男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
恐怖に心を押し潰されそうになりながら、私はやるべきことをやることにした。
「……私の名前はアンナよ。部隊では
「ああ、これは失礼をいたしました。私は
私が本名を伝えると、小見山楓は一瞬意外そうな顔をしてから優雅に一礼した。下半身は黒い下着にストッキングというあられもない姿だが、その動作には確かにメイドらしい気品があった。
先ほどまでの鬼神のような暴れぶりとはあまりにもかけ離れている。
「い、いくつか質問がしたいのだけど……」
自分の声が震えていることを忌々しく思いながら言う。実際、敵同士ではあるものの、彼女には聞きたいことが山のようにあった。
「ええ、構いませんよ。礼には礼で応じましょう」
80cmほどの刃長を持つ日本刀を右手に握った楓は、特に気にした風でもなく応じた。私との間にある距離は、たった5m。本来であれば手にした9mm拳銃で十分狙える距離だが、利き腕が使えない上、相手は日本刀で銃弾を弾く化け物だった。
逆に、相手がその気であれば、次の瞬間に斬り殺されてもおかしくないだろう。
「貴女が、我々の船を爆破したのね?」
「はい。私がやりました。本当はあそこまでするつもりは無かったんですが……私たちのマンションを駄目にされた仕返し、というところですね」
ああ、たしかに先に仕掛けたのはこちらだった。しかし、こちらはたった一人を殺すことに失敗している。彼我における損失のバランスは全く取れていない。言ってしまえば惨敗だった。
「あそこには30人近い戦闘員がいたはずよ。それを貴女ひとりで?」
「そうですね。月曜日の朝から時間はありましたから、先ほどのように一人ずつ……」
全員を斬り伏せたなどと、普通ならあり得ないことだが……この女なら不可能では無いだろう。そう考えたゼロツーは、酷い頭痛のする中、船に残っていた面々のことを思い出す。
「どうやって船の場所を?」
「貴女方に教えていただいたのです。あとは夜陰に乗じて。新月の今日ほどではありませんが、昨夜も明かりが少なくて……敵地に潜入するには丁度良い日でしたね」
つまり、我々の中に
「ヤツらに私たちの拠点を襲わせたのも、貴女なのね?」
「はい。あの者たちは反獣人戦線という過激派で、将来、圭人様と私にとって邪魔になりそうだったので、ついでに消えていただきました」
反獣人戦線? 日本国内の反獣人組織か。そんなものを一体どうやってけしかけたと言うのか……では、ヤツらに陸自の装備を与えたのもこの女か……次から次へと新たな疑問が浮かび上がる。
「あの場所に関しては、タバコのフィルターに発信器が仕掛けてありました。喫煙されると初めて作動するという類のものだそうです。……実は必要無かったのですが、先輩の顔を立て、表向きは役に立ったことにいたします。ここだけの話ですよ?」
あのタバコに仕掛けが? 先ほどコイツがなかなか動き出さなかったのは、我々の位置と人数を特定するため? 表向きということは、スパイの存在は政府には秘密なのか?
「あとひとつ、圭人様はタバコを吸ったことはございません。くれぐれも勘違いなさいませんよう。……まだ、質問は続きますでしょうか?」
痛む頭の内で疑問がグルグルと巡る中、小見山楓はまるでそれが一番大事なことのように付け足した。そのことにどれだけの価値があるのか、私には理解できない。
「これで最後よ。……私たちのこと、どこまで知っているのかしら?」
「そうですね……今関係していることで言うと……元は欧州を拠点に活動していた組織の実験部隊で、5年前、米軍との戦闘中に戦線を抜け出したということ……以降は傭兵として各地のクーデターに陰ながら参加し、仲間を増やしながら獣人の解放運動に勤しんでいたこと……2月の生殖ランク公表で、圭人様の存在を利用することを思い付いたこと……」
そこで、小見山楓は言葉を区切った。私の目をじっと見つめる。
私は動揺を隠し、右眼だけでその視線を受け止めた。
それは、関係者以外に知る者のいないはずの情報だった。
「……そして、貴女の左眼がドローンを操縦するための特殊な義眼で、今も死角から私を狙っているということくらいでしょうか」
(やはり気付かれていた!! しかし、もう遅い!!)
