時空の嵐の向こう側 アルカディア号、未知の世界線へ 作:Archangel
迎えの通信
執務室の隅で、螢の腕の通信機が小さく鳴った。
「はい、こちら有紀です。……キャプテン!」
通信機の向こうから、低く落ち着いた声が響く。
「螢。帰りが遅いようだが何かあったのか」
螢は台羽と顔を見合わせてから、手短に説明した。
街で未知の生物に襲われたこと。台羽が負傷したこと。
助けてくれた艦娘という少女たちに連れられ、今は泊地の執務室で保護してもらっていること。
「……そうか。台羽の傷は」
「治療していただきました。もう大丈夫です、キャプテン!」
台羽が通信機に向かって直立不動で叫ぶ。
「そこにいる者に代わってくれ」
通信機を受け取った女性提督は、丁寧に背筋を伸ばした。
「代わりました。この泊地を預かる提督です」
「ハーロックだ。部下二人が世話になった。感謝する。これから二人を迎えに行こう」
「まあ、ご丁寧に……。お待ちしておりますわ」
通話が切れた。
提督は、ふと首をかしげる。
(迎えに来る、とおっしゃいましたけれど……どちらから、どうやって?)
空が暗くなる
その答えは、轟音とともにやってきた。
ゴゴゴゴゴ……という腹に響く音が泊地を包み、窓の外がすうっと暗くなる。
雲ではない。
巨大な黒い影が、泊地全体を覆っていた。
建物を飛び出した艦娘達が、そろって空を見上げる。
「…………」
空に浮かぶ暗緑色の巨大な船体。
腹には三連装の砲塔が一基。
艦首には超巨大なドクロのレリーフ。
船尾には海賊旗が翻り、これ見よがしなマストとアンテナが立ち、両横には巨大な翼が張り出している。
船、と呼んでいいのかどうかも分からない。
「……あれは、何」
誰かが呟いた瞬間、泊地は一斉にパニックになった。
「て、敵襲ーっ!?」
「見たこともない大きさです! 迎撃用意!」
「ちょっと待ちなさい! 皆さん、落ち着いて!」
女性提督が執務室の窓から叫ぶ。
螢と台羽も慌てて飛び出した。
「待ってください、あれは敵じゃありません!」
「僕たちの船、『宇宙海賊戦艦アルカディア号』です!」
「宇宙……海賊……?」
聞き慣れない単語が、パニックに拍車をかけた。
渾身の一斉射
「撃てーっ!」
誰の号令だったのか、もう分からない。
戦艦娘と重巡艦娘が一斉に砲を放ち、空母艦娘たちの航空隊が次々と発艦して爆撃を仕掛ける。
泊地の空は爆炎で真っ赤に染まった。
「やめなさい! やめなさいと言っているでしょう!」
女性提督の声は、砲声にかき消された。
やがて爆煙がゆっくりと晴れていく。
「…………」
「…………」
アルカディア号は、そこにいた。
傷ひとつ、煤ひとつ、ついていない。
「……え?」
「無傷、ですか……?」
「あれだけ撃って、塗装すら剥げていませんね……」
艦娘たちは、揃ってぽかんと口を開けた。
そして数秒後、全員が同時に悟った。
自分たちが、いかに規格外の相手に手を出してしまったのかを。
「あ、あの……私たち、もしかして、とんでもないことを……」
「ガクガクブルブル」
「だから止めなさいと言ったのに……」
女性提督は両手で顔を覆った。
その横で、螢と台羽が必死に説明を続けていたのだが、誰一人として聞いていなかったのは言うまでもない。
降りてきた海賊
アルカディア号の腹のハッチが、重々しく開いた。
降りてきたのは二人。ひとりは、黒い装束に長いマントをまとい、顔に大きな傷のある長身の男。
