男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
「くっくっ、なるほど。小見山楓は我々すらも信用していなかったというわけだ」
周防家で起きた一連の出来事。
「周防圭人を警護する役目を負いながら、あの女はそれを命じた我々政府組織の欠陥を疑っていたのだ。しかしそれが見事に働いたな。流石に周防芳乃の強さは
「いえ……今届いた報告によると、どうやら、二人は初対面時に手合わせをしているようです」
「……なに?」
「現在Bチームと共にいる娘によると、周防芳乃は息子を預けるに値するか、小見山楓の実力を試したそうです。当時、その件についての報告はありませんが……」
それは、芳乃のあまりの強さに疑問を抱いた面々が、娘の
「まだ、生殖ランクすら出る前だろう。その時点から周防芳乃の実力を隠蔽していたと? ……ではナニか、今回の周防家での一件も、情報漏洩とその後の敵の動きを想定した上、彼女を戦力として計算していた可能性があるということか?」
「そういうことになります。Bチームにも、通信途絶時の援護を待つための遅延行動を指示していたというより……むしろ彼女の邪魔にならないための行動を取らせていたのかと」
「まさか……全てヤツの掌の上か。もしそうなら、小見山楓は私が想定していた以上の傑物だということになるな……」
つまり、自分の部下たちに「蔵の中へ避難して援軍を待て」と伝えながら、それは「足手まといだから蔵の中に引っ込んでろ」という意味だったということになる。
「……その後、小見山楓の消息は?」
「不明です。爆撃されたマンションに遺体はありませんでした」
結城はもはや、そのことに何の驚きも感じなかった。
「周防家の一件をそこまで見通していた者が、ドローン爆撃の可能性を考えないと思うか?」
「普通ではありませんが……今は、思いません。……失礼します」
秘書が眼鏡型デバイスに手をやった。
相手といくつかやりとりした後、再度、視線を結城に向ける。
「やはり、総務省からの漏洩だったようです。金曜の夜に下請け会社の社員が作業中の住基データの入ったPCを盗難された、という報告が今になって上がってきたと」
「そんなところだろうな」
今となってはどうでも良いことだったが……しかし、それからほぼ二日でこれだけの規模の作戦を実行したのだから、事前に準備は終えていたと考えて良い。
情報が手に入ったから行動に移したのではなく、希少男子の価値が最大化したタイミングを突くために情報を奪ったのだ。その上で犠牲者もいない、見事な手際だった。
「消えた警護員は?」
「見つかっていません。しかし彼女のものと思われる血痕が、横転した車から陸橋の下へと続いていました。おそらく、飛び降りて逃走したのかと」
「では、周防圭人はやはり敵の手中か。Bチーム側で捕まえた連中は、全員獣人だったか」
「はい。全員が断尾済みの個体でした」
その言葉に、結城は唸る。
「ふぅむ。海外の実戦経験者たちだな。平和ボケした日本とはいえ、これほどの規模の作戦を展開し、人類の存続に関わる希少男子を白昼堂々と拉致する……その目的はなんだと思う?」
その質問に、秘書は考えるまでもなく応えた。
「それは、以前から大臣が危惧していたことかと」
「……そうであるなら、今回の件で世界は選択を迫られることになるな」
◇
「あら、起きたのね」
やがて、ぼんやりとしていた意識がハッキリしてくる。
「………ッ…
気を失う前にあったことを思い出して飛び起きようとするも、がしゃんっ、と腕を引っ張られて叶わない。
見ると白い服をきせられ、その両手首、両足首部分が、頑丈そうな紐で上下に固定され、腰にも太いベルトが巻かれていた。それが、自分を拘束するための服だと気付く。
周囲は白いシートで覆われていて、その真ん中に置かれたベッドに圭人は寝かされていた。
「ふふ、最初に呼ぶのが別の女の名前なんて、妬けるわね」
「……あなたは誰ですか」
ベッドの傍にある椅子に座っていたのは、初めて見る女性だった。ぴったりとした黒い服を着ている。ショートヘアの頭の上には、髪色と同じ赤色の獣耳があった。
「私のことはゼロツーと呼んでちょうだい」
「ゼロツー、さん……」
「あら、敵にさん付けなんて、随分良い子なのね……こんなもの持っているから、もっと擦れているかと思ってたわ」
そう言って彼女が持ち上げたのは、しかし圭人の持ち物では無かった。一度だけチラリと見たことがある、
「そ、それは…ッ…」
またベッドが、がしゃん、という音を立てる。
そういえば同じ車に乗っていた彼女はどうなったのか、と圭人は今更思い至っていた。
