男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
僕が精通してから、3日。
今日は、はじめての
一度精通した男子には、定期的な精子の提出が義務付けられている。
男女比1:1000になろうとしている世界では、そうして提供された精子による人工授精が不可欠で、逆に言えば、僕がこうして一等地にある広過ぎるマンションに住めるのも、楓さんのような綺麗な専属メイドが付いてくれるのも、全てはこの義務に対する代償だった。
それに、男性はこうして義務を果たせば、貴重な【貢献ポイント】を獲得できる。
これを貯めれば、直接金銭などと同様に使用できるだけでなく、お金で買えないような特権……例えば我が家で言えば、祖母のための「有料老人ホームの契約優先権」を手に入れることができるし、裕福でない家庭であっても親が貢献ポイントを用いて、子を有名大学の「福祉貢献制度枠(完全学費無料)」に入れることもできる。
建前上、このポイント還元制度は「それまでに得た“徳”を生前に使うシステム」として導入されたが、実態は「人類存続という最大の利益に寄与した者へ、その利益の一部を還元するシステム」だということらしい。
つまり、現在の傾いた男女比の分だけ、男性の方が遥かに貢献ポイントを得やすくなっているということだった。
当事者とすると、なんかちょっと申し訳ない気もするけど、世界はそれで上手く回っているらしいし、受け取れるものはありがたく受け取っておこう。
「……
「うん、安心して。
僕は上半身はパジャマ、下半身は裸にバスタオルがかかっているだけという格好で、主寝室のベッドに仰向けになっていた。腰の下には、防水シーツが敷かれている。
傍らのサイドテーブルには、精子採集用キットが置かれていて、楓さんがカチャカチャと手際よく準備をしていた。
中には、情報を記録するためのタブレット端末や、精液を採取するための容器や、それに用いるための道具が入っているらしい。
先ほど中身を確認させて貰ったけど、ドロっとした液体の入ったラベルのないボトルや、筒状になったシリコン製の塊などが入っていて「これは何に使うの?」と尋ねてしまった。
しかし、どうやらその質問は
「36.5℃、体調に異常みられず。血糖値も正常値と……たしかにあの日も、結局3回も
何やら用紙に記入しながら楓さんはそう言うけれど、顔はまだ赤い。それに、あの時「していただいた」のは、むしろこちらの方だった。
なにせ僕は、そのやり方すら分かってなかったのだから、もうなすがままだった……と、そんなこと言ったら藪蛇になりそうなので口を噤む。
僕の方から必要以上にあの時のことを話題にするのは、なんとなく避けていた。
あんなことをして貰った上に、楓さんからありがたいことのように言われると、少し勘違いしてしまいそうだったからだ。
それは何か、楓さんの献身に対して失礼なことではないかと思ってしまう。
「無理だけは、なさらないでくださいね」
楓さんはこうして心配してくれるけど、実は僕の方は昨日から身体の奥底がムラムラとしてしまって、早く精を吐き出したくて仕方がないくらいだった。
ただこれも、楓さんに催促するみたいで、とても言えない。
きっと、楓さんは笑顔で対応してくれるとは思うんだけど……こんなによくして貰って更に求めるのは、やはり贅沢が過ぎるんじゃないだろうか。
「全然無理じゃないよ。それにもう夏休みだし、帰省する前に終わらせておきたいんだ」
「そうですね……早い方が、国からも喜ばれるとは思います。ただ、報告した精通日と近過ぎるので、詳細を報告しなくてはなりませんが……結局これも、避けられないことですね。もしかすると後日、病院で更に詳しく検査を受けることになるかもしれませんが、ご了承頂けますか?」
「うん、分かった」
年頃になった男子を、研究機関や医療施設の最も整った中央特区に集めるのも、こうした場合への対応や、万が一の安全を担保するため……ということらしい。
