DQⅢ勇者「聖杯戦争」   作:ハナゲもみじ

1 / 3
ドラゴンクエストIIIの勇者が、Fate/Zeroの第四次聖杯戦争に現れる物語です。


第1話 契約

冬木の夜は、思っていたよりもずっと明るかった。

ホテルの高層階。

窓硝子の向こうに、灯りが果てもなく敷き詰められている。

道を流れていく車の光。ビルの窓の、四角い光。

そのひとつひとつに、誰かがいる。

 

アイリスフィールは、額が触れそうなほど窓に寄って、それを見下ろしていた。

 

彼女が知っている夜は、白と黒だけでできていた。

城を囲む雪の白と、針葉樹の森の黒。

それが、彼女の世界の全てだった。

だから、夜が眠らないことを、今日初めて知った。

 

「アイリスフィール。窓際は避けてください」

背後から、静かな声が届く。

黒いスーツに身を包んだ少女が、扉の脇に立っていた。

昼のあいだずっと、彼女の際を半歩遅れて歩いていた騎士。

 

「もう少しだけ。ね?」

「……少しだけですよ」

 

ため息まじりの答えに、アイリスフィールは小さく笑う。

今日一日、この騎士をずいぶんと振り回した。

それでも彼女は、一度も本当に嫌な顔はしなかった。

 

窓に向き直る。

冷たい硝子に、指先で触れる。

この灯りのどこかで、もう戦いは始まっている。

それを、忘れたわけではない。

自分がこの地に、何を運んできたのかも。

 

アイリスフィールは、そっと目を閉じる。

 

――遠くで、雷が鳴った。

空に、雲はなかった。

 

セイバーは、それを確かめるより先に、不可視の剣を手の内に呼んでいた。

理由はない。

敵意はない。殺気もない。魔力の昂ぶりさえ、感じない。

ただ、彼女の内のものが、告げていた。

今、この部屋に、何かが来た、と。

幾多の戦場で、彼女を生かしてきた直感。

それが今、覚えのない形で、ざわめいている。

 

窓辺に、誰かが立っていた。

アイリスフィールの、すぐ隣。

ほんの一瞬前まで、誰もいなかった場所に。

 

若い男だった。

使い込まれた旅装。肩に落ちる外套。背に、一振りの剣。

街道ですれ違う旅人のような、気負いのない佇まい。

 

セイバーは踏み込もうとして、――踏み込めなかった。

斬りかかる自分を、思い描く。

剣は届く。届く、はずだ。

なのに、その先が見えない。

勝つ自分も、敗れる自分も。

霧の向こうへ続く道のように、ただ、どこまでも見通せない。

 

「アイリスフィール、離れて――」

その声より早く、アイリスフィールは目を開いていた。

窓硝子に、自分の顔が映っている。

その隣に、もう一つ。

 

振り向いた彼女と、男の目が合う。

不思議と、怖くはなかった。

城で教え込まれた知識の全てが、これは異常だと告げている。

サーヴァントだ。

呼ぶ者もいないのに、ここに在るはずのないもの。

それなのに。

 

男は、何かを確かめるように、静かに彼女を見ていた。

気負いはない。けれど、軽くもない。

長い道を歩き通した者だけが持つ、静けさだった。

 

「……あなたは、誰?」

男は、すぐには答えなかった。

窓の外の灯りに、一度だけ目をやる。

それから彼女の胸のあたりへ、――彼女の内に眠るものへ、静かに視線を落とす。

 

「呼ばれたから、来た」

誰に、とは言わなかった。

 

「名を名乗れ」

セイバーの声が、低く部屋を打つ。

 

男は彼女の方へ向き直った。

不可視の剣先を、まるで見えているかのように一度視界の隅に収める。

それから、ゆっくりと両の掌を示した。

背の剣には、触れない。

 

「アルス」

短く、男は言った。

 

「アリアハンのアルス。この地では、剣の座に在る」

 

真名を、こうも容易く。

セイバーは、わずかに目を細めた。

聞き覚えのない名だった。

どの国の伝承にも、どの時代の英雄譚にも。

それなのに、名乗った声には、偽りの響きがひとつもない。

 

アイリスフィールは、その名を胸の内で繰り返す。

アルス。

知らない名前。知らない国。

けれど不思議と、遠い名だとは思わなかった。

 

「僕がこの世界に留まるには、繋がりが要る」

アルスは、言葉を選ぶように続ける。

 

「君さえよければ、君の傍に」

差し出されたのは、片方の手だけだった。

 

それは、騎士の誓いではなかった。

膝をつくでも、剣を捧げるでもない。

旅の道連れに、隣を歩いてもいいかと尋ねるような。

 

切嗣の顔が、浮かぶ。

素性の知れないサーヴァントと、自分の判断で契約する。

彼が聞けば、きっと咎めるだろう。

それでも。

 

自分は、仮初めのマスターだった。

セイバーの主の名を借りて、囮としてこの地に立つ者。

令呪も、魔力の繋がりもない。

誰かの本当の主であったことなど、一度もない。

その自分に、この人は、手を差し出している。

 

「アイリスフィール」

セイバーの声に、制止の色が滲む。

 

「大丈夫よ、セイバー」

振り返らずに、彼女は答える。

理由を、言葉にすることはできなかった。

ただ、そうしたいと、心が先に決めていた。

 

アイリスフィールは、その手を取った。

指先から、細い糸が伸びていく。

自分の内から何かが流れ出し、目の前の青年へと注がれていく。

温かかった。

それが、彼女が初めて知る、主と従者の繋がりだった。

 

窓の外で、もう一度、雷が鳴る。

雲のない空の、ずっと遠くで。

灯りの海の下で、それに気づいた者が、どれほどいたか。

 

それは、第四次聖杯戦争の幕が上がる前の、ひどく静かな異変だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。