男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
ゼロツーは、この国に来てから初めて焦りの表情を浮かべていた。
(なぜ……なぜこうなったの……!?)
彼女たち獣人解放同盟が隠れていた拠点が、数分前に襲撃を受けたのだ。報告によると相手は日本の陸上自衛軍の装備をしているらしいが……監視カメラ越しに確認できる服装はバラバラで、動きにも統率が見られない。
部隊の練度で言えば下の下だったが、しかしその数が多かった。敷地近くに乗り付けられたトラックやトレーラーから大量の人員が乗り込んできて、周囲へ散開している。一方、こちらは隠密性優先で編成している上、先手を取られたことで更に隊員の数を減らしている。
獣人と
(接敵に気付けなかったのは何故……? 周辺の
ヘリなどによる捜索から逃れるよう敷地周辺や連絡橋に隠されていたセンサードローン群からは、侵入を知らせる通知は届いていない。もし先に気付けていれば別の拠点へ移動することも、残された自爆ドローンを用いて敵を車両ごと爆破することも可能だったというのに……。
(そもそも、この場所が露見したのはどうして……?)
事前に十分な物資を調達し、通信を封鎖してここに隠れ潜んでいた。尾行にも気を付けていたし、希少男子襲撃の後にもそれは無かった。
考えられるとすれば現地での物資調達を担った「調達屋」が何かを仕掛けたことだが、数ヶ月間の取り引きの際に不審な点は見られなかった。しかも彼女から受け取ったものは全て、細かにチェックされている。
なにか、きっと何かを見落としているのだ。
『余計なことを考えるな、ゼロツー。仮に答えが出たとしても現状は変えられん』
『……そうね、ごめんなさい』
仮の指揮司令室でモニターを見ながら指示を出していたゼロワンから諭すようにそう言われ、ゼロツーは冷静さを取り戻した。長い付き合いのせいで、彼女の思考の機微はゼロワンにすぐ悟られてしまう。誤報告の許されない緊急時のため、お互いに得意な言語で返答する。
ゼロワンは確かに部隊内の誰よりも強いのだが……こうしてどんな時でも冷静沈着でいられること、周囲の心情を読む力に長けていることこそが、彼女が隊長として部隊を率いている最大の理由だった。
『5分後に全フロアに設置した灯りを点ける。そのタイミングで俺が正面ホールに躍り出て、敵を引き付ける』
『ちょっとゼロワン……!?』
ゼロワンは言いながら、対弾性能の高い専用のヘルメットを被った。彼女の装備する戦闘用アシストスーツ同様に黒色で塗られたそれは、頭部に開けられた二つの穴から獣耳が出るようになっており、優れた聴力を阻害しない造りになっている。
『どうせヤツらは十全の夜間装備でこちらの動きが見えているのだ。既に視界の優位性が無いのであれば、一瞬であれ反撃のための目眩しにでも使った方が良かろう。……俺も、獣人としては夜目が利く方では無いしな』
暗視ゴーグルは、小さな光の反射を増幅して目に届けてくれる代わり、急激な光量の変化に弱いというデメリットもあった。ゴーグルが強い光を受ければ一瞬センサーは麻痺し、更にソレを外した普通種が明るさに慣れるまでにも時間がかかる。
たしかに上手く反撃に用いれば、離脱に必要な隙が生まれるはずだった。
『ゼロツーは希少男子を連れてその隙に離脱し、地下の護送部隊と共に予定していた南の埠頭へ向かえ。通信封鎖を解き、海上のタンカーから迎えを寄越させろ。お前たちだけならすぐヘリで拾えるはずだ。最悪、希少男子と交渉役のお前が残れば作戦は続けられる』
彼女の言う通り、遺伝子操作による脳機能の強化を施されているゼロツーひとりがいれば、多様な言語を必要とする多くの国々との交渉にも支障はないだろう。戦場で必要だった主要な言語のみを習得し、ある理由から日本語を学習しているだけのゼロワンでは、そうはいかない。
『でも……私のドローンでのサポートができなくなるわ』
『ここの防衛は無駄だ。今戦っている相手は、まるで装備だけ充実した民兵のようだが……いや、
『貴女はどうするの!?』
『ふん。なに、ただ死ぬ気は毛頭無い。敵を殲滅、潰走させた後に離脱してこのビルの屋上にあるヘリポートへ向かう』
ゼロワンは一瞬笑って、そう言った。同胞を救う大義のためだと、仲間を失っても余裕を保ち続けていたはずのゼロツーの動揺ぶりを笑ったのかもしれなかった。
『……ただし、お前たちの離脱時点で俺の姿が
アシストスーツを戦闘モードで起動させながら、彼女はそう厳命した。
『急げ、時間は無いぞ』
◇
反獣人戦線のリーダーは、正面ホールで指揮を執っていた。既に散開した兵隊たちの多くは建物の奥深くまで進行し、獣人解放同盟の
「調達屋からの情報通り、敵の数は大したことないみたいだね……お前たち、もっと押し込みなッ!! ただ希少男子だけは絶対に撃つんじゃあないよッ!!」
