斯くして、夜は明ける 作:dict-
「ベル・クラネルの顔が直視できない?」
告げられた言葉をそのまま送り返す。
オウム返しで伝えた言葉に相手は間をおいてからゆっくりと、頷く。言葉の意味を噛み砕きようやく咀嚼し切ると、耐え切れずに笑い出す。
「笑わないって言ったじゃないですか!」
「いやいや、それは無理だ!いつもより深刻な様子で相談事があるって言うから、なんだと身構えてみれば、まさかまさかの恋愛相談ときた!私からしてみたら、むしろ笑わせにきてる勢いだぞ!」
落ち着いた喫茶店に私の笑い声はよく通った。
視界の隅で顔見知りの店主から睨まられて、ようやく胸中から波立つ笑い声を抑える。
私の中では堅物の象徴ともいってもいい相手からこんな浮ついた話題をされる日がくるなんて、この様をアリーゼが見たらどんな反応をしただろうか。いや、輝夜の反応も面白そうだ。
当人にとっては切実な問題なのはわかっているが、やはり愉快になってしまうのは止められない。いじりがいがあり過ぎる状況だが、遊び心に駆られるのもほどほどにしないといけない。
「それにしてもよりにもよって、相手があのベル・クラネルか」
「――ぅッ」
その名を告げると、悶えるリューに嗜虐心が疼くのをどうにか堪えて切り換える。
ベル・クラネル。
ついこの前まで無名だった『ヘスティア・ファミリア』を今や知らない者はいない有名ファミリアへと登りつめた立役者。そして、ここ最近起きている大騒動の数々で中心にいてなにかと話題の尽きない人物。
白髪に紅色の瞳。十四歳というあどけなさから、当人の愚直なまでの純情な人柄が滲み出ている。人畜無害みたいな第一印象をしているが、たった数ヶ月で三度も昇華を果たすという前代未聞の快挙を成し遂げた確かな実力者。
新進気鋭の英雄候補。
アレは確かに、みなから愛される人間力の持ち主だ。愛され過ぎて、当人を置いてけぼりにトラブルへと巻き込まれていることもあるほどだ。
「問題は、シルか」
「……はい」
本題である、その名を口にする。リューを悩ませているのは恋愛相談は恋愛相談だが、これは絡み合った友人関係の相談でもある。
シル・フローヴァ。
リューが働く『豊穣の女主人』で一緒に働いているウェイトレスの少女。その可憐な容姿で給仕をする様にはファンが多く。大人気店の看板娘として愛され、顔が広い。時たま意外な繋がりを活かしてリューを驚かせているらしい。
そして、リューにとっては単なる同僚という域を超え、新たな居場所を与えてくれた恩人だ。
そんなシル・フローヴァもまた、ベル・クラネルに恋慕の情を抱いている人物。
ダンジョンへと赴く少年の為に何度も弁当を作って渡している健気な少女だ。リューもそんなシルの恋が実るのを応援していた。
していた、のだが。
「知らなかったよ。深層が異性と親密になれるデートスポットだったなんて」
ボンっと、目の前の顔が一瞬で赤く染まる。
当時のことを思い出しているのだろう。いちいちカワイイ反応ばかりする。
――さて、そろそろ本格的にどう話を持っていくか。
少年を中心に絡み入り組んでいる人間関係を考慮すれば。対応を誤れば微笑ましい恋愛話から一転、血を見ることになる修羅場へと急転直下だ。それも、オラリオそのものを揺るがしかねない大惨事へと発展しかねない。
そう考えが至ると、思わず笑いそうになる。一年前にはいなかったあの少年は、気がつけば数多の有力ファミリアに気に入られ、彼の為にならと動くだろう潜在的な支援者が数多くこのオラリオにいる。
信じられないことに。
本人が望んでいようと否かろうと。あの少年は、たった数ヶ月でこのオラリオでそれほどまでの影響力を持つにいたっている。
そんな大人気の少年にどこぞのぽっと出の相手が擦り寄ってきたなら、それこそ相手はただ叩き潰されて終わっただろうが。
リューならば、もしや。