もうひとりは、小柄でまんまるな、どこか愛嬌のある男だった。
「キャプテン!」
「ヤッタラン副長!」
駆け寄る螢と台羽に、キャプテンハーロックは短く頷いた。
あれだけの攻撃を受けたというのに、ハーロックは艦娘たちを一瞥しただけだった。
腰の銃や剣に手をやるなど、やり返す気配はまるでない。
その静かな視線に、艦娘たちはいっそう縮み上がる。
「ひいい……」
「睨まれてます、睨まれてますよ……」
そこへ、全速力で駆けてきた女性提督が、ハーロックの前に滑り込んだ。
「も、申し訳ございませんでした! この度の部下の非礼、すべて私の不徳の致すところでございます!」
深々と頭を下げる提督。
慌てすぎたのだろう。
途中でどこかに引っ掛けたらしく、ストッキングには派手な伝線が走っていた。
膝から足首まで一直線である。
「構わん。いきなり軍の施設へ乗り付けたこちらにも非がある。攻撃されたことを咎めるつもりはない」
「……寛大なお言葉、痛み入ります」
顔を上げた提督は、わずかに頬を染めた。
(落ち着いていらして、とても礼儀正しい方……。見た目の迫力とは大違いですわ)
赤城、よく分からないドキドキ
提督のあとに続いて、赤城がハーロックの前に立った。
「あの、ご案内します。こちらへどうぞ」
「ああ」
短い返事とともに、ハーロックがマントを揺らして歩き出す。
その後ろ姿を見ているうちに、赤城はふと胸に手を当てた。
(あれ? なんでしょうか、胸がドキドキして……)
赤城は首をかしげた。
(さっきの一斉射で、緊張しすぎたのでしょうか。後で間宮さんに甘いものをもらって落ち着かなければ)
この鎮守府で最も恋愛から縁遠いと言われる赤城は、このドキドキの正体にまったく気付いていなかった。
未来のトイレ事情
一方、ヤッタランは飛龍に案内され、工作艦の明石の元へ向かっていた。
「お嬢ちゃんらには世話になったさかい、礼をせなあかんなあ。ええもん持ってきたんや」
ヤッタランが取り出したのは、小さな白い装置だった。
「これは……?」
明石が目を丸くした。
「便座?」
「ただの便座やあらへん」
「これ、ウォシュレットいうねん」
ヤッタランが胸を張る。
「ウォシュレット?」
明石と飛龍は、揃って首をかしげた。
「温水で洗ってくれるんや」
「……洗う?」
「そうや」
「何を?」
「そら――」
ヤッタランが説明する。
明石と飛龍の顔が、徐々に変わっていった。
「……試しても?」
「もちろんや」
そして数分後。
「…………」
戻ってきた明石の目は、どこか遠くを見ていた。
「飛龍さん……これは、イイものです……」
「え? 明石さん?」
「飛龍さんも試してください。人生観が変わります」
半信半疑で試した飛龍も、数分後には同じ目をして戻ってきた。
「…………明石さん、これ、全員分欲しいです」
「ですよね。ヤッタランさん、ぜひ量産化を!」
「ええで! ほな、図面描こか!」
こうして泊地では、未来のトイレ革命がひっそりと始まった。
壊れたドア
執務室で、ハーロックは静かに膝をついた。
「部下二人を救ってくれたこと、あらためて礼を言う」
深々と頭を下げる姿に、女性提督は思わず息をのんだ。
数々の死地を潜り抜けてきた者だけが持つ空気が、そこにはあった。
「い、いえ……私は何も……。ど、どうかお顔を上げてくださいませ」
提督の頬が、また少し赤くなる。
その時だった。
バキィッ!
