男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
2110年6月に誕生した
それがどれだけ特別なことなのか。
現行人類の男女比は1:900を超えている。まだほとんど男女比が同数だった頃、2020年代生まれである最後の「
人類という種にとって、これはほとんど致命的な状況だったが……2020年代後半に男児の出生率が一気に下がってから80年余り、遺伝子研究や人工授精技術の発展、拡充などでのらりくらりとどうにか種を存続させてきた。
ただし、それらに注力するために他のすべては後回しにされた。現在、人類文明はほとんど停滞しており、かつての宇宙開発や海底探査も今や過去の夢物語だ。
特に宇宙関連予算は、真っ先に切られてしまった。
そもそも貴重な男性をあんな危険地帯に打ち上げるなんてもっての外だった。今は辛うじて3代目となるISS-3が地球の軌道上を周回しているが、それも無重力空間での遺伝子研究のためであり、宇宙開発を目的としていない。更に、乗組員は全て女性だった。
今の人類には、1000人にひとりしか男性が産まれない。
つまり、現状を維持したければ男性はひとり当たり1000人以上の女性を孕ませる必要があるということであり、それがこの世界に生まれた男子に唯一期待されることでもあった。
当然、世界中で危険な仕事のほとんどから男性は締め出されていった。
一方で、周防圭人は実際に産まれ出るまでその期待とは無縁だった。
彼は他の一般家庭のそれと同様に、人工授精で産まれた。
その際に使われた精子の繁殖ランク(着床率や男児の産まれやすさ等で決められる)は平均的な数値のC+で、母親である周防
一か八か、貴重な貢献ポイントを用いて高ランクの精子で受精し、男児を産もうとする女性も少なくなかった。それだけで、ありとあらゆる支援を受けられ、一生遊んで暮らせるようになるからだ。
しかし、生来子供好きで近所の子たちの面倒もよく見ていた彼女は、むしろ最初から女の子を産むつもりで気軽に妊娠した。貢献ポイントは、評判の良い老人ホームへの優先入居権など、母の老後のために使うつもりだった。
全く気負いの無かった芳乃は出生前の検査も簡易的なもので済ませており、そこでも胎児は女の子だろうと言われていた。
……しかし実際には、それが間違っていた。
とはいえ、何かミスがあったというわけではない。
ただ、昔から行われているエコー検査では、胎児の股間についてる「アレ」が陰に隠れるなどして画像に映らないことがあるのだった。
医師は基本的に、股間にアレが見えれば男児、アレが見えなければ女児と判断するだけなのである。そして、圭人のエコー画像には、アレが映っていなかったのだ。
だから当然、皆は産まれてくる彼を女の子だと思っていた。
男児が産まれるのは、およそ1/1000の確率。更にエコー検査で見落とすなんて、そんな偶然そうそう起こらないだろうと、全員がタカを括っていた。
「そんなわけだから、まービックリしたわよ」とは、当時を振り返った際の芳乃の談である。
実際、ビックリしていたのは芳乃だけでなく、圭人を取り上げた若い産科医もだった。
不意打ちで現れた人類の宝。出産を乗り越えた相手を安心させるためのいつもの定型文も「うわー、元気な女…の…」で途切れてしまった。
手には元気に産声を上げる男児。
補助に入っていた看護師も、それに気付いて動きを止めてしまった。
出産が最も大事なこの世界において、人工授精から妊娠期間、出産までをサポートする産科医は、病院の花形だった。
しかし、もし産まれた男児に何か起これば、そんな経歴は一瞬で消し飛んでしまう。
普通、出生前に男児と正しく判断されていれば、母体は慎重に慎重を重ねて扱われ、産科医上がりの病院長などが直々に取り上げる栄誉を授かるものなのだ。
産科医は考えた。
このままだと、男児を取り上げる栄誉名声のために病院長を締め出したと思われかねない。そうなれば出世コースから外れてしまう。
そうした一瞬の思考の結果、彼女は急に「びょ、病院長を呼んでくださいッ」と叫んでいた。せめてこの場に立ち会って貰わねば、と考えたのだった。
一方、芳乃は「え、うちの子、なんかやばいのかしら」と、ひとり不安になっていた。彼女が第一子をその腕に抱けたのは、更に10分後のことだった。
芳乃が住んでいたのは人口30万人ほどの自治体だが、栄えているわけではなかった。
むしろ人口減少で合併を繰り返して規模が大きくなっただけ。中心地にはそれなりの規模の街や工場地帯があるものの、他はほとんど畑か田んぼという絵に描いたような田舎だった。
年間の新生児の数も1200人ほどしかおらず、結果的に2110年にこの自治体で産まれた男児は、圭人ひとりだけだった。
出産直後、芳乃は病院長の指示で急にVIP待遇となり、新生児用の設備が整った豪華な個室が与えられた。専門のナースが部屋のすぐ傍に常駐し、病院食と思えないような豪勢な食事も出てきた。
翌日の午前中には病院長と親しい市長の訪問まであり、何故か感謝状まで手渡され、お昼にはそれが地方のニュースとして取り上げられた。
コメンテーターは下卑た顔で「これで人生安泰ですねえ、羨ましいわあ」などと言ってアナウンサーに嗜められていた。
しかし、そんな周囲の反応と歓待をよそに、芳乃自身は「いやー、病院食で太るかと思ったわよ」とだけ言い残し、周囲が止めるのも聞かず、さっさと息子を連れて自宅へ帰って行ってしまった。
行政からは「マンションを提供しますので、そのまま中心街で…」という話も出たが、生粋の田舎者である芳乃はあまり街中が好きではなかった。
そもそも最初から彼女は圭人を女の子として産む気で、今更男の子だからといって特別扱いする気もなかったのだった。女の子用にと事前に準備されていたピンクのロンパースも、しっかり履かせていた。
何なら「圭人」という名前も、大好きな海外ドラマを参考にして女の子用に用意していた「ケイト」を無理矢理に男性名にしたものだった。
胎教の段階でずっと「ケイトちゃんケイトちゃん」と呼んでいたので、今更変えられなかったのだ。産まれた性別で態度や呼び方を変えるのは不誠実だろうと、彼女は考えたらしかった。
母(圭人にとっての祖母)に育児を手伝ってもらいながら、田舎の兼業農家としてトラクターを走らせる。それが彼女には当然だった。
2113年、圭人が3歳の時、芳乃は再び出産した。
人口減少回避と人類存続のため、女性には二人目の出産を推奨されていたが、男児を産んだ女性はそれを考えなくて良いという風潮があった。
ひとり追加で産むことよりも、ひとりの男の子を育てる方が、今の人類には1000倍大事だったからである。
しかし、それも彼女には関係なかった。
「いや、折角なら女の子も欲しくてねー」との一言で、以前も担当してくれた産科医との会話を終わらせた彼女は、今度は娘を連れて帰って行った。
今回は、誰も止めなかった。
それからも、家族は変わりなく暮らしていった。
2123年の、その日までは。
各話タイトルの前についているのは「話数-主な作中時間」となっています。