男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
2125年5月。
日本でも運用される福祉貢献制度。
その
国家間の格差是正のため、議定書の締結自体は以前からの既定路線であったが、問題はその内容だった。今回の主要課題は「国際法上の成人年齢を統一する」というものであり……。
「まさか最も低い15歳案が採択されるとはな。各国がそれだけ、回復しない男女比に対し焦りを感じているのか……いや、それだけではないな」
これまでの福祉貢献制度では、条約に基づいて「各国の法律に基づいて成人年齢を設定する」としており、基本的には「居住地域の婚姻可能年齢=成人」となる形だったのだが、議定書の発効以降は「国際成人年齢=15歳」となり、それが許されなくなるのだ。
「元々それが婚姻可能年齢だった中東諸国のロビー活動も、効果を発揮したようです」
通話を終えた秘書の言葉に、大臣は大きな溜息をついた。
「さしもの福祉貢献制度も、万能では無いか」
貢献ポイントは、あらゆる権利を獲得するためには最強の通貨ではあるが、かと言って現金の価値が失われた訳ではない。特に、権利というものが金で買えるような国に対しては、いまだ絶大な効果を発揮する。
「いまだに男性を独占しようとする国が、多過ぎましたので」
日本は、主に米国に追従する形で「第一成人」という括りを設けてまで成人年齢を16歳へ引き下げていたが、その逆の動きをする国もあった。
条約の発効前、短期間のうちに国内の法律を変更し、成人年齢を逆に引き上げることで、男性や精子という生殖資源を長く独占しようとする流れがあったのだ。
つまり成人年齢が15歳の国は、成人年齢が20歳の国へ5年間、一方的に資源を搾取されるのである。詭弁を盾にその年齢を25歳に設定した国さえ存在したのだから、不満が出ないはずが無かった。
「むしろ、今までよく保った方か……」
「はい、そう思います」
2080年代。
小国間での男性を奪い合う争いが世界中に伝播、拡大した「生殖資源戦争」。
数多くの命が失われた悲劇を教訓にし、貴重な男性を保護共有することを目的とした
「男性保護及び国際相互補助条約」が締結、発効されたのが2086年。
強制力のある制度作りを目指し「世界生殖平等機構(現・世界福祉貢献機構)」を発足させ、条約を基にした「世界福祉貢献制度」が実際に運用開始されたのが2090年。
以来、およそ35年間。
機構は制度の確実な運用を優先し、内政干渉をせず国家間の格差を容認してきたが……今回は、長年蓄積していたその歪みの反動が出たということだろう。それはもう仕方がない。
「帰国後は忙しくなるぞ。世間でも、第一成人の年齢引き下げは議論になるだろう」
「
現在の日本は、婚姻可能な16歳を「第一成人」、選挙権を与えられ少年法の庇護下から外れる18歳を「第二成人」、人工授精、飲酒や喫煙の権利が解禁される20歳からを「第三成人」と使い分けて呼称し、国際的には16歳を「成人」としていた。
日本は基本的に国際基準に合わせる方針を取り続けているため、今後は国内法の改正についても議論が進められることになると予測できた。
しかし今回、結城にとって最も大きな課題となるのは「あの人物」についてだった。
◇
「
ホテルの一室に辿り着くと、結城大臣はカーテンの閉じた窓際の椅子へ勢い良く腰を降ろした。答えを用意していた秘書は、澱みなく答えていく。
「はい。そのため、9月の発効時点から国際法上では成人扱いとなります。当然、貢献ポイントの国際ランキングにも名前が載ります」
「
道中、警護担当のスタッフが同じ車内にいる場面ではできない話だった。今いる部屋も大臣である彼女を納めるには小さかったが、防諜には適していた。
「かしこまりました。既にBチームの編成に取りかかってはいるようですが、急がせます。……対象の通学についてはどうされますか?」
