男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
2125年7月31日。
白いシートで囲われたあのエリアに、
「ごめんなさいね。あなたの体内に発信器が無いとは言い切れないから。電波を遮断するこのエリアから出て欲しくないの」
「そんなもの、ありません」
「そうかもしれないわ。でも、本人が知らない場合もあるのよ」
「………」
ベッドへの拘束が解かれていた代わりに、腕はクロスしたままベルトで肩口に固定され、両脚を開くこともできなくされており、まるで芋虫のような姿で車椅子に座らされていた。
同じ姿勢のままでいると接地点の細胞が壊死してしまい、要らぬ治療が必要になるからだったが、圭人にそれは分からなかった。
「獣人の皆さんの解放……それが、貴女たちの目的、なんですか……」
「そうよ。無理に信じろとは言わないけれど、それが事実。逆に、そんな理由でもなければこんな無茶しないわよ」
空のベッドに腰掛けるゼロツーの言葉には、たしかに大きな説得力があった。
しかし、圭人は知らなかった。
(
『オレたちが今こうして存在しているのは、兵器としての価値を認められたからだしな』
『獣人反対は銃の規制と同じようなモンだっていうヤツもいる。獣人による犯罪なんてほとんど無ぇから、正当化するための詭弁でしかねーけどよ』
『アレも、しっかり
かつての遼子の言葉が脳裏に浮かぶ。
それらは、この不条理な世界の仕組みを示した言葉だったのではないかと、今になって感じていた。獣人の寿命を握ることが、彼女たちを作り出した者にとっての安全装置なのだと。
(でも、なぜ僕はそんなことも知らなかったんだろう……?)
圭人は不審に思った。先ほど真実を裏付ける証拠として見せられた匿名掲示板のやり取りも、それが世間では別に秘密でもなんでもないことを示していた。
自分の繁殖ランクを知らなかったことも含めて、何か不思議な力で手の届かないところへ情報を取り上げられている気分だった。
「良ければ、あなたの意思で私たちに協力して欲しいの」
「……僕の意思で?」
「ええ、そうすればこんな風に拘束する必要も無くなるわ」
それは、今の圭人にとってあまりに魅力的な提案だった。彼は拉致されてからずっと、両手を固定されたまま生活させられており、食事や水分の摂取だけでなく、排泄の際にも彼女たちの手を借りている状態だったのだ。
言葉の通じない彼女の部下たちが、自分の下半身を見て何かこそこそと言い合っているのを聞かされる。若干15歳の圭人にとって、それはあまりに大きく心を抉る状況だった。
が、しかし……。
「お断りします。
それは毅然とした返答だった。
たとえどんなことをされようとも、
「そう、残念ね」
その様子を見てこれ以上の会話は無駄だと悟ったのか、さっさとベッドから立ち上がったゼロツーは、去り際に溜息をつきながら言う。
「……
既に出口へ向かっていたゼロツーは、その時の圭人の様子に気付かなかった。まさか一緒に二年以上暮らしている相手の基本的な素性を知らないなど、考えてもいなかったのだ。
それは、周防圭人にとって人生最大の衝撃だった。
◇
『どうだった?』
「ダメね。案外、小見山楓は彼を上手く手懐けていたみたい。彼女の無事を確認することが、検討の条件だそうよ」
廃ビルの一室。様々な機材が運び込まれて基地司令室のような様相になったそこに、ゼロワンとゼロツーはいた。
『それは今更どうしようもないな……精子提供は男にとって苦痛だと言うが、その行為を執り行っていた女に依存しているのか?』
「どうかしらね。普通は、苦痛から解放されたと思うものだろうけど、男心は分からないわ。何か秘密があるか、何年も一緒に住んでいて情が移ったか……もしくは、彼女がやり手の拷問官だったかね」
ゼロツーの悪趣味なジョークに対し、ゼロワンはふん、と珍しく鼻で笑う。
作戦の成功が見えてきて機嫌が良いわね、とゼロツーは感じ取った。
『他の国からも返事はあったか?』
「ええ。すぐに条件を受け入れるとした国が更に三つ。時間の猶予か、条件の限定を要望する国が五つね。いずれも同胞の数が少ない国だから、決断が早かったみたい。でも、着実に数を増やしているわ」
『同胞たちの反応はどうだ?』
「上々ね。各地でクーデターの機運が高まっているわ。こちらへ合流を希望する者も多い。これまで自分たちの命を人質にされていたのだから、当然よね」
『ゼロスリーが返り討ちに遭ったことは計算外だったが……今のところ、他に作戦の障害になりそうなものはないか……』
「最大の障壁であった小見山楓は真っ先に仕留めたもの……最後まで自爆ドローンのカメラで捉えていたから確実よ。貴女にも、あの時の彼女の顔を見せたかったわ」
左目を指しながらそう言って微笑うゼロツーは、しかし少しだけ困ったように眉根を寄せた。そのまま、遠くを見るような顔をする。
「そのせいで坊やの説得に支障が出てるけど……まぁ、許容される範囲の誤差ね。どうせ国外に出てしまえば、彼女の死は有耶無耶になるわ」
相棒の言葉に、ゼロワンは大きく頷く。
