男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
「え、僕行きたくないよ、特区なんて。そんなに頭良くないし」
「私も息子を手放したくないけど、流石にそういうわけにもいかないらしいのよね」
僕の返答に、母さんは困ったような顔を見せる。
母はあまり悩んだりするタイプの人じゃないから、結構本気で困っているようだった。
どうやら以前から、男子を育てるには不用心過ぎる環境だとして、行政には色々と言われていたらしい。
そんなこと、まるで初耳だった。
「圭人の将来にとって悪い話ではないでしょ」
「そりゃそうだけどさ…」
国家直轄特別区域。
通称「特区」はその名の通り、日本国の直轄下にあり、世界でも最先端の研究を行う最高学府や研究・医療施設、それに連なる附属校や、有名企業の施設がいくつも存在している。
主にエリート層や富裕層が集まる場所で、田舎の一般家庭に生まれ、平均より少し高い程度の学力しかない僕なんかが住んで良い場所とは思えなかった。
「えー、おにぃ、どっか行っちゃうの?」
「ケイトちゃん居なくなると、ばあちゃんも寂しいねぇ。芳乃、どうにかならないのかい」
「
不安そうな声を上げる妹と祖母。僕は安心させるように声をかける。
「でもアンタが特区に行けばうちは税金免除、ばあちゃんは無料で高級老人ホームに入れてゲートボールし放題、恵理も好きな男装アーティストのプレミアチケット取り放題で、三代先まで一生お金に困る心配も無いって…」
そこまで聞いて、妹と祖母はキラキラした目でこちらを見てくる。
先程までの不安げな色は、もう無かった。
「おにぃ、頑張ってきてね」
「ケイトちゃん、ばあちゃんは老人ホームで土産を待っとるよ」
「みんなが欲望に正直過ぎて心配だよ、僕は」
そんなくだらないやりとりをしながらも、僕はこのままの生活が続かないことを、内心では察していた。僕はまだ12歳の子供だったけど、色々と感じることはあったのだ。
この田舎では、普通に生活していると他の男子に会うことがまず無かった。
小中学校と、学校には僕しか男子がいなかったし、大きなイベント等で一緒にされることがあれば、お互いに軽く挨拶するくらいだ。それだって、同い年の子は一人もいない。
自治体の各種イベントや式典では、男子専用に設けられた特別席に座らされて見世物にされてきた。周囲の女性たちは、子供の僕らをジロジロと眺めて値踏みをしてくる。
「いつ見ても圭人くん可愛いわー」
「あの子が精通したら、うちの子に精子を提供して欲しいわね」
「私は自分であの子の娘を産みたいわ」
「あら、産まれてくるのは男の子かもしれないじゃない」
「ないわよー、あはは」
などと話しているのだって聞こえていた。
そんな時は隣の男の子と目を合わせて、イベントが終わるまで気まずそうにしているしかない。イベントの責任者も女の人だから、なんとなくそれを言うこともできなかった。
小さい頃はそこまで露骨なことは無かったけれど、学年が大きくなっていくにつれ、女性たちの中で生活する違和感が付き纏うようになっていった。
純粋に友達だと思っていた女子の態度も、少しずつ変わってきているのを感じていた。
これが中学生になったらどうなってしまうのかという不安は、たしかにあった。
母さんも、そうした雰囲気には薄々気付いていたと思う。そろそろ限界だと、そう思っていたのかもしれない。
第一、お金目当てで話を受けるなら、もっと前にそうしていただろう。そういうことに関して、僕は母を信頼していた。
「それでも僕は、みんなと離れたくないよ」
それが僕の、嘘偽りない本心だった。
◇
3月。
お昼近くまで2階の自室で眠りこけていた僕は、階下の喧騒に気付いて目を覚ました。
家族の間で「朝弱過ぎ、起こすの面倒くさい!」と言われる僕も、流石にこの時間にはしっかり覚醒できる。
起きて最初に目に入る自室の壁には、すでに特区にある有名附属学校の制服がかかっていて、僕の気持ちをどんよりとさせた。
どうやら僕は4月から、世話係をしてくれる知らない女性と、最低6年間、大学まで進むなら10年間も一緒に暮らすことになるらしい。
それが決まるまでに試みた諸々の抵抗は、しかし正論の前には無力だった。
そもそも僕だって、母さんを困らせたいわけじゃなかった。
はぁー、と大きなため息を吐いて、ふと胃の辺りを押さえる。
「お腹空いたな…」
どうせ我が家にやってくるのは、近所のおばさま方だろう。
もしかするといつもみたいに若い子たちが連れ立って来ているかもしれないが、いずれも気心は知れた仲だ。今更、気を遣うこともない。どうせもうすぐお昼だし、やがて帰るだろう。
そんな考えだった僕は、ラフなジャージ姿のまま階段を降りた。
リビングから恵理がはしゃいでいる声が聞こえて、珍しいなと思う。最近、誰かが家に来ると大人しいことが多いのに。
「母さん、お腹が空いて……って…ッ」
「あ、おにぃ!!」
リビングで母たちと談笑していたのは、見知った人物ではなかった。
その女性を見た時、僕は固まってしまった。
女性は、すぐこちらに向かって立ち上がる。
その身長は、僕よりずっと高い。
「はじめまして、圭人様でいらっしゃいますね?」
肩口で揃えた艶やかな黒髪。掛けた眼鏡の奥には釣り上がった琥珀色の瞳。
お辞儀をした際の動きは滑らかで、その所作は今まで会った誰よりも美しかった。
「本日はご挨拶に伺わせていただきました。専属メイドとなる
彼女はメイド服を着ていた。
声の出ない僕の様子をどう受け取ったのか、女性……楓さんは少し不安そうな顔になる。
「新年度より私と二人、特区に準備した住まいで生活していただくことになりますが……問題ありませんか? 私でご不満であれば、別の者へ変更することも可能ですが」
この人と、長ければ10年間以上?
そんな……そんな素敵な話、あって良いんだろうか?
「あ、はい、いえ……あの、楓さんが良いです」
どうにか僕がそう声を絞り出すと、楓さんは嬉しそうに微笑んだ。
周囲でやりとりを伺っていた家族も、小さくガッツポーズしている。
どうやら彼女は、僕が眠りこけている間に大分馴染んでいるようだった。
「それでは、よろしくお願いいたします……圭人様」
「は、はい、こちらこそ…!」
「おにぃが欲望に正直過ぎて心配だよ、あたし」