男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
金曜の夜。
ふらつく足で歩く
タクシーで警察署へ向かう途中、女将の携帯を借りて、暗記していた会社の電話番号へかけたが、流石に全員帰宅したのか出る者は居なかった。少なくとも小村のいる部署は月曜まで誰も出勤しないだろう。
特に夏場は光熱費節約のためエアコンの効きが弱く、土日に会社へ出てくる者は居なかった。それもまた、仕事を家へ持ち帰る職員が多い理由のひとつだった。
こちらも暗記していた直属の上司の社内アドレスへは「非常事態による緊急連絡」という件名で、借りた電話の番号を載せたメールを送ったが、すぐに返信はなかった。
同行した女将のフォローもあり、警察署での聴き取りはスムーズに行われた。
盗難被害に遭った物は、カウンターに置いてあった型落ちのスマホと、足元の籠に入れてあった仕事鞄。その中には、会社の備品であるノート型PC。
小さな店に防犯カメラは設置されておらず、誰が盗んだかも分からない。カウンターのほぼ真ん中の位置に座って寝ていた小村の背後を通った客は多く、基本的にカウンター内で作業している女将も、不審な動きには気付けなかったということだった。
一応、付近で遺失物として届いてないかの確認もして貰ったが、無駄骨に終わった。担当した警察官も「まぁ、それは盗難でしょうね……」と言わざるを得ない状況だった。しかも店で二時間は寝ていたと分かると、今すぐ発見は難しいだろうと告げられてしまう。
担当する警察官には危機感がまるで無かったが、しかしそれも当然だった。PCの中には莫大な量の個人情報があったが、小村にはそれを伝えていなかった。会社に確認を取らずに伝えて良いのかの判断がつかなかったのだ。
(どうしてこんなことに、本当に、本当にまずいのに、だってアレには…!!)
小村は上司からの連絡を願い続けていたが……公私を分け、休日は家族サービスに精を出していた上司が、その日、仕事用の社内アドレスに送られたメールに気付くことは、残念ながら無かった。
◇
そこは、とある廃ビルの一角。
壁が取り払われてコンクリートが剥き出しの広い階層の中央に、四方と上下の六面全てを灰色のシートで覆って、小さな空間が作られていた。そのシートには電波を遮断する効果があり、主に海外の特殊部隊や爆弾処理班で使用されているものだった。
「大丈夫、起動して問題無ければ
裏の世界で「調達屋」と呼ばれる凄腕から受け取った、ひとつのアタッシュケース。
全身を黒い衣装で包んだ女は、そのケースから取り出され、簡素なテーブルの上に置かれた一台のノートPCと、手首に取り付けたクラッキング用の小型デバイスとをケーブルで繋いでいた。
傍に立つ、大柄な人影に向かって言う。
「このタイプなら、多分そう時間はかからないわね。さて、それじゃカウント始め……って、嘘。……なにコレふざけてんの?」
折り畳み式のノートPCを開いてすぐ、キーボード部分の真下に貼られたシールに気付く。そこには、OSのロックを解除するための16桁のパスワードらしきものが書かれていた。
『油断するな、
「そうであって欲しいくらいよ!」
顔を近づけ、初めて口を開いた大柄な女の言葉は、流暢な英語だった。
それにヒステリックに返したゼロツーと呼ばれた女は、
ロックは問題なく解除され、呆気なく目的のデータにアクセスできてしまった。原始的な指紋認証すら必要としなかった。
「もう、色々準備したこっちがバカみたいじゃない! これだから
テーブルの上には、PCの他、
◇
翌日、土曜日。
一旦家に帰っていた小村は、朝一番で最寄りの店へ走り携帯端末を購入し、自宅のPCと繋いでクラウド上に保存されていた端末のデータを復旧させて直接上司に電話した。
出るまでに時間はかかったし、第一声は非常に不機嫌そうだったが、事情を説明していくうちに上司の調子が段々と仕事中のそれになっていくのが分かった。
「分かったわ、連絡ありがとう。今すぐ上に確認してみる」
「すみません、お願いします」
「小村さん、あまり思い詰めちゃ駄目よ」
「はい…、ありがとうございます…ッ」
そこで遠くに向かって「ちょっと行ってくるわ」と声をかけているのが聞こえたから、おそらく今から会社に向かうつもりなのだろう。
「あ、あのッ、私も会社に……」
「対応が決まったら連絡するから、自宅で待機しておいて。もしかすると届けを出した警察署に行って貰うかもしれないし。とりあえず少し寝なさい。ただし、携帯の電源は常に入れておくのよ」
「……分かりました。よろしくお願いします…っ」
テキパキと指示されて、小村は(これで助かった……)と思った。職場での上司は頼りになる人だったから、この状況もなんとかしてくれるだろうと思えたのだった。不安なまま眠れずにいた昨夜のことを思うと、状況は大幅に改善したように感じた。
(……携帯をそばに置いて、少し眠ろう)
いざという時に動けるようにしておかないとと、そう考えてベッドへ向かった。
◇
その日、小村の元へ電話がかかってくることは無かった。
後の事件以降に小村も知ることになるのだが、彼女たちが働くのは総務省から直接の下請けではなく、三次請けの会社だったのだ。
それ自体は違法でなく、あまり珍しいことでも無かったが、しかし二次請け、一次請け、そして元請けと、各社の担当者を捕まえて確認を取るだけで翌日の昼までかかり、そしてその夜にようやく本丸である総務省の担当者の耳に入った。
そこから更に小村の元へ直接確認の連絡がようやく来るという紆余曲折があり……。
結局、福祉貢献省の結城大臣の元へ情報漏洩の一報が届く前に、それは起こってしまった。
◇
月曜の朝、定刻通りにマンションの地下駐車場へ
「いってらっしゃいませ」と言って通学鞄を恭しく渡すメイド姿の
そのやり取りは、百年以上前の古典映画に出てくる男女のワンシーンのようだった。少しからかってやろうと、後部座席に乗り込んできた圭人に声をかける。
「まるで夫婦のようで、今日もお熱いことですなァ?」
「えっ、そう見えました?」
「……おぅ、見えた見えた。良いからベルトしろよ。んじゃ行くぜ」
意外な反応を返されて(いや、そこ素直に喜ぶとこじゃねーんだよな……)と一気に醒めながら、遼子はゆっくりとミニバンを発進させる。サイドミラーに映る楓は、こちらから見えなくなるまで手を振っていた。
マンションから出てすぐの場所にある最初の信号機に捕まり、停車する。
(最近ツイてねーな。昨日も競馬で負けて……
そんなことを考えていた遼子は、薄く開いた窓の隙間から「その音」を聴いた。
「遼子さん、昨日は……」
「ちょっと待てッ!!」
話しかけようとする圭人の言葉を大声で遮って、集中する。
雑音に紛れ、普通の人間には聞き取れないはずの羽虫のような小さな音は、雪の下を走る小動物の足音すら逃さぬよう進化した狐の遺伝子によって、彼女の脳に届けられた。
信号を無視してアクセルを踏み込み、すかさず叫ぶ。
「楓ッ、ドローンだッ!!」
次の瞬間、圭人たちが暮らすマンションの最上階から、爆音が轟いた。