男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
2125年2月。
『以上の結果により、対象の繁殖ランクを A++ と判定する。』
大臣室の席で、秘書から渡されたその報告書の末尾を読んだ
書かれている内容は何かの冗談のようだが、こうして紙で渡されたということは、データの漏洩を忌避する類の情報ということだった。
「ランクA++? 何かの間違いではないのか?」
それは、彼女が大臣を務める福祉貢献省が管理する情報のひとつで、国内の有力貢献者候補の事前把握を目的とした定例の調査報告だった。
繁殖ランクは、男性から提供された精子が「人類の繁殖にどれだけ貢献できるか」をA〜Eの5段階で示したものだ。
平均値はCで、更にその中でも上下にC+、C-といった区分がある。
Aに近づくほど数は減っていき、A+は世界に数人しかいない。
A++というのは、過去にも例を見ない評価だった。
大臣の当然の疑問に対し、秘書は首を横に振った。
「念のため機械だけでなく職員の手作業によるトリプルチェックも実施しましたので、間違いありません。
「…異常性欲の兆候…これは検査で問題なしか……たしかに最初の100株の着床率も異様に高いが、これ自体は数の問題でしかないからな……なに、男児率が1/48だと?」
つまり、これまでの精子提供により行われた100回の人工授精で96件が無事に着床し、うち2件が胎内で男児と診断されたということだった。
平均値がおよそ1/1000であることを考えると、それは異常な数値と言えた。
勿論、今後に人工授精を重ねることによりその確率が収束して平均へ近づいていく可能性はあるが、それまではこの100回分の数字が周防圭人の精子に対する評価になる。
「平均値の20倍ならこのランクも納得だが……これは熾烈な争奪戦になるぞ」
「仮の繁殖ランクだけを参考にして初回の
C+以下の精子で女性が人工授精を行う場合には国からの支援で全額無償となるが、B-以上の精子を用いる場合は引き換えに貢献ポイントによる支払いが必要になる。
例外として、精通直後で暫定のランクしか判断材料が無いものについては、その精子へ評価をつけるためのテスターを兼ねることで無償提供を受けることができる。
もし普通にAランクの精子で妊娠しようと思えば、たった一度の人工授精で、都内マンションを購入できるだけのポイントを消費することになる。
一か八かではあるが、割の良い賭けではあった。
ちなみに、これら一連のルールは、遺伝子の近親交配を避けるためのものだ。
いくら人気がある、男児が産まれる可能性が高いと言って無制限に遺伝子をばら撒けば、将来的に交配相手を探すのが難しくなる。
そのため、同一の男性の精子による一度の人工授精数には制限が設けられているのだ。
A++ランクの精子ともなれば、貢献ポイントを用いたオークションにより、数少ない「株」の奪い合いが起こるだろう。
「対象はまだ未成年のため、精子バンクに個人情報の掲載はされませんが……」
「開示されれば、国際貢献ランキングにも載る。かなりの騒ぎになるであろうな」
「はい、間違いなく」
オークションでの落札に用いられた貢献ポイントは、ほとんど全て周防圭人に流れ込むことになる。彼が未成年のうちは開示する義務を負わないが……成人すれば状況はまるで変わってしまうだろう。
それが分かっているのに座して待つわけにはいかない。
「工作は必要でしょうか?」
秘書の質問に、結城大臣はため息を吐く。
「……貴様の言いたいことは分かる。しかし、現行の福祉貢献制度は国際条約を基に策定されたもので、対外的にも欺瞞は許されんのだ。もし後になってバレれば、現政権の支持率低下も免れんからな」
「特例として、国民の理解は得られませんか」
「無理だ。そんなものに期待するなど馬鹿のすることだ。その時に正しくとも、理解されるまでに10年はかかる」
「せめて
ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らす大臣。
思考のために生じたストレスからか、高価なデスクの表面を無意識にカツカツと爪で叩いている。
「男のか? 確かに一時は凌げるかもしれないが、いずれ破綻する。男児は出生時点で国際機関に情報を共有されとるしな……チッ、男を守るためのシステムが
忌々しそうに言い捨てて、思考を切り替える。
彼女は政治家として俗物的な人物ではあったが、有能な現実主義者でもあった。
だからこそ、国家の存続に関わる重要なポストに就くことができたのだ。
「どちらにせよ、こちらで対処するしかあるまい……して、現在の警護体制はどうなっている?」
「は、特区の警戒システムを備えたマンションに、専属メイドがひとり……こちらです」
既に準備されていた資料を秘書に渡されて、満足気に読み進める。
「管理番号21030380Ca、
「はい。
「……それは偶然か?」
人類最高レベルのVIPのすぐ傍に、国内最高レベルの人材が既に配されている。
歓迎すべき状況ではあるが、あまりにも出来過ぎていた。
一瞬、今回のこのこと自体がなにかしらの工作である可能性まで考える。
「首席卒業の権利として自ら対象を選んだそうですが……彼女自身に思想的な問題はなく、その突出ぶりから、平時も研究対象として監視されていましたので、当然、外部からの接触も困難でした。……ですので、これ自体はそう思います」
大臣はもう一度「周防圭人」と「小見山楓」の資料をまじまじと見つめる。
やがて、それを放り出し、納得したように椅子へ深く座り直した。
「……分からんでもないか。対象は、なかなか可愛らしい容姿をしておるしな。音に聞こえる小見山
「それは……」
「冗談だ、市民を煽動する
「と、言いますと?」
「総理と官房長官を説得し、先んじて
自身が仕える大臣のその言葉に、秘書は今回の件で初めて意外そうな表情を見せた。
「彼女に任せるのですか?」
「ああ、そうだ……そいつを見てみろ。チームを率いた訓練ではミッションを完遂し全勝。実務経験のあるOGにも勝利し、訓練とは名ばかりの短期海外派兵で実戦も経験しとる」
先ほど読んだ資料の中身は全て頭に入っていた。
それにより脳内で組み上げられた人物像に、貢献省大臣である結城加代子は自信を持っていた。
「何より、
「……それは」
「ふん、分からんか」
大臣である彼女自らが片腕としてスカウトしてきた秘書は優秀だったが、この世界に生まれた女性の大半と同じように、こうした機微には疎いところがあった。
「覚えておくと良い。結局、女なんてものは、惚れた男のために動く時が一番強いのだ」
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