男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
「へぇ、やるじゃん、あの
滞空する
あのまま交差点に止まっていれば、前後を大型車で塞いで行き場を失くし、制圧
希少男子の個人情報は手に入っていたが、彼を警護する部隊の全容を掴むには、些か時間が足りなかった。通学のタイミングで拠点を潰し、同時に身柄を狙えば確実と踏んでいたが、片方は失敗してしまった。
「こっちは不完全燃焼だからね……楽しませて貰うわよ」
引き続き追跡部隊へ指示を出したゼロツーは、黒いキャップの下で酷く楽しそうな表情を作った。
◇
いつも飄々としている遼子の切羽詰まった声。
急発進する車。右手から迫る大型トラック。後方から聞こえた爆発音。
窓の外の景色が猛スピードで後方へ流れていく中、圭人からは「それ」を目視はできなかったが、しかし遼子の普段と違う様子から、大きな確信を得ていた。
「あのッ、遼子さん!! 今のって、楓さんのいるマンションじゃ…ッ!? うわッ!!」
今までの送迎とは打って変わって乱暴なその運転に身体を左右に揺られながら、どうにか手すりを掴み、運転席へ向かって声を発する。手にしていた通学鞄は、既に車内のどこかへ飛んで行ってしまっていた。
「アイツは大丈夫だから、今は黙ってろ!! 舌噛むぞッ!!」
あちらこちらからクラクションを鳴らされつつ猛スピードで走り続けるミニバンに、真っ黒なバンと複数のバイクが追い縋ってくる。それを視界の広げられた
(追いつかれるのは時間の問題か……)
そう判断を下し、行き先を指定して自動運転に切り替える。VIP警護用にカスタムされたこの車は、緊急時の走行にも対応していたが、流石に人の手で運転するよりはスピードが落ちる。
「え、遼子さん、なにを…ッ…!?」
直前で走行が安定したタイミングで、後部座席の圭人の元へ。
驚く彼の耳元に顔を近づけて「自動運転だッ、しばらく頭下げてろッ」と伝える。
そして更に最後列へ移動。シートの下から引き出したトレーから、陸自の制式装備である
手早く弾倉と薬室を確認し、装填。後部座席の背を倒しフラットにすると、そこに腹這いになり姿勢を安定させた。
(ここまでの動き、相手の目的は殺害でなく拉致か。さてどう出るか……)
右足で車内側面に設置されていたレバーを蹴り上げると、圧縮ガスによってシリンダーが作動し、
すぐ近くまで迫っていたバイクに乗っていた敵と、ヘルメットのバイザー越しに目が合う。
「
小銃のセレクターを
無事にタイヤが破裂、派手に転倒したことを確認して、それが軍用のコンバットタイヤや防弾仕様でないと判る。よく見れば黒色に統一されているものの車種はバラバラ。おそらく日本国内で調達したものだろう。
(……アイツら、米軍では無いのか)
米軍の特殊部隊であれば、日本国内に堂々と装備を持ち込める他、基地の装備を接収することもできる。もちろんそれが偽装である可能性もあるが……今も上空を追いかけてきているドローンの音も、米軍のものでは無かった。
(……やはり撃てないか)
相手のバイク組は、遼子の背後にいる圭人を傷付けるのを恐れているのか、ミニバンの後輪を狙って拳銃を発砲していた。車体に銃弾が当たるたびに圭人の「うわッ!?」という声が聞こえる。
こちらのタイヤは防弾仕様だし、圭人の席の背中部分には分厚い装甲が仕込まれているので、大口径のライフルでも貫通は難しいのだが、それでも跳弾の危険はある。
「お互い縛りが多くて大変だよな…ッ」
遼子の方も、周囲への流れ弾を意識してタタンッ、タタタンッと丁寧に、後方を走る黒いバンのタイヤ周辺を射抜く。
それが上手く当たってくれたのか、相手のバンはたちまち走行不可能になり、残ったバイクの敵も追いかけるのをやめて、こちらを見ている。
(……諦めてくれたか?)
