男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
2125年7月下旬。
(あーあ、今日も残業かぁ……)
会社の備品であるノートPCと睨めっこしていた
(明日は土曜だし、できるとこまでやって家に持ち帰るしかないかぁ……)
基本的に社外へのデータ持ち出しは厳禁だったが、業務がデスマーチ化すると、ほとんどの職員がそのルールを無視していた。
作業時間は、ネットワークから切り離されスタンドアロン化しているPC内に記録されるので、どこで作業しても残業代は支給されるし、それがバレることは無かった。
キリの良いところで切り上げて、あとは休日に自宅でやろう……そう決めた小村は、心の中で今日の終業時間を設定して仕事に戻った。
◇
重くなった
しばらく電車に揺られた後、自宅からも遠くない乗り換え駅で降りて、行きつけの居酒屋に向かった。「こんばんはー」と言いながら、こじんまりとした店内に入ると、煮込み料理の美味しそうな匂いで肺がいっぱいになる。
あーこれこれ、と思いながらカウンターへ向かう。
「いつものと、生くださーい」
「はいよー。……小村ちゃん今日も忙しかったのかい?」
「えー、分かりますぅ?」
「顔に覇気が無いよ覇気が」
「あはは、女将さんからエネルギー貰わないとぉ」
足元の籠にバッグを突っ込んでカウンター席に座り、特製のもつ煮込みが届いたら、顔馴染みの女将さんと雑談をして、笑いながらお酒を飲む。
これは、ほとんど毎週金曜日のルーティンだった。
「最近は何してるの?」
「ずーっとパソコンと睨めっこですよぉ。肩が痛いわ腰が痛いわ、下請けだから給料は安いわで、もー嫌になります」
「そりゃ大変そうだねぇ」
元々、アルコールには強い体質で、残業が続くなどしてストレスが溜まるとどうしても飲みたくなる。特に仕事を持ち帰る時は一度ストレスを発散させないとやっていられなかった。そんな生活を続けたせいか、今では立派な酒飲みだ。
同性同士で結婚した二人の母親はどちらもお酒にめっぽう弱いので、これは名前も顔も知らない
いや、そうだとしても
(そう考えると少しかわいそう……この美味しさを知らないなんて)
「うわッ!! す、すみません!!」
がちゃーん、という音と大きな声に驚いて右を見ると、小さなテーブル席のひとつで客が皿を落としてしまったようだ。それは、私の後に入ってきた女性二人のカップルだった。
それほど珍しいことではないのか「そのまま動かないでねー」と店員がしゃがみ込み、手際良く破片を集めている。
店内の視線が自分に集まって、皿を落とした女性は所在なさげに座っており、パートナーらしき女性が「気をつけなさいよ」と小言を言っていた。
「……本当にすみません」
「気にしなくて良いよー。どうせ安モンだしいっぱいあるから」
女将さんがカウンターの中からそう言ってカッカッと笑うと、店内の雰囲気は一瞬で元の明るさに戻ってしまった。失敗した女性も、安堵した表情をしている。
私は、やっぱり女将さんはすごいなぁ……などと考えながら、ジョッキに残っていたビールを一気に
「小村ちゃん、小村ちゃん」
「…………ぅん? あれ、私寝ちゃってたぁ?」
「もう閉店だよ。電車、大丈夫かい?」
「あー、今何時ですぅ?」
まだ頭が回らない中でそう聞きながら、カウンター内にある時計で時刻を確認する。ああ、急げばまだ間に合うかな、と思って立ち上がろうとすると……足に力が入らない。
寝落ちしてしまったことといい、こんな酷い酔い方をしたのは初めてだった。
「うー、ちょっと飲み過ぎたかもー」
「大丈夫? タクシー呼んであげようか?」
「……ごめんなさーい、お願いしてもいいですかぁ?」
「うん、いいよいいよ。到着するまでそこで休んでな」
女将さんにそう言って貰った私は、椅子に深く座り直してもう一度突っ伏した。私が使ってた皿やグラスは、既に片付けられていた。おでこに当たるカウンターの冷たさが心地よい。
「今、連絡したからね。帰る時は忘れ物に気をつけるんだよ」
「ありがとう……って、あれ!?」
「うん? どうしたんだい小村ちゃん」
「………女将さぁん、私のバッグ知らない? ……あと、ケータイも」
◇
「ご苦労だった」
「いえいえ、まいどありー」
居酒屋から離れた路地裏で、陽動役を務めたカップルにそれなりの金額が入った封筒を手渡すと、二人はお互いに顔を見合わせてニヤニヤしながら去って行った。
金額には口止めの意味も当然込められているが、簡単なバイトの報酬としては破格だっただろう。最初はこいつらごと消してしまおうかとも考えたが、今回の
盗み出したバッグを手にした女は、手早く中身を確認する。
そこには、
空のバッグは人の気配のない路地裏の角へ投げ捨て、電波を遮断する特殊なアタッシュケースの中へノートPCを納める。これで発信機が内蔵されていたとしても追跡は不可能になった。
バッグの持ち主である小村美夜子は、国民の住民基本情報のデータ移行やプログラムの書き換え業務を担う部署の一員だった……とは言え、彼女は省庁の人間というわけではない。
その作業は、人口減少による人手不足と大幅な税収減によるあおりを受けて、総務省から、安い賃金で働く彼女たちの会社へ下請けに出されていたのだ。
福祉貢献制度の運用とその貢献ポイントのデータは、監視の厳しい福祉貢献省の管轄だったが、そこに結びつけられる情報に関しては旧態依然とした総務省の管轄下にあり、こうした隙を生じさせていた。
それは、およそ35年前に福祉貢献庁が設立され、庁から省に格上げされるまでの間にあった、総務省との縄張り争いの名残でもあった。
今回、彼女たちは、9月からの変更で15歳以上16歳未満の者たちのデータも福祉貢献ランキングに結びつけなくてはならず、また15歳になったら自動的に切り替わるようプログラムを変更する作業も加わっていた。
依頼されていた今回の標的は、そのデータだった。
しかも、盗み出すタイミングまで指定されていたことから、依頼人は特定個人の情報が欲しいのだろう、と女は考える。
よそ見をしている間にビールへ混入させた睡眠薬の効き目はおよそ二時間。アルコールと一緒に分解、排出されてしまえば体内に成分を残すこともない特別製だ。
彼女の携帯も店の近くで捨てて来ているし、あの下請け会社には緊急時に24時間対応する部署すら無い。今すぐ物盗りの犯行として警察に届け出たとしても、データの漏洩発覚にはかなりの時間がかかるだろう。
「さて、少し急ぐか……」
女は呟いて、街中に張り巡らされた防犯カメラの死角を歩き出した。
そうして「
その事実を