男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
錆び付いたコンテナの扉が、不快な音を立てて開かれていく。
そんな音ですら、今の私には福音のようだ。
普段通り、私はひとつ深呼吸をする。
眼鏡型デバイスを使ってドローンを呼び出し、
下部に搭載されたサーチライトでコンテナの中を照らす。
照らし出された、棺の形をした高機能ベッド。
主人を起こさぬよう、足音を忍ばせて近付いて、屈み、
棺のロックを解除して蓋を開ける。
「ああ……」
なんという可愛らしい寝顔。
41時間52分ぶりに見るお姿に、胸が震える。
駄目だ、我慢しろ、と自分に言い聞かせる。
……でも、これくらいなら赦されるのではないか?
「おはようございます、
私は、圭人様の額にそっと口付けた。
◇
……
数時間後。
「で、願い事とはなんだ、
そこは、特区にある大病院の応接室だった。現在も眠ったままの
「今回の件で公表する内容についてです」
「一介の専属メイド風情が、我々に指示を出すのか? まぁ良い、貴様は今回最大の功労者だからな、言ってみろ」
対面のソファに座るメイド服の小見山楓にそう返す
「まず、今回の事態を収拾したのは、陸自の獣人部隊ということにしてください」
その言葉を聞いた結城は、口元の笑みを消した。
「なるほどな……反獣人戦線のヤツらに陸自の装備を横流したのは、敵の獣人を撃ったのは陸自、ということにするためか」
「はい。今後のために日本政府の手で“獣人の犠牲者を出さななかった”というのが大事なのです」
「……そのために、日米で共同開発したばかりの対獣人制圧弾まで持ち出したのか。貴様、アレを一体どうやって手に入れた?」
「それは企業秘密です」
「ふん、Bチームの件といい、その秘密とやらに今回は救われたからな……追求はせんでやろう。しかし大方、スクール時代に恩を売った軍関係者でもいるのであろう?」
楓は微笑んだまま、答えない。
今回使われた【5.56mm対獣人制圧弾】は、着弾して弾頭が皮下に潜り込むと、そこで獣人にのみ効果のある薬剤が急速に溶け出して対象を仮死状態にする、言わば究極の非致死性制圧兵器だった。
これは遺伝子を弄って延命処置を行う際に、獣人を速やかに仮死状態へ誘導するために使われている薬剤を応用したものだ。そのため臨床試験を大幅に短縮できるという利点もあったが、それでもまだ制式配備には時間がかかるはずだった。
「陸自が新開発の人道兵器を用いて獣人解放同盟を制圧、でよろしいではありませんか」
「ふん。私からすれば、あれは獣人を手っ取り早く捕まえて再利用するための、非人道兵器だよ。撃たれる側からすれば、その違いは大きいかもしれんが」
結城の言葉に、楓は感心したようだった。
「ああ、それは……大変見識のある見方ですね。しかし、どのような意図であろうと、あれが作られたお陰で彼女たちは救われました」
それを聞いて結城は思い出す。アレはどこかから今の完成形に近い技術が持ち込まれたことで、開発の機運が一気に高まったのだと聞いた記憶があった。
(あまりにも都合が良過ぎる。……いや、まさかな)
一度、小見山楓の顔を見てから、結城は疑念を捨てることにした。
「……反獣人戦線が自前で持ち込んだもので、獣人側にも幾人かの死傷者は出たが……しかしそれ以外はほとんど生き残ったわけだ。貴様のソレも、刃を潰してあるのだろう?」
結城はそう言って、小見山楓のすぐ横に立てかけられた円筒形のケースを示した。その中には、大小の日本刀が収められている。
「はい、斬れぬよう細工がしてあるのは打刀の方だけですが……この二振りは、芳乃様から頂戴したものです。圭人様を守るために易々と命を奪ってくれるな、という戒めと共に。そのために、圭人様たちから隠れて稽古もつけてくださいました。本当に、お優しい方です」
それは、楓が要らぬ犠牲者を出さぬよう尽力した理由のひとつだった。それを聞いた結城が、鼻白んだ表情を見せる。
「私からすれば、芳乃は周り全員が雑魚だと思っているようにしか見えん。あれだけの猛者でありながら根っからの田舎者気質で、好ましくは思うがな」
