ゴールポーチャー(ペナルティーエリアの密猟者) 作:シットライヌ
緑の島のクラブハウス。薄暗いミーティングルームに、プロジェクターの冷たい光が投射されていた。 響木がA代表へ合流するため函館を去った翌日。重苦しい空気の中、ステラマーレの選手たちの視線は、スクリーンに映し出された敵チームのデータに注がれていた。
「次節の対戦相手にして、現在我々とJリーグ昇格枠を激しく争う最大の宿敵です」
ヘッドコーチの鳳圭介が、レーザーポインターをスクリーンに向けた。 そこに映し出されていたのは、血のように鮮やかな赤と、暗闇のような黒。その二色で彩られた縦縞のユニフォームだった。
「プログレッソ札幌。豊富な資金力と強力な個の力を有し、北海道の盟主を自任するクラブです。彼らの戦術的特徴を一言で表すなら……『革新』、あるいは『維新』です」
鳳の言葉に、キャプテンの門倉鉄馬が渋い顔で腕を組んだ。
「ウチの『堅守速攻』とは完全に正反対、ということか」
「その通りです」鳳は銀縁眼鏡を押し上げた。
「厳格な規律と陣形ダンダラを重んじる我々に対し、札幌のサッカーには決まった形がありません。ポジションに縛られない自由な発想と、圧倒的な個人技で相手の守備網を切り裂く、極めて攻撃的なポゼッションスタイルです」
スクリーンが切り替わり、三人の要注意選手の映像が再生される。
「彼らの攻撃を牽引する、三人の絶対的な中心選手がいます。
まずはトップ下の背番号10、坂崎竜 さかざき・りょう」 映像の中で、赤と黒の縦縞を着た長髪の選手が、ピッチを自由奔放に駆け回っている。 「特定のポジションに留まらず、神出鬼没に顔を出しては決定的なパスを配給するプレーメーカー。ピッチ全体を俯瞰しているかのような広い視野と、常識に囚われない奇抜なアイデアを持っています。彼をマンマークで捕まえることは事実上不可能です」
続いて映像が、鋭いドリブルを見せるサイドの選手に切り替わる。
「左サイドの中盤、桂木巧 かつらぎ・たくみ。類まれな足元の技術を持ち、どれほど複数人で囲んでも、あっさりとプレッシャーを躱して抜け出していく。通称『逃げの桂木』。彼からボールを奪おうと深追いすれば、陣形全体が崩されます」
そして最後に、前線に君臨する巨大なストライカーの姿が映し出された。
「FWの大郷隆将 おおごう・たかまさ。身長190センチ近い巨躯を誇り、圧倒的なフィジカルと規格外のパワーで相手ディフェンスを文字通り粉砕する重戦車です。空中戦は無敵、そしてペナルティエリア内で彼にボールを持たれれば、もはや小細工は通用しません。極めて高いカリスマ性を持ち、革命を力で推し進める豪傑のように、強引にゴールをこじ開けてきます」
坂崎、桂木、大郷。 型破りな発想と、逃げの技術、そして理不尽なまでの暴力的な破壊力。ピッチを支配する彼らの姿は、まるで古い体制を打ち壊そうとする「維新志士」そのものだった。
「ポジションチェンジを繰り返し、変幻自在に攻め込んでくる彼らの攻撃は、リーグ随一の破壊力を誇ります」
鳳がプロジェクターの電源を落とすと、ミーティングルームに再び静寂が戻った。 エース・響木蒼生という最大の「矛」を失ったステラマーレ。対するは、圧倒的な個の力で襲い掛かってくる赤と黒の維新志士たち。
部屋の後方で壁に寄りかかっていた鬼方陣監督が、ゆっくりと前へ出た。 漆黒のスーツを着た指揮官の鋭い眼光が、選手たち一人一人を射抜く。
「響木はいない。だが、相手がどれほど自由で革新的なサッカーをしてこようが、我々がやることは一つだ」 鬼方は、ホワイトボードに描かれた自陣のフォーメーションを力強く叩いた。
「規律だ。新選組の法度のごとく、極限まで統率された陣形ダンダラで、奴らの自由な攻撃を窒息させる。巨大な大筒ストライカーがいようが、どんなに形を変えて攻めてこようが関係ない。最後は俺たちの網グリッドの中で斬り捨てる」
「……はい!」
響木不在という絶望的な状況の中、選手たちの目に再び闘志の火が灯る。 規律(新選組)か、自由(維新志士)か。 Jリーグ昇格の行方を左右する、北海道を二分する歴史的な代理戦争。絶対に負けられない「赤と黒の縦縞」との前哨戦が、いよいよ幕を開けようとしていた。