時空の嵐の向こう側 アルカディア号、未知の世界線へ   作:Archangel

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第三話 赤城大破、露天通路の目撃者たち

夜風の甲板

 夜更け。

 宴の喧騒が嘘のように静まったアルカディア号の甲板で、赤城はひとり夜風に当たっていた。

 

 (ふう……だいぶ、お腹の中も落ち着いてきましたね)

 さっきまで布袋様のようだったお腹が、ようやく人並みに戻りつつある。

 見上げれば満天の星が、見下ろせば静かな夜の海が広がっている。

 

 「眠れないのか」

 背後から、低い声がした。

 赤城は振り返り、そこに立つ人影を見た。

 マントを夜風になびかせた、隻眼の男。

 どくん。

 

 (あ、また、またです……)

 赤城は慌てて胸に手を当てた。

 昼間から何度も起きている、原因不明の高鳴りである。

 

 「は、はい。こんなにすごい船ですから、目がさえてしまって」

 

 「そうか」

 ハーロックは手すりに寄りかかり、静かにグラスを傾けた。

 しばらく、風の音だけが流れた。

 

迷いの理由

 「……何か思うところがあるのか?」

 不意に、ハーロックが言った。

 赤城は目を丸くする。

 

 「え?」

 

 「瞳の奥に、迷いがある。話したくなければ構わん。だが、聞くことはできる」

 赤城は、ぎゅっと手すりを握った。

 

 (どうしよう。初対面の方に、こんな話……)

 けれど、夜の海を見つめる隻眼の横顔を見ているうちに、不思議と口が動いていた。

 この人なら、笑わずに聞いてくれる気がした。

 男の中の男、というオーラが、そう思わせたのかもしれない。

 

 「……先日、難関海域への出撃があったんです」

 赤城は、ぽつぽつと語り始めた。

 一航戦の旗艦として、期待を込めて提督に送り出されたこと。

 それなのに、連続で大破してしまったこと。

 自分のせいで、艦隊は撤退せざるを得なくなったこと。

 

 「誰も、私を責めませんでした。提督も、加賀さんも、皆さんも。でも……それから、旗艦としての自信が揺らいでしまって」

 赤城は苦笑いを浮かべた。

 

 「変ですよね。誰も怒っていないのに」

 ハーロックは、「そうか」とだけ言った。

 それきり、何も言わない。慰めの言葉もなければ、励ましの言葉もない。

 ただ、夜の海を静かに見つめている。

 それが、なぜか心地よかった。

 

戦う理由

 「あの……キャプテン。あなたは、どうして戦っているんですか?」

 赤城の問いに、ハーロックはゆっくりと振り向いた。

 隻眼が、赤城をしっかりと見据える。

 

 「俺はこの自由の旗の下、俺の信じるもののためだけに戦うのだ」

 甲板に、静かな声が響いた。頭上では、海賊旗が夜風にはためいている。

 

 ズキューン!!

 赤城の頭の中で、何かが撃ち抜かれる音がした。

 

 (え、今の音、何……?)

 カッコイイ、と意識してしまっている男に、ハートをまともに撃ち抜かれたのである。

 赤城は、一歩、二歩とよろめいた。

 

 「はうっ」

 胸を押さえて倒れかけた赤城を、ハーロックの腕が、がっしりと抱き止めた。

 

 「どうした」

 

 「あ、あの、その、なんでも……!」

 

 「顔が赤い。具合が悪いのか」

 

 「ぜ、全然、何ともありません! 本当に!」

 赤城は大慌てで体勢を立て直した。

 あたふたした自分をごまかすために、必死で話題を探す。

 

 「あの! えっと! 先の見えない戦いって、嫌になったりしないんですか!?」

 唐突な質問に、ハーロックは少しだけ目を細めた。

 そして、静かに言った。

 

 「昨日に絶望し、今日に怒り……」

 「それでも、明日への希望は忘れない」

 

 ドゴーン!!

 赤城のハートに今度は徹甲弾が命中した。

 

 「ぐふっ!」

 赤城は、今度こそ大破した。

 

お姫様、医務室へ

 再びよろめいた赤城を、ハーロックがそっと抱き止める。

 

 「やはり、どこかが悪いようだな」

 

 「いえ、あの、悪いというか、その、被弾したというか……」

 

 「ドクターゼロのいる医務室へ運ぶ。じっとしていろ」

 言うが早いか、ハーロックは赤城の背中と膝の裏に腕を回し、軽々と抱え上げた。

 いわゆる、お姫様抱っこである。

 

 「…………」

 赤城は数秒間、固まっていた。

 目の前に、ハーロックの顔がある。

 近い。

 すごく近い。

 状況をようやく理解した瞬間。

 

 「はふん……」

 そして、そのまま意識を手放した。

 ぐったりした赤城を抱えて、ハーロックは落ち着いた足取りで艦内へと消えていった。

 

見ていた者たち

 二人の姿が消えた甲板は、再び静寂に包まれた。

 その真上にある、露天の通路。

 手すりの陰から、そろりと顔を出した影があった。

 

 「……見た?」

 女性提督が、小声で呟く。

 

 「見たわ」

 「見た」

 「ばっちりネー!」

 「見ました」

 「榛名、見てしまいました!」

 「赤城さん、幸せそうでした」

 手すりの陰から、次々に顔が出てくる。

 女性提督、大和、陸奥、伊勢、金剛、榛名、加賀、翔鶴、瑞鶴、飛龍。

 十人が、きれいに首を揃えて並んでいた。

 

