男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
特区の周防邸が爆破され、専属メイドの
その詳細を官邸へ向かう車内で秘書から聞いた
伝え聞いた戦闘の規模から「
「……どこから情報が漏れた?」
「只今、調査中です」
いや、このタイミングで有能な秘書がすぐに可能性を提示できないということは、私たちの管轄外での出来事だろう。それなら情報源は住基を管理する総務省か、日本政府から周防圭人の詳細を伝えられている米国のいずれかだ。
となれば、どのみち彼の家族の情報も得ているはず。そして周防圭人の拉致に失敗する可能性にも備えているはずだ。我々に対してそうでなくとも、彼に対して有効な人質である家族の存在を、敵がただ見過ごす訳が無い。
「ヤツの家族はどうなっている?」
「現在、Bチームが警護中です。明日の午後、特区へ移動予定でした」
「今すぐ連絡を入れろ。まだ襲撃を受けてないなら良し、すぐに陸自の駐屯地に避難させるのだ。
秘書が眼鏡型デバイスに手をやり、通信相手と何かのやり取りをし出す。結城の指示を遮ってのその行動は珍しく、緊急のものと分かった。
困惑の表情を浮かべた秘書の視線が、デバイス越しに結城のものと重なる。
「周防家が襲われました。特区の襲撃と、ほぼ同時刻だそうです」
「で、どうなった? 彼女らは無事なのか?」
「……そ、それが」
◇
数刻前。
仲間内で
後の交渉をスムーズに行うには、相手を警戒させぬうちに目的を完遂し、彼我の損耗を最小限に抑える必要があったため、作戦開始の時刻合わせは緊密に行われていた。
メインターゲットである
日本政府主導の特殊人材養成部門、通称「スクール」……その訓練施設で驚異的な成績を残し、訓練と称した米軍の支援活動において多大な成果を収めたという東洋の若き天才の噂は、獣人同士の狭いコミュニティの中で聞き及んでもいた。
テロリストと認定されると交渉の余地が狭まる可能性があり、基本的には不殺を厳命されていたが……戦闘力の計算できないこの人物だけは、作戦の最初のタイミングで爆殺することになっていた。
我々の崇高な目的を説明し、仲間に引き入れられれば……とゼロスリーは考えていたが、情報の入手から発覚までのタイムリミットを考えれば、残念ながらその猶予は無かった。
(……これ以上、優秀な同胞の命が喪われるのは、防がなければならない)
同じく獣人で構成された相手の警護チームの練度は、けして低くなかった。おそらく彼らは小見山楓と同じスクール出身者なのだろうが……確かに「スクール」とは良く言ったもので、一つ一つの行動、動作が基本に忠実で隙が無い。
庭にいた二名の警護員が、麻酔銃によって次々昏倒させられると、母屋の中への視界を一斉に塞ぎ、そこにスモークグレネードを投げ込まれた次の瞬間には、威嚇射撃をしながら警護対象らと共に一気に飛び出し、古く頑丈な蔵の中へ逃げ込んで見せた。
全員ガスマスクをしていたところを見ると、想定していた動きのようだ。援軍が到着するまでの遅延行動としては悪くない。こちらに通信妨害と、分厚い扉を破壊する爆薬の準備が無ければ、それも成立していたかもしれない。
(惜しいことに今ひとつ経験が足りないな。これなら小見山楓の殺害も、実は必要無かったのではないか。………ん?)
そこでゼロスリーは、閉じられた蔵の中から声がするのに気付いた。篭って聞き取りにくいそれは、子供の叫び声のようだった。もしかすると極限状態の中でパニックを起こしたのかもしれない。大声で、誰かを呼んでいるらしい。
『よし、爆破の準備だ。対象を傷付けるなよ』
『はッ、おまかせ…、だ…ッ!?』
部下がその言葉を終えないうちに、いまだ煙に塗れる母屋の中から一人の影が飛び出してきた。蔵を注視していたため背後をとられた格好になり、ゼロスリーが手にした麻酔銃を向ける前に、二人の隊員が倒された。
ガスマスクをしたその人物は、発射された弾を回避して再度母屋の中へ消えていき……それを安易に追った別の二人とも、短い悲鳴の後で連絡が取れなくなる。
すぐそばで倒された部下に駆け寄って様子を見ると、命に別状はなさそうだ。しかし、そんなことをしているうちに更に三名との通信が途絶した。いずれも、少し距離を取ってバックアップについているはずの人員だった。
そこで、部下の腰のホルスターから麻酔銃が消えていることに気付く。
……ちょっと待て。一体なにが起きている?
◇
結局、撤退を指示する間もなく、ゼロスリー以外のメンバー全員が打ち倒されていた。
「今の躱すなんてなかなかやるわねぇ。貴女も獣人さんなのかしら」
「私だけでなく、全員そうだったがな…ッ」
答えながら、パシュ、パシュと立て続けに麻酔銃を撃つが、ひょいひょいと何事もないように避けられる。
「あら、そうなの? ごめんなさい、田舎者だからあまり会ったことないのよね」
撃たれて慌てるでもなく、散歩するようにこちらへ歩み寄りながらマスクを外したのは、警護チームの人間では無かった。我々が拉致の対象として設定していた人物のひとり。
希少男子の母、
こうして近くで見ても獣人ではなく、
(この女に負けることだけは、鍛え上げた獣人として許されん……!!)
