男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話   作:木刀

4 / 5
004-2124b 失われる存在意義

 専属メイドになることは、私の第一希望だった。

 むしろ、それ以外に希望は無かったと言って良い。

 

 訓練施設でずっとトップの成績を修め続けたのも、試験管の中で生まれ、ずっと生きていくレールを敷かれていた私が、せめて自分で仕える相手を選びたかったためだった。

 

 生きていても、何が楽しいのか、何が悲しいのか分からない。

 

 だから目標を持つことが、私という「何もない人間」には必要だったのだ。

 

 首席卒業生として最初に選択権を与えられた私は、希望どおりに今の道を選んだ。

 そして渡された、専属メイドを必要とする候補者たちのパーソナルデータ。

 

 その中で、周防(すおう)圭人(けいと)様の存在だけが、私には光り輝いて見えた。

 

 一見すると、色白の美少女にしか見えないその男の子は、候補者たちの中で唯一、「普通の生活」を送っていた。

 

 農家を営む先祖代々の土地に住み、そこから通える地元の小学校に通い、女子たちに混じって遊び、学んでいた。

 

 人気者で、バレンタインデーに貰った大量のチョコレートを、律儀に全部食べようとして鼻血を出して倒れた、なんてことも書いてある。

 

『性格は温厚で素直。

 自省的で少し優柔不断だが、他人を尊重し敬うことができる。』

 

 人格面の欄。

 

 人として当たり前のことが書いてあるだけのようだが、そうでは無い。

 

 この世界の男性は皆、周囲の全てから蝶よ花よと大切に育てられる。そのせいで性格に歪みを来すことが少なくないのだ。

 

 行政からの干渉を断り続ける母親が守ってきた純朴で可愛らしい彼を、そのままの形で守り続けられるのは私だけだろうと……何故かそんな気がした。

 

 そしてその思いは、直接会ってますます強くなった。

 

『あ、はい、いえ……あの、楓さんが良いです』

 

 初めて会ったあの時のことは、今でもたまに夢に見る。

 

 打算や計算では作り出せない、あの純粋な表情の美しさに、人工物である私は惹かれたのかもしれない。おそらく私は、この魅力的な存在を守るために、これまで生きてきたのだ。

 

 それは、ほとんど天啓に近い確信……のはずだった。

 

 

 ◇

 

 

「ご、ごめんなさい、楓さん」

「謝らないでください。精通(これ)は、おめでたいことなんですから」

 

 浴槽の中で温かいお湯に浸かりながら謝罪を繰り返す圭人様に対して、私は浴室の外から微笑んでみせた。汚れた衣類は既に袋へ密閉して見えないところへ置いてある。

 

 これが圭人様のトラウマになってはいけない。

 

 流石に目を離すわけにはいかないので、この立ち位置をキープしているが、濃い乳白色の入浴剤を使って、私から彼の身体が見えないようにするという配慮をしている。

 

 今日は学校をお休みされた方が良いだろう。

 

 男性の体質によっては、射精後に丸一日動けなくなってしまうことも珍しくないと聞いている。ましてや精通直後、お身体にどんな影響があるか分からない。

 

 入浴前のバイタルに問題はなかったが……現段階で調子が良いとしても、今日は一日、観察に努めるのが無難だろう。

 

「ご気分はいかがですか?」

「え? うん……大丈夫、いつもと変わらないよ」

「………」

 

 たしかに圭人様の顔色は良い。

 むしろ朝の弱い圭人様にしてみれば、血色は良過ぎると言って良いくらいだ。

 

 しかし一方で、その返答は歯切れが悪かった。

 1年以上も生活を共にしてくれば気付くことだが、彼は嘘が致命的に下手だった。

 

 私は再度、質問を重ねる。

 

「お辛いところは? 倦怠感はありませんか?」

「ううん、無いよ」

 

 ああ、これは本当だ。しかし、そうなると一体……。

 

 この時点で、ある可能性が頭に浮かんでいた。万が一以上に微かな可能性。

 

 心の中で「圭人様の信頼を裏切るな。それ以上はやめておけ」という声と「行け、ここで決断しなければ全てを失うぞ」という声がせめぎ合う。

 

「では、いつもと違うことや、違和感は?」

「えと……ちょっと、まだ股間がムズムズするけど……って楓さん、何して…ッ」

 

 その返答を聞いた私は次の瞬間「失礼します」と言って素早く湯船に近づき、その中に腕を突っ込んで圭人様の股間に触れた。手のひらが、硬いものに当たる。

 

「すみません、必要なことなのです。……私に触れられるのは、お嫌ですか?」

「え、えぇ!? い、嫌じゃないけど、ちょ…ッ」

 

 傷付けぬよう柔らかく揉み込むと、触れている部分が次第に大きく起ち上がってくる。

 

 圭人様は私の腕を掴み、腰を引いて逃げようとしていた。

 