執務室のドアが、悲鳴を上げて内側に倒れ込んだ。
大和、武蔵、長門、陸奥、赤城、加賀、金剛、榛名、伊勢、日向、翔鶴、瑞鶴。
泊地最高戦力の面々が、将棋倒しになってなだれ込んでくる。
外で全員が聞き耳を立てていたところ、ドアが耐えきれなくなり圧壊したのだ。
「…………」
女性提督の顔から笑顔が消える。
「…………」
床に重なったまま固まる艦娘達。
「あなたたち……」
提督の低い声が響いた。
「何をしているのですか!! 盗み聞きなど到底許されるものではないことぐらいわかっているはずでしょう!!」
怒号が執務室を揺らす。
艦娘たちが「ひいっ」と縮こまる中、いち早く立ち直ったのは大和だった。
「す、すみません、提督。ですが、未知の宇宙海賊船と聞いては黙っていられません! キャプテン、アルカディア号の艦内を見学させていただけませんか?」
目がきらきらしている。
そんなことが理由になるとでも思っているのですか、となおもエキサイトする女性提督。
だがハーロックは大和をじっと見て、ふっと口の端を上げた。
「構わん。勝手に装置に触れるようなことさえしなければ好きなだけ見ていくといい。夕食も用意しよう。全員、アルカディア号の食堂でな」
「えっ、全員……ですか?」
「ああ。全員だ」
泊地中から、歓声が上がった。
厨房戦力、出撃
「全員分だって? 面白いじゃないか! 腕が鳴るよ!」
アルカディア号の厨房では司厨長の綱島ますが腕まくりをしていた。
そこへ、泊地の厨房戦力組が援軍として駆けつけた。
鳳翔、大鯨、伊良湖、間宮である。
「お手伝いさせていただきます」
「人数が多いので、大変ですものね」
「甘味は私たちにお任せください!」
「ありがとうね、あんたたち! 頼りにしてるよ!」
厨房の戦力が一足早くアルカディア号に出撃していく背中を、提督は複雑な表情で見送った。
艦内見学
夕方まで、赤城がハーロックを案内して回った。
泊地内を歩きながら、ハーロックは短く言葉を交わしていく。
「ここが大広間ですね。非戦闘時には、ここでくつろぐ艦娘達も多いです」
「そうか。アルカディア号も同じだ、くつろげる場所があるというのは良いものだからな」
「……素敵な考え方ですね」
そう答えながら、赤城は胸の高鳴りが止まらないことに、また首をかしげていた。
(おかしいです。今日の私、なんだか変……)
その考えながら、赤城は努めて平静を装い泊地を案内していくのだった。
夕方、泊地の艦娘全員がアルカディア号へ集まった。
女性提督は直前まで迷っていた。
夕暮れの来訪者
だが、目を輝かせる艦娘たちの手前、結局ついていくことにした。
なお、ストッキングはきちんと新しいものに履き替えられていた。
アルカディア号の入り口で、最初に出迎えてくれたのはミーメ。
「ようこそ。お待ちしておりました」
人類とは明らかに異なる見た目に、提督は固まった。
「う、宇宙人……?」
「はい、私はミーメ…。ジュラ星人最後の生き残り…。主食はアルコール…」
「アルコールが……主食……」
呆然とする提督の後ろで、飲兵衛組の目がきらりと光った。
「仲間やな」
「同志ですね」
「違うと思います」
妙高の静かな突っ込みが入る中、一行は船内へと案内された。
関西式すき焼き
大広間には、畳が敷かれ、各テーブルに鍋が据えられていた。
「今夜は、すき焼きだよ!」
司厨長である綱島ますが告げると、艦娘たちから歓声が上がった。
ところが、鍋を覗き込んだ大半の艦娘たちが、不思議そうに首をかしげた。
「……あれ?」
大和が首を傾げる。
「割り下は?」
榛名も不思議そうにする。
「ありませんね……。お野菜も最初から入っていませんし…」
翔鶴も鍋を見る。
花嫁修業で鳳翔に弟子入りしている大和や榛名、翔鶴たちは、割り下が見当たらないことを不思議に思っていた。
(砂糖と醤油…。ひょっとして、関西式? 知識としては知っていましたけれど、実際に拝見するのは初めてです)
鳳翔だけは、ピンときたようだ。
その時、龍驤と黒潮が、目をかっと見開いて立ち上がった。
「これや! これこそ本物のすき焼きやで!」
「綱島さん、アンタ分かってるやん! 分かってはるわあ!」
二人は感激のあまり、綱島ますの手を握ってぶんぶん振り回した。
「すき焼きっていうぐらいだからね、焼くんだよ!」