 「……ズキューンの音、聞こえたわよね」

 

 「聞こえました。私にも聞こえました」

 

 「ドゴーンの方は、榛名にも聞こえました!」

 全員が、真剣な顔で頷き合う。

 この鎮守府には、いくつもの名物があるが、恋バナ好きな者が多いというのも、そのひとつだった。

 

翌朝の食堂

 翌朝。

 泊地の食堂に、赤城がそっと入っていった。

 昨夜のことは、実はよく覚えていない。

 医務室で目が覚めたら、ドクターゼロに「異常なし。強いて言えば、心拍数が高いだけじゃな」と言われたのだけは覚えている。

 

 「おはようござい……」

 シーン。

 食堂中の視線が、一斉に赤城へ向けられた。

 

 「……あの、皆さん?」

 誰も何も言わない。ただ、全員が、にやにやしている。

 

 「何かあったんですか?」

 

 「何でもないわ」

 と答えたのは、陸奥だった。

 やけに、爽やかな笑顔である。

 

 「何もないはずがないではありませんか」

 赤城が珍しく、気色ばんだ。

 

 「聞けば、後悔することになると思うわ」

 加賀が静かに告げる。

 

 「後悔なんてしません! 教えてください!」

 ご丁寧に見事なフラグを立てた赤城。

 ちょうどそこへ、蒼龍が入ってきた。

 

 「おはよー。あ、赤城さん」

 蒼龍は赤城を見るなり、にんまりと笑った。

 

 「赤城さんてば、昨晩は随分と乙女してたらしいんだって? 飛龍から聞いた時は、あの赤城さんがねぇ、と思ったよ。あはは」

 

 「ぷっ。はふん……ねぇ」

 陸奥が吹き出した。

 

 「日向が悔しがってたよ。見たかったって」

 伊勢が、笑いをこらえながら続ける。

 

 「あ、あ、あ…………」

 赤城の口が、金魚のようにぱくぱくと開閉する。

 

 「でも、素敵です!」

 大和が、胸の前で手を合わせてきらきらした目で言った。

 

 「随分と幸せそうなお顔でしたものね」

 翔鶴も、くすくすと笑っている。

 そして、瑞鶴が、悪びれもせずに立ち上がった。

 

 「ズキューン。はうっ。それから……ドゴーン。ぐふっ! ごめん、赤城さん。再現しちゃった」

 

 「再現しないでください!」

 赤城の絶叫が響いた。

 

 「でも、あのセリフはどっちも反則よねぇ」

 陸奥が、頬杖をついてため息をつく。

 

 「俺は、この自由の旗の下、俺は、俺の信じるモノのためだけに戦うのだ」

 「昨日に絶望し、今日に怒り、それでも明日への希望は忘れない」

 陸奥が両手を広げてハーロックの台詞を再現する。

 

 「陥落もやむ無し、ね」

 加賀が、きっぱりと言い切った。

 

弄られる赤城

 全員から、これでもかと弄られた。

 「お姫様抱っこだったんですって?」

 

 「重くなかったでしょうか。昨夜はすき焼きをたくさん……」

 

 「大和さん、それは言わないでください!」

 赤城は、両手で顔を覆ったまま、小さく抗議を繰り返した。

 

 「うう……もう、やめてください……」

 指の隙間から、赤城は恐る恐る訊いた。

 

 「あの……誰が見てたんですか……?」

 

 「私たち、上にある露天通路で夜風に当たっていたんです」

 翔鶴が、これ以上ない笑顔で答えた。

 

 「ひっ!」

 赤城は短い悲鳴を上げた。

 

 「あ、あの、私たちって……?」

 

 「ここにいる十人全員ですね」

 大和が、にこにこと答える。

 

 「え、でも……ここにいらっしゃるのは九人……」

 赤城は、食堂をぐるりと見渡した。

 大和、陸奥、伊勢、金剛、榛名、加賀、翔鶴、瑞鶴、飛龍。確かに、九人しかいない。

 

 「あー、それはね」

 飛龍が、にやにやしながら食堂の奥を指さした。

 

 「わ、た、し、よ」

 奥のテーブルで、優雅に紅茶を傾けていた女性提督が、にっこりと手を振った。

 

 「…………」

 赤城は、石のように固まった。

 そして。

 

 「いゃあああああああああ!」

 赤城の悲鳴が、泊地の朝に響き渡った。

 食堂には、恋バナ好きの艦娘ばかりが集まっている。

 特に陸奥などは、絶対に離してはくれないだろう。

 赤城の長い一日は、まだ始まったばかりだった。

 

 そして、その頃。

 当のハーロックはというと。

 

 「……赤城は、昨夜の疲れが残っているのか?」

 医務室でドクターゼロに尋ねていた。

 

 「本人は元気そうだったが」

 

 「…………」

 ドクターゼロは黙っていた。

 そして。

 

 「キャプテン」

 

 「何だ?」

 

 「キャプテンは、もう少し女性の心というものを学んだ方がいいんじゃないかねぇ。」

 

 「……?」

 ハーロックは首を傾げた。

 その隣では、ヤッタランが腹を抱えて笑っていた。

 

 「キャプテン!」

 

 「何だ」

 

 「ほんまに分かってへんのかいな!」

 

 「何がだ?」

 

 「いや、もうええわ!」

 アルカディア号の朝は泊地とは別の意味で、実に平和だった。

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