「まぁ、警護の人間に常に見張られる生活だものね。ストレスが溜まるのも分かるわ」
ゼロツーと名乗った女は焦った圭人の反応を見て、彼が警護の人間が付いてこない学校にソレを持ち込んでいると思ったらしかった。
「でも駄目。こんなもの吸ってるとバレたら生殖ランクが下がってしまうかもしれないしね……悪いけれど、没収よ」
喫煙は、精子濃度や精子の運動量を下げ、人工授精にも大きな影響を与える。生殖ランクで価値が決まる男性にとっては禁忌となる行為だった。
しかし、そこで圭人は、ゼロツーの予想とは別の反応を示した。
「せ、生殖ランク……?」
「……まさか貴方、自分の生殖ランクを知らないの?」
問い返された圭人には、その言葉の意味が分からなかった。もしかして自分がこうされているのは、男だからというだけじゃないのか、と初めて考える。
「呆れたわね……この国は一体何を考えているのかしら。そりゃ自覚なしにこんなもの吸うわけだわ……良い? 貴方はね、世界で唯一の生殖ランクA++保持者なの」
「……ランク、A++」
いまだにピンときていない圭人に、ゼロツーは立ち上がって説明する。
「貴方の精子、7月の最新のデータでは男児を妊娠する確率がおよそ1/20よ。通常、1/1000なのに、50倍の数字を叩き出してる」
圭人はいずれも知らぬことだったが……およそ1/50だった前回2月のデータは、実は下振れしたものだった。7月になって更新された最新データは、彼女の言う数字を示している。
ゼロツーは、うっとりとした表情で続ける。
「貴方は、男女比1:1000という馬鹿みたいな世界と、私たちの、文字通り救世主なのよ」
「えっ、ちょ…ッ、何する気ですか!?」
ゼロツーは、ベッドに寄りかかり、圭人にゆっくりと顔を近付ける。
圭人は逃げようとするが、全身を固定され身動きが取れない。
「自分が選ばれた者だという、自覚を持ちなさい」
二人の唇が、重なった。
◇
キャップを被りながらシートで囲われたエリアから出てきたゼロツーに、見張りをしていた部下が声をかけた。
『副隊長殿、もうよろしいのですか?』
『ええ、充分よ。……そうだ、これを貴女にあげるわ』
そう言って、ゼロツーは見張り番の女にある物を手渡した。
『こんな高級品、よろしいのですか?』
『ええ、どうせ私は吸わないわ』
それは未開封のタバコの箱だった。
働き手となる男性の減少により、各種嗜好品は100年前と比べて遥かに価値が上がっている。特に生殖機能に悪影響を与えるとされるタバコは生産数に制限をかけられており、それらの中でも群を抜いて高級な品となっていた。
かつては戦場におけるストレス軽減のため、褒賞として獣人兵士たちに一本ずつ支給されていたことはあったが、最近は見ることもなかった。
『でも、ほどほどにね。計画が上手く進めば、貴女も
『はっ。我々一同、その日を楽しみにしております』
敬礼する部下の言葉に、ゼロツーは愉しそうに笑った。
◇
別働隊からの報告を受けたゼロワンは、目の前の
この廃ビルには、それしか彼女の身体に合う物が無かった。
『
「部隊は全滅。誰も戻らなかったそうね……通信封鎖が解けて後方部隊が確認に行った時には、敵の増援が到着していたと」
対面の椅子に腰掛けたゼロツーが、報告書を読み上げながら長い脚を組む。
『なるほど、読まれていたか……ヤツの安否は?』
「不明よ。ただ、彼女が死んでいても、生きて捕まっていたとしても、こちらとしてはやることに変わりはないわ。残念ながら、今の我々に捕虜としての価値はないもの」
『……しかし、今後を考えると痛い損失だ』
「世界中の同胞を救うためよ。幸いなことに、
そう言って、ゼロツーは立ち上がった。
「それじゃ、次の計画を実行に移すわ。文面は、あのままで良いわね?」
『……ああ、頼んだ』
つまり、相手に足元を見られないため、仲間の安否確認や捕虜の返還は条件に入れないということだ。その最終確認に、ゼロワンは決意の表情で頷いた。
◇
その日、世界中の首脳たちとマスメディアにメールが送られた。
『人類の救世主、希少男子の安全を保障して欲しければ、以下の要求に応じよ。
一つ、強制的に戦場へ駆り出される獣人たちに拒否権を与えること。
二つ、働きに合わせて獣人たちに正当な貢献ポイントを与えること。
三つ、獣人たちの
四つ、獣人たちに生殖機能を取り戻すための治療を受けさせること。
これら全てを以て、獣人たちに普通種同様の人権を保障すること。
また、応じられた国の人間には、優先的に希少男子との交配権を与える。』
……そして、その末尾には「獣人解放同盟」という名が記されていた。