「当然中止だ。匿名である現在時点で、生殖ランクA++の希少男子として騒ぎになっているのだ。9月からの彼は学業どころではなくなる。辞めさせるか、夏休み明けからは通信課程に切り替えさせるしかあるまい」
結城は溜息をついた。
それが職務とはいえ、なんとも
「では、高校も?」
「同じだ。本人が進学を望む学校に通信課程が無いなら、無理矢理働きかけて新設させろ。実習が必要なら体裁を整えてやれ。しかし、それでも通学はさせられん。毎日同じルートを通うなど、たとえ特区内であっても危険だ。最悪、他の生徒らが巻き込まれかねん」
前回のランク更新後。
周防圭人は世間で「正体不明の希少男子」と呼ばれるようになっていた。
突然、世界最高ランクとして現れたこと、そしてそれ以降、精子オークションで莫大な貢献ポイントを稼いでいながら翌月の貢献ランキングに大きな変化がなかったことで、彼がまだ16歳未満の少年であると推測されたのだ。
本来、提供された精子は直接的な個人情報と結びつけられておらず、女性たちは提供者の国籍や人種、既往歴、大まかな知能指数といった箇条書きの情報と、生殖ランクを参考にするしかなかった。
しかし、人類存続に寄与する男性の存在隠匿を禁じるための国際貢献ランキングと生殖ランクとを結び付け、
そのあり得ない男児妊娠率から、彼が人類の救世主だと言う者も現れている。逆に「彼は日本政府が作り出した虚像で、本物など存在しない」と陰謀論を語る者までいた。
(そうであればどれだけ良かったか……)
結城加代子はそう考えて、外したネクタイをベッドへ放り投げた。
いつも口煩い秘書は、何も言わなかった。
「下がって良いぞ。今日はもう休め」
「はい。……それではこれで失礼いたします」
ドアの前で一度振り返ってお辞儀をすると、秘書は素早く部屋から出ていった。休めとは言ったが、彼女は明日からの会合に向けた準備に追われるのだろう。バイタリティに溢れていた己の若い頃を思い出す。
(情報公開までの猶予は少なくなった。溝田と共にネットの規制も考えるべきか……)
既にネット上では「希少男子探し」が始まっていた。元々、地方では男児が産まれればニュースになるし、各種イベントや式典でも目立つ特別席に招待されるため、ネット上を漁れば隠し撮りされた男子の名前や容姿など、ある程度の情報は見つけられる。
こうした特定行為がこれまで大きな問題にならなかったのは、生殖ランクA++などという唯一無二の存在がいなかったからだ。世界に複数人存在しているA+までの男性たちであるなら、特定されたとて要人として警護を厳重にすればそれで良いのだが……。
人類存続のためにいつか現れると期待され、生殖ランクA++の判断基準となる数字だけが、世界福祉貢献制度の運用当初から設定されていたのだが……それが今になって裏目に出ていた。
今回も既に各国の首脳から問い合わせを受けている。総理が各国からの会談要請に応じず早々に帰国するのも、そうした追求を結城大臣に押し付けるためだった。
(ふん、米国に飼い慣らされた小物め……)
この世界に存在する、少なくない数の不穏分子に対応するためには、今の日本は平和ボケし過ぎている。40年前の生殖資源戦争ですら、多くの者にとってほとんど対岸の火事だったのだ。
もし国内で周防圭人を守りきれないとなれば、同盟国であるはずの米国から突き上げを喰らい、横から身柄を攫われる可能性すらあった。そうなった場合、現政権では防げないだろう。
(第二陣は果たしてどうなるか……いっそ、ランクを下げてくれれば楽なのだが)
2ヶ月後の7月中頃には、最初の精子オークションを介して誕生する胎児たちの性別が判明する。その時にまた男児の確率が高いことがあれば、彼の評価は確定し、その価値は更に高まるだろう。
しかし、もしそうなれば……。
「……周防圭人が普通に生きることは、もはや叶わぬな」