 しかしこれは言葉通りに嫌がっているのではなく、羞恥心からだろう。腕にはあまり力が入っていないし、瞳にはうっすらと期待の色が見て取れる。

 

 ……申し訳ありません、圭人様。

 

「もしかして……まだ射精(だ)し足りませんか?」

「え」

 

 私の問いに、圭人様は固まる。

 ピタリと動きを止め、私の腕を両手で掴んだまま赤くなって俯いてしまった。

 

 ああ、やはりそうなのだ。

 

 元々、正常(ノーマル)世代の男性たちには、射精後に前後不覚に陥るほどの脱力感や倦怠感が存在していなかったらしい。

 

 おそらく、圭人様は「先祖返り」によって、昔の人たちのような性質を持っているのだろう。

 

 ごく稀にそういったことがあることは座学で知っていたが……それは国内でも10年に一人現れるかどうかの奇跡だった。

 

 だが、これは私にとって非常に都合の悪い状況だった。

 

「圭人様……夢精というのは、けして恥ずかしいことではありません。しかし、一度きちんと精子を出し切っておかないと、いつまた起こるか分からないものなのです」

 

 私は、いつもの勉強の時間のように、圭人様に語って聞かせる。

 これは、私が専属メイドになるために学んだことを利用した、誘導だった。

 

「男女比1:1000になると言われる現代において、人工授精のための精子確保は何よりも優先されます。定期的に行われる精子提供(おつとめ)の日に夢精して精子を無駄にすることは、専属メイドとして避けなくてはなりません」

 

 詭弁だった。夢精後も射精できるのであればそのような心配はしなくて良い。

 そのことを悟られないように、一気に捲し立てる。

 

「もしそうなれば、再度の日程調整により日常生活に負担が生じる可能性がございます。何より精子提供当日へ向けて体調を整えられないというのは、専属メイドとしての名折れにもなります」

 

 これは事実。たしかに精子提供の補助や日程調整は、専属メイドの仕事のひとつだ。

 

 そして、射精後に動けなくなってしまう男性の介助をすることも。

 

 男性に関する知識をほとんど持たない一般家庭から、彼ら少年たちが離れて暮らすのだって、こうした事情があるためだ。

 

 最悪、射精直後の男性は、オムツを履かせて排泄の介助までしなくてはならない。

 

 それを血の繋がった家族にさせるのは、男性本人にとってあまりにも精神的負担が大きい。中には、それが原因で鬱になってしまい、精子提供を拒否する者もいたという。

 

 だからこそ専属メイドという存在が生まれた。普段は護衛として男性の身を守り、いざ精子提供の際には男性の精神を守る。

 

 特に家族を愛する圭人様には、専属メイド(小見山楓)が必要である……はずだった。

 

 しかし、彼には射精後の介助が必要ない。

 

 それどころか、一度に何度でも射精することが可能となれば、専属メイド無しでもほとんどのトラブルを無視できる。

 

 それは、圭人様にとって私の存在価値の大半が消失したことを意味していた。

 

 元々、特殊な理由……生来の人嫌いや対人恐怖症、女性嫌い(トラウマ)などがあれば、自らの手で処理し精液提供をすることを条件に、専属メイドの存在を拒否もできる。

 

 当然、射精後の経過が悪い男性の場合は、医療機関や専門の業者を用いることになるし、精神疾患とされれば男性の社会的価値を決める繁殖ランクにも影響があるのだが……射精後の介助を全く要しないのであれば、そんな理由すら必要ない。

 

 つまり、彼が「愛する家族の元へ帰りたい、専属メイドなど要らない」と一言そう言えば、それで終わりだ。

 

 私がこれまでに築いてきた彼との関係……その全てが無に帰してしまう。家族の皆様と比較すれば、私の存在価値など無いに等しい。

 

(どうにか、私の良さを知って頂かなければ……)

 

「圭人様は、私がお嫌いですか?」

「え!? 嫌いだなんて、そんな……そんなわけないよ…」

 

 狡い質問だったが、圭人様が「自分ですること」を覚えてしまう前に、専属メイドを使って射精に至る心地良さを刷り込まなければならない。

 

 これは私にとって、人生最大の勝負だった。

 

 問題なのは、そうした手技は人形相手にしか経験していないことだ。

 

 膨大な過去のアーカイブから、大昔に用いられていた貴重な映像資料(アダルトビデオ)を探し出して予習はしてきていたが……果たしてどこまで通用するか。

 

 この先を想像し、焦燥感と共に湧き上がる悦びで、思わず背筋が震える。

 きっと、お心の優しい圭人様は、この申し出を断れないだろう。

 

 ああ、なんという卑怯な女。

 

「なら、もしよろしければ……今からお手伝いをしてもよろしいでしょうか?」

 

 私は今、一体どんな表情(かお)をしているのでしょうか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。