「昔、農民が農具の鋤で牛肉を焼いたことからすき焼きっていうのさ。煮るのは関東のやり方だね!」
「へえ……」
見たことのないお肉
そこへ、各テーブルに肉の皿が運ばれてきた。
見たことのない、超高級和牛である。
しかも、見たことのない量だった。
「…………」
鍋に落とされた牛脂が、ジュウウ、と溶けていく。
立ちのぼる香り。炊きたての白米の湯気。
溶き卵の、鮮やかな黄色。
泊地の面々は、全員が固まった。
そこへ主役である高級和牛が広げられていく。
綱島ますは砂糖を直に振り掛け、濃口醬油を一回しさせた。
肉の焼けるいい匂いが全員の鼻をくすぐっていく。
ハーロックが焼きあがった4枚を大和、武蔵、赤城、加賀の溶き卵の中に放り込んだ。
「っ! いただきますっ!」
赤城、加賀、大和、武蔵の四人が、目にも留まらぬ速さで箸を乱舞させる。
他の艦娘たちも、すぐに続いた。
「ん……っ!」
舌の上でとろけるお肉に、翔鶴と榛名は目を潤ませた。
清楚とお淑やかを売りにするはずの二人が、夢中で肉と白米を頬張っている。
パーフェクトレディの高雄や妙高も、我を忘れて肉と白米をむさぼった。
「お、美味しい……美味しすぎて……」
「高雄さん、はしたないですよ……って、私も止まりません……」
艦娘達の凄まじい食べっぷりにポカンとした綱島ますだったが、笑いながら煮詰まってきたら昆布出汁か日本酒を差すんだよと関西式すき焼きの普及に努めていた。
最後の一枚
やがて、肉の皿が空になっていく。
最後の一枚が鍋の中で、ジュウジュウと音を立てていた。
その一枚をめぐって、大和と武蔵が、にらみ合っている。
「そこまでよ、武蔵。姉に譲りなさい」
「姉さんこそ。可愛い妹に譲る気はないのか」
一触即発の空気が流れた、その時。
「争う必要はない」
ハーロックが、静かに手を上げた。
どさどさどさっ、と、これでもかという量の肉と卵が、各テーブルへ追加される。
「…………追加?!」
「追加ですって!?」
「キャプテン、神ですか!」
鎮守府の面々が、狂喜乱舞した。
「あ、あなたたち、少しは遠慮なさい!」
女性提督が慌てて叫ぶが、ハーロックはニヤリとわらった。
「遠慮はいらん。腹一杯食べるのが本船の掟でもある」
「…………っ」
その一言が、なぜか艦娘たちの胸にずしんと刺さった。
「腹一杯食べるのが掟……」
「なんて、素敵なお言葉……」
無自覚に刺さる台詞を、ハーロックはその後も連発していた。
タダの理由
「で、ですが、これだけのお肉をこれだけの量となると、さすがに申し訳が……」
なおも遠慮する提督に、ハーロックはニヤリと笑った。
「気にするな。向こうの世界で、地球連邦政府の星間輸送船から分捕ったものだ。よってタダだ」
「…………」
提督の笑顔が、固まる。
(……嫌な予感がします)
「あの……分捕った、というのは……?」
恐る恐る訊ねた提督に、横からヤッタランが種明かしをした。
「なんや、提督はん知らんかったんか? アルカディア号は宇宙海賊船やさかいな。早い話が、海賊行為で略奪したんや」
「…………………………」
女性提督は、顔面蒼白になった。
そこへ、極上の笑顔を浮かべた赤城が、お肉を頬張りながらにっこり言った。
「提督、もう食べてしまったんですから、いまさら同じですよ。それに、私たちの世界の話ではありませんから」
「…………」
「ね?」
提督はしばらく天井を見つめたあと、やけくそのようにご飯茶碗を挙げた。
「こうなったら…、毒を食らわば皿までです! 私にも…、追加っ、お肉の追加をお願いしますっ!」
「切り替え早いな!」
ヤッタランが吹き出した。
松茸の山
そこへ、魔地機関長とドクターゼロが、各テーブルに大きな籠を抱えてやってきた。
「さあさあ、これもあるよ」
「遠慮なくお食べ」
籠の中には、山盛りの松茸が入っていた。
芳醇な香りから誰の目(鼻?)にも純国産だということが分かるほどの一品。
「…………」
赤城、加賀、大和、武蔵、長門、陸奥は、その場にひれ伏した。
アイオワ、ビスマルク、ホーネット、アークロイヤルの海外勢は、胸の前で静かに十字を切った。
「Oh my God……」
「Mein Gott……」
宇宙一の酒
飲兵衛たちにも、ハーロックは手を回していた。
「お前たちには、これを」
そう言ってテーブルに置いたのは、一本のボトルだった。
