男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
東京港埋立第13号地にある獣人解放同盟の拠点。
襲撃してきた大量の敵のほとんど全てを狩り尽くしてきたゼロワンは、生き残った数名の隊員たちを連れて屋上へ上がっていた。
彼女の巨体を運ぶ足取りは重く、全身の随所に埋め込まれている神経装置と連携したアシストスーツの動きには支障は無いものの、下に着込んだ防御アーマー入りの装備一式は、煤けてボロボロの状態だった。
爆発から頭部を守っていたヘルメットもいつの間にか失われており、消し炭色の獣耳が生える頭部には血も滲んでいる。
一段高くなっているヘリポートの上まで登り、周囲を見回す。新月でありながら遠くに見える東京湾の夜景はなかなかに美しく、一瞬、直前まで戦場にいたことを忘れた。
『思えば、日本に訪れてからは景色を楽しむ暇も無かったな……。いや、心の底から景色を楽しめたことなど、生まれてから一度たりとも無かったか』
最強の「
……これまでそうして何人を殺してきただろうか。
そんなある日、米軍との戦闘中に突如訪れた混乱に乗じて部隊ごと戦線を離脱、同じ境遇の仲間を増やし、今は世界中の同胞たちを救う機会を与えられている。
『ヘリが見当たりませんね、副隊長たちは無事でしょうか?』
『ボロボロの俺たちよりは無事だろう』
『ははッ、それは確かにそうです』
ゼロワンの下手なジョークに、屈託なく笑う隊員。彼女は実験部隊時代に機械化されていた義手を先ほどの戦いで失っており、片手だけでライフルを構えていた。この後、上手く離脱できたとしても、高性能な義手の入手は困難だ。彼女が復隊するのはまず難しいだろう。
苦痛を伴う実験の数々は彼女たちにとって唾棄するモノだったが……ただ確かに先端技術の結晶であったそれらは、世に出回るものとは隔絶した性能を誇っていた。
『何か視えるか?』
戦闘開始以降、ひとりで屋上を守り続けていた隊員に声をかけた。反応しなかったビル外のセンサードローン群に代わり、ここから敵の動きを監視報告していたのも彼女だった。
ただしゼロワンの身に着けていた無線機は、何度かの爆発に巻き込まれた際に故障している。以降は他の隊員たちの声と、各フロアに響く銃声を頼りに戦いを続けていたため、彼女の声を聞くのは久しぶりだった。
『
『なに……!?』
長距離ライフル用の暗視スコープを用いて東京湾の様子を見ていた隊員からは、意外な答えが返ってきた。
『
◇
『敵がバンに近づいていくわ、みんな備えて』
上空のドローンは、正確に
それを見ていて思いついた。
(もしかして、ヤツがドローンを視認していることが、ステルス性能を発揮する条件なの?)
考えてみれば、海底トンネル前の直線道路では、バンと共に小見山楓を追い越して一瞬視界から逃れたドローンが、彼女の姿を捉えていた。
(そうなると、あのヘッドドレスか眼鏡型デバイス辺りに、ドローンのセンサー類を誤認させる何らかの機能がある? ……そう、それならマンションでヤツの爆殺に失敗した理由も、説明ができるわ)
そのシステムがどんな技術でできているかは知らないが、カラクリが分かってしまえばどうということは無い。
戦場で失った左眼の代わりに埋め込まれたゼロツーの特殊義眼もまた、世の中へは未発表の技術の集合体だった。ましてや相手は世界で唯一の希少男子を守る、専属メイド。国家から何か特別な最新鋭装備を貸与されていても、不思議ではない。
(……これなら勝てる!!)
ゼロツーは確信した。
今まで感じていた小見山楓への畏怖がすっかり霧散していく。
『一斉射にて敵を物陰に縫い付け、背後から自爆ドローンにて仕留める!!
射撃開始まで、五……四……三……二……ッ!!』
その瞬間、遠くで大爆発が起きた。
◇
ソレは、夜目の利かないゼロワンにも見ることができた。
東京湾を監視していた隊員が叫ぶ。
『爆発です!! ……ああッ、我々の船が、炎上しています!!』
船に残っていた者たちも、屈強な戦士たちだったはずだ。
周囲の隊員たちが絶望の声を上げる中、ゼロワンは一歩後退って呟いた。
『……我々は一体、何と戦っているのだ?』
◇
何が起きたのか、誰も分からなかった。
小見山楓を死角の多いコンテナ群の中心に誘き寄せることに成功し、これより銃撃してドローンの爆発に巻き込み殺そうとした、その瞬間……
コンテナの上に潜んでいたゼロツーや他の隊員からは、その姿がハッキリと見えてしまった。身を伏せたまま、呆然とする。今や、上空のドローンも東京湾上で燃え盛る貨物船を注視してしまっている。右眼と左眼、別々の視界の両方が、その耐え難い現実を映し出している。
『な……んで………?』
彼女がそう呟くと、直ぐにひとりの声が無線から聞こえた。それは先ほどタバコを提供してくれた、見張り役の隊員の声だった。
『副隊長殿、撃ちますッ!!』
その声に我に返ったゼロツーは、慌てて上空のドローンのカメラを元の座標へ向ける。そこでは、コンテナに登らず、バンへの着火後に比較的近いところに隠れていた義足の隊員が、
一方、小見山楓の姿には変化が見られていた。目を離した隙に、白いヘッドドレスと腰に提げていた円筒状のケースが近くに投げ捨てられており、その代わり、手に何かを握っている。
(あれは……まさか
コンテナ上の隊員たちは貨物船の爆発に気を取られて一斉射は成らず……隊員ひとり分の射撃音が響き、5.56mm弾が敵に向かってばら撒かれた。
『……な…なに…ッ!?』
小見山楓は避けなかった。
その代わりに、手に持った大小二振りの刀で高速で飛来した銃弾を全て弾き、後方へ逸らしていた。ソレをドローン越しに視認したゼロツーと、撃ちながら直接対峙している隊員、二人の目が驚愕に見開かれる。
メイド姿の鬼神は、刀で銃弾を弾きながら、じわりじわりとその距離を詰めていく。上空からよく見れば、彼女は自身の身体に突き刺さりそうなものだけを的確に選択して弾いているのが分かる。
(なら、死角からの射撃には対処できないはず…!!)