その動きを確認した遼子は一旦安堵のため息を漏らし、圭人の安否を確認しようと振り向いて……進行方向に立つ、巨大な黒い人影に気付いた。ミニバンの自動運転プログラムが、右へ膨らんでそれを避けようとする。
次の瞬間。
遼子は、衝撃と共に身体が空中に投げ出され、天井へ全身を強く打ち付けられるのを感じ、そのまま意識を手放した。
◇
どのくらいそうしていたのか、遼子は逆さまになった車内で目を覚ました。
すぐさま状況を思い出し圭人の姿を確認しようとするが、見当たらない。助手席側の防弾ガラスが粉々になっており、加えられた衝撃の大きさを物語っていた。
スライド式の
開かれたままだった背部ドアから出て車体の陰から周囲を窺うと、そこは特区から都内へ向かう途中にある陸橋の上だった。路面についた跡を見るに、衝撃を受けて横転したところから、横滑りしてかなりの距離を移動したようだ。
そして遼子は、そいつの姿を確認した。黒い装備で全身を包んだ巨大な女が、圭人を担いでグレーのSUV車の後部座席へ積み込もうとしているところだった。
失神はしているものの、圭人は無事だ。
(爆薬の匂いはしない。あれは最新のアシストスーツか……?)
その大女の全身には、百足を思わせる機械式の装置が付けられている。それは遼子の初めて見る装備だった。しかもミニバン級、しかも特別仕様で超重量化している車を横転させるパワーのものなど、聞いたことも無かった。
ジャケットを開き、左脇のホルスターから
そのまま、血で滲む視界の中で相手の背中に照準を合わせるが……利き腕ですらない片手撃ちでは、射線の重なる圭人に当たってしまう可能性がある。
(もしアイツなら、このくらい苦でもねえんだろうが……)
脳裏に、安否の分からない専属メイドの姿が
車内では圭人にああ言ったが、一瞬ミラーで確認できた爆発の規模的に、彼女が無事であるかは微妙なところだった。
更に言えば、楓が編成していたBチームも、今は圭人の家族を警護しているため近くにいない。彼の妹である
何もかも、タイミングが悪過ぎた。
これを狙っていたなら、一筋縄ではいかない相手だということだ。
「へーぇ、やっぱり
瞬間、その声のした方へ銃口を向ける……が、上手く蹴り足を合わされて腕を跳ね上げられてしまう。満身創痍ではあるものの、聴力に自信のある遼子は、その気配を感じ取れなかったことに驚愕した。
「あら、ご挨拶ね」
「そりゃこっちの台詞だ…ッ」
そこに立っていたのは、またしても黒ずくめで細身な女だった。黒いキャップのつば越しに、目が合う。口元に浮かぶのは、酷薄そうな笑み。
どうにか拳銃を掴んだままだった腕を引き寄せ再度そちらに向けようとするが、相手の女はその場で華麗にステップして左右の軸足を入れ替え射線を躱し、遼子の鳩尾へ後ろ蹴りを放つ。
「うふふ、確かにそれはそうよね」
横転したミニバンの車体に叩きつけられ呼吸を失った遼子は、ごろごろと無様に転がって、相手から距離を取った。
(この感じ、楓に似ているな……近接戦では相手が
見れば、状況に気付いたらしい大女までもが、こちらへ向かって近付いてきている。
その向こうには、椅子に座らされぐったりしている圭人の姿。
ここで潮時かと考えて、耳を澄ませる。
「残念ながら、今回はオレたちの負けだ」
遼子は、タイミングを見計らい陸橋の縁へ向かって全力で駆け出す。
細身の女が追いかけてくるのを無視して、そのまま一切の躊躇なく飛び降りた。
◇
『ゼロツー、ヤツはどうした』
「逃げられたわよ、
歩きながら肩を竦めて、楽しそうに笑うゼロツー。
その姿を追うようにして、一機の
『目標は達した。ヘリに追跡される前に撤退するぞ』
遠くにサイレンの音を聴きながら、ゼロワンと呼ばれた巨躯の女は言った。
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