あれから聞いたところによると、僕みたいに射精後も平気でいられる人はかなり珍しいとのことだった。
あの日も僕は全然平気なのに、最後の方では楓さんに何度も心配されてしまい、逆に申し訳なくなってしまうくらいだった。
僕はただ、気持ち良すぎて呻いていただけなのだ……。
本来、そうした行為直後の男性なら倦怠感に襲われて1日動けなかったり、熱を出して寝込むこともあるらしく、楓さんが心配したのが当然なのかもしれない。
そして、そんな時に男性の世話をするために、専属メイドがいるのだとか。
今までだって考えられないくらい良くして貰っている上、更にそんな迷惑をかけずに済んだことは、僕にとっては幸いだった。
これも他の男性たちに失礼だろうから、口には出せないんだけど……。
男性のそうした体質は2025年に起きたバイオテロの影響によるものらしい。
その時にばら撒かれたウィルスが、人類の遺伝子に恒久的な影響を与えてしまった、ということだった。
そのせいで、女性は稀にしか男児を孕まなくなり、男性は精子を生み出すのに大きな苦痛を伴うようになってしまったと……。
以来、およそ100年。人類はあの手この手で根本的治療を目指しているが、いまだに叶っていないそうだ。
これは歴史の授業でも習うことで、世界中の人たちが知っている。
僕からすると、特区に来て同性と顔を合わせる機会は増えたといえ、普通に生活していて他の男性のそうした部分を耳にすることは無いし、いくら射精しても身体は平気だしで、なんとも実感が薄かった。
教科書に書いてあるし、楓さんもそう言うのだから間違いないんだろうけど。
そんなことを考えていると、楓さんの方の準備が終わったらしく、いそいそとベッドの上に乗ってくる。そして僕の下半身にかけられたバスタオルの端に両手をかけ、こちらを見る。
「……それでは、始めさせて頂きます」
「うん、よろしくね」
精子提供の介助に関して、ごめんなさいとか申し訳ないとかって言葉を使うと、楓さんがどこか悲しそうな顔をすることに気付いていた。
そこにだけ注意をして、僕は楓さんの手に身を委ねた。
◇
すやすやとお休みになる圭人様の隣で添い寝をしながら、私は幸せを噛み締めていた。
(なんて綺麗な寝顔なのだろう……)
本日も無事に自身の存在価値を示せただろうか、と考える。
あれから3日しか経っていないのに、今回も4度の射精に導くことはできた。精液の量は規定を遥かに超えていて、おそらく多くの女性たちの腹に恵みをもたらすだろう。
しかし、無理をしたわけではない。むしろ圭人様は、前回より余裕がある様子だった。
過去の文献によると、正常世代の男性は3日に一度、下手をすれば毎日の射精にも耐えられたというから、今回の精液に問題がなく身体的なストレスも無いとなれば、国から求められる精子提供の頻度はかなり高いものになるかもしれない。
(一体、どんな評価になるのだろうか)
先刻、初の
ちなみに警備の彼女らも、私と同じ訓練施設の出身者たちだった。「たしかに受領いたしました」と私なんかに律儀に敬礼するその腰には、
今や男性の精子には、かつて古い時代の金塊よりも価値がある。警備に当たる者と装備の質も、それに比例して高くなるのが道理だった。
そうして運ばれていったあの精子は、これから医療機関で検査され、仮の繁殖ランクが与えられる。
更に半年もすれば実際の着床率などを元に正式な評価が下され、以降は回数を重ねるごと、男児の妊娠確率などでランクは大きく上下することになるだろう。
これは主に精子提供によって貢献ポイントを稼ぐ男性にとっては、とても大事なことだ。
ただしそれは、私個人からしてみれば……この可愛い圭人様の精子を使って、どこかの誰かが子を孕むということでもある。
今から1年もしないうちに、彼の血を引いた子が、知らぬ場所で産まれ出てくるのだ。そのことを思うと、胸の中に嵐のような感情が吹き荒れる。
(精子提供に対して昏い感情を抱くなど、専属メイドとしてあってはなりません…)