調達屋から送られてきた情報には、敵の拠点の正確な位置の他、これまで彼女が調達してきた物資の量から想定される人員の数まで記されていた。新月の暗闇の中ではあるが、暗視ゴーグルで夜間戦闘の不利も補っている。正面から戦って負けることは、まず考えられない。
「うらぁッ、死にやがれ獣どもッ!!」
「畜生、撃たれたッ!! 獣耳がそっちに逃げたぞッ、追い込めッ!!」
人間と獣人では身体能力に差がある。そのため、戦っている部下たちには全員、恐怖心と痛みを麻痺させるために興奮剤や合成麻薬を投与していた。これでいくらかの不利があっても戦意は損なわれず、多少の怪我では倒れることもない。
タタタタッ、という自分たちの陣営の自動小銃から放たれる音が、朽ちかけたビルのあちらこちらから響いている。
「くくっ、なんだ意外にあっけないじゃないか………んん? どうした?」
ふと、相手側の銃の発砲音が聞こえなくなっていることに気が付く。もしかすると背中を見せて撤退を始めたのか……と思ったその時、ぐぅーん、という音を立てて背後にあるエレベーターが動き出した。
「お前たち、エレベーターが動いてるよッ!! 注意しなッ!!」
反獣人戦線の面々は皆、年代物のそれが動くとは考えていなかった。指示を出したリーダーも、エレベーターから距離を取って物陰に隠れ、部下たちと共に銃を構えた。
しかし、エレベーターは開かれずそのまま……乗降口上部のランプはホールの一つ上の階を示していた。タタタ、という音が遠くから少しだけ響いて、消える。
そして次の瞬間、正面ホールの天井が衝撃音と同時に崩落し、視界が光に包まれた。
周囲でいくつもの悲鳴が響き、慌ててゴーグルを外す。どうやら相手はあちこちに設置していたライトを一斉に点けて、暗視ゴーグルの視界を奪ってみせたらしい。
「な、なんだいッ、ありゃあ…ッ…!?」
明るくなった正面ホールの中央には、2mを優に超えそうな黒い巨人が低く身構えた姿勢で立っていた。周囲には今の短時間で倒された部下たち……そして怪物のような巨大な手には、頭部を掴まれピクリとも動かない部下の姿もあった。
全身に黒いムカデのような装置を這わせているその巨人は、先ほどの天井の崩落に紛れてここへ落下して来たらしい。
「くそっ、仲間が殺られたぞッ!! う、撃てッ、撃てッ!!」
「うわあああッ!!」
部下の一人が叫んで、全員で銃撃を始めるが……装置の下に着ているスーツは防弾仕様なのか、巨人はこちらの銃弾を全て弾いていた。
(まさか、コイツひとりで直上の階を制圧して天井を破壊したのか……!?)
悲鳴を上げながら味方が殴り飛ばされる姿に我に返ったリーダーは、すぐに指示を飛ばした。無線からは各フロアで敵の一斉反撃を受けているとの報告が届いていたが、それを気にする余裕は彼女には残されていなかった。
「て、手の空いてるヤツは全員、正面ホールに集合ッ!! ありったけのタマをあのバケモンにぶち込みなッ!!」
◇
ゼロワンの作戦は上手くいった。
敵の最も多い正面ホールで注目を集めてくれたお陰で他が手薄になり、突破口が開かれた。これほど簡単な陽動に引っ掛かってくれる。皮肉なことに、それもまた相手の戦闘練度が低いことの証明だった。
『……まるで、
『はは、たしかにそうですな!!』
輸送中に騒がないよう予め薬で眠らせていた
その高機能ベッドは防弾耐熱仕様で内部を完全に保護し、更にリアルタイムでバイタルを測定し彼の状態を監視している。彼は、今この場所では最も安全だった。それでも、人類の存続を賭けた存在なのだとすれば十分だとは言えない。
それを荷台に乗せて押す二人の隊員たちに先行して廊下を進む。
「うッ!?」
「あぎゃッ!!」
曲がり角やドアの向こう、遮蔽物の陰など、敵が潜んでいるのを熱源探知可能なドローンで感知して苦もなく撃ち殺し、地下駐車場へ出る。そこには移動手段守る隊員たちが残されていた。
『副隊長殿!!』
『ここに残っているのは?』
『ドローンの整備員含め九名です』
『残ったドローンを起動させ、三台編成で出るわ。最も夜目の利く隊員を先頭車両に。
『はッ』
隊員のひとりが合図をすると、三台の黒いバンが動き出す。隊員たちは棺型ベッドを二台目のバンに積み込み、ゼロツーはその助手席へ乗り込んだ。
彼女が目を瞑ると、地下駐車場のどこからともなく三基のドローンが現れる。流れるような動きで最初の一基と合流してバンの周囲に滞空する。
ゼロツーは目を閉じたまま、出発の指示を出す。
『出しなさい。南進しながら海上の
『
その瞬間、激しい爆発音が遠くから何度も聞こえてきた。それが敵の放った手榴弾や無反動砲の炸裂音だと気付いたゼロツーは、唇を噛み締めた。本来、戦場ではそうした脅威を先に発見し、敵の強力な攻撃からゼロワンを守るのが、彼女の役目だった。
(エヴァ、貴女も絶対に生き残らなければ駄目よ……!!)
誤字報告感謝!!
本当に助かります!!