男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
東京港埋立第13号地、北部……その場所は、各施設の老朽化とウィルスによる人口減少の時期が重なり、今後の補修維持が困難だとされて一帯ごと放棄されていた。
以来およそ60年間、人の立ち入りは禁止されており、朽ちた建造物の間では、潮風に耐えながら草木が生い茂っている。
耐用年数を超えた橋梁もほとんどが失われているが、解体の目処が立たない
「……約束通りだね。よし、お前らゲートを上げなッ、夜行性の雑種共に気取られないよう、ヘッドライトは点けるんじゃないよッ」
そんな中、埋立地の対岸に潜んでいたトラックの中で一通のメールを受け取った女が、無線機を使って指示を飛ばした。その荷台には、暗視スコープを身に付け銃を携えた多数の人間が身を潜めている。
やがて、開け放たれたゲートを潜り、複数の車両がそろそろと橋を越えていった。
◇
数刻前。
東京都内にある倉庫のひとつに、一台のトラックが到着した。
運転してきたスーツ姿の女が荷台の鍵を開けると、そこに乗り込んで中を改めていた一人が、歓声を上げる。
「武器弾薬に暗視スコープまで、こりゃすごい…ッ、陸自で使われてる最新式の装備がたんまりだよ!! これなら獣人どもを千人は殺せる!!」
トラックの周囲へ集まっていたメンバーたちが、おおっと盛り上がる。武器弾薬や装備品の入れられた木箱が、次々と下ろされていく。
「調達屋さんや、これだけのモンを
「それは聞かない約束だろう」
盛り上がる一団を少し離れた位置から見守る二人。片方は組織のリーダーで、もう片方はトラックを運転してきたスーツ姿の女だった。
「い、いやすまないね。別に詮索しようって訳じゃないんだ。しかし何故このタイミングなんだと思ってね……雑種共についちゃ
調達屋と呼んだ女にギロリと睨まれた組織のリーダーは、冷や汗をかきながら言い訳をした。この女の不興を買えば、次の日には事故死に見せかけて殺されてしまうかもしれないからだ。
武器や車両、爆薬といった道具の調達を依頼する関係上、彼女と組織の付き合いは長いが……潜ってきた修羅場の数が違い過ぎて、いまだに緊張を解くことはできない。
「陸自の中にも、現状に対して歯痒い思いをしている者がいるということだ」
「……ああ、要するに敵の敵は味方ってことかい」
彼女たち反獣人戦線にとって、普段なら多数の獣人を雇い入れている陸自は目の敵でしか無かったが……獣人解放同盟の目論見が上手くいけば、やつらもまた貴重な働き手を失うことになる、というわけだ。
「しかし、これだけ渡されてもアタシらにゃどうしようもないよ」
そう
「これは?」
「獣人解放同盟の、おおよその居場所だ」
「……なんだって? って、こりゃ目と鼻の先じゃないか…!!」
「先日、ヤツらといくつか取り引きがあったんだが……しかし、獣人とは露と知らず……結果的にあんなことになったのが、私にとっては不本意でな。悪いが大体の居場所を調べさせて貰った」
ありそうな話だとリーダーは思った。特に海外の
「つまり、この大量の武器弾薬は……」
「同志である私からお前たちへの餞別であり、ヤツらへの意趣返しだ。できるだけ上手く使ってくれ。……詳細な座標についてはこれから更に調査してそちらに送る。危険だが……おそらく、今夜が最後のチャンスだろう」
調達屋からの申し出は、彼女たちにとって願ってもない話だった。
もしこれで例の希少男子を我々が救い出せば、世間の風潮を反獣人へと一気に変えられる。そうなれば、スポンサーからの支援も再び活発になるだろう。
そこまで考えたリーダーはニヤリと歪んだ笑みを浮かべて、トラックの周りに集る仲間たちへ向かって叫んだ。
「お前たちッ!! すぐに兵隊を集めなッ!!」
生まれた時から強く美しい、人間もどきのクズども。
この上、更に寿命や人権まで寄越せと
「……今夜は雑種共と戦争だよッ!!」
倉庫内から、うおおおッ、という一際大きな歓声が上がった。
◇
倉庫を出て、トラックと一緒にやってきた車の助手席に乗り込む。
私は、その車が走り出すと運転席でハンドルを握る女に向かって口を開いた。
「……これで良かったのか?」
「上出来でした。これまでの協力に感謝いたします」
緊張の滲む私とは対照的に、あくまで淡々と謝辞を告げる女。
その身には、クラシックなメイド服を纏っている。
