男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
拠点を脱出したゼロツーたちの車列は、新月の闇夜に潜むよう、ゆっくり静かに道路を南下していた。車のモーター音とタイヤが路面を擦る音だけが車内に響く中、彼女の操る四基のドローンがプロペラ音を鳴らしながら車列に随伴し、周囲を索敵している。
『まだ応答は無いの?』
『はい……敵の通信妨害は無いと思うのですが……』
ドローンの操作に集中するため目を閉じたまま質問するゼロツーに、無線で問いかけられた先頭車両の隊員は、困惑したような返事を返した。
先ほどから海上のタンカーへの連絡を何度か試みているが……予め決められていた周波数への返答は見られなかった。どれだけ早く離脱ポイントに到着しても、そこに迎えのヘリが来なければ意味が無いため、ここまでは敵に発見されないことを最優先して移動していたが……。
『仕方ないわ。ヘッドライトを点けて速度を上げ、一気にポイントへ向かいましょう。相手側の機器に問題があるのかもしれない。それでも
『了解です、副隊長殿』
当然、事前に経路の確認はされているのだが……いくら戦闘用に生産され、暗がりに強い特性を持つ獣人が多いとはいえ、ささやかな月の光さえ無い中では幾分の不自由さを覚えないわけにはいかなかった。ヘッドライトによる視界を手に入れ、車列はみるみるうちに速度を上げていく。
それまで後方のドローンで追跡者の有無を確認していたゼロツーは、先頭車両の前方を飛行する別のドローンへと
『……しかし最悪の道ね、コレは』
半世紀以上も放置された路面の状況は彼女の言葉通り最悪で、あちこちのアスファルトが砕け、そこから背の高い草木が生えている。走行速度が上がったことで、車の振動が酷くなる。
『希少男子の様子は?』
『はッ、問題ありません、副隊長殿』
後部座席の隊員が、棺型ベッドの蓋についた覗き窓をスライドさせて、防弾ガラス越しに中の様子を確認する。もうひとりも、側面のモニターに表示されるバイタルを定期的にチェックしている。どうやら彼の睡眠状態は安定しているようだ。
(このまま何事も無くいけば、まだゼロワン救出の可能性はあるはず……)
そう考えていたゼロツーだったが……しかし。
ドンドン、という大口径ライフルの低い射撃音が聞こえるのとほぼ同時に、先頭車両の前輪が両方とも破壊された。スピードを上げていた車両が前脚を失い、そのままアスファルトの割れ目に躓くようにバランスを崩し前方へ浮き上がる様子を、ゼロツーは暗視カメラを搭載するドローンを通して確認していた。
目を瞑ったまま、大声で運転席へ向かって叫ぶ。
『右へ避けてッ!!』
『……ぐ…ッ!!』
彼女の乗る二台目のバンを運転していたベテラン隊員は、ハンドルを右へ大きく切って屋根から路上へ落下した先頭車両を上手く避けてみせた。車内の全員と、周防圭人を納めた棺型のベッドが、急激な横Gに揺れる。一瞬アクセルを緩めた隊員は、何度もハンドルを回してどうにか体勢を立て直す。
そうして膨らんだ軌道をどうにか元へ戻した瞬間、再度銃声が轟いた。ひっくり返った先頭車両を避けようと車列から外れた三台目の車が狙われた。同じように前輪を破壊され、回避運動中、挙動の不安定な状態で前輪を失った後方車は、勢い良く横転して右側の分離帯を超えていく。
『停まっちゃ駄目よッ!!』
『はッ、了解です…ッ…!!』
あっという間に自分たちの警護に当たる前後の車両を失ったゼロツーは、攻撃された射線から相手の位置を予測し、複数のドローンを切り替えてカメラを確認する。しかし暗視モード、熱源探知モードのどちらを使っても何も見つけられない。
『……副隊長殿ッ、前方に何かがいます!!』
ハンドルを握る隊員の声にゼロツーは目を開ける。ドローンからの視点の急な切り替えで視界が霞み、上手く焦点が合わないまま叫ぶ。
『そのまま進みなさい!!』
視界を取り戻した彼女は、車のヘッドライトに照らされたソレを見た。
二本の足で道路の真ん中に立ち、長大な対物ライフルを構える
◇
いつも通りメイド服と眼鏡という姿の
獣人特有の強靭な膂力と反応速度が、その精密射撃を可能にした。常人であれば耐えられない射撃の反動を無理矢理抑え込む。撃った瞬間、多量の硝煙が周囲へ撒き散らされ、その衝撃で近くの草木が揺れる。
大きさの割に軽量で、それでも小口径の銃弾であれば弾き返すほどの防弾性能を持っていた高性能ドローンは、空中で大きな風穴を開けられてバランスを失う。
辛うじて生き残った基部のジャイロセンサーと演算装置が、失った推力を計算して姿勢を立て直そうと働くが……あまりに大きな衝撃を相殺できずに派手に回転しながら落下してしまった。
ふたつとも見た目はほとんど同じだったが、片方は爆薬を積んだ自爆ドローンだったのか、落下と同時に爆発を起こした。パラパラと周辺に破片が飛び散っていく。
楓は、地上でバタバタともがき続けるもう一基のドローンに再び12.7x99mm弾を撃ち込み完全に沈黙させると、無用の長物となった対物ライフルを路上に投げ捨て、バンが去って行った方向から反対へと視線を戻した。
