DQⅢ勇者「聖杯戦争」   作:ハナゲもみじ

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第3話 倉庫街

「君は、僕の後ろにいろ。表には出るな」

夜の港へ向かう前、切嗣が言ったのは、それだけだった。

「ああ」

 

 

◇

 

 

潮の匂いが、コンテナの間を流れていく。

倉庫街の只中で、二騎の英霊が剣と槍を交えていた。

一方は、不可視の剣を振るうセイバー。

一方は、長短二本の槍を操るランサー。

剣戟の音が、夜の埠頭に幾度も弾ける。

 

衛宮切嗣は、離れたクレーンの上から、それを見下ろしていた。

スコープの円の中で、二騎の影がぶつかり合い、また離れる。

切嗣が探しているのは、英霊ではない。

この戦いを、どこかで見ているはずの、ランサーの主だ。

 

その背後、鉄骨の陰に、アルスがいた。

気配は無い。

そこにいると知っていなければ、切嗣でさえ、背に誰かがいるとは思わなかっただろう。

狙撃手の背を預かる者がどう立つべきかを、この男は言われるまでもなく知っている。

アルスは、セイバーの踏み込み、ランサーの槍の軌道、その一つ一つを、黙って目で追っていた。

 

セイバーの左手から、血が散った。

浅い傷のはずだった。

だが、血は止まらない。

治らない傷を負わせる槍。

切嗣は、それを敵の手札の一つとして、頭に刻む。

 

アルスは、何も言わなかった。

ただ、鉄骨を握る手に、わずかに力がこもった。

 

 

雷鳴が、港の空を裂いた。

 

今度は、雲のない空の遠雷ではない。

神牛の曳く戦車が、稲妻をまといながら、二騎の間へ割って入ったのだ。

巨躯の男が、戦車の上から名乗りを上げる。

ライダー。征服王。

決闘を邪魔されたセイバーの眉が、怒りに吊り上がる。

だが巨漢は意にも介さず、夜の闇へ向かって声を張り上げた。

 

「聞けい、闇に潜む者どもよ!」

港じゅうの鉄が、その声に震えたようだった。

 

「これほどの剣と槍の競い合い、惹かれて集まった英霊が、まだおるであろう。だというに、物陰で息を殺して覗き見るばかりとは何事か! 英霊の名が泣くわ。我こそはと思う者は、臆さず姿を見せい!」

 

切嗣のスコープが、わずかに揺れた。

「……アルス」

振り返らずに、切嗣は呼ぶ。

 

「何がいる」

「幾つか、潜んでいる」

背後の声は、低く平らだった。

「どれも、今の呼びかけで息を殺した。おそらくもう、誰も動かない」

「ランサーの主は」

「人の気配は二つ。倉庫の向こうと、さらにその奥。どちらが誰の主かまでは分からない」

 

切嗣は、スコープの円をそちらへ流した。

倉庫の壁が、照準の先を塞いでいる。

 

まだ、撃つ時ではない。

 

あの大男が声を上げる前なら、戦いに気を取られた主が、いずれ陰から出てきたかもしれない。

だが今、闇に潜む者は皆、自分が呼ばれたと思っている。

 

「……揺らすものが要るな」

「僕が出よう」

返事は、すぐだった。

「どこの者とも名乗らない。人目を引くのには、慣れている」

切嗣は、すぐには頷かなかった。

 

この男が気配を殺している限り、その存在は誰にも知られない。

それが、この戦いでの最初の手札だった。

それを、ここで切ることになる。

だが、正体の知れない八騎目が戦場に立てば、潜む主は誰であれ、確かめずにはいられない。

使い魔を飛ばし、念を送り、身じろぎをする。

 

その揺れを、このスコープで拾う。

 

「セイバーとは、見知らぬ者同士だ」

「分かっている」

「――行け」

切嗣が振り返った時、鉄骨の陰には、もう誰もいなかった。

 

 

コンテナの影から、一人の男が歩み出る。

戦場の只中へ、まるで夜道を散歩でもするように。

旅装の青年。背に一振りの剣。

剣は抜かれていない。

両の手は、何も持たずに下ろされている。

ランサーが、槍の穂先をわずかに彼へ向ける。

ライダーが、面白そうに顎を撫でた。

 

その戦車の上で、小柄な少年が、ライダーの外套の陰から身を乗り出した。

マスターの目に、歩み出た男の輪郭が浮かび上がってくる。

「うん…?ちょ、ちょっと待てよ……?」

ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットは、もう一度、目を凝らした。

 

対魔力。騎乗。

 

「セ、セイバー……?」

少年の声が、裏返った。

「セイバーなら、あそこにもう――なんで、二騎もいるんだよ……!」

指差した先で、不可視の剣を構えた少女が、表情ひとつ動かさずに立っていた。

上ずった声は、誰にも答えられないまま、潮風に散っていく。

 

そしてセイバーは、息を呑むのを、かろうじて堪えた。

 

――出てきたのか。

 

昨夜、主の隣に現れ、その手を取った者。

昼、切嗣と二人だけで言葉を交わした者。

だが、ここで顔色を変えれば、全てが露わになる。

セイバーは剣を構えたまま、見知らぬ闖入者を見る目を、自分に強いた。

その後ろで、アイリスフィールが、白い指を胸の前で握りしめていた。

 

「ほう」

ライダーの声が、港に響く。

「呼ばれて出てくるとは、殊勝な奴よ。して、貴様は何者だ」

青年は、戦車の上の巨漢を見上げる。

凪いだ目だった。

 

その時、少し離れた街灯の上で、黄金の光が立った。

 

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