DQⅢ勇者「聖杯戦争」   作:ハナゲもみじ

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第8話 置き去りの剣

夜明け前の空は、まだ灰色だった。

郊外の小さな病院の裏手に、一台のワゴン車が停まっている。

久宇舞弥は、後部座席の扉を開けた。

十人の子供たちが、毛布にくるまって眠っている。

夜のうちに、一人ずつ顔と名前を確かめてある。

どの子も、この数週間、行方を捜されている子だった。

 

手順は、もう決めてあった。

夜間の救急口の前に、子供たちを座らせる。

公衆電話から、一本だけ通報を入れる。

誰かが扉を開けて出てくる前に、車を出す。

誰にも顔を見られず、誰の記憶にも残らない。

そういう仕事には、慣れていた。

 

一人目を抱き上げ、ベンチに座らせる。

二人目。三人目。

四人目の少女を下ろした時、小さな手が、舞弥の袖を掴んだ。

 

少女は、目を閉じたままだった。

夢の中で、誰かを探す手。

 

舞弥は、動けなくなった。

 

ほどけばいい。

それだけのことだ。

指を一本ずつ外していく。

少女は、むずかるように眉を寄せ、それから、また深い眠りに落ちていった。

 

十人目を座らせ終えて、舞弥は公衆電話へ向かった。

受話器を取り、短く告げ、置く。

車に戻る前に、一度だけ振り返った。

ベンチに並んだ十の寝顔を、救急口の明かりが、ぼんやりと照らしている。

 

袖にはまだ、小さな手の感触が残っていた。

 

 

◇

 

 

城の広間で、切嗣は地図を広げていた。

 

「ケイネスは、生きている」

誰にともなく言う。

 

「ランサーが連れて退いた。だが、あの傷だ。魔術師としては、もう立てない。……今なら、仕留められる」

 

「マスター」

セイバーが、卓の前に立つ。

 

「先に討つべきは、キャスターです。あの男は、また子供をさらう。昨夜の子らが救われたのは、偶然に過ぎません」

 

切嗣は、地図から目を上げなかった。

 

「……切嗣」

アイリスフィールが、そっと口を開く。

 

「セイバーの言うことにも、理があるわ。キャスターを放っておけば──」

「キャスターは、どの陣営も追っている」

切嗣は、妻にだけ答えた。

 

「いずれ誰かが仕留める。だが、手負いのケイネスを確実に討てるのは、今しかない」

地図を畳む。

銃の入った鞄を手に取る。

セイバーの方を、一度も見ないまま。

 

「行ってくる」

 

扉が閉じた。

 

セイバーは、その扉を見つめたまま、立ち尽くす。

拳が、震えていた。

 

「セイバー」

窓辺から、声がした。

アルスが、壁から背を離して、こちらを見ていた。

 

「キャスターは、僕が追う」

セイバーが、顔を上げた。

 

「あなたが……?」

 

「昨夜、あの男が逃げた時の気配を覚えている。魔物の臭いは、そう簡単には消えない。辿れるはずだ」

 

「なら、私も──」

「君は、ここにいてくれ」

静かな声だった。

 

「切嗣が出て、舞弥も出る。ここに残るのは、アイリスフィールだけになる」

 

セイバーは、言葉に詰まった。

左手の傷が、まだ疼いている。

分かっていた。今の自分が、この城で守るべきものが何かも。

それでも。

 

「……あの子たちを救いに行くのは、本来、私の務めでした」

押し殺すような声だった。

 

「騎士として。王として。昨夜も、今日も、私はただ見送るだけで──」

「見送ってくれたから、僕は行けた」

途切れた言葉の先を、アルスが受け取る。

 

「君が主の側にいると分かっていたから、僕は背中を気にせずに走れた。昨夜もそうだった。今日も、同じだ」

 

セイバーは、黙ってアルスを見た。

 

「それに」

アルスが、閉じた扉の方へ目をやる。

 

「あの人は、君を見ないが、君の力を疑ってはいない。疑っていたら、アイリスフィールの側には置かない」

 

セイバーの目が、わずかに見開かれた。

それは、彼女が一度も考えたことのない見方だった。

 

「……あなたは、切嗣の肩を持つのですか」

「いいや。どちらの肩も持たない。ただ、見たままを言っただけだ」

アルスは、懐の翼を確かめるように、軽く胸元に手を当てる。

 

「キャスターの居場所が分かったら、知らせる。その時は、君の剣が要るかもしれない」

そう言って、広間を出ていく。

アイリスフィールが、セイバーの隣に並ぶ。

 

「……不思議な人ね」

 

セイバーは、答えなかった。

ただ、震えていた拳を、ゆっくりと解いた。

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