『よし、手筈通り今夜ここを発つぞ。これまで待機していて追跡、探知された気配も無い。海上に出てしまえばこちらの勝ちだ。……それまで決して警戒を怠るな』
◇
「よぉ、遅かったじゃねえか」
「……随分と手酷くやられましたね、先輩」
緊急時のために設定されていたセーフハウスのリビング。
下着姿であちこち包帯に巻かれソファに座る遼子。
その前に現れたのは、最後に見たままと変わらずメイド姿の小見山楓だった。
ただ、あの時と違って矢筒のような細長い円筒形のケースを肩に提げている。ちょうど、遼子がミニバンの中で使っていた自動小銃が収まりそうな大きさだ。
「そういうお前は無傷かよ。……おお、彼女は
遼子はそう言って、頭部の包帯を巻き直してくれていた女性を紹介する。
彼女の側には、このセーフハウスに準備されていた救急キットが広げられていた。
楓は、恭しく頭を下げる。
「はじめまして、美涼様。小見山楓と申します」
「は、はじめまして、
美涼はブラウンに染めたベリーショートヘアの似合う可愛らしい女性で、勢い良くぺこりと頭を下げる仕草からは性格の良さを感じさせた。
その姿を見た楓が、先に口を開く。
「……なんと言いますか、少し意外でしたね」
「なんだァ、オレの趣味に文句つけんのか? 着痩せしているが胸はお前よりデカいし、夜は良い声で鳴くんだぜ?」
遼子の言葉を聞いた美涼の顔が、一瞬で紅くなる。
「ちょっとっ、ヤメてよ!?」
「
遼子の右腕を派手にぶっ叩いた美涼は、もう知らないっ、と怒ってドタドタとリビングから出て行ってしまった。バタンッ、と強く閉められたドアの反響が室内に残る。
「……いえ、そういうことではなく……彼女をこちらに巻き込んだことがです」
確かに相性は良いのかもしれないですね……と思いながら、楓は本心を告げる。
「いでで……オレだってそこは考えたさ……だがアイツの場合、こういう時に伝えなかったら、かえって後で恨まれそうでな。お互い、覚悟を決めたってとこだ」
右腕を押さえて涙目になっていた遼子は、言葉の最後で楓を真っ直ぐに見つめた。
「お互いの覚悟、ですか」
「ああ……本当に惚れた相手なら、伝えられるうちに伝えとくべきだ。それはお前らもだぞ。特にお前は、上辺だけの夫婦ごっこで満足するようなタマじゃねえだろ? もうちょい、坊主を信じても良いんじゃねえか?」
「………そうですね」
楓の返答に満足したのか、遼子は無事だった左手で一枚のチップを投げた。
楓は、勢い良く放り出されたそれを、瞬きもせず受け止める。
「ほら、持ってけ。ソレが坊主の居場所だ。些細なもんだが、相手の特徴をまとめたデータも入れてある。どうせすぐに向かうんだろ?」
「はい。ありがとうございます」
それは、タバコのフィルターに仕掛けられた発信器からの位置情報だった。ミニバンの中ですれ違った際に、圭人のポケット深くに忍ばせていたものだった。
超小型のそれは、平常時には電波を発しておらず、火を点けて吸われて初めて作動するという意地の悪い特注品だった。
戦場に出た獣人は、軍からタバコを支給されニコチンに依存させられることが多い。肝臓の代謝が優れている獣人は簡単に依存しやすく、一度そうなってしまえば食事より何より、タバコ欲しさに苛烈な環境にも耐えるのだ。
しかし、娑婆に出てしまうとタバコの入手は一気に難しくなる。ただでさえ高級品な上、それを購入するために必要な貢献ポイントを、彼女たちは無駄にできないからだ。
寿命を取るか、タバコを取るか……。それは遥か昔から人類にとっての命題であったが、後者を取るには彼女たちの寿命はあまりに短かった。
だから、もし怪しいと思っても彼女たちはそれを捨てられない。身体検査の際に一度、電波探知機を潜り抜けてしまえば尚更だ。
そして、大切な商品である圭人の前で彼女たちは吸わないだろう。そうなれば必然的に電波遮断エリアから外へ出ることになる。賭けではあったが、遼子の狙いは見事にハマってくれた。
今は、人のいないはずのある地域から、その電波を発信している。
「では、先輩は一時間後に結城大臣へ連絡して、全て報告してください」
楓のその一言に、遼子は虚を突かれた。
「あ? 一時間後に……全て?」
「ええ。先輩の視点で見たままを、全て」
すぐにでも行動へ移すであろう楓のその指示……それは周防一家を庇護下においているはずの大臣やBチームとは合流せず、ここから先を単独行動する気だということに他ならない。
たしかにスクール時代、潜入訓練は楓の最も得意とするものだった。しかし、相手は高性能ドローンで監視網を敷いているはずだ。一人では潜入することすら容易でなく、更には圭人の救出もしなくてはいけない。なのに一体、どうやって?
……いや、そもそも楓が今このタイミングで現れたのは何故だ?
マンションを爆撃されてからこれまで、一体どこで何をしていた?
遼子を目の前に立つ後輩の顔を、まじまじと見つめる。
眼鏡の奥にある、琥珀色の瞳。
それは、彼女のよく知る人物のはずだった。
「………お前、何を隠して……いや、どこまで関わってる?」
「ああ、流石です先輩。でも……その
そう言って、専属メイドは優雅に笑った。