ゴールポーチャー(ペナルティーエリアの密猟者)   作:シットライヌ

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第六話

1997年秋。日本サッカー界全体が、重苦しい空気に包まれていた。

 

悲願の初出場を目指す、フランスW杯・アジア最終予選。しかし、熱狂の渦中にあるはずのA代表(フル代表)は、絶望的な得点力不足という病魔に冒され、予選敗退の危機という断崖絶壁に立たされていた。

 

試合を支配し、中盤で小気味よくパスを回し、相手陣内へ幾度となく攻め込んでも、ゴールネットは揺れない。国を背負う圧倒的な重圧の中、ペナルティエリア内での一瞬の躊躇いが命取りとなり、シュートは空を切り、あるいは相手GKの正面を突く。 「誰が点を取るのか」 スポーツ紙の見出しには連日、悲痛な活字が躍っていた。国民の期待が悲鳴へと変わり、代表チームの空気は重く沈み込んでいた。

 

この極限状態の中、日本サッカー協会は一つの決断を下す。日本代表監督 の更迭。並びにコーチの監督への昇格。そして新たに監督に昇格した元コーチも、一つの決断を下す。実績も、経験も、所属リーグの格すらも度外視した、劇薬の投入。

 

「華麗なテクニック、圧倒的なフィジカルも,いらない。形はどうあれ、とにかくゴールだけを奪い取る純粋なストライカーが必要だ」

 

指揮官の脳裏に焼き付いていたのは、マレーシアの熱帯夜で狂気的なまでの嗅覚でゴールを量産し、世界を驚愕させた若き背番号9の姿だった。

 

同時刻。函館・緑の島のクラブハウス。 GM室の重厚なデスクを前に、榎武臣は目を閉じて天井を仰いだ。向かいのソファでは、ヘッドコーチの鳳圭介が手元のFAX用紙を信じられないといった様子で見つめ、鬼方陣監督は腕を組んだまま石像のように押し黙っている。

 

「……フル代表、か」 榎が絞り出すように呟いた。

 

「はい。特例中の特例と言っていいでしょう」

 

鳳の声には、珍しく微かな動揺が混じっていた。

 

「U-20からの飛び級。しかもJリーグのクラブではなく、JFLを戦う地方の新設クラブからのA代表選出。日本サッカーの歴史上、前代未聞の事態です」

 

ワールドユース得点王という圧倒的な実績があるとはいえ、JFLの選手がW杯アジア最終予選という死地へ緊急招集されるなど、常軌を逸している。だが、それほどまでに今の日本代表は「ゴール」に飢え、追い詰められていた。

 

「函館から、W杯のピッチに立つ男が出るかもしれない」 榎の言葉は、クラブの設立当初に描いた夢そのものだった。しかし、現場を預かる鬼方の表情に一切の喜悦はない。その目は、冷酷な現実だけを見据えていた。

「名誉なことだ。だが……時期が悪すぎる」

 

鬼方の言う通りだった。 JFLのリーグ戦は、いよいよ来季の昇格を決定づける最終盤に差し掛かっている。しかも次節は、同じく昇格圏内を争い、絶対に負けることの許されない北海道の最大の宿敵、札幌のクラブとの直接対決が控えていたのだ。 この最も重要なタイミングで、ステラマーレは再び、いや、ワールドユースの時以上に完成された「絶対的な刃」を失うことになる。

 

「……行かせるしかないだろうな」

榎はゆっくりと目を開き、二人の指揮官を見た。 日本の命運を懸けたフル代表への大抜擢。それは函館中が沸き返る究極の栄誉であると同時に、Jリーグ昇格の夢を懸けたステラマーレにとって、最も過酷で絶望的な試練の幕開けを告げる号砲でもあった。

 

 

 

 

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