DQⅢ勇者「聖杯戦争」   作:ハナゲもみじ

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第7話 自らの槍

斬っても、斬っても、尽きない。

 

触手を断てば、断面から新たな肉が盛り上がる。

一体を塵に還せば、闇の奥から二体が這い出してくる。

アルスは、一歩も退かない。

退けば、背後の子供たちに届く。

だから、剣の届く円の内側には、何ひとつ入れない。

 

「無駄ですよ、無駄!」

キャスターの哄笑が、群れの奥深くから響く。

「この書がある限り、我が軍勢は尽きはしない! いずれ貴方の剣は鈍り、その背の小さな者どもは──」

 

声が、途切れた。

群れの一角が、内側から弾け飛ぶ。

紅と黄。

二筋の閃きが肉の壁を裂き、異形を次々と地に縫い止めていく。

 

「──待たせたな」

槍を携えた騎士が、アルスの隣に降り立った。

 

「ランサー」

アルスは、群れから目を離さない。

 

「キャスター討伐の令は、俺にも下っている」

迫る触手を、長槍が見もせずに払い落とす。

「主の命でもある。だが──」

黄の短槍が、アルスの死角から伸びた一本を貫いた。

「子を盾にする外道を前に、槍を振るうのに、誰の命も要らん」

アルスの口元が、わずかに緩む。

 

「次は、あなた自身の槍で会おう。……そう言ったな」

「ああ。だから来た」

 

二人は、背中合わせに立った。

 

 

群れは、尽きない。

二人で斬り伏せても、魔導書が捲れるたびに、闇は新たな肉を吐き出す。

 

「元を断たねば、きりがないな」

アルスの目は、群れの遥か向こうの、ぎょろりと光る二つの目玉と、その腕の中の書物を捉えていた。

「あの本だ」

 

「分かっている。だが、この肉の壁を抜けるのは骨だ」

「道なら、僕が作る」

ランサーが、横目でアルスを見た。

 

「……できるのか」

「ああ」

アルスは、鋼の剣を背の鞘へ収める。

 

「合図をしたら、真っ直ぐ走ってくれ。振り返らなくていい」

 

空いた右手を、前へ。

その掌に光の粒が集まり、柄を、鍔を、剣身を、形作っていく。

現れたのは、一振りの剣だった。

淡く光る白銀の刃、翼を広げた不死鳥の鍔、その胸には真紅の玉石が灯る。

一度砕かれ、人の手で鍛え直された剣。

その来歴を知る者は、この世界のどこにもいない。

それでも、ランサーは息を呑む。

剣がただそこにあるだけで、周りの空気が張り詰めていく。

 

アルスは、その切っ先を、群れの只中へ向けた。

背後には、眠る子供たち。

だから、放つ先は、切っ先の一点だけに絞る。

刀身の周りで、風が鳴る。

森の木々が一斉に枝を揺らし、落ち葉が舞い上がって、渦を巻く。

 

そして───空気が裂けた。

 

真空の刃を孕んだ竜巻が、轟音と共に、切っ先の向いた先へ走る。

触手も、肉の塊も、触れたそばから切り刻まれ、宙へ巻き上げられていく。

それでも、風は止まらなかった。

群れを貫き、その先の木々を根元から引き抜き、幹ごと宙へ巻き上げ、なお奥へ。

森の闇の向こうまで、一直線に。

 

風が止んだ時。

月明かりの下に、森を一筋えぐり取った道が、見通せないほど遠くまで続いていた。

その道の途中に、魔導書を抱えたキャスターが、立ち尽くしている。

 

「今だ」

 

言葉より早く、ランサーは地を蹴っていた。

竜巻の残した道を、一陣の風となって駆け抜ける。

左右に、根ごと引き抜かれた倒木が、幾重にも積み重なっている。

背筋を、冷たいものが走った。

これで、絞った一撃なのか。

 

キャスターの目玉が、恐怖に見開かれる。

自分へ向かって伸びる、その道の長さに。

 

