時空の嵐の向こう側 アルカディア号、未知の世界線へ   作:Archangel

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第四話 前人未到の海と、埠頭の二重唱(デュエット)

三日後の出撃

 食堂での赤城轟沈事件から三日後。

 泊地は、前人未到の難関海域へ出撃することになった。

 執務室の作戦卓を囲んで、女性提督が編成を発表する。

 

 「大和、武蔵、伊勢、日向、赤城、翔鶴。出撃はこの六人です」

 最大火力を持つ戦艦二人が砲戦を担う。

 一航戦の旗艦である赤城と装甲空母の翔鶴が航空戦を受け持つ。

 そして航空戦艦の伊勢と日向は、そのどちらも担う。

 隙のない布陣である。

 

 「赤城さん、大丈夫ですか?」

 提督が穏やかに尋ねると赤城は一瞬だけ目を伏せ、それから顔を上げた。

 

 「はい。頑張ります」

 

 (先日の大破の記憶は、まだ胸に残っている。けれど、あの夜に聞いた言葉が、背中を押してくれる気がした)

 ……もっとも、あの夜を思い出すたびに、別の意味で顔が熱くなるのだが。

 

最悪の報告

 「……これは……」

 翔鶴が彩雲から送られてきた情報を見た瞬間、彼女の表情が凍った。

 

 「どうしたんですか、翔鶴さん?」

 大和が尋ねる。

 翔鶴は答えない。

 ただ、震える手で通信機を握った。

 

 「……提督、報告します。……敵、鬼級と姫級が、合わせて六隻です……」

 

 「……え?」

 伊勢が目を見開く。

 

 「鬼と姫が、六隻!?」

 

 「六隻です。全員、最上位級です!」

 執務室の空気が凍った。

 

 「撤退! 全艦、ただちに撤退なさい!」

 女性提督はすぐに命じた。

 だが、時すでに遅かった。

 海の向こうで、空が黒く染まっていく。

 雲霞のような敵艦載機。

 それと同時に、砲弾が雨や霰のように降り注いできた。

 

 「きゃああっ!」

 

 「くっ、数が多すぎます!」

 

 「避けるしかない……!」

 六人は悲鳴を上げながら、必死に海面を駆け回った。

 反撃どころではない。

 通信機の向こうから、爆発音が絶え間なく聞こえてくる。

 

 「そんな、皆……皆さん……」

 女性提督は、へなへなと崩れ落ちた。

 

アルカディア号、発進

 その時、アルカディア号の艦橋に、力強い声が響いた。

 

 「アルカディア号、発進!」

 ハーロックが、船長席から立ち上がる。

 次の瞬間、アルカディア号の宇宙航行推進機関が凄まじい轟音を上げた。

 泊地の海面が震え、波が沖へ押し返される。

 艦娘たちが数時間かけてたどり着いた戦場への距離をアルカディア号はたった十数秒で潰した。

 

空の異変

 戦場の上空では、鬼姫たちが艦娘を壊滅へ追い込みつつあった。

 

 「……?」

 鬼姫の一人が、不意に空を見上げた。

 雲の切れ間から、何かが降りてくる。

 突如として現れた異形の船。

 艦首には、これ見よがしな巨大なドクロのレリーフが鎮座している。

 それが、海の上を悠然と飛んでいた。

 鬼姫たちの間に、警鐘が鳴った。

 本能が告げていた。

 あれは、まずい。

 

 一方、艦娘たちもまた、呆然と空を見上げていた。

 出撃時に泊地でのんびりと停泊していたはずのアルカディア号が、轟音とともに自分たちの頭上に現れたのである。

 

 「アルカディア号!」

 大和が叫んだ。

 

 「キャプテン……。来てくれたんですね!」

 翔鶴の目に、涙が滲む。

 

 「停泊時と、迫力が全然違う……」

 日向が低く呟いた。

 確かに、泊地で見たときは大きな船だと思った。

 だが、戦場の空を飛ぶその姿は、まるで別物だった。

 

 「キャプテン! でも、どうして私たちを助けに来てくれたんですか?」

 赤城が、空に向かって叫ぶ。

 艦橋のスピーカーから、ハーロックの声が響いた。

 

 「戦う者であれば、危険を顧みず、死ぬと分かっていても行動しなければならない時がある」

 

 「…………」

 六人は、思わず黙り込んだ。

 

 「負けると分かっていても、戦わなければならない時がある」

 

 「……………」

 

 「この六人は、それを知っていた」

 