「ふふ、ずいぶんと仲良くなられたのですね」
「茶化すな。……駄目になった家を新しく建て替えてやると約束したら大分感謝はされた。ただそれだけの話だ」
秘書には、結城が珍しく照れたように見えた。
「だが、あのような者が市井に紛れているとは、誰も思わんだろう。周防圭人のことといい、本来なら遺伝子の変異を疑うところだ……まぁ、娘は普通の子のようだし、色々調べられるのをヤツらは望むまい。アレの不興を買って敵に回すのはアホウのすることだろうしな」
「……ええ、そうですね」
実際、それについては楓も疑っていた。主人である圭人のみならず、周防家は皆、普通とは思えないモノを持っている。実は、今大臣が口にした
獣人の中でも更に反射神経と速度に優れている
その点、圭人は特殊な身体能力などは持たないが、あの精力と男児の妊娠率の高さがある。人類のためを思うならば周防一族全員の身体を調査研究するべきなのだろうが、楓はそのような無粋な真似を許す気はさらさら無かった。
それがたとえ目の前に座る結城加代子であってもだ。
「何にせよ、貴様と周防芳乃のお陰でこちら側の犠牲者は無かった。テロリスト扱いされることを嫌った獣人解放同盟の思惑もあり、一般市民に死傷者は出なかったしな」
結局、一連の戦いで死亡したのは、反獣人戦線のほとんどと、獣人解放同盟の数人という形だった。陸自の銃器に装填された非致死性弾で撃たれ倒れた者、小見山楓に刀で打ち据えられて骨を砕かれた者たちは、いずれも生きて軍の病院に収容され、擬装された貨物船の乗員たちも、昏睡させられ脱出艇に乗せられて漂流しているところを海保によって回収されていた。
ここまでの戦闘の規模を考えれば、犠牲者は圧倒的に少ない。
「反獣人戦線はどう扱う? 率いていたリーダーは死んだようだが」
「先ほど大臣が仰いましたが……自前の武器で獣人解放同盟を襲い、幾人かを殺害するも返り討ちにされ、そこへ陸自が介入したことにすれば、世間も納得し易いかと思います。あの場所は、都内にある彼らの拠点からも近かったですから」
結城はふむ、と頷く。
「実際、外から見ればその通りでしかないからな。世間で疎んじられる反獣人過激派が、実は陸自の装備を用いていたなどと、陰謀論者ですら考えまい。生き残った者が逮捕勾留されても、事情を正しく理解している者は残っていないだろう」
「……お願いできますでしょうか?」
「やるしかあるまい。貴様の、周防圭人への忠心に応えてやるためにな」
結城は「国家への」ではなく「周防圭人への」と皮肉を込めて言ったが、楓はむしろ嬉しそうに微笑んで見せた。結城は、張り合いのないヤツめ、と考える。
「それで、次はなんだ。まだあるのだろう?」
「はい。……こちらを使って、あることをして欲しいのです」
そう言って、小見山楓は一枚のチップをテーブルへ差し出した。
「これは?」
結城加代子の問いに、一言だけ返される。
「私たちの未来です」
◇
「……良かったのですか、あのような願いを聞き入れて。米国に刃向かうことになりますし、そもそも総理を説得できるでしょうか?」
小見山楓の退室後、結城の後ろに立ったまま控えていた秘書が言う。チップを手にして難しそうな顔をしていた結城は、それでもハッキリと言い切った。
「してみせねばならん。ヤツの活躍……いや、暗躍がなければ我々の失脚もあり得たからな。防衛省の株は上がり、総務大臣のクビも繋がって、総理がその任命責任を負うことも無くなった。
結城加代子は、そこで秘書の方へ振り返った。
「それに先ほどの話、貴様も無関係では無いだろう。……つまり、いずれ貴様に政治地盤を譲ろうとしている私にも、利のある話だということだ」
「……恐れ入ります」
「ふん、単純に貴様が有能だというだけのことだ。しかし、世論の流れや公表のタイミングもある。貴様が獣人初の国会議員になるまでには、今しばらくかかるだろうな」
その言葉に、ウィッグの下に隠された犬耳がぴくりと震え、今は存在しない尻尾がぶんぶんと振られるのを、秘書は感じていた。