「で、では……」
「ええ。依頼は無事達成ということで……特別に見逃して差し上げます。今後は、あまり私たちの周りを飛び回らないことですね」
それを聞いて、私は大きく溜息を吐いた。ここに至るまでの労苦を思い出す。
◇
4月に入り、調達屋として匿名の海外組織からコンタクトを受けていた私は、その依頼を受けるべきか否かの下調べをしていた。特に外国勢力からの依頼とあっては、より慎重さが求められたからだ。
私には思想や信条もなく、ただ金のためなら何でも運んだし、必要となれば殺しも躊躇わなかった。だが、外国勢力からの依頼を無闇に引き受けて国内に敵を増やすことになれば、後の仕事に支障を来たしてしまう。職業柄、そのバランス感覚だけは必要だと考えていた。
そして調べるうちに、相手が獣人の武装集団であると気付き、すぐに手を引こうと考えた。それこそ、お得意様である反獣人戦線と敵対しかねない相手だったからだ。
しかし、断りの連絡をする前に、この女に捕まってしまった。
3月末に起きた獣人関連施設へのテロ行為……反獣人戦線の犯行を調査する中で、彼女は私の存在に辿り着いたようだった。たしかに、その際に使われた爆薬を用意したのは自分だった。
知らずに虎の尾を踏んでしまったと気付いた時には、既に遅かった。目を覚ました時には昼夜も分からないようなどこかの地下室で、頑丈な椅子にきつく縛り付けられていた。
メイド服姿の女の傍には、どこにでもあるような工具箱が開いていた。
それを何に使うのかは聞くまでも無かった。
『はじめまして、●●様。
そう自己紹介された私は、絶望した。
標的候補のひとつとして、獣人たちを強化育成する
だからこそすぐに嘘は通じないと悟った。既にこちらの素性も全て暴かれており、彼女と二人きりの狭い地下室に逃げ道はひとつも残されていない。許されるならば白旗を上げて遠くへ逃げ出したいところだった。
私は必死に全てを話したが、彼女の興味を引くものを見出せなかった。こちらの知っていることのほとんどを、彼女は既に知っていたからだ。
もう駄目だと思ったその時、破れかぶれで海外組織の情報を差し出すと、途端に潮目が変わった。その時の小見山楓の目は、まるで新しい
以降は「依頼」とは名ばかりの脅迫を受けて働かせられた。
彼女の指示の下、獣人武装集団からの依頼を受け、様々なものを調達した。
そして7月半ばからは、例のデータの入手にかかった。
その際に用いられた
私にはそれが可能なのかは分からないが……今になって考えると彼女は、そのデータの行き先を、全て把握し監視しているように見えた。
更にあの夜、私は彼女に命じられ、PCの受け渡し場所から相手を追跡して獣人武装集団の拠点の大まかな場所も掴んでいた。たった今、反獣人戦線に伝えた内容がそれだ。
その後、獣人武装集団は自らを獣人解放同盟と名乗り、現在に至っている。
◇
「……肝に銘じる。あんたとはこれっきりだ」
「その方が良いでしょうね。もう貴女には何の利用価値もありませんし、次は警告なしで踏み潰してしまいますから……」
裏の世界では恐れられる私は、こちらをチラリとも見ずに言うメイド服の女に、心の底から慄いていた。数々の修羅場を越えてきたこれまでの経験から、その言葉に嘘偽りが無いと分かってしまう。
今、世界中を騒がせている事件の中心にいるのは、間違いなくこの小見山楓だった。
総務大臣が更迭されそうになっているのも、希少男子を守れなかった日本が世界中の非難を浴びているのも、この女のせいなのだ。
金曜日には手に入れていた獣人解放同盟の大体の居場所が、彼女を通じて警察組織などに伝えられた様子も無かった。
専属メイド、つまり政府側であるはずの彼女の目的は、一体なんなのか。反獣人戦線や獣人解放同盟だけでなく、雇い主であるはずの日本政府までも手玉に取っている。
それに何か大きな意味があるのか、それとも力を持て余してただ遊んでいるだけなのか、私には分からなかった。
駅の近くに車が停まり、そこで初めて彼女がこちらを見る。
「それでは、お疲れ様でした。ごきげんよう」
目の前の人間に些かの興味も持たない、ガラス玉のような瞳。
それを見てしまった私は、今夜すぐにでも日本から離れることを決意した。
この化け物から、少しでも遠くへ逃げなければ……。
◇
……
時刻は戻り、その夜。
日本からの撤退準備をしていた獣人解放同盟は、反獣人戦線からの一斉攻撃を受けた。
彼女たちは、