「確認なんだけど、いい?」
「なん、でしょうか?」
「そう警戒しない。ただの確認だって、前提をハッキリとさせたいの――本気、と受け取っていい?本気で、ベル・クラネルと結ばれる気ある?」
こういう相談事は聞き手に徹するのがベターなんだろうが、そうも言ってられない。
それに――可能性。
もしかしたら、あり得るかもしれないという可能性の話ではあるが。
ベル・クラネルとくっ付くのがリューならば、
「……シルは、恩人で。ずっとベルのことを一途に想い続けていたんです」
「ああ、そうだな。で、そのベル・クラネルの顔を直視できなんでしょ」
「ぅっ、はっい、そうです、その通り、です」
喋るにつれて言葉尻がどんどん小さく、最後には消え入りそうな声になってしまった。
無理もないか。正直、どうしたいのか明確なビジョンどころか。恩人が想いを寄せる相手、応援していた恋路に、自分も相手に恋してしまった。恋心すらまともに知らず絶賛扱い切れていない彼女がこの状況でどう向き合えばいいのか、見当もついていない。
今までの経験則ではどうしょうもできない自身の感情、知らなかった自分の一面と直面して戸惑いつつも、このままでは駄目だという自覚もしっかりあるからこうして相談しにきたんだろう。
ただこれは、無理に答えを出さない方がいいか。
シル・フローヴァ相手に、この挙動不審なリューが己の恋心を隠し通せる訳がない。今ここで色々アドバイスしたとしても、先に察した向こうの方から動きがありそうだ。
幸いなことにベル・クラネルはまだ、
「まぁ、部外者のわたしが言えることがあるとすれば。直視できないベル・クラネルへのアプローチどうこうより、シルとの関係を先に整理した方が良さそうとしか」
「そう、ですよね」
「それにどうしようと結局、決めるのはベル・クラネルだ。シルからの告白だって断るかもしれないだろ」
「えっ」
「おい待て、なんだその顔」
どういうこと。
なんでそこで驚く。まるで全く考えてなかったことを指摘されたような――え、まさか、ベル・クラネルならシル・フローヴァの告白を必ず受け入れると、そう決めてかかっている?
「リュー、一旦頭冷やしなさい」
思ってた以上にこれは重症だ。
恋は人を盲目にするって話は聞いたことがあったけど、これはもうそれどころじゃない。この前のめりな押し付けは、下手するとベル・クラネルを追い詰めかねない。それはどっちもいたたまれない。
「またこうしてお茶しながら話ぐらいなら乗ってあげるから、急かさずにゆっくり行きましょう」
「……いつも、いつもありがとうございます」
「わたしたちの仲だ、それに」
もう冷めてしまった紅茶を飲み込む。
「わたしが今まで、リューの敵になったことある?」
そう。あの森の里から、ずっとここまで。そして、これからも。わたしがリューを裏切るなんてことは――
「【今も変わらぬ森の空。無限の星々を覆う無窮の夜天】」
それはまるで、嵐の黒雲に立ち向かう一羽の鳥。
「【露と消える声に応じ、どうか哀悼の一刻を。汝に縋る者たちに闇の抱擁を】」
逆巻く暴風雨、天候そのものが叩き付けてくる荒天の流れに逆らって羽ばたく。
嵐を抜ける前に力尽き墜落するのが目に見えている。自分で自分の首を絞める行為だと分かり切っているのに。
「【うつろう水よ、虚飾の咎人よ、来たれ。深潭から這い罪業を背負い、摩滅の果てを晒せ】」
なにが貴女をそこまで追い詰めたのか、その信念が潰えていないのなら示してくれ。
「【――夜の宙を降ろして敵を討て】」
その二枚の紙切れでも、まだ空に羽ばたけるのだと。
「――なにを、言っているんですか」
「……気が済むまで何度でも言ってやる」
「クラメイア・リードからお前宛ての遺書だ、さっさと受け取れリュー・リオン」
※ファイルの奥底で肥やしになっていたので引っ張り出して形にした急造品なので、次の更新は未定です