男女比1:1000の世界に生きる希少男子が、専属メイドに出会って人生を謳歌する話 作:木刀
「そんなにこの耳と尻尾が気になるか?」
中等部3年に上がって初日の行きの車の中。送迎用のミニバンを運転する
フロントミラー越しに、薄く開かれた目と視線が合って、少し不躾だったかと反省する。
「すみません。初めてこんなに近くで見たもので……僕の地元に獣人の方はいなかったんです」
「……たしかに、オレたちは陸自か、犯罪の多い都市圏の警察組織なんかに優先して配置されるのがほとんどではあるしなァ」
「特区に来てから、何度か遠くで見かけたことはあったんですけど……こうしてお話しするような機会は無かったですね」
「……ふーん。まぁ、そこに獣人がいるってことは、オレみたいに警護対象と一緒にいる可能性もあるから、気安く近付かない方が良いだろうな」
「
遼子さんは、僕の返答に何かを考えているようだった。
やがて「ヨシ」と頷く。
「この際だ、何か訊きたいことがあれば答えてやるよ」
「良いんですか?」
「ああ、この先、長い付き合いになりそうだしな。なんならスリーサイズだって教えてやるぜ」
楓さんのだったら知りたい……じゃなくて。
「い、いえ、そういうのは要らないです……」
「なんだよ、つまんねーな……とりあえず、獣人がどういうもんかは知ってるか?」
2045年に最初のひとりが生まれた、新しい人種。
彼女たちは、人類の生殖機能の正常化を目指した「男児減少ウィルスの影響を受けていない他哺乳類との遺伝子組み替え」という研究の中で生まれた存在だ。
身体能力が常人より優れていることから、かつての男性たちの代わりとして危険な仕事に就くことが多いそうで、先進国の軍や警察の特殊部隊、要人を守るSPなんかは、そのほとんどが獣人で構成されているということだった。
しかし、ほとんど田んぼと畑しかないような僕の田舎では、彼女たちを一度も見たことがなかった。市内の男子が全員招待されるされるようなイベントの警備も、普通の人だったし。
「ああ、そりゃ坊主が気付いてなかっただけだと思うぞ」
「え」
「イベントの話さ。獣人に対して偏見持ってるヤツも多いから、そうであることを隠して護衛に就くやつも多いんだよ。ていうか、ほとんどそうじゃねーかな」
「そ、そうなんですか?」
「過激派は何するか分かんねえからな」
たしかに、テレビなんかでは時々、獣人という存在に対する反対デモの様子が流れることがあった。国内でも最近、獣人関連施設へのテロ行為があったばかりだった。
彼女らの主張によれば、倫理に反した研究で生まれた人為的な存在は、地球環境へ悪影響なんだそうだ。同じ人間なのに、まるで環境を破壊する特定外来生物並みの扱いだ。
……それじゃあ、今まで僕たちの警備に当たってくれていた人たちも、何人かは獣人だったりするんだろうか。
「オレの知ってる中には、そうした任務に就くために、隠し辛い尻尾を切り落としてるヤツもいたぜ。オレはそんなの勘弁だけどな」
「す、すごい世界ですね」
「要人の集まる特区なら、特に獣人へのヘイト規制が厳しいし、わざわざ隠す必要も無ぇんだけどな。オレの場合は狐との
そう言って、運転席の横に出した尻尾の先をふりふりと上下に動かす。
頭の上にある耳が時折向きを変えるのは、そうして外の音を聞いているのだろうか。
しかし、コレをわざわざ切り落とすなんて、勿体ないなぁ……。
「反対派の人たちは、何がそんなに嫌なんでしょうか」
「まぁ、オレたちが今こうして存在しているのは、兵器としての価値を認められたからだしな」
当初、ヒトの遺伝子組み替え研究そのものが倫理的に許されないという声も多く、人類存続の危機ということで緊急措置的に世界的な研究が承認されたということだった。
しかし、途轍もない巨額を投じられたその研究は「ウィルスの遺伝的影響を克服し、男児の出生率を高める」という本来の目的を果たせぬまま、ほとんど頓挫してしまう。
その後、2080年頃から各地で頻発した戦争で獣人たちが目覚ましい活躍したことで大きな転換点を迎え、今では人類の存続のためでなく、有用な軍事技術として研究され続けている。
「だから、獣人反対は銃の規制と同じようなモンだっていうヤツもいる。獣人による犯罪なんてほとんど無ぇから、正当化するための詭弁でしかねーけどよ」
「銃、ですか」
「アレも、しっかり
それは、銃を扱ったことのある人の言葉だと感じた。
◇
「そういや、坊主はオレが怖いか?」
「……え?」
今度は帰路での会話中。
遼子さんにそんなことを聞かれて思考がストップする。
言葉の意味がよく分からなかった。
目に映るのは、運転席の向こうから覗く、尖った耳とモフモフの尻尾。
「むしろ可愛いなと……うちの妹が、大喜びしそうです」
「………ぶッ、ぶははははははははははは!!」
僕の言葉に、遼子さんは大笑いした。
そんなに面白いこと言ったかな。
「いやぁ、そうかそうか、妹さんがねぇ……獣人について知らないヤツってのは、案外そんなもんなのかもしれねーな。いや、坊主が特殊なのか」
くつくつと笑いを噛み殺しながら、遼子さんは続けた。
「オレが言いたかったのは、坊主が男として、腕力の強い
「えーと、それは考えてませんでした……」
僕はまだ遼子さんのことをほとんど知らない。
楓さんとの仲の良さを見て、完全に信頼し切っていたけれど……たしかに、送迎中の車内は二人きりの密室。獣人の筋力があれば、か細い僕なんてどうにでもできてしまうだろう。
うーん、でも今更怖がれと言われても、ちょっと難しいな……。
「ま、安心してくれ。オレは
「……ああ、なるほど」
さっきの質問は、それが言いたかったのか。
女性同士の同性愛者は、特に珍しくもないものだった。この世界にはほとんど男性がいないのだから、彼女たちがお互いを恋愛対象として選ぶのは、むしろ当然のことだ。
男性の精子による人工授精で妊娠しても、女性二人の子供として育てるカップルも多い。
勿論、役所へ届けを出せば女性同士で結婚することもできる。
むしろ、うちの母親のように
それ以外にも色々含め、ちょっと変わってる人だとは、実の息子ながらに思う。あんなに綺麗な楓さんとも最初から平然と付き合っているし、同性が好きってことはないんだろうけど……。
……そこでふと、ある疑問が思い浮かんだ。
「あの、ひとつ聞きたいんですけど……」
「ん? なんだよ、朝の続きか?」
いや、僕にとっては、そんなことより遥かに大事なことだった。
意を決して、真剣な顔で質問する。
「……恋人って、楓さんのことじゃないですよね?」
その後、マンションに帰り着くまでの間……
遼子さんは、過呼吸で死にそうになるくらい、体を揺らして笑い続けた。
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ひとまず、こちらを優先して書いていこうと思います。