───刹那、紅い長槍が、魔導書を貫いていた。

 

断末魔の叫びを上げたのは、キャスターではない。

森を埋め尽くしていた異形の群れが、一斉に崩れていく。

肉は溶け、触手は萎び、塵となって夜気に散った。

森に、静寂が戻る。

 

道の先に残されたのは、二人だけだった。

槍を構えたランサー。

その穂先の向こうで、魔導書を胸に掻き抱くキャスター。

 

「覚悟はいいな」

穂先が、ぴたりとキャスターの喉元を指す。

 

「おのれ……おのれぇ……!」

キャスターの叫びと共に、足元から濃い煙が噴き上がった。

ランサーが踏み込んだ時、そこにはもう、誰もいなかった。

 

煙が晴れていく。

ランサーは槍を下ろし、えぐられた道を引き返した。

開けた場所では、アルスが、眠る子供たちの傍らに立っている。

その前まで戻った時、ランサーは、不意に足を止めた。

その顔から、血の気が引いていく。

 

「……主が」

城の方角を、睨み据える。

「主の身に、危機が迫っている」

 

アルスは、何も問わない。

ただ、城の方角へ一度だけ目をやり、それから騎士の顔を見た。

 

「行け」

 

ランサーの目が、わずかに揺れた。

主のもとへ駆けようとする今の自分は、隙だらけだ。

背を向けた騎士を討ち、サーヴァントを一騎減らす機会を、この男は、何の迷いもなく手放そうとしている。

 

「……借りができたな」

「なら、またあなた自身の槍で返してくれ」

 

ランサーは、短く笑う。

そして、風のように森の闇へ消えた。

 

 

◇

 

 

城の外れ、森の入り口に近い木立の中。

アイリスフィールは、新たな気配を感じ取る。

切嗣に言われ、城を出たばかりだった。

傍らには、セイバーと舞弥がいる。

 

「……誰か、来る」

気配に、迷いはない。

 

木々の間から、黒い僧衣の男が姿を現した。

言峰綺礼。

舞弥の銃口が、即座に男を捉える。

セイバーが、アイリスフィールの前へ出る。

不可視の剣を、右手一本で構えて。

 

綺礼は、足を止めた。

サーヴァントがいる。

手負いとはいえ、騎士王が、器の前に立ちはだかっている。

この距離で踏み込めば、何が起きるか。

 

「……一つ、問おう」

その目は、セイバーではなく、アイリスフィールに向いていた。

「お前たちは、衛宮切嗣を守るためにここにいる。それは、誰の意思だ」

アイリスフィールは、目を逸らさなかった。

 

「私たち自身の意思よ」

 

綺礼は、答えなかった。

その時、男の肩口の闇が、かすかに揺らぐ。

誰にも聞こえない声が、男の耳に何かを告げる。

キャスターは逃走。

ランサーとその主は、城から退いた、と。

綺礼は、ゆっくりと踵を返す。

 

「……今夜は、ここまでだ」

黒い僧衣が、木立の闇に溶けていく。

セイバーは、その背が完全に見えなくなるまで、剣を下ろさなかった。

 

森の小道を、一つの影が歩いてくる。

腕に一人。背に一人。

その後ろを、残る八人が手を繋ぎ、眠たげな足取りでついてくる。

月明かりの中で、アイリスフィールが、息を呑む。

 

「……みんな、無事なの?」

 

「ああ。眠っているだけだ」

腕の中で、少年が小さな寝息を立てていた。

「目が覚めたら、少し怖い夢を見た、くらいに思ってくれるといいんだが」

 

セイバーは、子供たちの顔を、一人ずつ数えていく。

十人。

誰一人、欠けていない。

自分を呼ぶために、ここへ連れて来られた子たちだった。

 

セイバーは、剣を収める。

そして、アルスに向かって、深く頭を下げた。

言葉はなかった。

アルスもまた、何も言わない。

ただ、小さく頷いて、腕の中の重みを、そっと抱え直した。

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