男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
2124年7月。
僕、
初めて親元を離れることもあって最初は少し緊張していたし、あんな美人と同じマンションの一室の中に二人きりで暮らすなんてドキドキして寿命が縮むんじゃないかと思っていたけど……それは想像していたよりも、ずっと居心地の良い生活だった。
共に暮らしているマンションは5LDKという、二人で暮らすには意味の分からない広さ。
対面式のキッチンが付いた広過ぎるリビング、お互いの個室の他、主寝室(僕はここで寝ている)と、普段使われていないゲストルームもふたつある。バスルームふたつにトイレはみっつ。
日当たりの良いバルコニー。冷暖房完備は当然で、室内環境は全てアプリで管理可能……ということだった。
引っ越してきた当初はちょっと豪華過ぎて気後れしていたが、使わない部屋は無いも同然となり、何より楓さんの存在が大きくて、案外、環境そのものに慣れるのは早かった。
専属メイドである楓さんの仕事は完璧だった。
常にメイド服に身を包み、掃除洗濯炊事の他、いきなり有名校の中等部に進学させられた僕のために、毎日勉強まで見てくれた。
「そこは先ほどの公式を当てはめると、解きやすいかもしれませんね」
「あ、なるほど……」
正直言うと最初は、楓さんが隣から僕のノートを覗き込む度に感じる身体の柔らかさと香りに大分どきまぎとしてしまった。
けれど、それは折角教えてくれる彼女に失礼だと気を引き締め直して、真面目に取り組むようになっていった。
それでもたまに何とも言えない気持ちになるけど、もちろん秘密だ。
地元にいた時から僕はけして優秀ではなかったけれど、楓さんの丁寧で根気強い教えにより、中等部二年となった今年は、一学期の期末試験で学年10位に入ることができた。
学年に10人もいる男子の中で、一番の成績だった。
「ふふ、今日はお祝いですね」
そう言って豪華な料理を準備してくれる楓さんはとても嬉しそうで、頑張って良かったなぁと僕までニコニコしてしまうのだった。
学校の長期休暇には楓さんを伴って帰省していたし、よくテレビ通話をしていることもあって、家族に会えない寂しさもそれほど感じないで済んでいる。
帰省した時は僕より彼女の方が家族に馴染んでいるように見えるくらいで、妹の
そんなわけで、この一年、僕は何の不安もない生活が送れていた。
朝、楓さんに優しく起こしてもらって、楓さんが作ってくれた朝食を食べて、楓さんの運転する車に乗る。学校では真面目に勉強して、クラスメイトの女の子たちとお喋りして、お昼はやっぱり楓さん手作りのお弁当を食べて、また勉強して……。
学校が終われば校門で楓さんが出迎えてくれて、家に帰ったら楓さんの準備した夕食を食べて、その日の復習や宿題をして……合間にはたくさんお話したり、一緒にゲームをして遊んだり。
休日には一緒に買い物へ出かけたり、映画を観に行ったり(その回のスクリーンは貸し切りだった)と、息抜きもしっかりさせてくれた。
ちなみにその時も楓さんはメイド服のままだ。『これが私たちの戦闘服ですので…』という彼女はとても頼もしく見えた。
「おやすみなさい、圭人様」
「うん……おやすみ、楓さん」
お風呂に入った後は、しっかり水分を摂りながら楓さんとお喋りして、寝室の前でこうして挨拶をする。
すぐ隣は彼女の部屋なのだけれど、そういえば僕は、彼女がそこに出入りする姿を直接見たことがない。お風呂も、僕が起きる前や寝た後に済ませているみたいだ。
毎日僕なんかと一緒にいて疲れないんだろうか……。
たまにはお休みが欲しくないのかな……。
そんなことを考えながら、僕は深い眠りに入っていった。
◇
自然に目が覚め、ベッドから身体を起こす。
サイドテーブルの上にある時計を手に取り、万が一に備えてセットしてあるアラームを解除する。
『2124/07/26 Wed 05:00』
素早く立ち上がり、無機質なデスクに置かれた眼鏡型デバイスをかけ、主寝室内に設置された監視カメラで圭人様の様子を確認する。
寝息は普段通り穏やかで、高機能ベッドから送られるバイタルデータにも問題は無い。
就寝時から現在までの夜間の映像を早回しで再生し、圭人様の身に問題が無いことを確認しながら、腕立て伏せ、腹筋運動、スクワットなどの自重トレーニングを行う。
その後は主寝室から遠い方のバスルームでシャワーを浴び、汗を流し、身を清める。
髪を乾かした後、バスタオル一枚で自室に戻り、下着とメイド服を身に着け、姿見で身嗜みをチェックする。圭人様に、だらしないところは見せられない。
ふと、鏡の中の自分と目が合う。
「……本当に、面白みの無い顔ですね」
私、21030380Caこと小見山楓はそう呟いて、姿見にカバーをかけた。
キッチンで朝食の支度を終え、圭人様を迎える準備が整うと、主寝室へ向かう。
初対面の際、母親である芳乃様には「あの子を起こすのは大変よー」なんて言われていたけれど……寝起きの彼はいつもより更に可愛くなる。
私にとって、朝に弱い圭人様を起こすのは、むしろ毎日の楽しみのひとつだった。
主寝室の前で、ひとつ深呼吸をする。
これは緊張を和らげるためでなく、逆に、メイドとしての緊張感を持つための儀式だった。圭人様は優し過ぎて、つい甘えそうになってしまう。
「失礼いたします」
コンコンコンとノックをして、ドアを開け……
その「匂い」で非常事態に気付いた。
(ついにこの時が……しかし、バイタルには問題無かったのに)
とりあえずの疑問は横に置いて、これまで何度もシミュレーションを重ねた手順を思い出す。
部屋に入り、クローゼットへ向かいながら、眼鏡型デバイスの管理アプリを使って、寝室から近い方の浴室の湯船にお湯を溜めるコマンドを出した。
いつもならここでカーテンを開けるが、省略。
外から見えるわけではないが、圭人様が気にされるかもしれない。
クローゼットから着替え一式と、ウェットティシュ、そして清潔なタオルを複数枚取り出す。
本来ならお身体を拭うためのお湯や濡れタオルを先に準備すべきだが、今は何より圭人様の体調確認が先決だった。
先ほどの監視カメラの映像でも、呼吸音などの乱れは無かった。だからこそ、ここに来るまで気付かなかったわけだが……あとは、圭人様にどれだけの症状があるか。
たとえどんな状態にせよ、ここからが専属メイドの本領を発揮するべき場面だ。
「おはようございます、圭人様」
室内の照明を点け、私はベッドへ一歩近づいた。