『全員斉射ッ!! 撃てッ、撃てッ!!』
気を取り直したゼロツーの声に、他の隊員たちがコンテナの上から慌てて身を乗り出すが、その時には小見山楓の姿は消えていた。
『ぐぁ…ッ…!!』
ひとり銃撃していた隊員だったが、弾倉の中身を撃ち尽くしてサイドアームに切り替えようとしたところを相手に接近され、一瞬で斬り倒されてしまった。
(あんなの反則じゃない!! ……あッ!?)
コンテナの陰に隠れた小見山楓は、上空のドローンを見上げていた。その頭には、黒い獣耳がふたつ。自分と同じ猫科の獣人だと、ゼロツーは悟った。
(やはりステルス発動条件は、ヤツがドローンを視認することか!!)
『
『ふ、副隊長殿ッ!!』
立ち上がってそう言い終わるのが早いか、隊員のひとりがゼロツーを呼んだ。そちらを見ると、コンテナの上に彼女たち以外の人影が現れていた。東京湾の夜景を背にしたその姿は、しかし既に「メイド」と呼べるモノでは無かった。
動作の邪魔になるためかエプロンと長いスカートが脱ぎ去られていて、黒いストッキングに覆われたすらりとした両脚が露わになっていた。右の大腿部にはレッグホルスターが着けられ、足元のコンバットブーツが異様な雰囲気を醸し出している。形の良い臀部の上からは、黒く美しい猫の尾が伸びて揺れている。
右手に刃長80cm弱とみられる打刀、口には打刀の半分ほどの長さの脇差が咥えられている。おそらく、ここに登るために左手を用いたからだろう。ちょうど、下で燃え盛るバンの光が反射して、眼鏡の奥にある金色の瞳が爛々と輝いて見えた。
射るような視線が、コンテナの上に陣取っていた三人を貫いていた。
一瞬の静寂の後、燃え盛る貨物船で何かが誘爆した音が鳴り響き、それが戦いを再開する合図になった。ゼロツーたちが三人同時に、それぞれの距離から銃弾を放つが、身を低くして駆け出した小見山楓には当たらない。
『……疾い…ッ!?』
『ちぃ…ッ、まるでニンジャねッ!!』
それは、獣人同士の高速戦闘に慣れた彼女たちでさえ驚く速度だった。まるで本物の猫のようにコンテナの上を駆け、軽々と隙間を飛び越える。
『ぐが…ッ…ッ!!』
あっという間に接近を許したひとりが斬られて、たたらを踏む。斬られた隊員と射線が重なってしまい、二人の射撃が止んだ。その間隙を突いて、小見山楓は口に咥えていた脇差を左手に持ち替え、ゼロツーに向かって投げ付けた。
『なッ!?』
『副隊長殿!!』
この場所までバンを運転してくれていたベテラン隊員がコンテナの下へ落ちていくのと、遠くから投げられた脇差が自分に向かって飛んでくるのを、強化された脳機能でスローモーションのように感じながら、ゼロツーは必死に身を守ろうと動いた。
(…ッ…間に…合わない…ッ!!)
それを投じた力はどれだけ強かったのか……反射的にライフルを盾にしようとする彼女の試みは失敗し、脇差が右肩を深々と貫いていく。
姿勢を崩したゼロツーは、後ろへ引っ張られるようにもんどり打って倒れた。あやうくコンテナの下へ落ちそうになるところを左手を使って支えるが、今まで頭に被っていた黒いキャップが、風に乗って飛んでいってしまう。
『この化け物めッ!!』
ゼロツーの視界の端で、最後に残された隊員が叫び……やはりライフルの弾倉を撃ち尽くしてしまった。弾倉交換の間すら惜しみ、残された
やがて9mm弾も尽きてしまい、自動拳銃はスライドロックされトリガーも引けなくなる。隊員は腹部のホルダーからナイフを抜いて勇敢に飛び掛かるが……それは意味を成さなかった。
『うわあああああッ…ぁ、ぐ…ッ』
そうしてまた一人が斬られ、コンテナから落下していった。
右肩を貫かれたままのゼロツーは痛みを無視してどうにか膝立ちになり、左手に自動拳銃を握った。肩に刺さった脇差の柄を伝って血がポタポタと垂れていくが、量はそれほどじゃないわね、と働かない頭で考える。
(……くそっ、頭が痛い)
解放された赤色の獣耳が、潮風にくすぐられて本能的にピクリと動いた。ドローンが拾う映像音声と共に処理しなくてはいけなくなった猫科獣人の鋭い聴覚情報が、ゼロツーの脳に大きな負担を与えていた。
いくら遺伝子を弄られて強化されたと言っても、元は脆弱な人間の脳。何でもかんでも手当たり次第に詰め込めば、パンクするのが道理だった。
視線を上げると、ギリギリ声が聞こえるくらいの位置で、小見山楓は立ち止まっていた。その口元に魅惑的な微笑みを浮かべて、ゼロツーを見下ろしている。
「……ふふ、それで貴女も先輩と同じになりましたね」
化け物が、楽しそうに嗤う。
一度は消し去ったはずの恐怖心が今、ゼロツーの心を支配しかけていた。