 「…………………」

 六人とも、すでに頬が赤い。

 そして、ハーロックの声が、ひときわ力強く響いた。

 

 「いいか、これ以上、全員にかすり傷ひとつ付けるな! 無事に母港に還すのだ!」

 六人の真上から降り注いだハーロック最大の名言、決め台詞である。

 

 「ちょ、これ……」

 

 「は、反則……」

 武蔵ですら、顔を押さえて天を仰いだ。

 伊勢と日向は、お互いに目を合わせて、同時に「これはずるい」と頷き合った。

 赤城は、悲鳴を上げることもできなかった。

 ただただ、感涙にむせんでいる。

 

 「も、もうダメです……。ここで沈んでも、悔いはありません……」

 

 「いやダメだからね!」

 伊勢が、全力で突っ込んだ。

 

蹂躙のはじまり

 アルカディア号による蹂躙が始まった。

 台羽と螢がコスモガンで見せた光景が、今度はアルカディア号によって大規模に再現される。

 艦腹の主砲が動いた。

 

 ――ズギューゥン。

 砲撃音ではない。

 

 不思議な音と共に三本の光の矢が海面を走っていく。

 光が届いた瞬間、鬼級は、音もなく蒸発した。

 

 「へ?」

 誰かが、間の抜けた声を出した。

 

 ――ドシューゥン!

 

 再び、アルカディア号の主砲が炸薬の音ではなく不思議な音とともに光った。

 今度は、姫級が蒸発した。

 

 「消えた!?」

 伊勢が叫ぶ。

 

 「いや、待ってくれ……」

 武蔵が顎に手を当てたまま固まっている。

 何を待てばいいのか、本人にも分かっていない。

 さらにアルカディア号のハッチが開き、スペースフォッケウルフが発進した。

 相手の艦載機は一瞬で光線に撃ち抜かれ、その機動性にまったく追いつけない。

 空を埋め尽くしていた黒い雲が、まばたきする間に消えていく。

 

 「…………」

 翔鶴はポカーンと口を開けたまま、立ち尽くしていた。

 

 「宇宙戦闘機…、スペースフォッケウルフ…。あれほどとは」

 日向が呆れ半分、感嘆半分で呟く。

 次々と姿を消していく鬼姫たち。

 ちなみに最初の二人が消えた時点で残りの四人は、すでに諦め切った表情だったという。

 

収容、そして内緒の改造

 六人は、アルカディア号へと収容された。

 ドクターゼロが、手際よく応急処置を施していく。

 名医の手にかかれば擦り傷も打撲も、あっという間に落ち着いた。

 その間に、ヤッタランが艤装の修理を引き受けた。

 

 「ほな、ちゃちゃっと直したるで! 任しとき!」

 ヤッタランは、鼻歌まじりに艤装を分解していく。

 ところが修理の合間にとんでもない未来技術をコッソリ組み込んでいた。

 艦娘たちが気付かないように、である。

 

 「ええ仕事したわ」

 ヤッタランは満足そうに額の汗を拭った。

 艦娘たちが本当にその技術に気付くのは、まだ先のことである。

 

帰投

 帰投したアルカディア号から、六人が降りてきた。

 全員、無事である。

 かすり傷ひとつ無かった。

 それを見た女性提督は安堵のあまり、その場に泣き崩れた。

 

 「よかった……本当に、よかった……」

 

 「提督、すみません、ご心配をおかけして……」

 

 「謝らなくていいの。無事に還ってきてくれただけで、十分です……」

 提督は涙を拭ってから、ハーロックへと向き直った。

 

 「ハーロックさん。皆を救っていただいて、本当にありがとうございました」

 

 「礼には及ばん。彼女たちは人類のために命をかけて戦っているのだ。」

 「助けるのにそれ以上の理由など不要だろう。」

 ハーロックは、短くそう答えただけだった。

 しかしそれが一々女性提督や艦娘達のハートを直撃していくのである。

 ある意味、いい迷惑なのである。

 

埠頭の夜

 その夜。

 赤城は一人埠頭に立っていた。

 ハーロックの決め台詞が、頭の中から離れない。

 体は熱いままだ。

 火照りを冷まそうと夜風に当たりに来たのである。

 見上げれば、満天の星空。

 赤城は、ふと、ひとつの歌を口ずさみ始めた。

 有名な昭和の歌謡曲、「いつでも夢を」である。

 星空を見ていると、自然と口をついて出てきたのだった。

 すると、背後から、低い声が続きを歌った。

 