ゼロスリーは、自身の最も得意とするナイフに得物を持ち替えて、身を低く構えた。
◇
「す、すみません、芳乃様」
「良いのよー。私たちは怪我もしてないし。結局、誰も死んでないんでしょう?」
「はい、相手が用いていたのは麻酔銃でした」
「ふーん。でも救急車は必要よね? あ、そういえば電話が繋がらないのかしら?」
芳乃が困り顔でそう言うと、警護チームのリーダーである女性が首を振った。
「いえ、既にこちらへ救護班を含めた応援が向かっています。連絡が途絶した場合はと、あらかじめ
「あら、流石にメイドさんだけあって優秀ねー」
芳乃が昏倒させた者たちについては、蔵に逃げ込んで無事だった残りの警護員たちが手早く拘束している。そういえば一人だけ、こちらの初撃を躱した子がいたけれど……結局戦ってみれば大したことは無く、今は白目を剥いて気絶している。
彼女の手にしていたナイフは非常に切れ味が良さそうだったので、迷惑料代わりに頂いておいた。これから先、野菜の収穫にでも使えるだろう。
「あの、芳乃様は……普通の方、なのですか?」
おずおずと、リーダーの女性が言う。
「なぁにそれ、失礼ねぇ。たしかに農家だから、腕力には自信があるけれど」
「いえ、そういうことではなく……ガスマスクつけて普通に動けるようですし……」
通常、視界が極端に狭まるガスマスクを装着しての戦闘は、それなりの訓練を要するはずだった。しかし経歴上、芳乃はそうした戦闘訓練を受けていない。
「防虫剤撒いたり土壌消毒したり、農家でもああいうマスク結構使うわよ」
「では、あの麻酔銃は……」
「あんなの、お祭りの射的と変わらないわ」
昔から得意なのよねーと、なんて事のないように言う芳乃に、その場にいた全員が絶句する。
「……それよりこれって、誰かに弁償して貰えるのかしらね」
視線の先には、粉塵塗れになった母屋があった。庭に置かれていた車両についても、タイヤが切り裂かれパンクしている。
既に母である
家の中で「あああー、ばあちゃんのトロフィーが!?」「おばあちゃん、どうせひとつも天国には持っていけないよ」「恵理ちゃん、そんな殺生な!!」と緊張感なく騒いでいる。
「え、えーと、多分大丈夫だとは思います」
「多分じゃ困るのよねぇ、今日も収穫あるのに軽トラ潰されちゃったし。……あ、そうだわ。この辺りで電話できなくなってるなら、ご近所さんにも説明して来なきゃ」
「ちょっ、芳乃様!?」
昔から、勝手に行動する彼女を止めるのは至難の業だった。
芳乃は唯一無事だった自転車にヨイショと跨ると、さっさと行ってしまった。
◇
(折角来てくれたけど、あの程度の相手にやられそうになっちゃうなんて。これならやっぱり、ウチで育てた方が
農道を自転車で漕ぎ進みながら、周防芳乃は思った。
過去、我が家は安全だから気にしないで、と何度伝えても聞き入れなかった市の担当者の顔を思い浮かべる。分からせるために一度ぶん投げてやれば良かったかしら、と今更ながらに考える。
(今頃、圭人と楓ちゃんもアイツらの仲間に襲われているかもしれないわね)
そう察した芳乃は、遠く圭人の暮らす地へ思いを馳せる。
一応、男の子だった圭人には無理をさせず、大事に育ててはきたつもりだけれど、少しくらい護身術を仕込んだ方が良かったのかもしれない。
ただ、楓ちゃんがいるなら大丈夫だろう。
何せ、出会ったあの日、彼女自身が私に対して圭人を守ると誓ったのだ。
それ以来、彼女は芳乃のお気に入りだった。
(ウチに嫁入りする気なら、これくらいは乗り越えて貰わなきゃよねぇ……)
戦国時代、落ち武者と化して土地を荒らす武芸者を相手に、力のない農民が戦うために生まれ発展した、土着の武術。
それを今に伝える小さな道場主(※廃業寸前)と、昔ながらの農家を兼業する彼女は、まるでそれが当然のことのように考えて、ふと微笑んだ。
「ふふ。15歳で結婚できるようになるかもと言うし、今から二人の式が楽しみねー」
結局のところ、一連の事件の元凶のひとつであり、多くの人間が頭を悩ませている9月からの新しいルールは、
◇
消息不明の小見山楓によって予め手配されていた援護部隊を介して、結城大臣の元へそうした顛末が伝えられたのは、芳乃が家を出てからおよそ5分後のことだった。