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「かぐや、そろそろ
「はーい! 彩葉、朝だよ! 起きて!」
七月下旬。朝。体を揺さぶられる心地よい振動に、鼻腔をくすぐる食欲をそそる香り。
重い瞼を開けると、目の前に眩しいほどの笑顔を浮かべた金髪の少女の顔があった。思わず目を逸らした先は狭い部屋の簡素な台所。そこでは百均の小さな踏み台に乗った身長百三十センチほどの銀髪の子供が、私の料理実習用エプロンをだぼだぼに着こなし、手際よく卵焼きとお弁当を仕上げている最中だった。
「おはよう、彩葉!」
「……おはよう、かぐや」
金髪の少女──かぐやの元気ハツラツな挨拶に、私はなんとか返事をする。しょぼしょぼとした目でかぐやを見れば、何がそんなに嬉しいのか更ににこにこと笑う。私のお下がりのダボダボ黒Tにショートパンツ姿の、ともすればだらしない格好だが、かぐやが着るとそれだけで可愛くみえるのはムカつく。ムカかわいい。
「おはようございます、彩葉さん。さあ、顔を洗ってきてください。もうすぐ朝食の準備ができますから」
「ありがとう、
銀髪の子供──詠春の言葉で少しだけ寝坊したことを悟る。普段なら一緒に朝食の準備をするのだが、今日はギリギリに──しかもかぐやに起こされるまでぐっすり惰眠を貪っていたのだ。洗面所に向かいながらちらと詠春を見ると、いつもの狩衣姿の上からエプロンを付けている。自動浄化機能があるので洗濯は不要だというが、ならば何故エプロンを? てか自動浄化機能ってなんだ、私の制服にも付けてくれその機能。
なんて、益体も無い事を考えながら洗顔とスキンケアを終えて戻ると、小さなちゃぶ台にはご機嫌な朝食が並べられていた。
「もー、彩葉おそーい! 待ちきれないかと思った!」
「乙女の朝は時間がかかるものなの」
あんたみたいなナチュラルボーンキレイな宇宙人と違って日々のお手入れが物を言うのよ、こちとら。とは言え、待たせているのは事実なのでテキパキと身支度を整え、突撃してきたかぐやをちゃぶ台にセットして私も隣に座る。
全員が席についたのを確認した詠春が手を合わせる。いただきます──と、示し合わせた訳では無いが、自然と三人揃って口にする。
かぐやはうまうまとがっつくように食べる。それでも下品に見えないのは顔の良さ故なのかなんなのか。対象的に詠春はどこの貴族かと問いたくなるほどに丁寧な所作で、これまた上品に食べる。時折かぐやの口元を拭いながら、それでいて優雅さは微塵も揺るがない。この光景を配信するだけで大量のお布施が届きそうだ。
「それで、かぐや。今日の予定は決まっていますか?」
「今日はペットボトルロケット飛ばす! 月まで!」
「炭酸用の耐圧ボトルがあります、安全第一で飛ばしなさい。それと彩葉さんは講習ですね。お弁当を用意していますので、持っていってください」
「あ、ありがとう……助かります」
詠春は、付き人ですから、と涼しい顔で食後のお茶を啜る。付き人ってすげー、完全に実家のオカンのような気配りなんだが? いやまあ、実家のお母さんにもこんなにしてもらってないんだけど。
……おっと、そろそろ出ないと。
鞄にお弁当と、これまた用意してもらった水筒を詰め込む。靴を履きながら詠春に手渡されたハンカチは、なんだか桃のいい匂いがする。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃ~い!」
「はい、いってらっしゃい」
天真爛漫な美少女宇宙人と、至れり尽くせりのちびっ子付き人。そして普通(?)の女子高生の私。いったいどうしてこんな奇妙な共同生活が始まったのか、私はアパートの階段を降りながら、三連休直前の夜を思い出していた。
✕
「へへへ……三連休がついにやってまいりやした。超久しぶりに一日六時間は寝れる」
七月十二日。夜。私、
『……大切なメロディは──流れてるよ──あなたのハートに──』
AIライバー、
仮想空間『ツクヨミ』の管理人の一人にして、看板アーティスト。ちなみに八千歳(という設定)。
ぶっ飛んだ設定だし、その正体は誰も知らない。でも、私はそんなヤチヨに救われた。これは比喩でも何でもない。配信を見て、歌を聞いて、相談アプリに悩みを告白して、ライブでその姿を目に焼き付けて──ヤチヨが居なければ私はどうなっていただろうか。少なくとも、親元を離れて勉強やアルバイトを今まで頑張ってこれたのは、いつも側にいてくれたヤチヨのおかげだと言える。
