男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
「報告、お疲れ様」
「ん、ああ、サンキューな」
美涼はそのまま隣に腰掛け、遼子の太ももの上にあった尻尾を握った。両手でそのフサフサの感触を確かめながら会話するのが、美涼のお気に入りだった。
「……なにか、気になることでもあるの?」
「無いと言やァ、噓になる」
「ふーん」
彼女と付き合い始めて既に三年。遼子は隠し事や誤魔化しといった騙しのテクニックには自信がある方だったが、美涼にはそれは通用しなかった。当然、仕事柄言えないことも多いし、その時は適当な言い訳をするのだが、彼女はそれを追求せず騙されてくれているだけだと、大分前から気付いていた。
普通なら浮気なんかを疑っても仕方ないだろうに……それが彼女からの信頼なのか、信じると決めた彼女自信の矜持なのかは分からなかったが、そのことに遼子は救われていた。だからこそ今回、こういった状況になって初めて全てを明かしたのだ。そのことについては後悔は無い。
「そういえば結城大臣、一般人の私のこと、何か言ってた?」
「ああ……特に問題無いってことだった」
「へぇ、割とすんなりね」
たった今、彼女のことを大臣に伝えたところ「
「それだけオレが信頼されてるってこった」
「あー、はいはい」
やはり嘘が一瞬で看破されてしまい、拗ねた遼子はよく冷えた瓶から直接ビールを飲む……が、すぐにその顔が歪む。瓶を口から離し、ラベルを確認する。よほどボーっとしていたのか、飲むまで気付かなかった。
「……ノンアルコールかよ」
「怪我人なんだから、当然。報告も済んだんだし、それ飲んだら病院行くからね?」
都内の病院に勤める美涼が、毅然と言う。背が低く可愛らしい印象の彼女だが、その口調には有無を言わせないものがある。実際、楓が状況をコントロールしている今、改めて襲撃される可能性はゼロに近く、早目に医師からの治療を受けるべきだろう。
『まったく、楓様々だな……』
状況判断能力、作戦立案及び遂行能力、格闘射撃諸々の戦闘技術、落下傘降下、航空機操縦やハッキングなどの特殊技術……
「考えごとしてないで、さっさと飲む」
「……へーい」
「こら、返事はちゃんとね」
◇
小さな人工島の南端にある放棄されたコンテナ群の中にバンを乗り入れたゼロツーたち四人は、すぐに降りてソレを囮として使うための作業を始めた。
『今のうちに状況と作戦を説明するわ』
ゼロツーは、無線を使って作業する全員へ話しかける。
『敵の名前は小見山楓。希少男子の専属メイドで、日本のスクール出身者。夜間戦闘能力とパワーを兼ね備えているから、配合は肉食系の獣人ね』
『ヤツが使用していたのは50口径の対物ライフル。あの様子だと有効射程は3,000mを超える可能性が高い。常時ではないけれど、何かしらのステルス技術でドローンから身を隠す術も持っているわ。今は気取られないよう上空から監視できている。トンネルから出てきたヤツはそこで停車して……って、え?』
遠くから遠雷のような音と地響きが伝わってくる。
『……これは爆薬による爆発の振動ですな。敵に退路を断たれましたか』
『ええ、そうね……そして後方の仲間たちが合流する術も失われた』
周防圭人の見張り役を務めていた隊員は、その経験から何かを悟ったようだった。目を閉じたままのゼロツーは、忌々しげにドローン映像を確認した。トンネルから噴き出た粉塵を浴びながら、小見山楓は平然としている。何かを確認しているのか、まだそこから動かない。
『話を戻しましょう。相手の任意で働く仕掛けがあるのかもしれません。となると攻撃は目視で、ということですね』
あくまで冷静な隊員の言葉にゼロツーは頷く。
『あの精度の対物ライフルでヘリを撃たれたりしたら、たまったもんじゃ無いわ。よって、囮の設置後、信号弾を上げてヤツを誘き寄せる。それに気付いた海上警察や軍も動くでしょうから、スピードとの勝負よ』
『私も一緒に囮になればどうでしょうか。誰もいないのは不自然でしょう?』
そう言ったのはバンを運転していたベテラン隊員だった。おそらく、幾たびか寿命の延長を行なっている自分は十分に長生きしたとでも言いたいのだろう。しかし、それだって
『……その献身には感謝するわ。でも、必要ない。遮蔽物のある場所に誘い込み、ヤツを視認して位置を確認できさえすれば、自爆ドローンで終わらせられる。あとは救出に来たヘリに乗って貨物船へ素早く撤退。可能であれば拠点の屋上からゼロワンを拾い上げるわ』
通信の不備や小見山楓の襲撃により、拠点脱出からかなりの時間が経過している。本当であれば、ゼロワンの救出を諦めるべきなのかもしれないし、そう進言されてもおかしくない。しかし、ゼロツーの言葉を聞いた隊員の一人は、ニヤリと笑みを浮かべた。
『それは良いですな。私も戦場では
それを聞いていたみんなが笑った。全員、同じような経験をしていたからだ。ゼロツーは、ひとりで感じていたゼロワン救出のプレッシャーが少し軽くなった気がした。