私は相手の足を止めるため、左手の銃を相手に投げ捨て斬られる覚悟で飛び込んだ。そんな私を見た小見山楓の目が見開かれる。
投げられた銃を刀で弾いたところに頭から飛び込み、彼女の背中に左腕を回してしっかりと掴む。肩に刺さった脇差の柄が相手の体に当たって邪魔だったが、それを無視して上半身だけ残されたメイド服にもみっともなく噛みついた。
左右の背後からは静音モードでゆっくりと近付いていた自爆ドローンが一基ずつ。このまま私が突き殺されても問題無く爆発するように
(……これで私の勝ちよッ!!)
船は燃えて、私は無様に死ぬ。
もう作戦の続行は不可能、だけれど……。
この危険な女を
◇
『作戦は失敗だ。ゼロツーを回収して撤退するぞ』
『……はッ!! 了解です、隊長殿!!』
ゼロワンの力強い言葉に、戦意を喪失しかけていた隊員たちの目に生気が戻った。まだやれることがある、ということが何よりの救いだった。今の彼女たちは、ほとんど一人残らず満身創痍だったが、反対する者は居なかった。
『隊長殿、たった今、ゼロツーと共にここから脱出していた者たちと連絡がつきました。埠頭へ続く海底トンネルは敵に潰されたようです』
『なら、近くの港から海上移動に使える民間船を奪取するしかあるまい。できれば外洋にまで航行できるものが好ましいな……ん? なんだ?』
『隊長殿、続きが……しかし、これは……』
『構わんから言ってみろ』
無線機を失ったゼロワンに代わり連絡役となっていた隊員が言い淀む。
『トンネルを潰した敵は、メイド姿の女……だったそうです』
『……な、んだと?』
ゼロワンの目が驚愕に開かれたその時、北側を監視していた隊員が騒ぎ出した。
『隊長、北からヘリです!! 味方のものではありません!!』
『お前たち、撃つな!! そのヘリが向かっているのが炎上している貨物船なら、藪を突くことになりかねん!!』
ゼロワンがそう言うと同時に、ヘリはビルの上を掠めるように過ぎ去っていった。メインローターの発生させる暴風に煽られながら、反射的にライフルを構えていた隊員たちは息を潜めていた。そのシルエットは、攻撃ヘリのものでは無かった。
『………ああ、隊長殿の言う通りでしたね……ここが目標じゃ無かったみたいです』
そう言って、最初に騒いでいた隊員がため息をついた。他の者たちも、遠くへ飛び去ったヘリを見ながら安堵した様子を見せているが……しかし、何か違和感があった。
「え、もしかして貴女たち、日本語話せないの?」
その声に、全員の視線が一カ所に集中する。
一体、いつからそこにいたのか、隊員たちのいるヘリポートの真ん中に突然現れたのは、どこにでもいそうな日本人の女だった。
『貴様ッ、何者だ!? どこから現れた!?』
幾人かの隊員が、反射的に銃口を向ける。しかし、厳しい訓練を積み重ねてきた彼女らはトリガーを引くことはできない。その女へ向かって撃てば、射線上にいる他の味方に当たる可能性があるからだ。
(まさか、今のヘリから飛び降りて来たとでもいうのか?)
