんについてはどうお考えなんですか!!」
「答えてください!」
「な、何故こうなった……」
甦った記者たちの熱量に戦慄しながら助けを求めようと左右を見渡すが所員のみんなもかぐやからも見放されていた。というか、かぐやを連れて部屋から退室しようとしている。
ちょっと待って。私も連れてって~。
「ええ、では酒寄所長への自由質問の時間となります。皆さま、順番を守りながらではありますが満足するまでどうぞ」
「ちょー!」
飢えた狼に差し出すかのような真似をした司会役に悲鳴を上げるが、そんな私の声は記者からの怒号にかき消された。
わたしはいったいどこで、選択を間違えたのか……
かぐやの義体情報を見るにつけて、発表するときに「人工物なんです」が信じられないんじゃなかろうかと思ったので書きました。
漫画版で可能にした技術だけでいったいどれほどの人間の人生を(ハッピー方向に)捻じ曲げたのか。