そう自分に言い聞かせて、圭人様の
精子提供の日は、就寝中の男性の様子を見守るため、こうして添い寝をするのがルールだ。
いつも通りに就寝しようとする圭人様の元へ、私がゆったりとしたワンピースタイプのパジャマとナイトキャップを身に付けて現れてソレを告げた時、圭人様は盛大に狼狽えていた。
でも、けして拒否はされなかった。
それどころか恥ずかしそうにしながら「手を繋いでも良い?」と聞かれ、更に「僕は大丈夫だから、楓さんもちゃんと眠ってね」と気遣われてしまった。
そして暗闇の中、しばらく私と取り留めのない話を続けているうちに、圭人様は力尽きたように眠ってしまい……その様子はまるで幼子のようだった。
(なんと愛らしいこと。これを、今から圭人様の子を孕む女たちは経験できないのですね……)
そう自分を慰めた私は、両手で握った圭人様の右手にくちづけをし、名残惜しさを感じながらゆっくりと目を閉じた。
その日の夢の中。
私は圭人様との間に産まれた我が子を抱いて、楽しそうに笑っていた。
妊娠のできない私には、叶えられない夢だった。
◇
「ただいまー」
「ああ、おかえり。楓ちゃんも、いらっしゃい」
「
夏休み二日目の午後、僕たちは実家の玄関をくぐっていた。
母さんは僕たちをひとりで待っていたようで、リビングからすぐに出てきた。
「あの…これ、つまらないものですが」
「いつも悪いわねー。ここまで運転、大変だったでしょう?」
「いえ、圭人様とお話をしていると、あっという間です」
「あらあら。圭人、あんた幸せ者だねぇ」
「いてて……あれ、
ニヤニヤと笑って肘で小突いてくる母さんの言葉を誤魔化すように、僕は妹の居所を尋ねる。
いつもなら真っ先に楓さん目掛けて突進してくるのに。
「午前中から友達と市民プール。昨日リニューアルしたんだって」
「へぇ……たしかにもう古かったもんね、あそこ」
僕も小さい頃に何度か連れて行って貰ったことがある。
大きくなるにつれて注目を浴びるようになってしまい、行けなくなったけど……プールといえば……。
一瞬、楓さんの水着姿を想像してしまい、慌てて思考を逸らす。
「ばあちゃんは?」
「そりゃ元気よ。今は老人ホームとこっちを行ったり来たり。明後日に施設内のゲートボール大会があるから、土曜日に戻ってくるって言ってたわね」
「もしかしてこれって…」
「そう、全部施設のゲートボール大会のトロフィー。あそこ上手い人集まってるらしいんだけど、どうやらばあちゃん、それ以上らしいわ。今度、他県に遠征だって」
「すごいですね……」
楓さんも、リビングに飾られたトロフィーの数に目を丸くしている。
エンジョイしてるなあ、ばあちゃん……。
「ただいまーっと…この靴は……楓さん!!」
「お久しぶりです、恵理様」
ダダダダと勢い良くリビングに飛び込んできた恵理は、そのままの勢いで楓さんにしがみついた。その肌は見事に日焼けしている。
座ったまま両手を広げてしっかりと受け止めた楓さんは、かなりの勢いがあったのに全く動じることもない。もう慣れたもので、よしよし、と恵理の頭を撫でている。
「……ん?」
メイド服を内側から押し上げる大きな胸に、スリスリと顔を擦り付けていた我が妹は、薄目でこちらを見てニヤリと笑った。
(どーだ、羨ましかろ)
(……貴様ッ)
他の役に立たない、兄妹による
あんなことをして貰っているのに関わらず、楓さんのそこは僕にとって未知の領域だった。
悔しそうな僕の顔を見た楓さんが、不思議そうな顔をする。
「どうされましたか、圭人様」
「いえ、何でもないです……」
僕も女の子に生まれれば良かったと、はじめて思いました。
「楓さん、おにぃなんて良いから、私の部屋でいっしょにゲームしよ、ゲーム!!」
「ふふ、かしこまりました。でも、あとで宿題もしなくちゃダメですよ?」
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