まるで魔法でも見せられたかのように感じながら、ゼロワンは警戒した。
「ふ、ふーわー? ……うわぁ、ダメダメ、わたし英語は全然分からないのよ。もう大臣さんってば、簡単な仕事だって言ってたのに」
その場で唯一日本語が解るゼロワンは「大臣」という単語を聞いて嫌な予感に襲われた。手を出すな、と命令を下す前に隊員の一人がその肩に掴みかかってしまう。
『え』
隊員は、宙を舞っていた。
そのまま、女に銃口を向けていた他の隊員の元へ吹っ飛んで行く。
『うわぁッ!?』
「ああ、ごめんなさいねー。貴女たちが何言ってるか解らないから……とりあえず、みんな少し眠ってもらうわね?」
装備重量を含めれば100kgを優に超えるはずの隊員を、流石の獣人も受け止めることはできず、一緒に倒れ込んでしまう。一方、正体不明の女の方は、ほとんど動かず余裕の表情だった。
それを見てゼロワンは確信した。コイツは政府の
『……ふん、どうやらここまでのようだな』
次々と隊員たちが宙を舞っていくのを見ながら、ゼロワンは鼻を鳴らした。
「今回の最後の相手は貴女かしら。まぁ、随分と体が大きいのね」
他の全ての隊員を昏倒させてこちらを向く女に、ゼロワンは口を開く。
「俺ハ、
「あらっ、あなた、日本語を話せたの? もっと早く言ってちょうだいよ、もうっ」
これまでで一番大きなリアクションを見せた女は、その後、軒先で立ち話でもしているような気軽さでゼロワンの問いに応えた。
「私の名前は
「ケンギョーノーカ?」
「そう。お米を作ったり野菜を育てたり、あとは小さな道場で近所の子供達に簡単な武術を教えたり……私の言ってること、解る?」
女の説明に、ゼロワンは頷く。ゼロツーに鍛えられていたお陰で、こうして日本語を聞き取るだけならば不自由は無かった。
(……周防芳乃。確かゼロスリーが攫おうとしていた希少男子の母親の名前だったな……しかしそうなると、ヤツはこの女にやられたか)
「貴女ハ昨日、ダレカ殺シタカ?」
「え、昨日って、月曜日のこと? 別に誰も殺してないわよ。何人か殴り飛ばしただけで……あ、もしかしてあの子たち、貴女の部下なの?」
どうやらあちらは全員無事らしい。ただ、最後の問いに剣呑な雰囲気を感じて、ゼロワンはアシストスーツの戦闘モードを起動した。残された稼働時間は僅かだったが、どちらが勝つにせよ決着までそうはかからないだろう、と考える。
「……ソノ通リダ」
「ふーん……それじゃ貴女にも少しお仕置きが必要よね……。家は大臣さんに直してもらえるらしいけど……おばあちゃんの
周防芳乃がそう呟いた次の瞬間、真正面から見据えていたはずのその姿が、ゼロワンの視界からかき消えた。そして、脇腹に強過ぎる衝撃。内臓が悲鳴を上げ、勝手に膝から力が抜けて身体が沈んでいく。
『ぐ…ッ、は…ッ!?』
懐に潜り込んだ芳乃による、掌底。直前まで何度も銃弾や爆発の猛威からゼロワンの身を守っていたはずのアーマーは、何の防御効果も示さなかった。強靭な灰色熊の獣人が、たった一発、生身の人間の素手による攻撃で呼吸すらできなくなり、あっという間に意識を刈り取られようとしていた。
『
急速に暗くなっていく視界の中……。
肺に残った空気を吐き出しながら、ゼロワンはそれだけを呟いた。
◇
「え?」
二基の自爆ドローンは、爆発しなかった。
小見山楓の肩越しに見ると、その背後でどちらもふわふわと滞空している。
しかし、私の左眼の視界には【No Signal】の文字が浮かんでいた。
「……気はお済みですか? そろそろ離していただきたいのですが」
耳元で優しくそう囁かれて、私は全身の力が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。そんな私を見下ろしながら、小見山楓は少し困ったような顔をする。
「一瞬とはいえ虚を突かれました。貴女を舐めていたつもりは無かったんですが……私もまだまだということでしょうね」
「………一体、……どうして」
呆然とする私の様子に気付いた彼女は、こちらへ微笑んでみせた。
「ふふ。そろそろ、種明かしをして差しあげましょうか」
小見山楓がそう言って手を振ると、それに追従するようにドローンたちが動く。まるで、ペットの犬が飼い主に仕込まれた芸を披露しているかのようだった。
「……ま、まさか、ハッキング…!? でも、そんなの無理よ、だって」
「例の組織が作った特殊なプログラム言語だから、ですか?」
言いたかった台詞を取られて、私は押し黙った。彼女は続ける。
「そんなものは関係ないんですよ……何故なら5年前、米軍の後方支援活動の一環で、その組織の研究施設を制圧したのが、私たちなんですから」
その言葉に、私は絶句した。一体、何を言い出したの?
