ゴールポーチャー(ペナルティーエリアの密猟者) 作:シットライヌ
フランスの地への切符を掴み取った狂騒から数日後。 函館・緑の島の練習グラウンドに、見慣れた背番号「9」の姿があった。
「遅えぞ、日本の救世主」 泥だらけのジャージを着たキャプテンの門倉鉄馬が、ニヤリと笑って歩み寄る。その後ろには、極限の専守防衛を完遂し、身も心もボロボロになった斎間創と近江勇将ら、守備陣の面々が並んでいた。 「……門倉さん。皆さんも」 響木蒼生は歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「俺がいない間、クラブを繋ぎ止めてくれて、本当にありがとうございました」
勝利を捨ててでも、負けない。どれほど野次られようと、泥水をすすって勝ち点1を拾い続けた彼らの死闘を、響木は誰よりも理解していた。 「頭を上げろ」門倉が、その大きな手で響木の肩を乱暴に叩く。
「俺たちの仕事は終わった。あとは、お前がその足で全部ひっくり返してこい」
響木の帰還によって、ステラマーレ函館はついに「完全体」となった。 極限のプレッシャーがかかるA代表での死闘を経て、あの予測不能なキラーパスを引き出し続けた響木のストライカーとしての嗅覚は、かつてないほど鋭利に研ぎ澄まされていた。 その真価は、復帰初戦となったリーグ終盤戦で即座に発揮された。
対戦相手は、直近のステラマーレの試合を分析し、「どうせ今日も引いて守ってくるだろう」と高を括っていた。 だが、キックオフ直後。中盤で相手のパスを刈り取った斎間が、トップ下の沖瀬司へボールを預けた瞬間、ピッチの空気が一変した。 (速い――!) 沖瀬がルックアップした時にはすでに、響木は相手DFの視界ブラインドからふっと消え、完全に裏のスペースへとトップスピードで抜け出していたのだ。 A代表の絶対的エースと共鳴し続けた響木の「オフ・ザ・ボールの動き出し」は、JFLの守備陣の予測を遥かに凌駕していた。
沖瀬から放たれた、美しい弧を描く浮き球のパス。 響木は、トラップなどという選択肢をハナから捨てていた。足元でボールをこねる技術がない彼にとって、勝負は常に一瞬、ワンタッチだ。 落下点へとドンピシャのタイミングで飛び込むと、空中で体を投げ出しながら、右足をキャンバスのように面で作ってボールの軌道に合わせる。
『ジャンピングダイレクトボレーシュート』。
足元でのキープ力を持たない彼だからこそ極限まで研ぎ澄ませた、一切の淀みがない一撃必殺のフィニッシュ。 ミートした強烈なシュートは、相手GKが一歩も動けないままゴールネットに突き刺さった。
「……ッシャアアアア!!」 スタンドの静寂を引き裂く、響木の咆哮。 それまでゴールへの渇望を無理やり抑え込んでいたステラマーレのサポーターたちが、堰を切ったように爆発的な歓声を上げる。
牙を取り戻した新選組の陣形ダンダラは、もはやどのクラブにも止められなかった。 門倉、斎間、近江が築き上げた「絶対防壁」が相手の攻撃を無力化し、奪ったボールを沖瀬が前線へ送り、ワールドクラスの成長を遂げた響木が一撃で仕留める。 「堅守速攻」――ステラマーレの根幹である戦術が、これ以上ないほどの高い純度でピッチ上で体現されていく。
そこからは、まさに怒涛の勢いだった。 0-0の引き分けで耐え凌いでいたチームは嘘のように、1-0、2-0と確実に相手を息の根を止める「勝つ集団」へと変貌を遂げた。響木は復帰後の全試合でゴールネットを揺らし、恐ろしいペースで勝ち点3を積み上げていく。 どんな強固な守備網も、A代表の重圧を背負い切った響木の鋭い刃の前では紙切れ同然だった。
そして、怒涛の連勝街道を駆け抜けたステラマーレ函館は、ついにJリーグ昇格圏内ギリギリの順位を確固たるものとし、運命の1997年JFL最終節へと辿り着く。
「刃は研ぎ澄まされた。俺たちの盾も、これ以上ないほど硬い」
決戦前夜、榎GMがクラブハウスで静かに呟く。 圧倒的な個人技と破壊力を誇る「維新志士」たちが待つ、因縁のプログレッソ札幌。 昇格の切符は残り一枚。勝った方がJリーグへ行き、負けた方はこの泥濘に残る。 役者はすべて揃った。北海道を二分する、死狂いの最終決戦の幕が上がろうとしていた。