「宇宙一強い酒、アンドロメダレッドバーボンだ」
「……宇宙一?」
宇宙一と聞いて、ポーラ、那智、レンジャー、陸奥、武蔵、隼鷹、熊野丸の顔つきが変わった。
慎重にならざるを得ない。
全員がグラスを手に、じっとボトルを見つめている。
「ふむ……宇宙一か」
「迂闊には、手を出せないわね」
「でも、飲まなきゃ分からないじゃない」
ハーロックは、静かにグラスを傾けながら、その様子を眺めていた。
作戦勝ちである。
デザートは別腹
「はいはい、あんたたち! デザートもあるからね! 少しは胃に空きを作っておくんだよ!」
綱島ますが、シャーベットにゼリー、プリン、杏仁豆腐やソフトクリームを、各テーブルへ次々と届けていく。
再び、艦娘たちの歓声が上がった。
今度は女性提督も、「遠慮なさい」とは言わなかった。
それどころか両手にスプーンを持って、じっと待ち構えている。
どこの世界でも、女性は甘いものに目がないようだ。
宴のあとで
数時間後。
畳の上には、一升瓶がごろごろと転がっていた。
宴のすさまじさを物語る光景である。
どの艦娘のお腹も、布袋様のようになっていた。
翔鶴や榛名までもが、仰向けにひっくり返っている。
大和は幸せそうな顔で寝息を立て、赤城も加賀も、眠ってはいないものの、横になってお腹をさすっていた。
それは高雄や妙高も例外ではない。
限界を超えた女性提督の傍らでも、二人は同じようにひっくり返っていた。
それでも提督をたしなめる二人だが、三人揃ってだらしなく転がっているので、全員で「行儀が悪い」と言い合っている状況だった。
やがて提督は、翌日の秘書官である赤城の方へ、ずるずると這っていった。
「赤城……上への報告に、この宴会のこと、なんて書けばいいのよ……けぷっ」
「楽しかった、と書けばよろしいのでは?」
「報告書ですよ……」
「では……大変有意義な交流会だった、と」
「……そうしましょう」
それを後ろから見ていた高雄が、苦しそうに口を開いた。
「提督、足先のストッキングが……、弛んでいます。だらしなく見えてしまいますよ……けふっ」
「もういいじゃない……」
「しかし……」
「それに」
女性提督はため息をつく。
「臭うよりましよ」
「…………」
「それとも脱いだら、お腹が少しマシになるかしら?」
高雄が固まる。
「……提督」
「何?」
「冗談でも、それは……」
いつもと違って殿方もたくさんいらっしゃるのですよ、と高雄は言いかけて自分もストッキングの足先が少し弛んでいる事に気付く。
直そうと手を伸ばす。
――お腹が邪魔になって届かない。
「…………」
高雄は無言になった。
そして、今日一日のことを思い返す。
自分も散々食べた。
お腹は苦しい。
しかも、長時間の宴会だった。
「…………」
高雄は何も言わなかった。
周囲を見る。
あちこちに、苦しさから解放されるために脱ぎ棄てられたストッキングが落ちている。
榛名も、翔鶴も、ほかの艦娘たちも半分以上が素足。
普段なら決して見せないような姿で、完全に宴会の疲れに身を任せている。
妙高が苦笑した。
「……今日は、皆さん本当に楽しみましたね」
「ええ」
女性提督が頷く。
「明日、大丈夫でしょうか」
「……考えたくありません」
女性提督は天井を見た。
今日一日だけで。
時空の嵐。
未来人。
宇宙海賊。
未知の宇宙戦艦。
光線銃。
ウォシュレット。
宇宙人。
そして、関西式すき焼き。
報告書に書くべきことが多すぎる。
「…………」
女性提督は頭を抱えた。
だが今日の食事を思い出す。
あの肉。
あの松茸。
あのデザート。
そして、何より泊地の皆が、あれほど楽しそうに笑っていた。
「……まあ」
女性提督は小さく笑った。
「十分、おつりが来ますわね」
そう呟いたところで。
「提督」
「何です?」
「明日の朝食は?」
「…………」
女性提督は再び天井を見上げた。
「……考えたくありません」
そして、そのまま目を閉じた。
現実逃避だった。
こうしてアルカディア号と泊地の最初の交流の一日は終わった。
ただし女性提督には翌朝、もう一つ、とてつもなく頭の痛い仕事が待っていた。
――上層部への報告書である。
その題名をどうするか。
女性提督はまだ知らない。
自分がこれから書こうとしている報告書が、後世にまで語り継がれるほど珍妙なものになることを。