5年前の戦場? つまり、それって……。
「じゃ、じゃあ、私たちが戦場を離脱できたのは……」
「恩を着せるつもりは無いですが、間接的には私たちのお陰ということになるでしょうか。その後、貴女方が戦場で暗躍し、獣人たちを救い続けられたのも……。米軍に渡すには危険性が高いと判断して、施設とデータを徹底的に破壊するよう命じたのは、私ですからね」
「そんな嘘よッ、だって貴女まだあの時は……」
「15歳、今の圭人様と同じ年齢ですね。ただ、私は飛び級のような扱いでしたから。それに、未成年の獣人が戦場に立つなんて、貴女方からすれば珍しくもないでしょう?」
それはそうだ。初期に設定されている獣人の寿命は、およそ30年。その費用の元を取ろうと、年若い同胞を戦場に送る国は少なくない。獣人を兵器として輸入している多くの途上国では、特にそういう傾向が強かった。
しかし、15歳で指揮官待遇というのは聞いたことが無かった。
「建前上は、あくまで訓練ですからね。私はその訓練部隊の指揮を任されていただけですよ」
私の表情から疑問を読み取ったのか、そう補足される。
「そんな、そんな偶然……ッ」
「偶然? 誰が偶然だなんて言いました? もちろん5年前から、貴女方の足取りはずっと追っていましたよ。私が戦場から逃したようなものなのですから、責任を持つのは当たり前でしょう?」
それはまるで、家から逃げ出したペットの話をしているようだった。
「といっても、将来的に私の役に立つかもしれないと、遠くから監視していただけですけどね……貴女方は立派でしたよ。けして力に溺れず、他の獣人たちを救い続けていましたから。そうでなければ、今まで生かしてはおきませんでした」
私は、これまで見ていた世界の全てが音を立てて崩れていくのを感じていた。ゼロワンだったら一体何と言い返すのだろうか、見当も付かない。
「それじゃ、裏切り者は……?」
「ああ、そんなものはいませんよ。情報は全て
「金曜日の、夜……? まさか、あのノートPCッ!?」
「調達屋と名乗っていた女性は当時、私の支配下にあったんです。貴女方に渡る前にウイルスを仕込むなんて簡単でした。……もしかして、警戒していなかったんですか? 今の人類がこうなっているのも、気付かれず活動していたウイルスのせいなのに」
クラッキング用のガジェットを使うなど、対策はしていたはずだった。しかし、パスワードの書かれたシールが貼られていたことで、警戒心は霧散してしまっていたのだろう。今の今まで、そんな可能性は考えていなかった。
『油断するな、ゼロツー。何かのトラップかもしれん』
……ああ、そういえば貴女はそう言っていたわね、ゼロワン。
「貴女方がやり取りしていた、拠点の場所、偽装貨物船の航路、撤退ルートの設定……通信封鎖されたのは作戦開始直前の月曜日の未明でしたが、それまでに必要な情報は全て集まりましたよ。……しかし、これからのためにはまだ足りないものがあります」
そこで、小見山楓は私にそっと顔を近付け、まるで秘密の会話をするように言う。
「貴女が、圭人様の眠る棺の中へ隠した、あのデータですよ」
私は寒気を感じた。
この女は本当に、私のドローンを使って全てを観ていたのだ。
「………アレを使って、何かするつもり?」
「ええ。私の目的のためには、どうしても必要なのです。……なに、貴女方にとってもけして悪い話ではありませんよ」
彼女が再び顔を離すと、遠くからヘリのローター音が聞こえてくる。
「本当に、貴女方のお陰で助けられました。だから、命は助けてあげましょう」
小見山楓はそう微笑んで、私に向かって刀を振り下ろした。
消えゆく私の視界には【No Signal】の文字の残像が、いつまでも残っていた……。