「──っ」
不意に、涙が込み上げてきた。どうしたんだろう、私……やっぱり、ちょっと疲れているのかも。
堪えた涙を零さないよう見上げた先の月が、滲んで、歪んで──ほんの小さな何かが、一瞬だけ月を横切った。
──流れ星。
誰かがそう言った。遅れて私も気がつく。周りには願い事を唱える人も居る。
願い事。私の願いは──。
「か、金……」
自分にがっかりだった。言うに事欠いて、華の女子高生としてどうなんだそれは。
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「……は?」
──と、思わず口にしてしまうのは仕方の無いことだろう。なにせ、いつもより狭い歩幅でようやく帰り着いたアパートのすぐ横の電柱が、
「ゲーミング……電柱……?」
いや、ゲーミング電柱て……。我ながら意味不明過ぎる。だけど、そうとしか形容出来ない光景に思わず後ずさる。革靴が僅かにすり減る感覚。いやいやいや、いつの間にこんなトンチキな公共事業を? 朝出た時はこんなんじゃなかったじゃん。工事の看板も無かったよ。つまりこれは……。
「ふっ、なんだ、幻覚か」
念のため自分の瞼にふれて、
これはマズい。もし、仮に、これが幻覚でもARでもない現実なのだとしたら非常に厄介だ。別に、電柱が光ろうが踊ろうが歌おうが、それ自体はどうでもいいのだ。せいぜい企画発案者の正気を疑うくらいで、世の中には意味の分からない『ゲーミング〇〇』などいくらでもあるのだから。でも──。
「なんで、ここなの?」
どうして、七色に発光して私の動きに合わせてスモークを吐くゲーミング電柱が、よりにもよってこんな住宅街の、家賃月三万八千円保証人なしのアパートの隣に設置されるんだ。こんなものが傍らに聳え立つ状態で安らかに三連休を過ごせるようなら、私は
……くそう、背に腹は代えられぬ。
覚悟を決めて、電柱の前に立つ。こんな時間にアパートの大家は来てくれないし、周囲に人影もない。気になるのならば、自分で対処するしか無い。
またしてもセンサーが反応したのか、電柱の真ん中に扉のような切れ目が入る。そのまま竹製の取ってが生えてきて、おもむろに扉が観音開きに開いていき……。
「いや、開くな!」
扉を閉めた。
いや、それは反則だろう。光ってもいい、スモークを吐いてもいい。でも、開くのはだめだ。
しかし──。
「ぐおっ、うっ、力づくかい」
閉めた扉が押し返される。てか
──ふかふかクッションにピンクのガラガラ。クルクル回る小さなメリーゴーランド。つまり、電柱の中はベビーベッドになっていた。そして、当然それらベビー用品の中心には、
「ふぇ……ふぇ……」
「あ、赤ちゃん?」
──今は昔……ではなくて。
──今とあんまり変わらない、少しだけ未来の世界。
──ゲームしている普通の女子高生ありけり。
──名をば、酒寄彩葉となむいいける。
──彩葉って呼ぶべし♪
──彩葉が家につくと、なんと、もと七色に光るゲーミング電柱なむ一筋ありける。
──あやしがりて寄りて見るに、電柱の中光りたり。
──それで彩葉はこう言ったの。
「ん?????」
△
「……ふふっ。どうやら、優しい子に出会えたようですね」
地球から遥か三十八万キロ。月。その『裏側』に存在する月の都。冷たく静まり返った観測区画のモニターには、震える手で赤子をしっかりと抱き上げる制服姿の少女が映し出されていた。
とある事件により凍結された月の都に人影はほとんど無い。月人の大半はある種の異界に避難しているからだ。現在、月の都で稼働しているのは災害復旧用の
「何者かの誘導があったようですが、それは追々調べましょう」
月には三つの『相』が存在する。
ひとつは月面。暗く、冷たく、ただそこに在るだけの遠い理想。かつて人類が辿り着いた浄土。
ひとつは月の都。結界の『裏側』に存在する、かつて月へ移り住んだ神霊が築いた永遠の都。
そしてもうひとつ。月人の罪の証。無間の牢獄。与えられた役割を全うするため
「さて、僕もそろそろ向かうとします」
「もう良いのかしら?」
「ええ。……『賢者』、案内を頼みます」
暗闇の中にゆらりと開いた空間の隙間。そこから垣間見える怪異の気配とともに、とある月人は地上を目指して小さな一歩を踏み出した。
今更超かぐや姫!にハマりました。