 「…………!」

 赤城は、驚いて振り向いた。

 そこに立っていたのはハーロックだった。

 赤城は、素早く周りを確認する。

 右、左、後ろ、そして、念のために足元。

 人影は、ない。

 

 (よし、誰もいない)

 

 安心した赤城は、続きを歌い出した。

 ハーロックも、静かに合わせてくる。

 そのまま二人は、丸々一曲、デュエットしてしまった。

 赤城の心臓は、バクバクと鳴りっぱなしだった。

 

 「……また、助けられてしまいましたね」

 歌い終わったあと、赤城が小さく言った。

 

 「気にするな」

 ハーロックは、夜の海を見つめたまま、静かに答えた。

 

 「お前が人類のために戦うと言うのであれば、たとえどんな所にいても、俺は助けに行ってやる。」

 「命にかけても、助けに行ってやる」

 ドカーン!!

 赤城のハートに、五百キロ爆弾が命中した。

 

階段の下の目撃者たち

 さて、この泊地の埠頭には、コンクリートの岸壁がある。

 そして所々、階段状になっていて海面に近づける場所がある。

 さらに『たまたま』、『運悪く』、『赤城が選んだ埠頭の真下』…。

 そこに夜釣りを楽しむ一団がいた。

 女性提督、陸奥、翔鶴、飛龍、大和、加賀、金剛、榛名、瑞鶴。

 例によって、恋バナ好きの面々である。

 

 (赤城さん、周りを確認していましたけれど、階段の下は盲点でしたわね)

 女性提督は、竿を握りしめたまま、ぷるぷると肩を震わせていた。

 とりわけ、陸奥の無念は深かった。

 今回、陸奥は出撃メンバーではなかった。

 つまり、食堂で語られた「乙女大破」の現場を、また見逃していたのである。

 精神的轟沈となった赤城を自分の目で見られなかった。

 それが、不満だった。

 ところが、である。

 鳳翔に命じられ夜釣りに来てみれば目の前で二度目の乙女大破が、しかも生中継で繰り広げられているではないか。

 陸奥の目が細くなる。

 余裕たっぷりの、どこかアーニャめいた目。

 口元がクロワッサンのような三日月形になる。

 そしてニチャアとそれはそれは嫌な笑みを浮かべた。

 これ以上ない、ニチャアとした顔だった。

 

 「……陸奥さん、怖いです……」

 隣にいた翔鶴が、思わず距離を取る。

 

 「あら、失礼ねぇ?」

 陸奥はニッコリと笑った。

 余計に怖い。

 

翌朝の食堂、ふたたび

 翌朝。

 赤城が食堂の扉を開けた瞬間、嫌な予感が走った。

 空気が、おかしい。

 全員が、こちらを見ている。

 ニヤニヤと。

 

 (え……? でも、昨夜は、ちゃんと周りを確認したはず……)

 赤城は、必死に自分に言い聞かせた。

 違っていて。

 お願いだから、違っていて下さい。

 しかし赤城の願いは、あっさり砕かれた。

 

 「いやあ、もうデュエットするぐらいまで進んでいるなんてねぇ」

 飛龍が、満面の笑みで言った。

 

 「ひっ!?」

 

 「しかも、曲が『いつでも夢を』なんて、素敵です!」

 翔鶴が、両手を合わせてうっとりと言う。

 

 「レコード大賞の曲ですね!」

 大和が、無邪気に追い打ちをかけた。

 

 「お、お願いです、やめてください……!」

 赤城は、両手で顔を覆った。

 だが、容赦はなかった。

 

 「五百キロ爆弾、直撃だったみたいね」

 

 「ドカーン、でしたものね」

 

 「瑞鶴、再現はしなくていいから」

 

 「えー」

 さんざん弄られながら、赤城は指の隙間から恐る恐る訊いた。

 

 「あの……みんな、どこにいたんですか……」

 

 「埠頭の階段の下で、夜釣りですよ」

 女性提督が、にこやかに答えた。

 

 「今朝の太刀魚、私たちが昨晩釣ったんです。味わってくださいね」

 赤城は目の前の焼き魚を見つめた。

 香ばしい匂いが湯気とともに立ちのぼっている。

 

 「…………もう、味なんて、分かりません」

 恋バナ好きの艦娘たちに散々弄られて赤城は今朝も元気に悲鳴を上げた。

 

 「もう、もう…、嫌ですううううううっ!」

 泊地の朝は、今日も平和に始まったのだった。

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