◇
ゼロツーたちは無線で会話しながら、乗ってきたバンを爆発させる準備をしていた。モーター駆動車のためガソリンは積んでいないが、周防圭人の入れられていた高機能ベッドには医療用の高圧酸素ボンベが積まれている。それを使えば簡単に爆発、引火させられるだろう。
そこに小見山楓が近付いてくれれば、こちらから視認し易くなる上、相手の対ドローンステルス性能を弱められる可能性もある。少なくともヤツが放射された熱を浴びれば、熱源探知はできるはずだった。
コンテナの中から適当な可燃物を見つけて積み込み、背部ドアから降ろした棺型ベッドの側面にある頑丈なパネルを開いて、手早く二つの細長いボンベを取り外し、栓を薄く開けて車内へ放置する。
一瞬、周防圭人だけを避難させてベッドも一緒に燃やすことも考えるが、跳弾や流れ弾に被弾する可能性もあるし、まだ彼の体内に発信器が仕込まれている可能性も残されていた。電波遮断可能なこの箱から安易に出すわけにはいかない。
もしそれをするとすれば、医療設備が整っている擬装
隊員みんなで、棺型のベッドをストレッチャーから降ろして近くにあった空きコンテナの中へ避難させる。
「ごめんなさいね、坊や」
こうして薬で眠らせていること、彼が無事を確認することに執着していた専属メイドを今から殺すこと、そしてこれからの人生を籠の鳥として生きること……。その全てに対してゼロツーは心から謝罪して、コンテナの扉を閉じた。
『副隊長殿、まだ時間はありそうですか?』
『そうね、ヤツはまだ動いていない』
『では、皆で一服させて頂いても? 少し落ち着いた方が良いと思いまして』
そう言って、隊員はタバコの箱を取り出し蓋を開けた。それはゼロツーが周防圭人の見張り役だった彼女に渡したものだった。中に残された本数は、ちょうど四本だった。
『残りは皆に配ってしまいましてな』
『貴女にあげたものだし、それは良いのだけれど……』
この状況で身体に匂いが付くことはあまり好ましく無いが、ここは潮の匂いがキツイ。それに小見山楓は対物ライフルの連射で硝煙にも塗れている。いくら嗅覚の優れた獣人だったとしても、しばらく鼻は利くまい。
ゼロワンのためにも急ぎたかったが、敵が動かない以上はどうしようもない。彼女は、そうしたゼロツーの焦りも悟っているのかもしれなかった。
『……良いわ、許可します。私にも一本ちょうだい』
ゼロツーは、右眼と左眼で別々のものを見ながら手を伸ばす。それを見て、タバコを差し出した隊員は笑った。
『はは、どうぞどうぞ。我慢は身体に良くありませんからな』
◇
四人で固まってタバコを吸っていると、左眼で見ていたドローンからの映像の中でバイクが動き出したのが分かった。まるで、こちらを待っていたかのようなタイミングだった。
『……ヤツが動いた。始めるわよ』
そう言ってゼロツーは上空へ向けて二発の信号弾を撃つ。それは部隊内で決めていた「ヘリ救助求む、敵の追撃あり」の合図だった。同時に、他の三人も散開し配置へ向かう。
吸い殻は、一人が携帯灰皿に集めていた。ただし環境のためでなく、それで味方の位置や数を把握されないようにである。これは軍隊時代からの癖だった。獣人が多くいる戦場では、唾液から得られる遺伝子情報で、味方の編成を悟られる危険すらある。
(これで、こちらの状況には気付いてくれたはず……)
既に東京湾内を進む擬装貨物船の姿はドローンの視界に入っていた。当初の予定であれば今から一時間後を目安に回頭、着岸して部隊の全員を拾うはずだったのだが、それはもう叶わない。船内の倉庫に隠されていたヘリを離陸させるまでにも、今しばらくの時間が必要だろう。
『私は上空から全員の動きをフォローする。ドローンからヤツの姿が見えなくなる可能性もあるから、各自報告は怠らないで』
『了解です、副隊長殿』
やがて、潮風の向こうから、エンジン音が微かに聞こえてくる。上空のドローンでその動きを追っていたゼロツーは、コンテナ群の北西の角近くで停車したバイクから小見山楓が降りるのを見た。映像を拡大して確認すると、そこに例の対物ライフルの姿は無かった。
その代わり、背中に背負っていた円筒形のケースを腰に提げ直している。もしアレが対空ロケットの類であるなら、やはり依然として脅威のままだ。
『敵は北西から歩いてコンテナ群に近付いている。今よ、着火して』
見張り役だった例の隊員が、火を灯したままのライターをバンの方へ投げ、コンテナの陰へ身を隠した。緩い放物線を描いたそれは、トンネルの中で割られていた背部ドアの窓から中へ侵入し、車内に溜まっていた酸素に引火させた。
ばんっ、ばんっ、という二回の破裂音と共にバンが爆発し、炎上する。
その瞬間、地面が微かに揺れた。
『敵は走り出したわ、バンの方へ向かっている』
『了解です、接敵に備えます』
(決着はもうすぐよ、小見山楓……!!)
ゼロツーはドローンに意識を集中したまま、ライフルを握った両手に力を込めた。