歩きながら右手でスカートの裾をたくし上げると、内側から現れた黒く長い尻尾でそれを支えた。黒いストッキングに覆われた太もものレッグホルスターを開けて、
そのまま、先に横転していた二台の車に歩いて近付いていく。
『このクソッタレ…ぐッ…ぁッ!?』
どうにか車両から這い出した隊員たち数名が、楓に向かってライフルを向けようとしたが、一瞬でその全員の腕に9mm弾を撃ち込まれてしまう。短く叫び、蹲る隊員たち。
『僭越ながら……長生きをしたければ、無駄な抵抗は止めておいた方が良いでしょうね。やがて、陸自の部隊も押し寄せるでしょうし』
英語でそう伝え、残りの隊員たちが戦意喪失してライフルを放り投げたのを確認すると、楓は銃をホルスターに戻し、尻尾から力を抜いてスカートの裾を下ろした。
『く…ッ、長生きだと…ッ!? 我々にそんな未来は……ッ!!』
『……期待するのも、たまにはよろしいかと存じます。では、ごきげんよう』
苦しそうに言う隊員に短く返答すると、草木を被せて隠していた大型オフロードバイクに跨り、ハンドルに掛けてあった円筒状のケースを素早く背負ってスロットルを回した。水冷直列2気筒のレシプロエンジンを唸らせ、前輪を軽く持ち上げながら急発進する。
圧倒的な実力差を思い知った隊員たちは、悪路をものともせずあっという間に去って行くメイド服の女の姿を、ただただ見送るしかなかったのだった……。
◇
(ありえない、ありえない、ありえないッ……バイポットすら使わない大口径対物ライフルでの連続射撃で車両二つを瞬く間に潰した挙句、高速飛行するドローンを二基も撃ち落とされた!! そもそも小見山楓は月曜の朝、特区で死んだはず!! なのにどうして生きているのよ!? それにドローンに映らなかったのは何故!? やはり新手のステルス技術!? それとも周防圭人を取り返すために化けて出たの!?)
処理しきれない情報量の多さに混乱するゼロツーは、再び目を閉じて撃ち落とされたドローンのカメラに一瞬だけ映った彼女の姿を確認し、無理矢理呼吸を落ち着ける。脳裏に、冷静沈着なゼロワンの姿を思い浮かべる。
きっと彼女なら、こう言うだろう。
(落ち着けゼロツー……カメラに映っているならソレは
残されたドローンを車両の前後に一基ずつ展開し、老朽化した海底トンネルを進む。そこは、風雨に晒されていた地上と比べれば大分走りやすい路面状況だった。
『……副隊長殿、後方から
先ほどのアレが無ければ、僅かながら拠点から撤退してきた味方の可能性も残されていたが……既にそんなものを期待できる状況では無かった。
そもそも、敵地からの脱出行動中に静粛性の低いガソリンエンジン車を使う馬鹿はいないだろう。実際、数ヶ月をかけて現地調達した車両のほとんどは、電動モーターで駆動するものだった。
『もうこちらはトンネルを抜けるわ!! そのまま埠頭まで駆け抜けなさい!! 信号弾を打ち上げた後、希少男子を囮に待ち伏せてヤツを仕留めるわ!!』
そこで次こそ殺してやる。
そう決意したゼロツーの右眼の奥には、もう迷いは見られなかった。
◇
ゼロツーたちの乗ったバンが勢いよく海底トンネルを抜け出たしばらく後。
楓の乗った大型のオフロードバイクがゆっくりとした速度で海底トンネルの出口から姿を現す。彼女は少し進んだところで横向きにバイクを停め、トンネルを振り返ると眼鏡型デバイスを用いて起爆信号を送信した。
調達屋から受け取っていた大量の爆薬の一部……それによって引き起こされた大爆発で、耐用年数をとっくに超えていた内壁は完全に破壊され、天井が崩壊して大量の海水が一気に流れ込む。
海底トンネルが、更に暗い水中へと消えていく……。
その様子をバイクに跨ったまましばらく眺めていた楓は、正面を向いて再びバイクのスロットルを回す。しかし、けして急ぐ様子は無い。遠くに上がる信号弾の明かりを見るその口元には、美しく妖艶な笑みが浮かんでいる。
(これで邪魔者は来ない。もうすぐ会えますからね、圭人様……)
機嫌良くハミングしながら、彼女はゆっくりと進んで行く。
……それは、かつて圭人と一緒に観た、古い名作映画のテーマ曲だった。
こうして獣人解放同盟の拠点があった東京港埋立第13号地から、かつて「令和島」と呼ばれていた人工島への直接の往来は完全に不可能となり……
◇
同時刻、都内にある高級ホテルの一室。
結城すら知らないセーフハウスへ逃げ延びて、怪我の治療のため今まで隠れ潜んでいたという彼女から「小見山楓が、単身で敵の本拠地に乗り込んだ」との報告を聞き、勢いよく立ち上がる。
それは結城が予想していたいくつかのパターンのうちのひとつであり、即時対応できるようホテルの屋上には陸自のヘリも待機させていた。
「
「……えっ? わたし?」
テーブルを挟んで対面に座り、秘書の用意した数量限定の高級スイーツにご機嫌で舌鼓を打っていた最強の兼業農家(アラフォー、二児の母)は、その手を止めて首を傾げた。